イベントレポート
入場、クーポンから決済まで。MWCにおけるNFC Experience
(2013/3/6 12:55)
Mobile World Congress 2013の開幕レポートや、山田祥平氏の連載コラムでも紹介されている通り、2013年のMobile World Congress(以下、MWC)は、スマートフォンを使ったNFC(Near Field Communication)が大きくフォーカスされていた。これまでもカンファレンスや展示を通じて技術情報の開示やさまざまなデモンストレーションが行なわれていたが、Mobile World Congressを舞台に、数千人規模で実験サービスが行なわれたことは、大きなターニングポイントとなるだろう。
全体としては「NFC Experience」と銘打たれてはいるものの、実際に体験できたサービスは多岐にわたる。FeliCaのサービスで先行する日本市場から見れば物足りない部分は目立つものの、その背景や今後の可能性も含めて、それぞれに振り返ってみたい。
まず最初に、実際にスマートフォンを使ったNFC体験と一口に言ってもNFC対応のスマートフォン自体が普及していなければ話にならない。そこでMWCを主催するGSMAはソニーモバイルコミュニケーションズの協力を得る形で、約3,500台の「Xperia T」を『Official Handset(公式端末)』としてMWCの来場者に配布した。配布の対象となったのは展示会場だけでなくカンファレンスにも参加できるGoldチケット以上の参加者。これに、事前の募集に申し込んだメディア関係者が先着順で追加されて計3,500台。GSMAは2013年の来場者総数を72,000人以上と発表しているため、全体の約5%ほどにあたる。なお、Xperia Tは会期前々日から会期を通じて配布されていた。Gold以上のチケットを持つ来場者の中には受け取りに来ない人もいたようで、NFC Experienceの特設エリアの配布場所には最終日になっても端末が残っており実際に配布された総数までははっきりしない。
この公式端末であるXperia Tには、NFCを利用するためのアプリケーションがあらかじめ数種類インストールしてあった。接続ケーブルや取扱説明書などを同梱する化粧箱にもマジックインクでチェックマークが付いていたことから、インストール後の動作チェックなども済ませているのだろう。ホーム画面にあるアプリケーションは「NFC Badge」、「GSMA」、「Wallet」、「Coupon」の4つ。このうちMWCの公式アプリケーションである「GSMA」と「NFC Badge」は、他のAndroid対応スマートフォンでもGoogle Playからインストールすることができた。
入場管理を行なう「NFC Badge」
NFC Badgeは、入場のためのバッジをスマートフォンに統合するアプリケーションである。対応端末はNFCを搭載するAndroid 4.x、Windows Phone 8、BlackBerry 7.1のいずれかで、特に公式端末である必要はない。すべての来場者が身につけている通常の入場バッジも数年以上前からNXPによるNFCタグを使ったプラスチックのカードが導入されており、NFC技術の導入自体は目新しい物ではないが、スマートフォンと紐付ける部分が新しい試みと言うわけだ。
MWCへの入場は厳密に管理されており、メインゲートからの入場に際してはこのプラスチックの入場カードをかざして認証すると同時に、パスポートなど顔写真の付いたIDを提示して係員がカード所持者の姓名とIDが一致していることを確認して入場する。メインゲートからの入場後も、例えばカンファレンスや基調講演のエリアなどに入場する際や、メディア関係者の場合はプレスセンターに入る際などにバッジだけの提示が求められ、係員が手持ちの端末をかざして入場資格があるかどうかチェックする仕組みだ。パスポートなどの提示は、目視による見比べの手間がかかるためわずかに時間を要するが、通常のバッジチェックは一旦足を止める程度で済む。
「NFC Badge」を利用する場合は、あらかじめアプリケーションに個人ごとに振られているID番号とスマートフォンのフロントカメラなどで撮影した顔写真を登録しておき、会場の登録場所でアクティベーションをする。アプリケーションは事前に配布されていたので、筆者の場合は手持ちのNFC対応スマートフォンであるGalaxy Nexusにインストールしていくつかの手続きを進め、登録場所ではアクティベーションを行なうだけにしてあった。前述の通り、これは公式端末でなくとも構わない。
そうして有効化した「NFC Badge」を使ったメインゲートの入場だが、山田祥平氏の連載コラムにもあるように、従来の方法に比べて必ずしもスムーズとは言えないというのが今回の印象だ。これはオペレーションというかルール作りの問題でもあるが、まず2つに分かれている通常ゲートとNFCゲートでNFC側を選ぶと、ゲートの数m前にいる係員が必ず「NFC Badgeを持っているか?」と声をかける。ここで「持っている」と答えるだけではダメで、実際にアプリケーションを起動して見せてやらないといけない。もちろん、ゲート直前でもたもたしたり、あるいは間違ってそちらに進んでしまうことを防ぐ意味合いもあるのだろう。これは社会的な認知がそこまで足りていないということでもある。
