笠原一輝のユビキタス情報局

官民一体でIoTビジネスに取り組む台湾の今を取材【その3】

〜スタートアップからキッチン用品まで多種多彩なIoT製品

 前回前々回と台湾のIoTビジネスの現状についてお伝えしてきた。1回目となる前々回ではIoTとはそもそも何であるのかを説明しPC業界でもよく知られているAcerやAdvantechの取り組み、2回目はSoCからIoTを支えるARMとMediaTekの取り組みについて説明した。

 3回目で最後となる今回の記事では、PCユーザーにはあまり馴染みがない企業のIoTビジネスへの取り組みや地方自治体の取り組みなどについて紹介していきたい。

温度センサー内蔵IoT機器や、スマートガスヒーターやIoVなどのソリューション

 第1回で紹介したAcerやAdvantech、第2回で紹介したARMやMediaTekといった企業は、PC Watchの読者にとって程度の違いはあるとは思うが程度馴染みがある企業名だと思う。これに対して、これから紹介する企業は、おそらくは多くの読者にとっては初めて耳にする名前だと思うが、逆に言えばそうしたITとはあまり関係の無かった企業もどんどんIoTに参入しつつあるという現状を端的に示しているのかもしれない。

 HOLUX(ホーラックス)はポータブルGPSのメーカーとして知られており、日本でも同社のGPSトラッカーが販売されている。ただ、欧米では自社ブランドの製品を積極的に展開しているものの、日本ではODMビジネスを中心に展開しており、日本メーカー向けのドライブレコーダーなどの生産を担当している。

 HOLUXの強みは、GPS開発で培ったセンサー技術で、それを活かしたIoT製品に取り組んでいる。同社が「Smart Home_IoLiving」と呼んでいる製品は、平たく言えばスマート温度計とでも呼ぶべきもので、温度センサーや湿度センサーなどが入ったIoT機器だ。

 食品の安全を保つには、生産後ずっと一定以下に温度を保つ必要があるが、これまでは本当に温度が一定以下に保たれているかは、人によって確認するしか術がなかった。日本のように管理が徹底している環境ではよいが、世界的にはそこまでちゃんとしていない地域もないわけではない。そこで、食品のコンテナにこのスマート温度計を入れておけば、温度をずっと記録しておき、かつそれをインターネットを経由してクラウドサーバーにすべてデータをアップロードしておける。それにより、その運ばれてきた食品が一定温度以下だったことを担保することができる。

HOLUXのスマート温度計。Bluetoothによってスマートフォン経由でインターネットに接続できる。例えば、温度を一定にして配送する時に、それが確実に行なわれたかをチェックしたりなどの用途が考えられる
HOLUXのスマート温度計の派生バージョン。ケーブルの先にはセンサーが付いており、料理などの温度を測ることを想定している。常に同じ温度で料理が出されているかなどを記録したいレストラン向けなどの用途が考えられる
HOLUXのスマートウォッチとなるImpulse8100、装着していると心拍数などを測ることができ、活動量計としても利用できる。スマートフォンにインストールしたアプリと連携して利用できる
HOLUXの活動量計。ディスプレイはない

 台湾サクラは、サクラという日本の名前がついているが歴とした台湾企業。同社によれば、社名は創業時に同社の社内に桜の木があったことに由来しているのだという。同社は、台湾のシステムキッチンのメーカーとしてトップシェアを持っており、現在は台湾だけでなく中国などの他の中華圏でもビジネスを行なっているなど、アジアでは著名な存在だ。

 同社もIoTビジネスへの取り組みを開始している。と言ってもまだ製品を出しているというわけではなく、現在開発を進めている段階だという。同社が現在開発中なのは、デジタル化されたガスヒーターで、センサーで温度をチェックしており、ワイヤレスリモコンを利用して給湯温度を変えたりできる。またレンジフードでは、こちらもセンサーを利用して煙と温度を感知し、レンジフードの動作状況を変えたりということができるようになるという。

