■笠原一輝のユビキタス情報局■
Intelはヨーロッパ最大の家電展示会「IFA 2012」に参加し、ホール23に設置された同社ブースにおいて、スマートフォンソリューション、第3世代Coreプロセッサ搭載の最新Ultrabook製品、IAタブレットなどを展示した。
今回のIFAは、Windows 8が正式リリースされる直前のイベントなったこともあり、各OEMメーカーからは新製品の発表ラッシュ。新しいUltrabookや、次世代Atomプロセッサ(開発コードネーム:Clover Trail、クローバートレイル)を搭載したタブレットなどが多数発表された。
Clover Trailは、1月に発表されたMedfieldことAtom Z2460(スマートフォン向け)に次ぐ製品として、デュアルコアx86プロセッサ、GPU、チップセットをすべて1チップにしたSoC(System On a Chip)になっており、現行製品となるAtom Z670(Oak Trail)を置き換えることになる。
●2008年から始まったAtomプロセッサ搭載モバイル機器の歴史IntelのAtomプロセッサは、メインストリームPC向けのCoreプロセッサではカバーできない低消費電力なモバイル機器(タブレットやスマートフォン)やデジタル家電向けの製品と位置付けられている。2005年にIntelが研究を進めていると発表したLPIA(Low Power IA)と呼ばれるプロジェクトが元になっており、2008年にAtomプロセッサとして発表された。
【図1】モバイル機器向けAtomの歴史(2013年以降は筆者予想を含む) |
最初のAtomには2つの系統の製品が用意されており、1つは当時新しい市場として盛り上がりつつあったネットブック向けの製品で、これはプロセッサが開発コードネームDiamondville(ダイアモンドビル)で知られており、ASUS「Eee PC」などのネットブックに多数採用され、低価格なWindowsノートPCとして人気を集めた。この系統はその後、2009年末にCPUにGPUやDRAMコントローラを統合したPine Trail(パイントレイル)、それを32nmに微細化したCedar Trail(シーダートレイル)へと進化して現在に至っている。
これに対して、開発コードネームMenlow(メンロー)で知られたプラットフォームは、UMPC(Ultra Mobile PC)と呼ばれる超小型ノートPCに採用された。ソニーの「VAIO type P」や富士通の「LOOX U」がその代表的な製品で、Windowsが動作する小型端末として人気を集めた。その後Menlowは後継製品としてMoorestown(ムーアズタウン)をリリースしたが、これはスマートフォン向けで、Windows用のグラフィックスドライバがない、PC向けとしては必須のSATAコントローラがないといった問題があり、純粋なMenlowの後継がない事態になってしまった。
そこで、Menlowの後継が欲しいというOEMメーカー側のリクエストに応えて作られたのがOak Trail(オークトレイル)で知られる製品で、2011年の4月に発表された。これにより、OEMメーカーはMenlowと同じようなUMPCやWindowsベースのタブレットを製造することが可能になり、実際にいくつかの製品が投入された。日本では富士通がNTTドコモ向けに製造した“Windows 7ケータイ”「F-07C」がこのOak Trailベースになっている。
ここまでが2011年末までのAtomプロセッサの、特にモバイル機器向けの歴史だ。
●すでに市場に投入されている32nmのCedar TrailとMedfieldIntelは2012年に入って、Atomプロセッサの32nmプロセスルール版を追加した。それがネットブック向けのCedar Trail(シダートレイル)とスマートフォン向けのMedfield(メッドフィールド)だ。
Cedar Trailは、2009年の末に発表されたPine Trailの後継となる製品で、チップセットは従来のPine Trailと同じ「NM10」ながら、CPU部分(Cedarview)は32nmに微細化されている。Cedarviewlは、単純に従来のPine TrailプラットフォームのプロセッサであるPineviewを32nmに微細化した製品だと思われているが、GPU部分がPineviewとは大きく異なる。PineviewのGPUはIntel 945Gに内蔵されているIntel GMAの流れを汲むGPUコアだったのだが、Cedarviewの内蔵GPUはPowerVR SGX545へと切り換えられている。これにより、GPUの性能は維持しつつ消費電力を下げることに成功しているのだ。
特に、CedarviewではプロセッサコアがAtomのデュアルコアになっており、GPUに割くことができる消費電力の量があまり多くないため、このアプローチは有効だ。なお、現在の32nm世代のAtomプロセッサも、プロセッサコアの基本設計(マイクロアーキテクチャ、Bonnell)は45nm世代と同様で、もともとマルチコアに備えた設計になっていないため、Cedarviewのデュアルコアとは、単純にコアを倍にした構造になっている。Bonnellコアはx86プロセッサとしては小さく省電力になっているが、それでも1つ1つのコアがARMアーキテクチャのプロセッサコアに比べて大きめで、それを2つ搭載することはダイ上のフットプリントや消費電力に影響がある。そこで、モバイル機器向けのGPUとして定評がある、Imagination Technologiesが開発しているPowerVRを統合するというアプローチは理にかなったものだと言える。
