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東電、燃えない「リチウム硫黄バッテリ」やスマホロボットを公開

~経営技術戦略研究所を初披露

横浜市鶴見区にある東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所

 東京電力ホールディングスは、神奈川県横浜市の経営技術戦略研究所(TRI)の様子を公開した。

 同社では、2015年4月1日に、経営技術戦略研究所(TRI)を設置。今年(2016年)4月のホールディングカンパニー制移行に合わせて、東京電力グループの技術力の維持および強化の役割を担う組織に位置付けられている。

 「自由化(Deregulation)」、「脱炭素化(De-Carbonization)」、「分散化(Decentralization)」、「デジタル化(Digitalization)」、「人口減少(De-Population)という、エネルギー分野を取り巻く潮流を、5つのDとして示しながら、これらに適応することを目的に、ITやIoT技術に関する各種研究開発に取り組むほか、競争力の高い技術の創出や活用、現場に密着した課題解決、経営戦略や技術戦略に関わる調査および研究、エネルギー政策に関わる分析や提言機能を強化。電気事業の新たな研究開発のモデルケースを目指すという。TRIの研究開発予算は、人件費を含めて年間100億円規模だという。

東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所長の岡本浩常務執行役

 東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所長の岡本浩常務執行役は、「TRIは、燃料・火力発電事業会社、一般送配電事業会社、小売事業会社の3つの基幹事業会社と、グループ会社の全てと連携する立場にあり、責任と競争を果たすため、経営判断に資する材料提供とともに、グループ各社の付加価値創出を下支えするのが役割。組織名に、経営と戦略という言葉を入れているように、経営とエネルギー技術の融合を目指している。さまざまな業界の専門家を擁し、現場データと社会情勢から経営課題を予測するシンクタンク機能、オープンイノベーションを含めて、専門技術の結集で迅速にソリューションを提供するエンジニアリング機能、イノベーションで夢を実現するための技術開発機能という3つの機能を持つ」とする。

 経営技術戦略研究所は、研究統括室、経営戦略調査室、技術開発部、知的財産室、土木建築エンジニアリングセンターの5つの組織で構成。送変電分野、配電分野、省エネ、廃炉や除染に向けた研究などのほか、IoTやロボット、新型電池などの研究開発も行なっている。

 「東京電力が持つ膨大なデータをデジタルで分析することで、もっと異なることができると考えている。これまでのkWhの電力を売るだけのビジネスから、省エネを含めたサービス提供へとビジネスを転換していく必要があり、これらの知見を、そこに活かすことができる」などとする。

 また、シンクタンク機能においては、電力の需給見通しについても予測。その中で、「運輸部門のEV化、100℃以下の熱は化石燃料を使わず、ヒートポンプなどで作る産業熱需要や家庭業務用の給湯および厨房需要など、需要サイドにおける電力化を最大限進めると、2050年までに、CO2排出量は約4分の1にまで減少する。それを実現するには、分散型電源やEVなど、さまざまな電源設備と顧客設備を繋ぐ、プラットフォームが必要になり、需要と供給の変動を調整する柔軟性の拡大が求められる。多くのEVが道路を走っている状況は、概念としては電力が道路の上を流れているのと同じもの。こうした発想も必要になる」などとした。

 オープンイノベーションへの取り組みとして、「TEPCO CUUSOO」を今年2月からスタート。これまでに24件の提案を社外から受け、そのうちミーティング実施にまで12件が進んでおり、今後も社外企業との連携を推進するという。

経営技術戦略研究所の役割
5つの「D」に取り組んでいる
経営技術戦略研究所が試算した2050年のエネルギーバランス
オープンイノベーションにも取り組んでいる

 東京電力ホールディングスは、経営技術戦略研究所の公開とともに、取り組んでいる研究開発成果をいくつか公開した。

 中でも注目を集めるのが、新型電池であるLLZ電解質を用いた新型蓄電池「リチウム硫黄電池」である。

 まだ基礎研究段階のものであるが、首都大学東京との共同研究を進めており、東京電力オリジナル電池として開発を推進。特許も出願しているという。

 東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所技術開発部電力貯蔵ソリューショングループ・道畑日出夫氏は、「蓄電池において、安全性は重要な要素であり、高い性能も求められている。だが、リチウムイオン電池は、有機電解液を使用しており、ガスが発生したり、負極と電解液の反応による発熱がきっかけとなり、熱暴走を起こすという課題がある。実際に昨今ではリチウムイオン電池による事故が発生している。また、液漏れによる腐食の課題もある。だが、LLZ系電解質Li-S電池では、固体化することに加え、酸化物電解質のため、不燃性で信頼性が高いという特徴を持つ。揮発性物質を含まないため、ショートや液漏れがなく、充放電による金属リチウムの樹枝状析出がないため、安全性に優れる。また、エネルギー密度はリチウムイオン電池のエネルギー密度の3.3倍を実現する性能を示した。リチウムイオン電池では実現できない安全性と、高性能を実現することができる」とした。

