笠原一輝のユビキタス情報局
官民一体でIoTビジネスに取り組む台湾の今を取材【その1】
~Acer/Advantech編
(2015/8/11 18:58)
今回から数回に渡って、台湾ITベンダーのIoTビジネスへの取り組みの現状についてお伝えしていく。「IoT」(Internet of Things)とは、日本語にすると"モノのインターネット"などと訳されることもあるが、あまりしっくりこない日本語訳であるし、本稿ではIoTという表現で統一していく。
IoTを無理に日本語にするとしたら、「これまでインターネットに接続する機能を持たなかった機器に何らかのインターネットへのアクセスする機能を追加した機器」ということになるだろう。ちょっと長くなってしまうので、それを一言で表現するのであれば「IoT」がしっくりくると思うからだ。
エンドユーザーにとってのIoTと言えば、スマートウォッチや活動量センサーなどのウェアラブル機器がまず思いつくだろうが、それ以外の機器では、例えばドローンもインターネットへ接続する機能を持つ機器という意味ではIoTに分類される。
要するに、以前からインターネットに接続する機能を持っていたPC、スマートフォン、タブレット以外の機器で、インターネット接続機能を持っていればみんなIoTだ。
このため、基本的にはどんな機器でもIoTになり得る。例えば、自動車も従来はインターネットにアクセスする機能が搭載されていなかったので今後標準で搭載されるようになればIoTと言えるし、冷蔵庫や洗濯機などの白物家電にインターネット接続機能が付けばそれもIoTだし、自動販売機にインターネットの機能が付けばこれもIoT……となる。
調査会社によって異なるものの、今後の市場規模は2020年までに500億台になると予想されるなど、"新しいフロンティア”としてITベンダーは多額の投資を行なっている段階だ。
国家を挙げてIT産業に取り組んでいる台湾もその例外ではなく、多くの企業がIoTへの投資を行ない、新しい製品の開発を進めている。今回筆者は1週間ほど台湾に滞在してそれらの企業を取材するチャンスを得たので、その時の模様などを交えながら、台湾のIoTへの取り組みなどについて紹介していきたい。
IoTのビジネスは単にデバイスを提供すればいいというものではなく、大事なのはエコシステムの構築
IoTがIT業界で注目を集める理由は、IoT機器が増えることでクラウドサーバー側へのニーズも高まることだ。IoT機器は、それ単体では成立し得ない。ローカルに強力なコンピューティング性能を有しているPC、スマートフォンやタブレットでさえ、既にクラウド側にあるサーバーが提供するサービスなくしては成り立たないのが現状だ。
IoT機器は、(巨大なバッテリを搭載可能な自動車は別にして)バッテリ容量の問題から、強力なコンピューティング能力を持つプロセッサを実装できないので、搭載されているのは最低限のOSを動かす程度のプロセッサであることが多い。このため、実際にやっていることはデータのアップロード、ダウンロード程度という機器が少なくない。データの処理はクラウドにあるサーバーの上で行なわれることになる。
さらに、クラウド上では、そうしてIoT機器から取得されたデータが、匿名データとなって集約され、ビッグデータとして扱われる。そのデータをサーバー上でさまざまな処理を施すことで、エンドユーザーに新たなサービスを提供したり、IoT機器のベンダーが新しいビジネスを構築したりということが可能になる。
非常に身近な具体例で言えば、地図ソフトのベンダーがやっているような、クライアント機器(スマートフォンや自動車のIVI=車載情報システム)などからアップロードされた道路上の移動情報をビッグデータとして扱い、それを解析することでエンドユーザーに対して渋滞情報を提供するといったものが挙げられる。さらにその渋滞情報を解析することで、最適なルートを物流業者に対して提供するビジネスの展開も考えられる。
同じようなことは、音声認識でも言える。従来PCのローカル向けに提供されていた音声認識ソフトは、機能が中途半端だったり、かなりハードな学習が必要だったりと、実際には使いものにはならないというものが多かった。しかし、近年、AppleのiOSやGoogleのAndroidなど、スマートフォン向けのOSで提供されている音声認識ソフトウェアは非常に正確になりつつある。その最大の要因は処理をクラウドで行なうようになったからだ。