ただし、このネットブック向けのCedar Trailは率直に言って大きな成功を収めていない。これはプロセッサの魅力がないというよりは、ネットブックという市場そのものが収束しつつあるからだ。すでにネットブックが占めていた“低価格WindowsノートPC”という市場は、14型や15型で、CeleronやPentiumなどのプロセッサを搭載した299~499ドル程度の低価格ノートPCに置き換えられており、今後もう一度ネットブックが再浮上するというストーリーも考えられないため、おそらくIntelはネットブック向けのAtomはこの世代で終わりにするだろう。
そしてMedfieldだが、2012年1月のCESで「Atom Z2460」として発表された。Medfieldは、Moorestownの後継として開発されたSoCだ。1チップで、通信モデム(3G/LTEなど)を除く機能がすべて1チップに実装されている。MedfieldはBonnellコアを1コア搭載し、GPUはPowerVR SGX 540が搭載されている。Medfieldはスマートフォンなどには必要の無いSATAコントローラなどは搭載せず、ストレージはeMMCと呼ばれるフラッシュ側にコントローラが入っているフラッシュメモリを利用する仕組みになっている。このため、基板上にMedfield、メインメモリとしてLPDDR2、eMMCのフラッシュメモリ、そして通信チップ(3GやWi-Fiなど)を実装するだけで、スマートフォンやタブレットの製造が可能になる。
すでにIntelはMedfieldを顧客に提供しており、1月のCESでLenovo、Motorola MobilityをOEMメーカーとして獲得したことを明らかにした。その後、フランスのキャリアであるOrange、インドのLAVA、そしてLenovoから搭載製品がすでに発売されているほか、今回のIFAでは中国の通信機器メーカー大手のZTEからMedfield(Atom Z2460)搭載スマートフォン「Grand X IN」が発表され、Intelのブースなどで展示されていた。ZTEによれば、9月に正式に発表され、ヨーロッパ市場に投入される予定だと言うことだ。
ホール23に設置されたIntelブース、Intelブース内に各OEMメーカーの小ブースが設置されUltrabookのアピールなどに余念が無かった | IAベースのスマートフォンを展示しているコーナー |
●Medfieldをデュアルコアにして、GPUを強化したClover Trail
Clover Trailは来週行なわれるIDF(Intel Developer Forum)で正式に発表され、10月末予定のWindows 8正式発表に合わせて投入される予定で、Medfieldをベースに、Windows 8タブレットに対応できるように強化されたSoCとなる。なお、Clover Trailはプラットフォームのコードネームで、チップそのもののコードネームはCloverviewとなるが、ここではプラットフォーム全体と言うことで、Clover Trailで統一して説明していく。
【図2】Cedar Trail、Medfield、Clover Trailの構造 |
Clover Trailは基本的な構造こそMedfieldとほぼ同じで、1チップのSoC、LPDDR2に対応したDRAMコントローラ、SDIO、USB、HDMI出力など機能はほぼ同等だ。しかし、それに加えて、プロセッサコアは、シングルコアからデュアルコアへと強化されている。もっとも、すでにCedar Trailのところで述べたように、Bonnellの基本設計はマルチコアを前提にしたものではないため、単純にコアを2つSoCのダイ上に統合した構造になっていると推測される。なお、HTテクノロジーにも対応しており、OSからは4コアに見える。
GPUも強化されており、MedfieldではPower VR SGX 540が採用されていたのに対して、Clover TrailではPower VR SGX 545に変更されている。同じクロック周波数であれば、Power VR SGX 545はPowerVR SGX 540に比べて1.5~2倍程度の描画性能を持っているので、Medfieldに比べて高い描画性能を実現していると言える。また、Medfieldに搭載されていたMPEG-4 AVC/VC-1の1080p動画のハードウェアデコーダやハードウェアエンコーダエンジンなども搭載されており、プロセッサパワーに頼らなくても各種のHD動画を再生することが可能になっている。
重要なことは、Clover Trailが機能の強化を図って若干Medfieldよりも消費電力が増えているとしても、依然として省電力なSoCであるということだ。Intelに近い情報筋によれば、IntelはOEMメーカーに対して、Clover Trailと28~30Wh程度のバッテリを搭載してタブレットなどを作ると、9時間程度のバッテリ駆動が可能になると説明しているという。逆算してみると、システム全体の平均消費電力は3~3.3W程度になり、これはARMアーキテクチャのハイエンドなSoCで動作しているAndroidタブレットの平均消費電力とほぼ同等か、わずかに高い程度だ。
IFAの会場に展示されていたLenovoのThinkPad Tablet 2のシステムプロパティ。クロックが1.8GHzで、プロセッサナンバーはZ2760であることがわかる |
