■笠原一輝のユビキタス情報局■
Intelは、サンフランシスコで開催中のIDFのテクニカルセッションで、同社がWindows 8搭載タブレット向けに出荷を予定している次世代Atom「Clover Trail」の概要を明らかにした。
Clover Trailの内部構造は、スマートフォン向けのSoCであるAtom Z2460(開発コードネーム:Medfield)にかなり似通っており、Medfieldのシングルコアをデュアルコアに、またMedfieldには搭載されていないLPCやIOAPICといったPCでは必要とされる機能などを追加した形になっている。
Clover Trailの最大の特徴は、S0ixと呼ばれる新しいシステムの状態(いわゆるSステイト)をサポートしたこと。具体的には、S0ステイトでありながら、SoC全体の消費電力を数mWに低下させるS0i1、さらに数μWにまで低下させるS0i3という新しいSステイトを追加した。
Windows 8のConnected Standby機能と組み合わせて利用すると、画面を切っただけのスタンバイ状態で、S0i1から通常のS0への復帰がわずか数マイクロ秒、S0i3からは数ミリ秒と、これまで数秒~数十秒単位で時間がかかっていたS3(スタンバイ)やS4(ハイバネーション)と比較して、高速に復帰できるようになる。
これにより、x86プロセッサもスタンバイからの復帰のユーザー体験で圧倒的に差をつけられていたARMアーキテクチャのSoCに追いつき、従来のx86アプリケーションが動作するという過去の資産との互換性を武器にの競争で優位に立つことになる。
●今回のIDFは正式発表は見送りだがWindows 8の正式リリースまでには発表今回IntelはClover Trailの正式発表を行なわなかった。この点に関してClover Trailの概要を説明する技術セッションを担当したIntel タブレットプラットフォームマーケティングエンジニア ジョセフ・ニールセン氏は「Clover Trailはまだ発表していない製品で、製品のブランドやどんなSKUがあるのか、クロック周波数などは明らかにすることができない。そうしたことは近いうちに行なわれる正式発表で発表されるだろう」とした。
ただし、Clover Trail自体のセッションのタイトルが「Tablet Platforms with Next Generation Intel Atom Processors and Microsoft Windows 8」となっていたし、Intelの幹部もAtomブランドで発表されることを認めた。なお、ドイツで行なわれたIFAでは多数のClover Trail搭載タブレットが発表、展示されたことはお伝えした通りで、そこに展示されていた製品で確認したところ、Atom Z2760という製品名で表示されクロック周波数は1.8GHzだった。
IntelではClover TrailはWindows 8の発表に併せてとこれまでも説明しており、ニールセン氏の言う“近いうち”は、遅くともWinodws 8の発表までで、そう遠くない日と捉えればいいだろう。
●Windows 8タブレット向けの専用設計ニールセン氏が示したClover Trailのブロック図などによれば、その基本的な構造はMedfieldを引き継いだモノになるという。「我々はClover TrailをWindowsで動くように設計してきた。そのため、プロセッサはデュアルコアに強化し、それぞれにL2キャッシュを備えた。また、スマートフォン向けのMedfieldには搭載されていないLPCやIOAPICといったモジュールを追加し、Windows用のデバイスドライバを用意するなどフルのWindowsが使える互換性を維持している」と、Clover TrailがWindowsへの対応を意識した設計になっているということを強調した。ニールセン氏によれば、「OSはWindows 8のみの対応となる。旧来のWindowsやAndroidなどの他のOS用のドライバは用意されない」という。
内部構造は基本的にはMedfieldと同等で、PCで言えばチップセットのノースブリッジに相当するSoCインターコネクトに2つのAtomコア(それぞれ512KB L2キャッシュ内蔵)が接続されており、そこにメモリコントローラ、GPU、H.264の1080pハードウェアエンコード/デコードが可能なビデオエンジン、フロント800万画素/リア200万画素のカメラをコントロールできるイメージプロセッシングユニット、LVDSにも対応可能なディスプレイコントローラ、プロセッサの省電力を管理するパワーマネジメントマイクロコントローラなどが接続されている。
同じくサウスブリッジに相当するサウスインターコネクトには、スマートフォンやタブレットなどで必要とされる機能が備わっており、SDIO、USB OTG(On The Go、スマートフォンなどをPCに接続するための仕様)、eMMC(チップ上にコントローラを搭載したフラッシュメモリ、SSDのスマートフォン用)コントローラなどが接続されている。
また、タッチ/GPS/加速器/ジャイロ/コンパス/光センサーなど多数のセンサーに対応するため、I2CやMIPIなどスマートフォン用SoCでは一般に利用されているインターフェイスが実装されている。逆にPC用のプロセッサでは一般的なPCI Expressがなく、消費電力などの観点から見送ったと考えられる。通信モジュール(Wi-Fi、Bluetooth、ワイヤレスWAN)なども、PCI ExpressではなくUSB2コントローラ(xHCI)を利用して接続されることになる。
Intel Clover Trailの基本構造 | 従来のPC用プロセッサではサポートされていなかったセンサーなどへの対応が追加されている | Clover Trailのブロックダイアグラム |
●ARMアーキテクチャのSoCと同じスタンバイ復帰を実現するS0ix
Clover Trailの最大の特徴は、低消費電力でWindowsを動かせることだ。TDPに関しては、先に報道関係者向けの説明会で示された次世代Atomのロードマップで2Wとされており、Clover TrailのTDPもその程度だと考えることができる。