台湾サクラのワイヤレスガス給湯器コントローラ。現在は特殊な無線を使っているが将来的にはWi-Fiなどを使ってできるようにしたいという
台湾サクラのガス給湯器にはデジタルの温度センサーが入っており、それぞれの温度をモニタリングできるようになっている。これが将来はIoT化され、ネット経由でモニタリングしたりスマートフォンから調節できるようになる

 台湾の自動車部品メーカーMobiletron(モビトロン)は、自動車の電装系の部品を作るメーカーで、日米欧、さらには中国の自動車メーカーなどに自動車の部品を納入している。代表的な製品としては、ディスプレイを組み込んだルームミラーなどがあり、自動車メーカーからかなりの引き合いがあったそうだ。

 そうしたMobiletronの取り組みは、自動車部品メーカーらしく、IoV(Internet of Vehicle、インターネット機能を持つ車両)のシステムを既に作りあげ、実際に中国や台湾などで実走テストを行なっているという。同社のIoVシステムでは、車両の内部にカメラや各種センサーなどを取り付け、それをリモートから確認したりすることが可能になっている。実際に台湾のオフィスから中国を走っている実車に接続して確認出来る様子などがデモされた。

MobiletronのIoVのデモ。実際に走っているトラックにインターネット経由で接続して、トラックに装着されているカメラやセンサーをリアルタイムに把握できる。面白いのは360度ビューで、4つのカメラからの映像をリアルタイムに合成して生成されている

IoTビジネスの担い手となるスタートアップ企業の育成に政府が取り組む

 台湾ではこうした既存の企業がIoTに取り組んでいるだけでなく、スタートアップ企業に対して政府などが投資を行ない、IoTビジネスを促進する政策も採られている。台湾政府の外郭団体となるINSTITUTE FOR INFORMATION INDUSTRYは、有望な台湾のスタートアップ企業に投資や助言などを行ない、今回のように国内外の報道関係者に対して紹介していくなどの取り組みを行なっている。IoTビジネスでは、Makerと呼ばれるようなハードウェアの製造に取り組む個人やスタートアップ企業が大きな担い手になると考えられており、政府としてもそうした投資が必要だと考えているわけだ。

 今回INSTITUTE FOR INFORMATION INDUSTRYが開催した記者説明会で紹介されたのは、Serafimが開発したODiN(オーディン)、JUMPY(ジャンピー)が開発した児童用スマートウォッチ、OmniStar(オムニスター)が開発したダイビング用スマートウォッチの3製品。いずれの企業もここ1〜2年の間に起業されたスタートアップ企業で、各社とも現在、投資家などからの投資により、製品の開発を進めている。担当者も投資家の興味をいかにして引くかという点にあり、その最大の方法はやはり魅力的な製品を作り、プレゼンすることだと答えていたことが印象的だった。

 SerafimのODiNはプロジェクション型のポインティングデバイス。プロジェクションパターンの表示と赤外センサーを利用して、机の上などをタッチパッドの替わりとして使う。赤色のレーザーで机の上などにパターンが表示され、その内部がポインティングデバイスとして利用できる。指の動きを赤外線センサーで検知し、タッチパッドの替わりとして利用できる。一般的なタッチパッドと同じように右ボタン、左ボタンが用意されているほか、中央にプログラマブルなボタンが用意されており、特定の機能(例えばアプリケーションの起動)に割り当てて利用できることが特徴となっている。

SerafimのODiN。机の上に描画されている線の内側で指を動かすと、その動きを検知してポインティングデバイスとして利用できる。中央の三角形がプログラマブルなボタン、PCとはUSBケーブルで接続する
ソフトウェアを利用してプログラマブルなボタンの使い方を決めることができる

 ODiNは既に出荷の準備が整っているそうで、この四半期中には市場に投入されるということだった。SerafimのCEOによれば日本向けの出荷も検討しており、代理店が決まり次第日本でも発売したいとのことだった。