クラウド側では、エンドユーザーからの認識結果が正しいかどうかのデータがどんどん蓄積され、それがビッグデータとして扱われるほか、ディープラーニング(深層学習)と呼ばれるコンピュータを利用した自律的な学習機能を利用してさらに認識機能自体が賢くなっている。これにより、日々音声認識が便利になりつつあるのだ。
このように、IoTというのはただ単にIoT機器を用意すればいいだけでなく、サーバー側の投資が重要になりつつある。Google、Microsoft、Amazonといった業界のプレイヤーがクラウドへの投資を行なうのにはそうした背景があると言える。従って、IoTのビジネスを展開する上で重要なことは、クラウドサーバーやクラウド上で動かすサービス、さらにはIoTをクラウドサーバーへ接続させる仕組み……そのような"エコシステム"を構築することだ。
AcerのBYOC構想を支える、新しいソフトウェア/サービスプラットフォームのAOP
世界第4位のPCメーカーであるAcer(エイサー)も、台湾で熱心にIoTに取り組むベンダーである。本誌の読者であればもう説明する必要はないと思うが、Acerは1976年に設立されたPCメーカーで、当初はODMビジネスを中心にやっていた。現在はODMビジネスはWistronとして完全に分離し、PC、タブレット、スマートフォンなどのコンピューティングデバイスやディスプレイなどの周辺機器を自社ブランドで世界各国に出荷している。従業員はグローバルに7千人で、2014年の売り上げは103億9千万米ドルとなっており、台湾のトップブランドと言っても過言ではない。
そのAcerだが、実は昨年(2014年)からIoTとクラウドに熱心に取り組んでいる。具体的には2014年のCOMPUTEX TAIPEIにて、同社創業者で会長でもあるスタン・シー氏が打ち出した"BYOC"という戦略にある。Acer BYOCビジネス事業本部 本部長 マーベリック・シー氏によれば、BYOCとはBuild Your Own Cloudの略語で、Acerのシー会長により提唱された考え方だという。
シー氏は「現在米国のプラットフォームベンダーはさまざまなソリューションを提供しているが、いずれも自社のデータセンターにデータを集めるという形で展開している。弊社のやり方はそれとは異なり、顧客がそうしたい場合にはもちろんそれにも対応し、顧客がオンプレミスのクラウド環境を自社で持ちたいと考える場合にはそれにも対応する」と述べ、AcerはMicrosoftやGoogle、Amazonといった米国のプラットフォームベンダーとは異なるアプローチのエコシステムを顧客に対して提供していくのだと述べた。
具体的にはどういうことなのかと言えば、例えばMicrosoftの場合は、Microsoft Azureと呼ばれるクラウドサービスを顧客に対して提供している。この時データはMicrosoftのクラウドサーバー上に置かれることになるので、顧客によってはそれに難色を示す場合がある。
そこで、顧客に対して自社に置くクラウドサーバーを使いつつ、IoTのエコシステムを実現するソフトウェア環境を提供する。それが「Acer Open Platform Data as a Service for IoT」(AOP)と呼ばれる仕組みで、サーバーのハードウェア、さらにはソフトウェアプラットフォームなどをパッケージとして提供する。
シー氏は「IoTビジネスで最も問題になるのは、エコシステム全体でどうやってセキュリティを確保するかだ。AOPでは、Acerがそれを担当することで顧客のデータをしっかり守る」と述べ、Acerがクラウドサーバーとソフトウェアを一体的に提供することで、IoT機器を開発するベンダーの不安を小さくするとした。
既にAOPは提供が開始されており、Intel、ARM、MediaTekのようなプロセッサベンダーとも協力関係を構築しているほか、実際にグローバルでAOPを使った配送マネージメントシステムも動き出しているという。
なお、シー氏によれば、Acerのこの仕組みはあくまでオープンプラットフォームであり、閉じた仕組みではないとした。例えば、PC/スマートフォン/タブレットメーカーとしてのAcerは、MicrosoftやGoogleのOSを採用しており、両社のパートナー企業でもある。では、Acerの顧客がそうしたMicrosoftやGoogleのクラウドサービスを利用してビジネスを構築したいという場合にはどうなのかという質問をしてみたところ「あくまでAcerのBYOCは顧客に選択を提供するもであって、仮に顧客がそうした選択をしたいのであればそれはそれで歓迎だ」(シー氏)とのことだった。顧客が望むシステムに対して、Acerがエコシステムを提供する、そういう形で考えているとのことだった。