このチェックを抜け、次にいよいよNFCゲートに着く。残念ながらアプリケーションの自動起動には対応していないので、アプリケーションを起動してから指定の場所にスマートフォンをタッチする。Androidスマートフォンの場合はAndroidビームを使っているため、転送確認画面に応じて画面をタップする必要がある。FeliCaによる自動改札などに慣れていると、このタップ操作がなかなかスムーズにできない。無事に認証されると、自分側のモニタ画面と向こう側の係員のモニタ画面にあらかじめ登録してある顔写真が表示され、所持者と同一人物と判断されれば入場できる。
ゲート前でアプリケーションを起動する手間もそれなりに厄介で、前述の係員チェックで起動したままならいいのだが、スリープ設定次第では、また端末ロックの解除からという手順になってしまう。会期2日目以降はスリープさせないように苦慮しながらゲートまで向かったが、画面タップは最後まで慣れることができなかった。
実験という意味合いもあるし、また慌ただしい場所でのパスポートの出し入れはできるだけ避けたいという気持ちも強く、会期を通じて入場はすべてNFCゲートを利用した。しかし残念ながらスムーズさという点では圧倒的に従来型のほうが楽である。明らかにNFCゲートを使っている来場者のほうが少ないにも関わらず、混雑度合いやゲートを抜けるスピードは変わらないどころか、NFCゲートのほうが遅いくらいだった。
加えてNFC Badgeで代用できるとは言ってもメインゲートだけの話で、カンファレンス会場やプレスセンターへ入場にはプラスチックのカード読み取りが必要なことに変わりはない。このカードの仕組みは年月を経ているせいかよくできており、エリクソンやソニーなどのミーティングルームへの入退場にも利用されている。ルームに入る際にチェックインし、出るときにはもう一度触れてチェックアウト。これで、ゲストがブースやミーティングルーム内にいるかどうかまで分かるという仕組みだ。
もちろん「NFC Badge」は初めての試みなので、問題を出すのもトライアルの1つである。オペレーションなど改善できる部分は改善し、来年(2014年)以降はよりスムーズに利用できるようになって欲しい部分である。貴重品の1つであるパスポートを出し入れせずにすむというのは非常に魅力的なオプションでもあり、いずれはカンファレンス会場への入場もこの「NFC Badge」が進化する形で管理される時がくるのかも知れない。
決済サービスの「Wallet」
続いて「Wallet」を使った決済について紹介しよう。これは前述のNFC Badgeとは異なり、公式端末である「Xperia T」のみで利用できる。スペイン内でXperia Tを取り扱うキャリアはあるものの、事実上は今回MWCで配布されたXperia Tでのみ利用できる。
その理由は、今回のNFCを使った決済にあたってはNFCとSIMの紐付けが必須で、NFC対応の専用MicroSIMが導入されている。より具体的には、SIMカードを用いたNFCサービスを行なうため、セキュアエレメント(NFC通信を行なう際の暗号化機能・鍵管理機能などに対応するセキュアな領域)をSIMカード内に搭載した専用SIMが使われている。SIMを提供するキャリアはMovistarを運営するスペイン大手通信事業者のTelefonicaで、SIMそのものはgemalto(ジェムアルト)が製造する。
決済はクレジットカード大手のVISAが行ない、CaixaBankがVISAロゴの付いた仮想カードを発行している。カード自体はDebit相当のGiftカードで、あらかじめ15ユーロがチャージされているがユーザーによる追加入金はできない。チャージ分の使用期限も5月31日までと設定されており、実験サービスであることが明確だ。SIMカードを用いるNFCサービスということで多少のモバイルデータ通信をともなうため、SIMにはあらかじめある程度のデータ通信が可能な料金設定が行なわれている。正確にデータを取ったわけではないが、500MB程度の転送量でキャップがきたようなので、旅行者でも購入できるプリペイドプランに相当して考えれば、こちらも10~15ユーロ相当といったところだろう。データ容量を使い切らない場合の翌月以降の繰り越しや、電話番号の維持期間等の詳細まではよくわからない。
上記のTelefonica、gemalto、VISA、CaixaBankそしてソニーモバイルコミュニケーションズの5社の協力により、今回のNFC Experienceにおける決済サービスが運用されている。