 JUMPYの児童用スマートウォッチは、従来の児童用スマートウォッチが、幼児教育用、あるいは親が子供の動向を確認するためのどちらかにフォーカスしていたのに対して、その両方を備えた製品になっている。スマートウォッチの中にキャラクターが現れ、そのキャラクターとゲームしたり、運動をしたりできるほか、親と音声メッセージの交換といった使い方ができる。

 通信は現状ではWi-FiかBluetoothとなっており、スマートフォンかWi-Fiルーターなどとセットで使う必要があるため、どちらかと言えば親の目の届くところで使うという使い方になるだろうか。現在はスマートウォッチとしてスタンドアローンの使い方がメインだが、将来的にはクラウドのサービスと連携してという使い方もできるようにしたいということだった。

JUMPYのパッケージ
児童向けのデザインを採用している
活動量計としても機能するなど、複数の機能を標準で搭載している
親からのメールは音声メッセージとして送ることができるという、これは文字入力ができない児童に配慮したためだという
ネットワークはWi-FiないしはBluetooth
OmniStarが試作しているダイビング用スマートロガー、さまざまな数値が自動的に記録できるダイバーに特化したスマートウォッチ

 OmniStarが開発しているのは、「Triton」というダイビング用スマートロガーだという。ダイビングする場合、移動の履歴は通常、陸に上がった後で紙に記録するだけで、どのようなことがあったかを詳細に記録しておくことはないという。そこで、腕時計型のロガーを作り、各種センサーやカメラなどを利用して、ダイビング中に起こったことを記録するツールとして利用できるようにした。ただ、現在開発段階ということで、実際の製品はまだなく、2016年に製品化を実現したいということだった。

 INSTITUTE FOR INFORMATION INDUSTRYの関係者によれば、同団体はこうしたスタートアップ企業を発掘し、投資家に引き合わせたり、各種のコンテストなどを行なっており、台湾でのスタートアップ企業を育成している。政府の支援体制として、単にお金を出すだけではない、スマートなやり方だなと感じた。

台中市政府がIndustry 4.0に向けた各種政策を実行、スマートシティを建設中

 台湾サクラ、Mobiletronなどがある台中の地方自治体である台中市政府は、同市が取り組む「Industry 4.0」というる地域振興策の取り組みについて説明した。台中市は、人口約272万人、面積約2,214平方kmで、台湾では3番目に大きな都市となる(ちなみに1番は首都になる台北、2番は南部の高雄)。台湾の新幹線であるHSR(台湾高鐵)で台北から約1時間に位置しており、国際空港となる台中空港もあるなど、インフラが整っているため、多くの企業が台中でビジネスを行なっている。そうしたこともあり、台中市の現政権は、地域の産業振興に力を入れており、工業団地の建設などが行なわれている。

 台中市政府が現在打ち出しているのが、「台中Industry 4.0 Flagship Project」と呼ばれる振興策だ。Industry 4.0とは、元々ドイツ政府が2012年に打ち出した政策で、機械の導入による産業革命をIndustry 1.0、大量生産時代をIndustry 2.0、IT時代をIndustry 3.0とし、そこにITの技術を製造に融合したスマート生産を行なう時代をIndustry 4.0と位置付けて、その実現に向けて生産現場にITやロボットの導入を進める政策のことを指している。多かれ少なかれ多くの国で同様の政策が採られているが、ドイツが打ち出したIndustry 4.0が一般的な呼び方として使われることが多い。台中政府によれば、そのIndustry 4.0の考え方に従って、台中市にスマート生産が可能な工場を増やすことで、同市での産業振興を目指すことを政策として打ち出しているのだという。

