イベントレポート
NVIDIA、Tegra 4とSHIELDの概要を発表
~「ビデオゲームもクラウドになる」とフアンCEO
(2013/1/8 01:18)
米NVIDIAは、International CESの前々日となる1月6日(現地時間)夜に記者会見を開催し、次世代モバイル機器向けSoCとなる「Tegra 4」を発表した。NVIDIAの共同創始者でCEOのジェン・セン・フアン氏は「Tegra 4は最強のモバイル向けプロセッサだ」と述べ、Tegra 4の性能はKindle Fire HD(TI OMAP4470)に比べて3.5倍高速で、第4世代iPadに比べても高速であるデータなどを公開した。
また、フアン氏は極秘に開発を続けてきた「SHIELD」と呼ばれる製品計画の概要を明らかにした。SHIELDは、Tegra 4を搭載し、38Whのバッテリ、アナログジョイスティックなどのゲームコントローラ、720pの解像度を持つ5型ディスプレイ、Androidマーケットが利用可能なAndroid OSを搭載し、Windows PCからのPCゲームのストリーミングプレイが可能なスペックを実現しているという。
フアンCEOは「今後ビデオゲームはクラウドになる」と述べ、Tegra 4、SHIELD、そしてこれまでGeForce GRIDとして開発が続けられてきたGPU仮想化技術NVIDIA GRIDなどを活用することで、3Dゲームのクラウド化に本格的に取り組んでいくという姿勢を明らかにした。
GeForce Experienceを活用することでPCゲーミングがよりユーザーフレンドリーに
今回のNVIDIAの記者会見は一種異様な雰囲気を醸し出していた。CESの記者会見としては異例の前々日の夜になってからの記者会見だったのだが、NVIDIAがTegra 4を発表すると予想されていたため、多くの記者が詰めかけて列を作っていた。しかしその場所が二転三転して、詰めかけた記者から多くの不満が出ていたからだ。だが、フアン氏がいつもの調子で熱い口調で記者会見を始めると、そんな不満はどこかへ飛んでいってしまったかのように、熱気に包まれた記者会見となった。
フアン氏が最初に語ったのはGeForce Experience(GFE)と呼ばれる新しいWindowsベースの設定ツールだ。「PCゲーミングはアーキテクチャが開放的であるため、技術革新が据え置き型ゲーム機に比べて圧倒的に高速。しかし、据え置き型ゲーム機が1つのハードウェアしかないのに対して、PCゲーミングでは性能が異なるハードウェアがあるため、その性能差を吸収するために、ゲームソフトの設定を行なう必要があった」と指摘し、それが一般のコンシューマユーザーがPCゲーミングを楽しむハードルになっていると指摘した。
フアン氏は「我々が提供するGeForce Experienceはハードウェアを自動で認識して、そのPCに最適なセッティングを自動で行なう。これによりエンドユーザーは据え置き型ゲーム機を利用するような簡単な操作で、高性能でより表現力が高いPCゲーミングを楽しむことができる」と述べ、GeForce Experienceのデモを行なった。全てのハードウェアをNVIDIAのエンジニアがあらかじめさまざまなテストを行ないデータベースとしてクラウド側に保存しておくことで、GeForce Experienceツールが自動でそれにアクセスして、ゲームやドライバレベルの設定(例えば、アンチエリアシングや異方性フィルタリングなどの設定)を最適な数値に設定してくれるという仕組みになっているという。実際のデモでは、GeForce Experienceツールを無効にした状態と、GeForce Experienceツールを有効にした状態がデモされ、自動でより表現力の高い画面になる様子などが紹介された。
NVIDIA GRIDが正式発表、日本はG-cluster Globalより提供
続いてフアン氏が紹介したのは「NVIDIA GRID」と呼ばれるクラウドベースのGPU仮想化技術。これは2012年のGTCで「GeForce GRID」として紹介された仮想化技術で、データセンターなどにNVIDIAのGPUを高密度で実装し、仮想化技術「VGX HYPERVISOR」を用いることで、複数のエンドユーザーがGPUの処理能力をストリーミングで利用することができるようになる技術である。
