イベントレポート
自動車用マイコンの「不良ゼロ」を目指す
(2013/4/25 12:50)
半導体チップの性能に対する要求は、用途ごとに大きく違う。半導体チップを搭載したシステムが満足すべき仕様は、製品ごとに異なるからだ。機能、価格、不良率、使用温度範囲、電源電圧、消費電流、動作周波数、静電気耐圧、入出力信号レベルなど、要求仕様は数多く存在する。信頼性に対する要求にも、用途による違いが存在する。例えば宇宙用では、耐放射線性が求められる。
1ppm以下の不良率が要求される自動車用半導体
不良率に対する極めて厳しい要求で知られるのが自動車である。通常の産業用や民生用などでは、100万個の半導体チップを出荷したと仮定すると、数個から十数個の半導体チップが不良品となって顧客から戻ってくる。このときの不良率を数ppm、十数ppmと表現する。ppmは100万分率と呼ばれ、100分率の1万分の1の比率を示す。
自動車メーカーや自動車用電装品メーカーなどは、半導体メーカーに対して1ppm未満の不良率を要求していると言われる。これは半導体メーカーにとってはものすごく厳しい水準で、設計部門と製造部門、検査部門が一体となって取り組まなければ実現は不可能だとされる。
自動車用にこれほどまでに高い信頼性(低い不良率)が要求される理由は、大きく2つある。
1つは、自動車が人命と関わりの深いシステムだからだ。制御不能になった自動車は簡単に事故を引き起こし、貴重な人命を失わせる可能性がある。
もう1つの理由は、生産数量が極めて多いからだ。例えば、トヨタ自動車が2011年に世界中で生産した自動車の台数は約786万台(系列会社を含む)、2012年は約991万台(同)である。
仮に1台の自動車が10個のマイコンを搭載していたとしよう(実際にはもっと多い)。トヨタ自動車の年間生産台数をおよそ1,000万台とすると、1億個のマイコンが年間で新たに搭載されることになる。不良率を1ppmと仮定すると、年間で100個のマイコンが不良となる。最大で100台の自動車でマイコンの不良が発生する。なぜマイコンに限定したかというと、自動車用半導体の中ではマイコンが最も複雑で自動車の安全性に影響しやすい部品だからだ。言い換えると、半導体メーカーにとって不良率を低くすることが難しい部品なのである。
自動車メーカーと自動車電装品メーカーの半導体チップに対する本音は「ゼロディフェクト(欠陥ゼロ)」だろう。何億個のチップを納品しても「不良品はゼロにしろ」ということだ。現実には欠陥ゼロは不可能なので「不良率1ppm未満」という数値がおおよその妥協点となっている。
現実には、半導体チップの不良はゼロにならない。つまり、自動車電装品メーカーに出荷された半導体チップは、不具合が見つかると半導体メーカーに戻ってくる。半導体メーカーは戻ってきた半導体チップを解析し、報告書を顧客(自動車電装品メーカーや自動車メーカーなど)に提出する。
不具合の見つかる頻度(単位時間当たりの不具合発生件数)を不良発生頻度と仮定すると、この頻度は「FIT」(Failure In Time、フィット)という単位で表記される。1FITとは、10の9乗時間(10億時間)に1回、不良が発生するという意味である。あるいは10億個の半導体チップを出荷したときに、1時間で1個が不良になるという意味でもある。
自動車用半導体の大手メーカーであるFreescale Semiconductorは、自動車用マイコンの販売実績で1ppm未満の低い不良率を維持し続けてきた。「国際信頼性物理シンポジウム(IRPS:International Reliability Physics Symposium)」(IRPS 2013)では、その取り組みの一部が2件の研究論文として公表されている。いずれも、顧客で不具合が見つかってFreescaleに戻ってきた半導体チップを解析し、不良率の低減に活かす試みである。非常に興味深い試みなので、その概要をご紹介したい。
潜在化した不良を未然に検出する
1件は、半導体メーカーの検査工程では不良が検出されず、顧客に出荷されてから不具合が起きて戻ってくる不良を未然に検出しようという野心的な試みである(J. Tikkanenほか、講演番号2E1)。Freescale Semiconductor(以下Freescale)と米国カリフォルニア大学サンタバーバラ校が共同で研究を実施した。
シリコンダイの製造工程では、さまざまな欠陥が混入する可能性がある。厄介なのは、不良や故障とならずに、欠陥を抱えたままで正常に動作する場合だ。こうなると、半導体メーカーの検査工程をすり抜け、出荷されてしまう。そして半導体の顧客である自動車メーカーや家電メーカーなどで製品に組み込まれてから、欠陥の影響が大きくなって突然、不良や不具合などとなって顕在化する。このような不良を「潜在不良(latent failure)」、「潜在欠陥(latent defect)」などと呼ぶ。