 それにより、台中市にスマート生産を可能にする工場を誘致したり、それを実現するロジスティックス環境、サプライチェーンなどを構築していくという。具体的には、台中ソフトウェア工業団地などの工業団地の建設計画などが進められており、スマートビルディングなどを含む建物、60ヘクタールの公園などを含む一大工業団地を現在建設中だ。また、そうした取り組みは、台中市だけでなく、近隣の彰化市、南投市なども含めて取り組んでおり、台中のある台湾中部に工業地帯にしようという取り組みであると説明された。

台中市の産業振興策について説明する台中市政府経済発展局副局長イーアン・リー氏
台中市の基礎データ。人口272万人、面積2,214平方kmと台湾で3番目に大きな都市である
Industry 4.0へと至る道筋
工業団地などを造成し、そこにインテリジェントビルディングなどを作り、研究開発都市として企業の誘致を行なう

エコシステムの構築という点では課題はあるが、日本メーカーにとっても心強い台湾の製造業というパートナー

 以上のように3回に渡って、台湾のIoTの取り組みを、PC産業でお馴染みの企業、半導体メーカー、デバイスメーカーそして地方自治体の4つの視点で見てきた。IoTビジネス自体は、これから時間をかけて立ち上がる産業だと考えられており、それゆえ現状は非常に混沌としており、どこにもビジネスチャンスがあるとも言え、各社ともに熱心に取り組んでいる。各社ともさまざまなアイディアを出し合っており、取材している側としては非常に楽しい状況だ。

 一方、いくつかの課題があると感じたのも事実だ。例えば、これは台湾に限らず、日本や中国の製造業にも共通することなのだが、ソフトウェアのエコシステムを構築できていない。IoTが相互にデータをやりとりする仕組みとしては、いくつかの規格が林立している。AppleのHomeKit、Googleなどが主導するThread、Qualcommなどが主導するAllSeen Allianceにより策定されているAlljoyn、Intelなどが主導するOpen Interconnect Consortiumなどがその代表だが、いずれも米国の企業が主導的な規格で、台湾のベンダーはそういった中で主導的な立場を得られていない。第1回の記事で述べた通り、IoTはデバイス側だけでなく、クラウドサーバーやサーバーとIoT機器のやりとりを含めたエコシステムが必要で、主導権を握るにはそれらの規格の幹事企業になるか、自分達で規格を作らなければならない。その意味で、Acerが提唱しているBYOC/AOPはそれらに対抗する試みだが、グローバルでの認知が進んでおらず、今後そのアプローチをどうするかが鍵になるだろう。

 もちろん、台湾にはPC時代と同じように、欧米の企業が作った規格の下で、そこに合致するハードウェアを作り、輸出するという選択肢はある。ただ、PC時代と異なるのは、PCはそれでも利幅がそれなりにとれる製品だったが、IoTは全体的に見ればハードウェアよりも、サービス側で利潤を上げる仕組みだと考えられているので、PC時代ほどは利潤を得られない可能性がある。タブレットやスマートフォンが、ハードウェアで利益を上げるのが難しく、そうではない部分(キャリアからのマージンなど)に依存しなければビジネスとして成り立ちにくい仕組みであることを考えれば、それよりもさらに単価が低くなりそうなIoTのハードウェアだけでどのようにビジネスとして成立していくのかがは問題になるだろう。

 しかし、依然として台湾の製造業のインフラは層は厚いと感じたのも事実だ。今回撮影こそできなかったものの、各社の工場なども見学させてもらったが、日本で見る製造ラインと同じように、整然と生産されている様子などを確認できた。また、台湾は、同じ中華圏ということを活かして、低コストな中国での生産は、ほかの国よりも有利に行なえる。言うまでもないが、同じ言葉を話せるということはやはり大きなアドバンテージだ。日本のメーカーでも、中国での生産を行なう時に、間に台湾のODMメーカーを挟むことは普通に行なわれている。IoT時代にもそうしたインフラは依然として有効だ。日本のメーカーにとっても、台湾というインフラとパートナーをうまく活用できれば、IoT時代にも新しいビジネスチャンスがあると感じたことをまとめに代えたい。

(笠原 一輝)