ただし、TDPはあくまでピーク時の消費電力であり、実際に重要になるのはバッテリ駆動時間の指標となる平均消費電力だ。今回のテクニカルセッションではIntelは平均消費電力の具体的数値を示さなかったものの、平均消費電力を低下させる仕組みの実装について説明した。
Windowsが動作しているとき(ACPIのSステイトではS0と呼ばれる)は、プロセッサに負荷がかかればピーク電力を消費するが、それが収まると「アクティブ電力」と呼ばれる通常の消費電力へと低下する。さらにWindowsが何も動作していないと、「アイドル」と呼ばれる待機時の電力モードへと移行する。
Windowsが動作しないときは、電力をカットできるメモリサスペンド(ACPIではS3と呼ばれる)、ほとんど消費しないハイバネーション(ACPIではS4と呼ばれる)へ移行することで、さらに電力を節約する仕組みになっている。図にすると以下のようになっている。
【図1】OSのSステイトと、新しいS0ixの位置づけ |
OSがS0ステイトにある時、CPUは負荷に応じてCステイトと呼ばれる動作モードを変更できる。通常動作時のC0ステイトから、クロック周波数を停止するC1/C2、PLLもオフにしてキャッシュの内部もクリアして一部電源を切るC4、キャッシュを完全にオフにするC6といったように、徐々に低電力駆動のモードへと切り替わっていく。
今回Intelは、このS0ステイトの拡張を行ない、S0ixと呼ばれるステイトをこのClover Trail/MedfieldとHaswellで追加している。S0ixは、OSはS0ステイトのまま、SoCの電力をオフにする部分を増やすことで、S3/S4と変わらない低消費電力を実現するという。復帰までの時間を数ミリ秒~数マイクロ秒としておりユーザーはサスペンドモードだったことも気がつかずに、そのままOSを使えるようになる。
具体的に追加されるのはS0i1、S0i3という2つのステイト。S0i1ではCPUがC6ステイト、メモリがセルフリフレッシュモード、GPUやビデオエンジンなどがパワーゲーティングモードとなり、数mW単位にまで消費電力を減少させる。このS0i1からの復帰時間がマイクロ秒単位で、従来のC6並の復帰時間を実現している。このS0i1ではGPUやビデオエンジンに電力が入っているので、音楽やビデオ再生などが可能だ。
S0i3ではさらにCPUやGPU、ビデオエンジンなどのへの電力供給を完全にオフにする。これによりS3とほとんど変わらないようなシステムレベルの低消費電力を実現し、SoCが消費している消費電力はなんと数μWだという。このS0i3からの復帰にはミリ秒単位で時間がかかるが、それでもメモリサスペンドなどに比べて圧倒的に高速だ。
これまで、よくx86プロセッサはARMに比べて消費電力が高いと言われていたが、その最大の根拠はアイドル時の消費電力だった。ARMは当初から数μWだったのに対して、x86プロセッサは数mWが最小単位だった。しかし、Clover TrailやHaswellでは、S0ixを実装したことでこの課題を解決できるようになる。
実際に製品化されると、x86ベースのタブレットやスマートフォンでも、電源ボタンを押すだけで、ユーザーはすぐに(ミリ秒単位で)Windowsを使い始めることが可能になる。まさにこれまでスマートフォンやタブレットでは当たり前だった体験が、Windowsタブレットでも実現されることになるのだ。もはや、使い勝手の観点でARMとx86の違いは消滅したと言っても過言ではないだろう。
●Clover TrailはユニークなDRAMスタッキング基板で提供
Intelが来年投入するHaswellにもSoC版が用意されているが、Haswellの場合は、プロセッサとPCHはそれぞれ別ダイで、1つのパッケージの中で実装するMCM(Multi Chip Module)の手法で封入される。これに対して、Clover Trailの“ホンモノ”のSoCで、すべての機能が1つのダイに集約されている。
ユニークな点は、Clover Trailのダイがサブ基板上に実装されて提供されること。このサブ基板上には、DRAM(LPDDR2、最大2GB)をパッケージ上にスタッキング(重ねての実装)するためのインターポーザー(中間部分)が用意されており、DRAMをClover Trailのダイの上に重ねて実装できるようになっている。ニールセン氏によれば、IntelからDRAMを重ねて実装した状態で提供することも可能だし、OEMメーカー自身が自分で実装するという両方の選択肢が用意されているという。
パッケージは14x14mmとかなり小型で、DRAMをスタッキングした状態でマザーボード上に実装してもトータルの高さはバッテリよりも低くなるため、薄型のシャシーを作ることも可能だという。ニールセン氏によれば、8.5mmを切る薄さを実現することも可能だということだった。
すでにIFAのレポートでも説明した通り、Windows搭載のタブレットとして、Acerの「ICONIA W510」、HPの「ENVY X2」、ASUSの「Vivo Tab」、Samsung Electronicsの「ATIV」、Lenovoの「ThinkPad Tablet 2」が発表/展示されたが、今回のIDFでも同じようにThinkPad Tablet 2などが展示され、来場者が触れる状態になっていた。実際に、筆者も操作してみたが、Windows 8のタッチUIの操作も軽々と行なうことができ、Office 2013のプレビュー版での操作も快適だった。
なお、インストールされていたWindows 8はいずれも32bit版のWindowsだった。これは、メモリが2GBまでのみというスペックも影響しているが、現状ではConnected Standbyが32bit版Windows 8でのみサポートされるからだと、展示員は説明していた。
リファレンスデザインの例 | 14x14mmのパッケージ |
LPDDR2をパッケージ上にスタッキングすることができる | Intelのリファレンスデザインでは10型パネルを利用して8.7mm/600gの薄さ、重量が実現できるという |
LenovoのThinkPad Tablet 2は、600gで10mm以下の薄さを実現したClover Trailタブレット。USBポートやHDMIといった拡張性も特徴 |
【動画】ThinkPad Tablet 2の動作の様子。快適に動作していた |
(2012年 9月 14日)