■笠原一輝のユビキタス情報局■
米Intelは、2011年第4四半期(10月~12月期)決算を発表した。その詳細に関しては別記事を読んで頂くとして、ここではその数字から見えてくる市場の変化について触れていきたい。
今回のIntelの決算では、PCクライアント事業が第3四半期(7月~12月期)に比べて3%の売り上げ減少だが、前年同期比では16%の成長になっている。さらにサーバー事業では第3四半期に比較して8%の成長で、前年同期に比較して8%の成長となっている。PCクライアントが第4四半期に減少したというのは、タイにおける洪水の影響があると考えられるため織り込み済みとは言え、前年に比べて成長していることを考えれば、未だIntelのコアビジネスであるPC/サーバー向けのプロセッサ事業は堅調に推移していると言えるだろう。
ところが、今回の決算で明確に売り上げが減少していると指摘された分野がある、それがAtomプロセッサだ。Intelが、Atomプロセッサを導入して以来、ネットブックと呼ばれるスマートフォン以上、PC未満のデバイスの市場に取り組んできたが、Intelの第4四半期決算を見ると、ネットブック向けを含むAtomプロセッサは第3四半期から第4四半期への比較で38%の減少、2010年の第4四半期と比較して57%もの減少になるという。
このことは、2つのことを示している。1つはネットブックがタブレットに置き換わったということ、そしてIntelはその移行に失敗した、ということだ。
●ネットブック市場における需要の後退がAtom事業の売り上げ減少につながる今回発表されたIntelの2011年第4四半期決算では事業本部ごとの決算を明らかにしている。第4四半期は第3四半期と比較して、PCクライアント事業で4%減、データセンター事業で8%増、Atom事業は38%減だった。一方、前年同期と比較するとそれぞれ16%増、8%増、57%減だった。
第4四半期は第3四半期と比較するとPCクライアント事業の売り上げは減少しているが、これはタイの洪水によるHDDの品不足で、PC市場に影響を与えているからだと考えることができる。HDDメーカーの関係者によれば、この問題は長ければ第2四半期の初期までかかると見られているため、その影響が出てきている。それでも、前年同期比では16%増を実現しており、依然としてPC事業は堅調だ。
データセンター事業に関しても依然として堅調な売り上げを見せており、第3四半期比、そして前年同期比でも8%の成長を見せている。このように、Intelのコアビジネスと言える、PC向けプロセッサ、サーバー向けプロセッサのビジネスは依然として盤石であると言って良いだろう。
しかし、Atomのビジネスは非常に急速に売り上げが減っていることがわかる。第3四半期から第4四半期にかけて38%減、昨年同期比で57%と、売り上げが著しく低下しているのだ。Atomの販売価格はもともとIntelの製品にしては低いものばかりなので、販売価格が著しく低下したとは考えにくく、やはりここは出荷量が減っているのだと考えることができるだろう。
実際、Intelも投資家向けに公開した文章の中で“Intel Atom microarchitecture revenue is down as a result of lower demand for netbooks.”(Atom製品の売り上げが下がったのはネットブックへの需要が下がったため)と明確に説明している。
●米国の小売店の売り場が変わった、かつてネットブックが置かれていた場所がタブレットにではなぜ、ネットブックの市場は縮小したのか。その理由は米国で小売店に行ってみれば一目瞭然だった。というのも、米国の小売店ではネットブックの販売スペースが著しく減少し、その減少した部分を埋めているのがタブレットだからだ。
米国では、BestBuyあるいはFry'sという小売店が、日本で言うところのヤマダ電機やヨドバシカメラなどに相当する小売店だ。筆者も米国に行くたびにそこに行くのを楽しみにしている。ところが、2011年の半ばぐらいだったからだろうか、従来と比較すると大きな変化があることに気がついた。それが、従来は数列あるPC売り場のうち、1列を占めていたネットブックが縮小され、取り扱い製品が減っていることだった。
常に車で移動することの多い米国では、日本ほどはネットブックへの注目度が高くないということはもちろん理解していたが、それでも低価格なPCとして、あるいは子供向けとして、ある程度の需要があるからこそ、小売店でもネットブックを扱っていた。しかし、今年(2012年)にこれらの小売店に行ってみると、ネットブックは米国でもブームは終わったと実感することができる。
では、その売り場を埋めたのは何かと言えば、タブレットだった。ロサンゼルスで筆者が訪れたFry'sでは、一列がタブレットになっており、米国の小売店は、明らかにネットブックに置き換わるものがタブレットという認識があると感じた。
このことは、米国の調査会社の公表した資料も裏付けている。CESの主催者であるCEAが主催した、デジタル家電トレンドを説明するセミナーの中で、米国の調査会社GfKのアナリストは「タブレットはノートPCの需要はさほど食わなかった。タブレットが伸びた一方で、大きく縮小したのはネットブックだった」という調査結果を明らかにした。
つまり、タブレットがネットブックを置き換えた、これが米国で起こった市場の大きな変化だったということだ。
米国カリフォルニア州ロサンゼルスの小売店Fry'sでのタブレット販売の様子 | CESのセミナーでGfKのアナリストが示した資料。タブレット市場が成長した分、ネットブックが減少しているというデータが出ている。ノートPCへの影響はほとんど無かった |