逆に考えると、半導体メーカーがウェハテストの段階で潜在欠陥を検出できれば、欠陥を含んだシリコンダイをパッケージングする以前の段階で取り除ける。すなわち、出荷後の不良率をさらに減らせる。
ここで問題となるのは「どのようにして」潜在欠陥を検出するかである。Freescaleとカリフォルニア大学サンタバーバラ校の共同研究チームは、ウェハテストで異常値を統計的に検出する数学的な手法を導入し、潜在欠陥の検出を試みた。
まず半導体製造に関する経験的な知識として、ウェハ面内で欠陥は均一に分布しているのではなく、ほとんどの場合は局所的に分布している。さらに、欠陥を多く含むウェハと、欠陥をまったく含まないウェハに二極化する傾向がある。つまり、潜在欠陥を多く含む部分だけを、テスト結果から異常値として切り離せる可能性が少なくない。
ウェハテストの項目(パラメータ)は多数に渡るので、なんらかの手法で簡素化してから評価しなければならない。そこで「主成分分析(PCA:Principal Component Analysiis)」を導入してパラメータを2個に減らし、異常値の判定モデルには「ワンクラス・サポートベクトルマシン(OC-SVM:One Class Support Vector Machine)」を用い、正常値と異常値の差が最大になるように境界線を設けた。
半導体ユーザーから不良として戻ってきたシリコンダイを含むウェハと、異常値を含むウェハ、残りのウェハで主成分分析を実施しパラメータを比較。シリコンダイには全てウェハの固有番号とウェハ面内の座標があらかじめ記録されており、半導体ユーザーから戻ってきたシリコンダイを集めることで、ジグゾーパズルを組み立てるようにウェハを仮想的に復元できるようにしてある。
具体的には、2つの不良発生事例を示した。1つはSoC(System on a Chip)のシリコンダイのSRAMに不良が発生した場合である。もう1つは、シリコンダイのパシベーション(保護膜)に不良が発生した場合である。
SRAM不良の場合は、異常値を含むウェハ(Abnormal Wafers)のパラメータのばらつきが大きく、そのほかのウェハはばらつきが極めて小さかった。そして顧客から戻ってきたウェハのパラメータ分布の傾向は、異常値を含むウェハと概ね一致した。
パシベーション不良の場合は、異常値を含むウェハのパラメータのばらつきが小さく、そのほかのウェハはばらつきがやや大きくなるという逆の傾向を示した。そして顧客から戻ってきたウェハのパラメータ分布の傾向は、異常値を含むウェハと非常に良く一致した。
いずれも潜在不良を含む(および含むとみられる)ウェハと残りのウェハがかなり明確に分類できており、この手法が有効であることが分かる。
「不良品ではない」市場不良の増加
もう1件はFreescaleの単独発表で、自動車用半導体チップの不良率(FIT)を時間とともに低下させていく取り組みを説明した(A. Haggagほか、講演番号2E4)。
自動車業界が広く導入しつつある機能安全規格「ISO26262」では、半導体チップの市場不良率(顧客から不良として戻ってくる半導体チップの発生頻度)が安全アセスメントの入力データに使われる。そこでFreescaleは130nm世代と90nm世代の自動車用半導体チップでは、出荷直後から急速に市場不良の発生率を低下させてきた。
しかし、市場不良の発生率を低下させただけでは、取り組みとして十分とは言えない。不良の原因が変化してきたからだ。戻ってきた半導体チップを解析しても不良が再現しない「不再現(NTF:No Trouble Found)」の比率が無視できないほどに増えてきた。130nm世代と90nm世代では、初期不良として戻ってきた半導体チップに占める不再現(NTF)の比率は、約半分に達している。昨年(2012年)のIRPSで提唱された「ゴルディロックス不良」と同様の考え方を導入する必要があるとする。
また最近では「初期不良」(潜在欠陥が不良として初期に顕在化する時期)の考え方が通用しなくなってきた。どういうことかと言うと、不良率の低下傾向が止まらず、収束しないのである。Freescaleが示した130nm世代と90nm世代のデータを見ると、出荷開始から3年も4年も経過しているのに、不良率の低下が止まっていない。このため、以前は通用していた初期不良を取り除くためのスクリーニングが、現在では非常に難しくなっている。
90nm世代の次にFreescaleは、55nm世代の自動車用半導体を量産する。55nm世代では「不再現」の比率がさらに増えると予測される。潜在不良の発見手法で検討した「主成分分析(PCA)」を活用すると、「不再現」となる半導体チップをあらかじめ取り除けるようになる、と指摘していた。