OEMメーカー筋の情報によれば、Windows 8のリリースに合わせてリリースされるClover Trailは1.8GHzで動作しており、デュアルコアでHT対応、プロセッサナンバーは「Z2760」になるという。
今回のIFAでは、5つのメーカーからClover Trail搭載PCが発表、展示された。Acerの「ICONIA W510」、HPの「ENVY X2」、ASUSの「Vivo Tab」、Samsung Electronicsの「ATIV」、Lenovoの「ThinkPad Tablet 2」だ。
IFAのLenovoブースには、米国で8月15日に発表されたThinkPad Tablet 2が展示されていた。ThinkPad Tablet 2は、10型HD(1,366×768ドット)のタッチパネルを搭載したスレート型のPCで、重量は600g、厚さ9.8mmとなっている。ThinkPad Tablet 2以外のClover Trail製品が、いずれもキーボードドックが標準で用意されており、クラムシェルとしても使えるセパレート型になっているのに対して、ThinkPad Tablet 2にはキーボードドックは用意されていない。ただし、オプションでUSBポートやHDMI出力などを備えたスタンドが用意されており、外付けキーボードと組み合わせてノートPCのように使うことは可能になっている。
このThinkPad Tablet 2は600gで10時間、AcerのICONIA W510は600gで8時間などのバッテリ駆動が可能になっており、NVIDIAのTegra 3を搭載したAndroidタブレットのバッテリ駆動時間がやはり10~12時間程度であることを考えれば、若干少ないものの十分なバッテリ駆動時間は確保されているということができるだろう。
Lenovoが展示したThinkPad Tablet 2。オプションでクレイドルが用意されており、ディスプレイ出力やUSB、LANなどのケーブル接続が可能で、キーボードを接続してノートPCのような感覚で利用可能。厚さは9.8mmで、重量は600g、10時間バッテリ駆動ととAndroidタブレットに匹敵するスペックを実現。オプションでデジタイザーペンも用意される | クレイドルとの接続部分 |
Windowsから確認出来るセンサー | クレイドルを利用するとこのようにデスクトップPCのように利用することができる。本体液晶は10型、解像度は1,366×768ドット |
●22nmプロセス世代ではマイクロアーキテクチャを一新
IntelはこのMedfield、Clover Trail後もスマートフォン、タブレット向けのソリューションを拡張していく計画を持っている。
Intelは2013年にMedfieldの後継として「Merrifield」(メリーフィールド)、Clover Trailの後継として「Bay Trail」(ベイトレイル)を計画していることをすでに明らかにしている。いずれも22nmプロセスルールで製造され、位置付けとしてはMedfieldとClover Trailの関係のように、Merrifieldがあり、それをベースにより強化版として作られるBay Trailがあると考えられている。
Intelにとって22nm世代の2製品が重要な理由は2つある。1つはIntelの製造キャパシティに対する相対的な期待感の向上だ。現在スマートフォンやタブレット向けSoCは、28nmないしは40nmで製造されているが、現在ようやく28nmへの移行が進んでいる段階。世界的にはTSMCに受注が集中して製造キャパシティの奪い合いになり、OEMメーカーの中にはSoCの不足で製品計画通りに作れないベンダーすらでてきている。そうした中で世界最大の半導体製造施設を持ち、常に安定して製品を供給してきたIntelに対する再評価が進んでもおかしくない状況が生じてきている。Intelが他社に先駆けて22nm世代のMerrifieldやBay Trailを出荷できれば、大きなアドバンテージになる可能性がある。
2つ目としては、この22nm世代で、Atomプロセッサのマイクロアーキテクチャが新設計になることだ。すでに述べたとおり、32nm世代までのAtomプロセッサは、Bonnellのマイクロアーキテクチャにも基づいており、コア数を増やすには単純にコアを足していくという方法をとるしかなかった。しかし、すでにSoCの世界では、さほど大きくないプロセッサコアを複数搭載していくという手法がメインストリームになりつつあり、今後もIntelがx86プロセッサをSoCに展開していくのであれば、マイクロアーキテクチャの一新は避けられなかった。情報筋によれば、Bay Trailは少なくともクアッドコアになるとのことで、電力をあげずにクアッドを実現したのだとすれば、より低消費電力で効率の良いマイクロアーキテクチャとなっている可能性がある。
その先、2014年には、さらに14nmへと微細化した次々世代製品を投入する計画を明らかにしている。Intelの強みは自社で製造設備を持っていることで、その強みを活かして先端技術を惜しみなくSoCへと投入することで、ファウンダリのロードマップやキャパシティに左右されてしまう他のシリコンベンダーに差をつけようというのが、Intelの基本的な戦略だと言える。それが成功すればこれまで苦戦が伝えられてきたSoC市場でも状況を好転させることが可能になるだろう。
(2012年 9月 3日)