GSMAの発表によれば、このNFCサービスを使った買い物ができるのは、MWCの会場であるFira Gran Via内のほか、バルセロナ市内の約16,000の商業施設、および1,000台のタクシーとされている。開幕レポートでも紹介したが、市内のタクシーは1万台余りと想定され、おおよそ10台に1台といったところ。バルセロナ空港への復路も含め、5回ほどタクシーは利用したが、残念ながらタクシー内で決済をする機会には恵まれなかった。
スマートフォンを使ったNFCによる決済はまだ実験サービスのレベルだが、プラスチックのカードを使った非接触式によるクレジットカード決済は多いとは言えないもののそれなりに対応カードが発行されているようだ。商業施設のクレジットカード決済端末の主流は磁気データのスワイプか、接触式のICカードによるPINコード入力だが、あわせて「Contactless」(非接触式)と書かれた決済端末を目にする機会も多い。ContactlessはMasterCardの「Paypass」かVISAの「VISA payWave」で、今回の実験サービスではVISA payWaveが利用できる。
さて実際の決済だが、冒頭で述べた通りWalletアプリケーションと仮想カードの登録はXperia Tを渡された時には済んでいるので、今回体験できたのは多少の設定と実際の利用シーンだけだ。実際に行なった設定は2つで、1つは言語を英語にすることと、QuickPayment機能を有効にするかどうかだ。
QuickPayment機能を有効にしない場合は、支払いごとに多少の手続きが必要になる。まず、Walletアプリケーションを起動し、利用するカードを選択する。今回は1枚しか仮想カードはないものの、Walletアプリケーションには複数のカードを登録できるようで支払いに応じて利用するカードを使い分けることができる。カードを選択してpayWaveの画面が出たら、支払い端末にスマートフォンをかざせば決済が完了。画面には決済額が表示される。
QuickPayment機能を有効にした場合には、支払い端末にロックを解除したスマートフォンをかざすことで自動的に決済画面に移行して決済が完了する。こちらはFeliCaを使った決済に非常に近いスムーズさがある。QuickPayment機能を有効にした場合、有効になっている仮想カードの下に赤いラベルが付く。
15ユーロが事前にチャージされていることで、意識的には決済後に残高が表示されないことが気になったが、これはプリペイドではなくDebitカード相当のGiftカードなので、実際のサービスにおいてはDebitカードやクレジットカードのようにいちいち気にする部分ではないということは振り返れば理解できる。決済に要する時間は、国内でFeliCaのiDやQUICPayといったポストペイのサービスを使っている時とさほど変わった印象はない。NFC自体の通信速度よりも、支払い端末とカード会社とのやりとりの通信の方が全体の時間を支配している。
NFCの通信速度が遅いという話は良く話題にのぼる。NFCはリーダー/ライターとして振る舞うので、前出のNFC Badgeアプリケーションのような仕組みでは確かに遅い。これは、カードの電子化に徹してセルフ給電なしでも動作するFeliCaとの決定的な違いだ。しかし、QuickPayment機能のような使い方であれば、その差はある程度詰めることができそうだとも感じられる。
クーポンサービスの「Coupon」
もう1つ「Coupon」も、今回のNFC Experienceで実践できたサービスだ。サービスを運営するという点では、GSMAはこれにもっともエネルギーを使ったものと想像できる。何よりバルセロナ市内における多数の商業施設に固有のNFCタグを設置した上、さらに何らかの優待の提供を求めているからだ。サービス自体は単純で、協力店舗に訪れて店舗に設置してあるNFCタグにXperia Tをかざすとその店のクーポンが有効化される。運営はMobile World Capital Barcelonaで、アプリケーション開発はAccentureが行なっている。ちなみにCouponアプリケーションをインストールしていないNFC対応のスマートフォンをかざすと、アプリケーションのインストールがうながされる。Androidスマートフォンの場合はGoogle Playを通じていないアプリケーションなので、インストールには承認が必要だが、利用自体は公式端末でなくとも可能なようだった。
Couponアプリケーションを起動し、MWCのバッジIDあるいはRegistration IDを入れることでアプリケーションとスマートフォン内のNFCがアクティベーションされる。後は協力店舗に訪れてクーポンを使いたい旨を伝え、店内に設置されているNFCタグにXperia Tをかざすことでクーポンが有効化、その店が設定した優待サービスを受けることができる。有効化は1度きりで、有効化したクーポンにはチェックマークが付き、2回目以降は有効化をうながす画面は表示されない。