フアン氏は「クラウドコンピューティングは、コンピューティングのあり方の全てを変えた。今後GPUのレンダリングはクラウドで行なわれるようになっていくだろう」と述べ、NVIDIA GRIDの概要を紹介した。公開されたシステムは1つのラックあたり20のグリッドサーバーが格納されており、1つのグリッドサーバーに12個のNVIDIA GPUが格納されているという。ラック全体での処理能力は200TFLOPSに達し、これらを利用してエンドユーザーに対して3Dレンダリングのストリーミングサービスを提供することが可能になるという。
フアン氏は「このNVIDIA GRIDではこうしたサーバーのハードウェアを提供するだけではない。QoS(接続品質の管理)やソフトウェアスタックに関してもNVIDIAから提供し、クライアントとなるレシーバーに関してもどんなプラットフォームでも使えるように提供していく」と語った。その上でLG Electronicsが試作したスマートTVを利用して3Dゲームをストリーミングで楽しむ様子などを公開し、さらにTegra3を搭載したASUSのTransformer Prime(日本名:TF201)上でも同じゲームをプレイできる様子をデモした。
フアン氏は「このようにNVIDIA GRIDを利用することでエンドユーザーはいつでもどこでも、どんな端末を利用しても3Dゲームを手軽に楽しむことができる。将来的にはKindleのような安価な端末でも実現可能だろう」とし、NVIDIA GRIDを利用することで、強力なGPUを内蔵しないモバイル端末であっても3Dゲームを楽しむことができるというビジョンを説明した。
気になるサービスの提供だが、フアン氏は「現在世界中のサービスプロバイダとサービス提供についての話し合いをしている。本日はその一部を発表したい」と述べ、Agawi(米国)、Cloud Union(中国)、Cyber Cloud Technologies(中国)、G-cluster Global(日本)、Playcast Media Systems(イスラエル)、Ubitus(台湾)の各社がNVIDIA GRIDを利用したサービスを提供していく予定であることを明らかにした。
フアン氏は「NVIDIA GRIDの開発は簡単な話ではなかった。例えばQoSの問題は非常に難しく、それを実現するために弊社のスタッフは夜昼無く働いて来たが、それでも5年という期間がかかった。以前はクラウドゲーミングはジョークに過ぎなかったが、今現実になろうとしている」と語り、NVIDIAとしては今後長期的な視野にたってNVIDIA GRIDの普及を実現していくという姿勢を明確にした。
WayneがTegra 4として発表される、72コアGPU+クアッドコアA15
次いでフアン氏は同社が開発コードネームWayneで開発を続けてきたモバイル向けSoCを「Tegra 4」として正式に発表した。フアン氏は「Tegra 4は72個のGPUコアを備え、世界初のクアッドコアCortex-A15プロセッサを搭載している、世界最速のモバイルプロセッサだ」とし、Tegra 2で世界初のモバイル機器向けデュアルコア、Tegra 3で世界初のモバイル機器向けクアッドコアと、パフォーマンスリーダーとして君臨してきた実績を、Tegra 4でも継続していく戦略を明らかにした。
フアン氏はすでに販売が開始されているGoogleの「Nexus 10」(Samsung Electronics Exynos 5250搭載)と比較デモし、同じ複数のWebサイトの読み込みを順番に行なうことでどれだけの性能差が出るのかを示してみせた。実際Exynos 5250を搭載したNexus 10が50秒かかった処理に対して、Tegra 4はわずか27秒と約半分で終了し、プロセッサとしての処理能力が高いことがアピールされた。フアン氏が公開した資料によれば、TIの「OMAP 4470」を搭載した「Kindle Fire HD」に比べて3.5倍高速で、2012年の10月に発表されたいわゆる第4世代iPad(製品名はiPad Retinaディスプレイモデル、A6X搭載)と比べても高速であることも示されていた。
