【特別レポート】米国西海岸で電子マネーシールを使ってみた
~Facebook連携で電子マネーシールの普及を目指すBling



 Mobile World Congress開幕を控えて、にわかに日本国内でもNFC(Near Field Communication)に関連するニュースが活発化している。2月9日にはKDDI、ソフトバンクモバイルなど7社が日本と韓国で利用できるNFC対応サービスの共同実証実験を実施することを発表したほか、NTTドコモは韓国の通信事業者であるKTとAndroid端末を利用したNFCサービスの日韓間での相互利用に向け、2012年末の提供開始を目指すことで合意した。また、ミクシィもAndroid 2.3がサポートするNFCを利用し、情報共有サービス「mixiチェック」および「mixiチェックイン」が可能になったと発表している。

2011年1月1日、米国内で入手して利用を開始した筆者のNexus S

 昨年(2010年)末、米国ではAndroid 2.3を搭載するGoogleのNexus Sが発売された。事実上初めてのNFC搭載端末ということと、Nexus Oneに次ぐAndroid携帯のリファレンスモデルという点で注目を集めている。発売直後の2011年初にはInternational CESが開催されるというタイミングも手伝って、筆者を含めた知人の多くはこぞって現地で同製品を買い求めた。ちなみにNexus Sの販売価格はいわゆる縛りのないノーコントラクトで529.99ドル。米国は州税が外税になるので、購入した州によって差はあるものの税込みでおよそ580ドル前後、当時のレートで5万円弱であった。

 さて、こうした手にしたNexus Sではあるものの、注目のNFCに関しては将来使えるかも知れないという期待をこめた付加価値にしかすぎない。現実的にはSIMロックフリー端末であることのメリットとAndroid 2.3により提供するテザリング機能を活かして、現地通貨のプリペイド払いで低価格に運用できる現地端末兼3Gモバイルルーターとして活用されていたというのが実態である。

 FeliCaを使ったおサイフケータイ機能は日本ですっかり定着している。スマートフォンへの移行が活発化する今、おサイフケータイ対応の有無がいわゆるフィーチャーフォンからスマートフォンへの移行における重要な懸案事項の1つとなっていることは言うまでもない。

 一方で、この分野においては明らかに後進国と言ってもいい米国では、今後スマートフォンへの搭載が進むことが予想されるNFCがどのように普及して、どのような展開を見せるのかはかなり手探りとも言える。

 これは出所が不明な噂レベルの代物に過ぎないが、Appleの次期iPhoneにはNFCが搭載されるのではないか(※という期待を込めた憶測が大いに含まれる)とも言われている。iOSを搭載するiPhoneはAppleが提供する同社単独の製品ではあるが、現状のiPhoneの人気を考えれば次期あるいは次期の次期にせよ、実際に搭載されることになれば、そのビジネスモデルも含めてNFCに関連する市場が一気に動いていく可能性も高い。

●米国の電子マネーシール「Bling」を試す

 前置きがやや長くなったが、こうした米国におけるNFCを取り巻く背景から、とりあえずは現時点でできることは試してみようと考え、米国内で利用できるNFCのサービスを実際に使ってみた。サービスはCES 2011のレポートでも紹介した「Bling」。サンフランシスコで1月末に開催されたMacworld 2011の取材のために渡米した際に、Blingの登録から実際の買い物までの一連の手順を一通り行なってみた。

 前述したレポートでも紹介しているが「Bling」は貼って使うNFC(RFID)のシール。決済に利用する口座はPayPalが利用されている。2010年11月から実験的な運用が始まっていて、使えるエリアや店舗は限定されているが、誰でも自由に利用することができる。とはいえ、現在の日本のように「どこでも」というわけにはいかないので、Blingのサイトで紹介されている決済可能な店舗が多いシリコンバレーのPalo Altoへと足を運んだ。いわゆるスタンフォードのお膝元で、University Avenueが密集エリアだ。

 まず、すでに手にしているシール「Bling tag」をアクティベート(有効化)する。このシールには個別の8桁の数字が刻印されていて、その数字をSMSを使って送信する。送信先の番号は78787。国際ローミングしている日本の携帯からでは不安があったので、前述したNexus Sで利用している現地の電話番号からのSMS送信を利用した。仮に固有の数字が12345678であった場合、78787に対して「TAG 12345678」とSMSを送る。折り返し、SMSが着信して、このシールが有効化されたことがわかる。あくまでBling tagはシールなので、貼り付けた携帯と電気的な接点はないから必ずしも携帯に貼る必要はないのだが、買い物ごとにSMSが届くため、やはり携帯に貼った方が使い勝手がいいようだ。前述の通り、Nexus SにはNFCがあらかじめ内蔵されてはいるのだが、これを活かす手段がないので本体設定からNFC機能はオフにしている。NFCがあるのにNFCのシールを貼るというのは考えてみれば間抜けな話ではあるが、現時点ではこれが現実だ。