優待サービスはさまざまで、例えば買い物の総額からのディスカウント、オリジナルギフトのプレゼント、飲食店では専用メニューの提供などが用意されていた。実際に利用できる店舗はアプリケーションの中から買い物のできる店あるいは飲食店で一覧表示や検索ができるほか、位置情報をもとに周囲や目的地で利用可能な店舗をマップ上に表示させる機能もある。一覧やマップ表示から店舗を選んだら、アプリケーション内から経路を表示したり直接電話できるなど、来訪やレストラン予約に便利な機能も含まれている。
クーポンの有効化は10店舗程度を試し、そのうち3軒では実際に飲食や買い物を行なってみた。ちなみに前述のWalletとは直接の関連はない。店舗側がVISA payWaveに対応していれば、支払いもXperia Tを使って行なうことはできる。
2012年までのMWC会場だったFira de Barcelona(バルセロナ国際展示場)の近隣にある大規模商業施設のCC Arena内では2店舗がクーポン対象店。うち1店舗はアパレルの「Desigual」で買い物からのディスカウントが受けられる。クーポンの有効化は行なったものの、実際に買い物はしなかった。
もう一方の飲食店「Happy Rock」では、数人で簡単な夕食をとった。入店後、席へと案内してくれた人にNFCクーポンを使いたい旨を伝えたが、知らないという。むしろスマートフォンを見せたことで、店のFree Wi-Fiの案内をされてしまった。しかし、テーブル担当のウェイターに伝えたところ、こちらはNFCタグの設置を理解していて、カウンターへと案内された。この店の場合、NFCタグの設置ボードを固定するのではなく、任意に出すようになっていた。そして無事にクーポンは有効化、この店のサービスである2.4ユーロのメニューが提供された。ちなみに内容は、ビールのグラスサイズとタパスひと皿。グラスビールが2.2ユーロだったので、ややお得といった感じである。
その後、MWCの会期を終え、少なくとも日中にやや余裕ができたことでさらにクーポンを使うべくバルセロナの目抜き通りへと向かった。市内中心部のカタルーニャ広場から続くグラシア通りは東京なら銀座通りに相当する繁華街で、ブランドショップが立ち並ぶ。家族からブランド品の買い物を頼まれた友人もいて、その店舗がまさにクーポンの対象店である「LOEWE」ということで、ここでも実践してみた。こちらの特典はいわゆる「上客扱い」で、買い物の包装と会計を待つ間は店舗奥のVIPルームへと案内され、何とシャンパンが振る舞われた。もしかしたら筆者にはいささか不似合いだったかも知れないが、プチ贅沢気分を味わうことができた。
続いて向かったのは「MUJI(無印良品)」。ここは実際に買い物をしなくても、クーポンを有効化して提示するだけで、オリジナルギフトが貰えるというサービス。プレゼントされたのは航空機内持ち込みができる液体の詰め替え容器のセット。店内のおおよそ半分ほどはトラベルグッズなどに注力していた。買い物関連ではいわゆる割引サービスが多い中で、買い物の有無によらずオリジナルギフトというのはクーポン対象店舗一覧の中でも特に目を引いていて、日本でもスマートフォン連動のサービスを実践しているだけに、ノウハウがこちらにも生きているという感じがする。クーポンサービスの認知度も高かった。
ちなみにクーポン利用の手続きは存在するが、店側でも実際の運用は店舗のスタイルに応じたもので、例えば飲食店などではクーポン所有者だけではなく、全員に専用メニューを出してくれるような店舗もあった。実際にはMWCのバッジIDに紐付いたアプリケーションであることから、将来的には有効化の状況に応じたプッシュによる広告表示や、ユーザーごとにカスタマイズされたクーポン提供など、ビジネス面の有効性も高いものと思われる。帰路に利用したバルセロナ空港のとある店舗にもこのNFCタグが設置されてはいたが、こちらのタグは機能せずじまいだった。サービス導入の大盤振る舞いと、実験サービスならでは不都合はそれなりに体験できたとも言える。
ほかにも、会場内にはNFCタグが設置された案内板などが多数設置され、スマートフォンをかざすだけで、状況に応じたスマートフォンへの表示が可能になっていた。例えば現在地から近いトイレを表示したり、市内にある有名レストランや、市内観光の案内を表示するといった内容だ。MWC規模の展示会では専用アプリケーションが用意され、そのアプリケーションに会場内マップ機能が含まれていたりすることもある。IT関連の展示会においても、場合によってはまだまだ紙のガイドブックが有効な場面というケースもある。それでもNFC連動という選択肢が加わることは決して悪いことではない。いまはまだ不便かも知れないが、サービスの種類によらず、期間を経て良くなっていくというものは多々ある。来年またこの会場を訪れたときにさらに進化したNFC Experienceを感じられれば良いのではないだろうか。
GSMAは6月に上海で開催されるMobile ASIA ExpoでもNFCに関連する取り組みを行なう見通し。もしも機会に恵まれるならば、またレポートをお届けしようと思う。