また、フアン氏はTegra 4で実装されている新しいカメラ向けのHDR(High Dynamic Range)合成向けの新しい仕組み「NVIDIA Computational Photography Architecture」についての解説を行なった。HDR合成は複数枚の写真を撮影し、プロセッサの処理能力を活用してダイナミックレンジを残したままの画像を生成する。iPhone 4以降で搭載されている機能で、より露出が自然な写真を撮影することができるようになる。
しかし、HDR合成を行なう場合、負荷の高い処理が入るため、その処理を行なっている間ユーザーは待たされることになる。実際iPhoneでHDR合成を利用したことがある人なら、わずかな時間ではあるが通常時と比較して画像が保存されるまで時間がかかることをご存じだろう。今回NVIDIAが導入した新技術では、SoC上にHDR合成を行なうエンジンを追加し、従来のイメージ信号プロセッサやメインプロセッサだけでなくGPUも含めて演算を行なうことで、HDR合成をわずか0.2秒で実現。iPhone5の2秒に比べて10倍高速だという。また、単なるHDR合成を利用した静止画だけでなく、ライブビューなどでもHDRを適用できる様子がデモされた。
このほか、Tegra 3で導入された“忍者コア”こと5番目の隠し低消費電力コアに切り換えることで、低消費電力動作を実現する4-PLUS-1機能が引き続き搭載されていること、表示されている画面に併せて画像を調整し、人間の目には暗くなったとわからないようにしつつ輝度を下げることでバックライトの電力を動的に削減する「PRISM 2 ディスプレイテクノロジ」が搭載されること、さらにはTegra 3に比べて45%の消費電力の削減が行なわれ、HDビデオの再生で14時間のバッテリ駆動が可能になることが明らかにされた。
ただし、これ以上の詳細、例えば利用しているプロセス技術、製造を担当しているファウンダリ、クロック周波数、SKUの存在、採用したOEMメーカーがあるのかどうかなどは明らかにされなかった。実際Tegra 3が発表された時には、共同発表のパートナーとしてASUSが指名されており、ASUSのTransformer Prime(日本名:TF201)が同時に発表されたため、正式発表というよりは概要の発表、という印象を受けた。ただ、7日以降のCESで搭載製品が発表されたり、展示される可能性はあるので、そちらにも期待したいところだ。
プログラマブルなソフトウェアモデムとなるi500を今月サンプル出荷開始
フアン氏は続いて、同社が2011年に買収したモデムベンダIcera(アイセラ)社の資産を継承して開発された新しいモデムについての説明を行なった。フアン氏が公表したのはi500という新しいモデムチップで、従来のハードワイヤード(固定機能がハードウェアで実現されている半導体のこと)なモデムチップではなく、プログラマブルなチップとソフトウェアを組み合わせて実現するモデムチップだと説明した。
フアン氏によればi500は8コアのプロセッサを内蔵しており、最大で1.2T(テラ)オペレーション/秒の処理能力を備えており、ファームウェアの形で提供されるソフトウェアにより3G、4Gなどさまざまなモデムの機能を実装できるという。「ソフトウェアにより機能を実現する仕組みを採用することで、ダイサイズは従来のモデムに比べて40%も削減することができている。さらにソフトウェアをアップデートすることで機能を強化することができる。将来はスマートフォンのモデムの機能をソフトウェアでアップデートすることができるようになるだろう」とそのメリットを強調し、また、今月からサンプル出荷を開始することを明らかにした。
ただ、これ以上の詳細は明らかにされなかった。3G、4G(LTEなど)に対応しているということは明らかにされたものの、具体的にどの周波数帯に対応しているのかは未公表。また、消費電力は従来型モデムに比べてどう変わるかについても言及がなかった。そうした明快なメリットがあれば触れるフアン氏が何も触れなかったということは、もしかすると増えてしまうか、その点ではあまりメリットがないのかどちらかだろうと考えられるが、一般論として考えればハードワイヤードよりも汎用プロセッサの方が消費電力が高いことが多いため、この点はOEMメーカーにとっては気になるところではないだろうか。
なお、NVIDIAはモデムを統合したTegraをTegra 4とは別途計画しており、そのコードネームは「Grey」であることが知られている。GreyはWayne(Tegra 4)に比べてやや遅れて提供されることが明らかにされているため、今回は特に発表なしということだったのだろう。