 次にするのは、このBlingの番号とPayPal口座の連携。すでにPayPalの口座を持っているならばそれを利用できるし、持っていなければ新たに開設する。ちなみに日本からでも利用が可能なPayPalではあるが、米国在住者のそれとは若干使い勝手が異なるのでこの設定にはやや抵抗があった。詳しくは後述する。この設定を終えると、「Blingタグの番号」、「携帯の電話番号」、「PayPal口座」の3つが紐付けされて、準備が整ったことになる。再度SMSが届いて、Blingへのデポジットに10ドル分が付与されたことが伝えられた。普及のための実験段階とはいえ、なかなか太っ腹なことである。

配布されている「Bling」のシール。International CES開催時に出展社であるBling nationから直接入手したが、利用可能な店舗などでも配布されている手順は簡単。SMSを使って78787に刻印されている8桁の固有番号を送る。メッセージ本文は刻印が12345678なら「TAG 12345678」折り返し、SMSを送った電話番号に対してシールが有効化されたというメッセージが到着する。使える場所はリンク先に明記されているという仕組み

 あとは実際に買い物を行なうだけだ。Blingを運営するBling nationのサイトはFacebook上のアプリケーションになっていて、決済機能だけでなくソーシャルコミニュケーションや位置情報などとの連携を目指したサービスだとうかがい知ることができる。これは、Suicaを始めとする交通系から普及が拡大していった日本とは大きく異なっている部分だ。

PCとシールを手に、AT&Tによる無線LANが無料で利用できるスターバックスで、Blingが利用可能な店舗のあたりをつける

 さすがに実験段階なので、どこでも使えるというわけではない。あてもなく街を彷徨うのも効率が悪いので、まずこのFacebook上のBling nationから利用できる店舗のあたりをつけることにした。そこで最初に目を付けたのが、イタリアンジェラートの店「Michael's Gelato & Cafe」。カフェやレストランなどちゃんとした食事のできる店舗も決して少なくはなく、スポーツ用品店などでも使えるのだが、とりあえずは低価格でテイクアウトもできる手軽なものから試してみる。もちろん万が一使えなかった場合には現金で支払うことになるわけだから、そのリスクヘッジも兼ねるわけだ。

 ショーケースのなかからキウイのジェラートをオーダーしてレジへ。支払いの段階になって、店員さんに携帯とBlingのシールを見せて「これで払ってもいい?」と聞いてみた。返事はまったく問題なく「OK」。店員さんは普通のレジを叩いてレシートを一旦作成したうえで、横にあった決済側の端末機を操作。同じ金額を入力して、シールでの軽いタッチをうながしてくれた。筆者が携帯をかざして軽く触れると、電子音のあとに決済側の端末機が稼働。レシートが出てきて無事決済完了である。ほぼ間を置くことなく、かざしたシール付きの携帯へBlingからのSMSも着信した。

 実際、この店舗ではレジの横にこのBlingのシールをディスプレイしていた。筆者の使っていたものはあらかじめInternational CESで入手していたものだったが、対応店舗ではこのようにして希望者に配布も行なっているとのこと。前述の通り、登録手続きを行なえば10ドル分の利用権が付与されるわけだが、シール自体は無償で配布されている。店員さんの手際もよかったので、どれぐらい利用されているかをたずねてみたところ「少しは使われているが、それほど多いわけでもない。なによりも、始まったばかりだからだろう」という答えだった。「日本ではわりと多くて、公共交通機関やWalgreen(※米国に多いコンビニ系の店舗)みたいな場所でも似た仕組みがかなり普及している」と伝えたところ、ちょっと感心されたりもした。

 店舗内の座席に座って手にしたばかりのジェラートを味わいつつ、到着したSMSを確認。すると、Facebook上のBling nationへアクセスすることで同じ店舗で次回は2ドル分のクーポンが使えるというメッセージがURL付きで届いていた。ちなみに今回オーダーしたジェラートの価格は4.75ドル。これまた太っ腹なことだと感心しつつ、数年以上も前に日本国内で電子マネーを使って初めて買い物をしたときの感慨が久しぶりによみがえってきた。もちろんこうした感慨を覚えているのは、ここが米国内であったからなだけで、仮に日本なら単におサイフケータイで買い物をしただけに過ぎないのは言うまでもない。