AcerではそのようなBYOCのシステムを構築したい顧客のために、オンプレミスで設置するクラウドサーバー、さらには従来のPBX(構内電話システム)を置き換える「abPBX Plus」という製品をラインナップしており、既に顧客に提供を開始しているという。シー氏は「これまでAcerはハードウェアの会社だった。しかし、新しいAcerはハードウェアだけでなく、ソフトウェアとサービスを提供する企業になっていく」と述べ、Acerが従来のハードウェア一本足打法から脱却し、新しい形のIT企業へと生まれ変わろうとしているのだと強調した。
SmartCityの実現に取り組むAdvantech、研究開発センターをスマートビルディング化
Advantech(アドバンテック)は、台湾で最も有名な組み込みコンピュータのメーカーだ。1983年に創業された同社は、主にIA(Intel Architecture)ベースのマザーボードを利用した産業用コンピュータなどで知られており、特に医療向け、ゲーミング向け、物流向けなどのPCベースのコンピュータを製造、販売している。従業員はグローバルに7,300人、2014年の売り上げは11億7千万米ドルで、産業用PCではグローバルに27%のマーケットシェアを持つというトップカンパニーだ。
Advantechは組み込み(英語だとEmbedded)と呼ばれる産業用のコンピュータで高いシェアを持っているということもあり、同社のIoTへの取り組みも、いわゆる組み込みと呼ばれてきた機器の延長線上にあるソリューションが多い。ユニークなのは、同社が台北市郊外に位置する桃園市(台北国際空港=桃園空港がある自治体)亀山区にある研究センターが、IoTソリューションのショールームになっていることだ。
亀山区の研究センター、台北の内湖にある本社、新台北市にある別のオフィス、さらには中国の拠点ビルの空調やエレベータなどの状況が、研究センターに設置されているディスプレイでリアルタイムにモニタリングしたり、操作したりすることが可能になっている。
Advantechではこの仕組みにより、この1年(2014年8月~2015年7月)に2億2,300万Wの電力を削減し、75万台湾ドル(日本円で約300万円)もの電気代を削減することができたということだった。Advantechでは、このような「SmartCity」(スマートシティ)と呼ばれるソリューションに力を入れている。
そのほかにも、研究センターにはユニークな仕組みがいくつか用意されている。例えば、企業の玄関口には付きものの会議室だが、Advantechのそれはちょっとインテリジェントだ。会議室の中にセンサーが用意されており、人が入ると空調とライトがオンになる仕組みになっている(逆にいなくなると空調とライトが自動で切れる)。さらに人が入ってきたことが感知すると、外壁の色が変わり会議室が現在使用中であることが一目で分かるようになっている。前述のビルのモニタリングシステムとも連動しており、電気使用量や電気料金の削減が可能になったそうだ。
余談になるが、台湾のETCシステムも紹介された。台湾のETCは日本のETCに比べてユニークなシステムになっており、ETCを搭載していようが、ETCを搭載していまいが、自動車が通れる仕組みになっている。日本でいうところのETC車載器に相当するタグを搭載している車はそのまま課金され、搭載していない車の場合にはシステムがナンバーを判別し、後日その車の所有者に請求が行くという仕組みになっている。このため、ゲートといっても、実際にはゲートはなくタグの読み取り機、ないしはナンバー読み取り機の下を通るだけというシステムだ。
これによって、ゲートを通過する時でも自動車は速度を落とす必要がなく、渋滞を起こさず料金を徴収するという仕組みが実現できるというわけだ(日本人的にはこれで確実に料金徴収できるのかちょっと心配なところだが……)。
第2回目となる次回は、台湾を代表する半導体メーカーに成長したMediaTekと、そのMediaTekにプロセッサのIPを提供しているARMについて紹介していく。