NVIDIA純正ポータブルゲーム機が登場か
記者会見の最後にフアン氏は「Something New…」と書かれたスライドを表示し、「これから極秘に開発してきたプロジェクトを明らかにする。これでびっくりしてもらえなかったら、その方が驚きだ」と述べ、同社がSHIELDというプロジェクト名で呼ぶポータブルゲームマシンの計画を明らかにした。
フアン氏が公開した資料によれば、SHIELDは以下のようなスペックになっているという。
・Tegra 4採用
・38Whのバッテリ搭載
・独自の低音ブースト機能を搭載したオーディオ機能
・据え置き型ゲーム機並みのゲームコントローラ(スティックやボタンなど)
・Google Playストアが利用可能な一般的なAndroid OS
・HDMI出力、microSDスロット、USB、ヘッドフォン端子などAndroidデバイスとしてフルI/O
・カスタマイズ可能な背面パネル
・Retinaディスプレイ並みの720pマルチタッチ対応5型ディスプレイ
フアン氏は「このデバイスは一般的なAndroid OSを搭載しており、Google Playにもアクセスできるし、NVIDIAが提供しているTegraZoneにもアクセスすることができる」と述べ、特殊なゲーム専用機にするというのではなく、あくまでポータブルゲーム機の形をしたAndroidデバイスであることを強調した。
さらに、フアン氏はSHIELDにはKeplerベースのGeForce GTXを搭載したWindows PCにリモート接続して、ゲームをPC側でレンダリングして、それをSHIELDでストリーム再生しながら楽しむ機能があることも紹介し、実際には、PCゲーム配信プラットフォームである「STEAM」を利用し、ゲームをプレイする様子を公開した。
フアン氏は「SHIELDでは、3つのアップストアにアクセスすることができる。Google Play、TegraZone、STEAMだ。ユーザーはどのプラットフォームのゲームであるかを意識することなくプレイできる」と述べ、Call Of DutyのようなWindowsゲームから、Angry BirdのようなAndroidアプリまでをシームレスにプレイできることが、SHIELDの特徴であると強調した。
なお、今回のSHIELDの発表はあくまで技術概要の発表であり、どのようなビジネスモデルになるのかといった面の発表は一切なかった。実際、NVIDIAのマーケティングを担当している幹部に確認したが、それに関して今回は何も発表することがないと言う答えが返ってきた。ただ、NVIDIAに近い関係者によれば、現時点ではNVIDIAはMicrosoftのSurfaceと同じようなコンシューマに対して直接販売するモデルを検討しているようで、NVIDIAが販売している3D眼鏡と同じようにNVIDIAブランドで販売される可能性が高そうだ。
実際、ポータブルゲーム機の市場で、NVIDIAの顧客は現在いないため、Microsoft Surfaceのように自社の顧客と市場を食い合うといったジレンマもなく、そうしたビジネスモデルが採用される可能性は高いだろう。また、現時点ではユーザーが所有しているPCからのストリーミングプレイのみに対応しているが、将来的な可能性としてはSHIELDにNVIDIA GRIDのクライアント機能が入ることは容易に想像できる。そうなれば、メディアによる供給でも、ダウンロードでもない新しいゲーム配信のクライアントとなり得ることが想像できるだけに、NVIDIAにとっても新しいゲーミングプラットフォームを立ち上げるという点で重要な取り組みになると言える。ただし、現時点では最終決定はまだ下されていない模様で、今後状況が変わっていく可能性はある。
最後にフアン氏は「デジタル業界は急速な発展を遂げている。PC、モバイル機器がクラウドにぶら下がるようになり書籍や音楽などのコンテンツをクラウドを利用して楽しめるようになっている。我々がこの5年間やってきたことは、それをビデオゲームの世界に持ち込むことだ」と述べ、NVIDIA GRIDやSHIELDのようなプロジェクトが、そうしたビデオゲームをクラウドにというNVIDIAの壮大なビジョンが現実になると強調し、会見をまとめた。