 食べ終えて店を出るときに気がついたのだが、開放されたままで気がつかなかった扉にはVISAやMasterなどのこの店で使えるクレジットカードのマークと並んでBlingのシールも貼られていた。これを見つけてから、このUniversity Avenueを店舗の扉に気をつけつつ歩いてみると、結構な店舗に同じシールがあることがわかった。Facebookのアプリ上で通りにある総数はある程度把握していたのだが、少なくともこのエリアでは使える店舗数はかなり多い。実はそれは当然のことで、運営会社であるBling nationはこの通り沿いに存在する。例えれば、まずは地元の商店会から手を付け始めて実験運用を行なっているわけである。

最初にBlingを使ってみたのがイタリアンジェラートのお店「Michael's Gelato & Cafe」レジには決済端末が並べておいてあり、店員さんが金額を入力してからタッチ決済終了後には登録してある携帯にSMSが到着する。次回このお店で利用することができる2ドル分のクーポンが入手できるという。
店をでるときに開放されているドアに、クレジットカードによる決済可能であることを示すシールと並んでBlingのシールがあることに気がついた。気がついたあとに、Palo AltoのUniversity Avenueを扉に気をつけながら歩いてみると、いたるところにこのBlingのシールがあることを見つけることができた

 翌日、今度は別の店舗へと赴いた。今度はベーグルのお店に行ってベーグルとドリンクをオーダーした。やはりこちらも店員は滞りなく会計処理を済ませてくれて、新しいサービスだからといってたどたどしい感じはない。むしろ何かしら構えていた筆者側のほうが不自然なくらいだった。

 とはいえこちらの店員さんもも普及度に関しては似たような印象をもっているらしく、さほど積極的に利用されているとは考えていないようだ。当たり前のことかも知れないが、単に支払い手段が1つ増えただけのことである。

翌日、今度はベーグルのお店で卵を挟んだホットなベーグルとドリンクを購入。こちらは4.50ドル購入したベーグルとレシート。よく見ると渡されたのは店舗側のコピーで客側のコピーとは逆だった購入店舗は「House of Bagels」。やはりこのぐらいの金額や品物に気楽に使えるのが電子マネー的な感覚

 現状、Palo Altoのように使える店舗が密集している地域は極めて少ないのだが、他にも西海岸ではサンフランシスコ市内、サンノゼをはじめとするシリコンバレーエリア各地などでも利用できる店舗はいくつかある。東海岸でも利用可能な場所はあり、また先日はシカゴでも利用が可能になったとFacebookやTwitterで案内された。着実に運用エリアが増えつつあるのは間違いないようだ。

公式サイトとして案内されているのはhttp://www.bilingnation.com/だが、実際にはFacebookアプリケーションへと転送される北米エリアでBlingが使える地域。トライアル段階なのでかなり限定されているシリコンバレーエリアをズームする。パロアルト周辺に密集しているのがわかる
実際に利用してみたPalo AltoのUniversity Avenueの様子。現時点でBlingが利用可能な店舗の密集エリアがここだ実はBling nationの本社はここPalo AltoのUniversity Avenueにあった。残念なことに到着後に気がついた。実は地元商店街とも言うべき地域からトライアルをしている感じである最近利用できるようになったと案内がきたシカゴエリア。マップを見る限りでは、まだまだ実際に使える店舗は少ないようだ。

今回の渡米時に利用した筆者のBlingの状況。いずれの購入でも次回使える2ドル分のクーポンが入手できているが、さすがにまだ使う機会はない。今度ジェラートやベーグルを同じ店で食べると、Savingの部分に2ドルの割引が表示されると予想される

 実は筆者がこうしてBlingを試しているタイミングで、ちょうど日本ではおサイフケータイ機能を持つAndroid端末向けにEdyのアプリケーションが提供され始めた。そのEdyアプリに決済状況をハッシュタグ付きでツイートする機能があったことで、筆者のTwitterにおけるTL上ではちょっとした話題になっていた。どちらかといえば買い物と金額というプライベートな部分をソーシャルネットに流すという点で否定的だったり不安を感じる声が多いようにも感じたが、たまたま海の向こうにいた筆者は、たびたびFacebook連携の様子をBlingの利用で見せられていたので、SNSやソーシャルコミュニケーションに対する日米の意識の違いを若干ながら感じさせられた出来事にもなっている。

●間もなく登場するiPhone 4向けの電子マネーシール

 さて電子マネーのシールと言えばソフトバンクBBが昨年発表したiPhone 4の背面に貼って利用する「電子マネーシール for iPhone 4」がある。先日、正式に2月18日にWAON版とEdy版、2月25日にnanaco版が発売されることが決まった。これはソフトバンクBBのリリースにもあるように、カメラ部分を除いて背面をほぼ覆うようなタイプ。今回紹介しているBlingに比べて、やはり日本向けの親切さ丁寧さという印象を受ける。