●タブレット市場への移行に失敗したIntel、ARM陣営に市場を奪われる
Intelは明らかにこの波に乗り遅れた。もはや説明する必要も無いと思うが、タブレットの市場で大きなシェアを占めているのはAppleのiPad 2だ。iPad 2のプロセッサであるApple A5は、ARMアーキテクチャであり、もちろんIntelアーキテクチャ(IA)ではない。さらに、次に市場を占めているのは、各社のAndroidタブレットだが、これもほぼNVIDIAのTegra 2やQualcommのSnapdragonなどのARMアーキテクチャのプロセッサが採用されている。つまり、それらが台頭したことにより、Atomプロセッサの売り上げの減少を余儀なくされたということが言えるだろう。
しかし、Intelとてこの市場に対応する製品を持っていないわけではない。Intelはタブレット向けのプロセッサとしてAtom Z670(Oak Trail)を既に市場に投入し、かつAndroidのサポートも積極的に行なっているというのは以前の記事でも説明した通りだ。しかし、現実的には、PCに、つまりWindows 7を搭載したスレートPCに採用された例はいくつかあるし、富士通のWindows 7ケータイに採用された例はあるのだが、Androidタブレットに搭載された例はほとんど無かった。この結果、Intelはネットブック市場が減少した分を、タブレット向け製品で補うことができなかったのだ。
●Windows 8の登場と22nmプロセス世代製品への早期以降が鍵にIntelはARMに反撃できる要素が2つある。1つはMicrosoftによるWindows 8リリースだ。Windows 8はARMプロセッサもサポートするじゃないかという声も聞こえてくるだろうが、それにより逆にIntelの利点が際立つ可能性があるのだ。
例えば、Windows 8の開発は、明らかにIA版が先行している。実際、CESの会場では、IA版のWindows 8を搭載したタブレットはIntelブースに展示され、ユーザーが実際に触ることが可能な状態で展示されていた。また、MicrosoftブースでのWindows 8のデモは、IAのタブレットを利用してデモされていた。
これに対して、ARM版のWindows 8はNVIDIAの記者会見やQualcommの基調講演などで動作している様子はデモされていたが、実際に自分で動かして動作を確認することができた人は誰もいなかったのだ。実際、Windows 8のDeveloper PreviewもIA版のみが公開されており、ARM版は未だ公開されていないのだ。どちらの方が開発が進んでいるか、誰が見ても明らかだ。
もう1つ、IA版の利点は、現在のWindows 7のインフラをそのままWindows 8に持って行けることだ。これまでPC業界は、Windowsを安定した環境にするために、多大な努力を払ってきた。BIOSの互換性やWHQLの取り組みに見られるようなデバイスドライバの互換性など、実に多くの取り組みを行なってきた結果、プログラマブルOSであるのに対し、驚くべき安定性を手に入れていると言っていいだろう。Windows 8はこのWindows 7の延長線上にある製品なので、こうした取り組みの結果をそのまま持って行くことができ、互換性や安定性などに心配はさほどする必要が無い。
しかし、ARM版のWindows 8ではまさに0からのスタートになる。ARM版Windows 8におけるPCで言えばBIOSに相当するファームウェアの事実上の標準はないため、各社が独自で作っているような状況だ。また、デバイスドライバに関しても、WHQLのような取り組みがあるのかどうかさえ、明確になっていない状況だ。こうした中で、IA版のWindowsと同じような安定性を手に入れるのはかなり大変な作業になるというのが業界関係者の認識だ。そうした大変な思いをするなら、IAにしておくかという選択肢は当然アリなわけで、Windows 8の登場がIntelにとってタブレット市場で巻き返すチャンスであるというのはそういう背景があるからだ。
そしてもう1つは新プロセッサの投入だ。すでにIntelは、CESにおいてMedfieldことAtom Z2460を投入し、それがLenovoの中国市場向け10型タブレットに採用予定であることを明らかにしている。今年の後半にはClover Trail(クローバートレイル)の開発コードネームで知られる32nmプロセスのSoCを、タブレット向けのプロセッサとして投入する。さらに2013年には、Clover Trailの後継として22nmプロセスルールで製造されるBay Trail(ベイトレイル)を投入する計画だ。
他社に比べていち早く22nmプロセスルールに移行することで、消費電力や性能面で有利に立てる。これがIntelのタブレット市場における基本的な戦略だと言え、それらの製品で、他社に比べて低い消費電力で高いパフォーマンスを発揮することができれば、市場を奪還することも可能になるだろう。
CESでのMicrosoftによるWindows 8のデモ。デモに利用されていたのはいずれもIAベースのタブレットやノートPCだった | IntelブースではClover Trail+Windows 8のタブレットが触れる状態で公開されていた | LenovoのIdeaTab K2110は中国市場向け10型タブレット。Atom Z2460(Medfield)を搭載している |
(2012年 1月 20日)