山田祥平のRe:config.sys

NFC、おサイフケータイへの道、遙か

 財布を忘れて外出しても、ポケットの中にケータイがあれば、ほとんど不自由することなく丸1日を過ごせる。それが日本という国だ。今、同様の環境をめざすNFCがホットだが、果たして、おサイフケータイに匹敵する存在になるのだろうか。

20年前の10年後を25年後に振り返る

 Mobile World Congress 2013取材で、スペイン・バルセロナに来ている。世界最大のモバイル通信関連の見本市だ。

 このイベントでフォーカスされているトピックスの1つがNFCだ。NFCに関しては、日本がFeliCaことおサイフケータイで、少なくともこれまでは圧倒的な便利を提供できてきたわけだが、国際標準規格としてのNFCは、事実上、そのあとを追う形となる。FeliCaはJIS規格ではあるが、ISOにはなっていない。そして、FeliCaはアプリケーション仕様まで含んだNFC技術によるものだ。

 コーヒーショップの支払いを携帯端末で行なうような光景を、具体的なシーンとして、ぼくが初めて見たのは、1994年秋に米ラスベガスで開催されたIT関連の見本市COMDEXだった。ビル・ゲイツ氏による基調講演で披露されたムービー「Information at your Fingertips 2005」 の中の1シーンにそれがあったのだ。

 この映画では、2005年時点でのITが、どんなかたちで暮らしの中に使われているかを、さまざまな観点でストーリーに織り込んであるのだが、その中で、2人組の刑事が朝、コーヒーショップに立ち寄り、カフェラテのショートを1つと、エスプレッソのダブルを1つ注文する。そして店員が液晶ディスプレイのPOSを操作し、スクリーンにトータル金額が表示されると、女性の刑事が「私が奢るわ」と、ポケットから手の平サイズの端末を取り出し、ボタンを押すと、スクリーンにPAIDという文字が表示されて支払いが完了する。ここで登場した端末は3.5型程度のモノクロスクリーンを持つ手のひらサイズのものだった。

 このムービーは実に興味深いものだったので、VHSテープからDVDにダビングし、ファイルにもして、今も大事に所有している。何しろ、ほぼ20年前からその10年後を想像し、それを今、10年前として鑑賞すると、いろんなことが見えてくる。

やっかいなNFC

 さて、MWCでは、会場に入るときに、入場カードと写真付き身分証明書の提示が求められる。写真のチェックに手間がかかるので、いつもゲートは混雑している。入場カードはいつも首からぶら下げているのだが、あわせて写真のチェックが必要になるのだ。ちなみに、カードそのものにもNFCチップが入っていて、ブースやカンファレンスなどへの入場時にスキャンされる。

 その一方で、入場時には、NFCゲートなるものが用意されていて、こちらはいつも空いている。利用が素早くできるというのではなく、使っている人が少ないだけの話なのだが、手続きとしては、まず、ポケットからAndroidスマートフォンを取り出し、ロックを解除して、あらかじめインストールしておいたNFC Badgeアプリを起動し、センサーにスマートフォンをタッチする。瞬時に認識され、スマートフォンスクリーンのタップが求められるので、そのままタップすると、こちら側と係員側の両側に設置された12型程度のディスプレイに自分の顔写真が大きく表示され、係員が目視で本人を確認するシステムになっている。1分間にいったい何人が通り過ぎるんだというような駅の改札などには、これではとても使えない。

 また、会場のあちこちには、デモンストレーション用に、案内版が掲げられていて、それぞれの項目にNFCチップが埋め込まれている。

 例えば、「近くのトイレ」という項目に、スマートフォンをタッチすると、ブラウザが起動して、その周辺のトイレがどこにあるかがわかるようになっている。

 一方、買い物なんかはどうかと実際に試してみた。バルセロナ市内にはたくさんの加盟店があるようだが、MWCの会場のあちこちにあるカフェやショップなどでも使えるようなので、そこに立ち寄って使ってみた。

 店員に使えるかどうかを確認し、アップルジュースを頼むと、ハンディターミナルを出してきてスマートフォンをタッチしろという。ロックを解除して、ウォレットアプリを起動した状態で、スクリーンをタップすると決済が行なわれ、ハンディターミナルからレシートが出力される。そしてジュースが手渡される。結構面倒くさい。ポケットから無造作にスマートフォンを取り出して、何も考えずにタッチすればいいという日本のおサイフケータイとは次元が違う。ただ、今回提供されていたアプリでは、クイックペイメントという機能が実装されていて、この機能をオンにしておくと、端末がスリープでスクリーンオフの状態で、そのままタッチするだけで支払いが完了する。ただし、電源がオフの場合は機能しないようだ。

世界標準としてのNFC

 NTTドコモは、MWCのタイミングに合わせて、2012年10月時点で明らかにしていたおサイフケータイが、従来のFeliCaに加え、TypeA/Bの決済サービスなどに対応する旨の詳細を発表した。ドコモ、チャイナモバイル(中国)、KT(韓国)の3社が、NFC対応製品やサービスを日中韓の3国でローミングするために必要な共通仕様を策定したというものだが、いよいよ、日本国内だけではなく、海外に行っても財布がいらない環境が実現しそうな予感を感じさせるものとなっている。

 ただ、すでに書いたような使い勝手の上、NFCは端末に装着されたSIMとの紐付けも必要だ。しょっちゅうSIMを入れ替える場合の対応が難しい。だからというわけではないが、NFCのアプリケーションが充実するには時間がかかるだろう。そういう意味ではアプリケーション層を包含し、SIMとは無関係に動作するFeliCaの仕様は、きわめて現実的なものだったといえるだろう。なにしろ、通信ができない環境はもちろん、端末に電源が入っていなくても、ちゃんと決済ができてしまう点で、圧倒的な便利さを享受できる。

 それでも世界標準がNFC TypeA/Bの決済サービスに向かっている以上は、これからいろいろな形での対応をしていく必要があるだろう。今、必要不可欠なインフラとなっている日本国内のFeliCaはそうそう簡単にやめるわけにはいかないし、NFCのスピードではラッシュ時の駅の改札は無理だともいう。それでも日本でも次第にNFCが使われていくようになるにちがいない。

 これから日本に戻り、成田空港から都心に戻るときには、成田エクスプレスの中で、WiMAXで日本の高速インターネットを楽しみながら、日本の缶ビールをスマートフォンのおサイフケータイで購入して、この国の未来を考えることにしよう。

(山田 祥平)