 Blingのシールは貼る対象となる機種を限定できないという理由があるにせよ、見た通りいかにもアメリカ的な感じの大雑把な代物だ。1月末に試して以来貼り続けていても剥がれたりはしていないものの、接着部にあたる角にはホコリが付いたりもしている。

 ちなみにソフトバンクBBの電子マネーシールは1点あたり2,980円。ほぼ同時期に発表されたビットワレットによるEdyストラップの1,575円に比べてもおよそ倍程度と、なかなか高価な設定だ。もちろん電子マネーによる決済がすでに普及している日本ではBlingのように10ドルなどという太っ腹なオマケなどは付ける必要などあろうはずもない。

2月18日にはWAON版とEdy版、2月25日にnanaco版が発売されるiPhone 4に貼るタイプの「電子マネーシール for iPhone 4」

 シール(あるいはストラップ)である点では、FeliCaを元にするこれらの電子マネーシールとBlingとで違いがないように見えるが、実際にお金を電子化して入金する過程には違いがある。チャージに関してはストラップやシールの場合、必ず近接通信を伴う必要がある。コンビニや入金機を使って現金を利用してチャージしたり、あるいはPaSoRiなどの個人向けリーダー/ライターを使った上でインターネット経由で指定のクレジットカードなり銀行口座からチャージするという仕組みだ。

 フィーチャーフォンやおサイフケータイ対応のスマートフォンにあらかじめ内蔵されたFeliCaが場所を問わずに、単独でクレジットカードや銀行口座からのチャージが可能なのは、携帯のUSIMと紐づけられる電気的な接点を利用するためだ。単なる電子マネーシールやストラップと、おサイフケータイの決定的な違いがここにある。

 しかしBlingの場合、入金はPayPalの口座を使って行なうことができるため、インターネットへのアクセスが可能な携帯電話であれば、その場で銀行口座やクレジットカードから入金手続きができる。これは日本の電子マネーシールでは実現が難しい利点である反面、リスクともなるだろう。特に日本のユーザーがPayPalを利用する場合には、基本的に自分でPayPal口座に任意の額をデポジットをしておくことができない。eBayの売り上げやソフトウェアの寄付などの入金があればそれをデポジットとして使えないこともないが、そういうものがない場合は、登録したクレジットカードへ直結となり、プリペイド型電子マネーのEdyやWAON、nanacoといったものよりも、信用決済による後払いのiDやQUICPayに近い運用形態になってしまう。先に今回自分で試すにあたって、クレジットカードへの紐付けに抵抗があると述べた部分がこれだ。

 もちろん任意で設定するPINコードや、Facebookの自分のアカウントからBlingタグの機能を停止させるなどのセキュリティは用意されているので、万全とは言えないが、万が一の紛失時の対処などは可能だ。もちろんこれは、通常のクレジットカードを使っていようが、おサイフケータイを使っていようが、誰もがかかえる同じリスクでもある。

 現時点でBling nationは、ベンチャーキャピタルなどからの起業支援を受けてBlingの運用を実験的に行なっている。卵が先か鶏が先かの理論になってしまうが、このシールが普及していかなければ支払可能な場所は増えないし、支払い可能な場所が少なければシール自体の普及もしない。やはり大きく動く可能性があるのは、携帯端末そのものにNFCが搭載され始めてからだろう。

 もちろん新しく登場するスマートフォンにNFC搭載が積極化されていくのは予想に難くないが、だからといって米国における既存のユーザーが一斉に携帯を買い換えたりするようなことはないし、日本のおサイフケータイ並みに普及するにはそれなりの時間を要するだろう。支払可能な場所としても、全米にネットワークを持つようなチェーン店の参加は不可欠だ。それでも、携帯への搭載状況の普及に伴い支払い可能な場所が増えていくようであれば、このBlingとは限らないが、こうしたシールによる運用もその新旧携帯の隙間を埋めていく形でニーズが生まれていくものと思われる。

 確かにGoogleはAndroid 2.3でいちはやくNFC搭載を打ち出してきたが、やはりiPhoneを擁するAppleがNFCに対して今後どういう取り組みを見せるかで流れは大きく変わると考えている。少なくともiTunes Storeで独自の決済機能とエコシステムをすでに作り上げているAppleが仮にiPhoneにNFCを搭載するのならば、iTunesのクレジット機能とNFCとを結びつけていくであろうことは想像に難くない。バルセロナで開催されるMobile World CongressにAppleは出展していないが、2011年から動きはじめるモバイル業界全体におけるNFCへの取り組みを含めて注目していきたい部分だ。

(2011年 2月 14日)

[Reported by 矢作 晃]