 今後の課題は、大面積化や正極材料の改良などにあるとしており、「従来の蓄電池よりも小型軽量化を図れる特徴を活かす一方、将来的には、家庭用、EV用、非常用などのさまざまな用途へ適用できるようにしたい」と述べた。

東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所技術開発部電力貯蔵ソリューショングループ・道畑日出夫氏
新型蓄電池「リチウム硫黄電池」への取り組み
リチウムイオン電池との比較
小型軽量、安全を切り口にさまざまな分野に応用する考えだ

 スマートO&M(オペレーション&メンテナンス)プロジェクトでは、2014年9月に技術開発のロードマップ化をスタート。「送変電分野における生産性の飛躍的向上、国際的優位な託送原価の実現、新たな収益源確保という3つの狙いからスタートしたものであり、今後は、託送原価の提言と安定供給の維持、要員減少への対応、膨大な経年設備を抱える送配電ネットワークの維持、スマートメーターの導入や次世代監視制御システム開発、IoTの進展や人工知能の発達、利用進展、ビッグデータ解析などにも取り組む必要もある。そこに向けて、ICTやロボット技術を活用した業務の省力化や、個別設備ごとの管理による戦略的予防保全が必要となる」(東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所技術開発部送変電技術グループ・濱田浩グループマネージャー)とした。

 現在、鋼管内部の腐食などを点検する際に、鉄塔に登り内視鏡で劣化レベルを判断しているが、最終的には人の目で判定しているため、多大なマンパワーと判定に個人差が発生していたという課題があった。これを、機械学習を活かした画像診断による劣化判定へと移行。劣化判定の自動化により、約2割の効率化とともに、判定精度も高めることに成功。実用可能なレベルにまで研究成果を高めているという。

 また、管内にある45,000基の送電設備に対する点検を、人間に代わって、ロボットが行ない、設備劣化の判定を行なう「画像による送電設備の保全高度化技術」では、送電設備の一番上にある架空地線を利用して、ロボットを走行。ロボットに搭載した診断センサーから得られる情報をもとに、劣化判定と、レポート作成の自動化などを行なうという。

 「2017年度にプロトタイプの完成を目指して、メーカーや大学と連携しながら開発を行っている」(同)という。

東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所技術開発部送変電技術グループ・濱田浩グループマネージャー
スマートO&M導入の背景
内視鏡画像を活用して自動判定を行なう
内視鏡を活用した鉄塔での作業の様子
送電設備を対象に自走点検ロボットを活用する取り組みも行なっている
ICTを活用した変電所設備管理効率化技術

 そのほか、ICTを活用した変電所設備管理効率化技術の開発にも取り組んでいるという。

 一方、工事や点検作業の見える化では、ビーコンを用いた変電所点検時の行動計測の開発に取り組んでいることを示した。

 「パワーグリッドは屋内や地下に設置されていることが多いため、GPSが利用できないといった課題があった。そこで、BLE(Bluetooth Low Energy)の電波を発信する小型発信であるBLEビーコンを活用して、作業員はスマートフォンを携帯するだけで、工事や点検の見える化ができるようになった。無駄な動きがないかどうかを確認できるようになり、ビーコンの設置も作業前に30分以内に完了し、作業終了後に速やかに撤去できるようになった。今後はより精度を高めることに取り組みたい」(東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所情報通信技術グループ・大橋敏明氏)とした。

東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所情報通信技術グループ・大橋敏明氏
シート型ワイヤレスセンサーを開発
ひび割れのセンシングして、ビッグデータ解析を行なう
BLEビーコンを設置している様子
計測結果の様子。作業者の動きが分かる
ヒートマップをもとに最適な人員配置に活かす

 医療用センサーを応用したIoT技術の例として、電力土木設備点検の省力化に向けたシート型ワイヤレスセンサーの開発についても説明した。

 電力土木設備の点検では、足場が必要な高所などが多く、目視点検や測定による設備保全データの取得が困難な場合があるため、省力化した点検技術開発が求められていた。

 大阪大学の関谷毅教授などが開発した有機エレクトロニクス技術による印刷技術を用いた大面積シート型センサーを活用。ひび割れなどの常時計測、記録機能、データの送信機能を持つことで、データの効率的な取得と、設備点検の省力化、設備診断の高度化などが実現できるという。

東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所技術開発部設備基盤技術グループの河村直明スペシャリスト

 「ここでは、センシングに関わる技術開発が重要となる。今年度はセンサーの基本性能を試験室で確認。今後、センサーの現場適用試験を実施して、耐久性などを確認する予定である。他の電力土木設備への適用拡大に向けて、現場ニーズに応じたセンサー機能を追加する予定であり、この技術を確立すれば外販することもできる」(東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所技術開発部設備基盤技術グループの河村直明スペシャリスト)とした。

 一方、研究所ラボの一部を公開。福島第一原発のスマートフォンを活用したロボットと、スマホを利用して家電やブラインド、窓などを制御した際の変化などを計測するスマートハウスを紹介した。

東京電力の原子力発電所向けロボットの開発実績

 東京電力では、福島第一原発における情報収集に向けてロボット開発を加速してきた経緯がある。前身となるのは2008年に開発した配管点検ロボットだが、福島第一原発の事故後となる2012年には、国産ロボットとしては初めて福島第一原発に入ったクインズを千葉大や東北大などとともに開発。階段などを昇って、人が入れない場所で情報収集を行なった。そのほかに、サーベイランナーやフライゴーMAと呼ぶロボットを、企業などと共同開発し、福島第一原発内部の情報収集を継続的に実施。本田技研と共同開発した高所調査用ロボットでは、最大7m上の部分にまでアームを伸ばして、情報を収集した。

 さらに、東京電力独自のロボット開発にも取り組み、これらをスマホロボットと呼んだ。原子炉建屋内の狭い箇所やクランク部も走行したり、段差を乗り越えたりして情報収集を行なうという。

 独自開発の第3世代スマホロボットは、内径100mmの管の中を走行し、情報を収集するほか、2015年に開発された第4世代モデルでは、福島第一原発の原子炉格納容器の機器ハッチ内を走行。20cmの隙間を通り抜けたり、障害物や段差を乗り越えたり、搭載しているスマートフォンを使って前方向や下方向を撮影することができる。

 「求められる仕様に合わせて改良を加えており、第4世代のスマホロボットは、機器ハッチ内の走行を目的に、狭隘部も進むことができるものとした。想定される段差や障害物、放射線量などにも対応できるようにした。スマートフォンを活用しているのは、コンパクトな筐体の中に静止画、動画を撮影でき、それを送信するという機能を搭載している理由から。これらの機能を別々に搭載すると大きな装置になってしまう。2015年11月に行なった機器ハッチ内の調査では、これまでには得られなかった情報が得られた」と、東京電力ホールディングス 経営技術戦略研究所技術開発部機械システム技術グループの吉野伸マネージャーは語った。

第4世代のスマートフォンロボット
2015年に第4世代のスマートフォンロボットを活用して内部を調査した
第4世代のスマートフォンロボットの概要
スマートフォン部が倒れ、下部分の撮影も可能になる
20cmの狭いところを移動してきたスマホロボット
障害物がある場所も乗り越える

 また、スマートハウスでは、同じ形の住宅を2軒並べて設置。同条件での比較ができるようにしているという。2階建ての100平方mのフロア面積を持つ一戸建て住宅を13年前に建設。さまざまな条件でデータを取得し、これを比較し、生活提案やサービスに反映している。天窓を開けたときの空調の変化、ブラインドを降ろした時の部屋の温度の変化などを測定する。さらに、EVと家を結んで、家からEVに電気を供給するだけでなく、非常時などにおいては、EVから家に電気を供給する仕組みの研究も行なっている。

 そのほか、スマートホーム向けアプリへの取り組みとしては、「モーニング執事&メイド」(開発・アイティオール)と「逃げナビforスマートハウス」(開発イサナドットネット)の開発に協力し、スマートハウスの実現に活用していることを紹介。モーニング執事&メイドでは、次の日の予定や気分に合わせて、朝起きたときの照明やアロマ、音楽などを設定。執事が「今日も世界一お美しいですね」と言って起こしてくれる。また、「逃げナビforスマートハウス」では地震が発生したことをアプリに通知。自宅内の避難経路を、照明が自動点灯して誘導。さらに地震の情報が得られるようにテレビの電源を自動的につける。

 家庭内でいかに快適に過ごすかといった取り組みも、サービス事業への転換を図る東京電力にとっては欠かせないものとなっており、経営技術戦略研究所の知見がここに活かされることになる。

スマートハウスの研究用に同じ住宅を2軒設置している
だが、家の中は多くの測定機器が設置されている
ブラインドも自動で降ろして、その影響を測定する
スマートフォンアプリの開発でも協力している
クルマから家に電気を供給するという提案も行なった
TRIの敷地内には電気の史料館がある。現在は一般公開されていない
経営技術戦略研究所入口には1990年に東電が開発した電気自動車「IZA」も展示していた。1台だけ作られたものだ
IZAの車検証。1996年に登録され、公道を走れるものになっていたことが分かる