笠原一輝のユビキタス情報局

PCはなくなるの、なくならないの?

COMPUTEX TAIPEIのIntelブースで紹介されていたCore M搭載の2-in-1デバイスのリファレンスデザインとなるLlama Mountain

 PC業界における先週の最大の話題と言えば、ソニーから日本産業パートナーズ(JIP)に事業譲渡をされる形で、新しいPCメーカーとしてスタートしたVAIO株式会社のお披露目が行なわれたということだろう。その様子に関しては、前回の記事で触れたとおりで、新しいPCメーカーはダイレクト販売にリソースを集中し、付加価値の高いラインナップに集中することで、従来のマス市場を狙うメーカーから、ハイエンドユーザーをターゲットするメーカーへと生まれ変わることになる。

 その発表会の模様で、実はちょっとした話題になったのが、同社の代表取締役社長に就任した関取高行氏が発言した「PCはなくならない」というセリフだった(記者会見でのリアルタイム速報を参照)。この発言はどうも人によって捉え方が違うようで、ネット上の言論を見ていると「その通りPCはなくならない」という肯定派の人もいれば、「PCなんてもうなくなっていくオワコンなのに、そんなモノに賭けてどうする」という否定派の人もいるが、どうも話がかみ合ってない。

 実は、両者の言ってることはどちらも正しい。PCはなくなるとも言えるし、なくならないとも言えるのだ。なぜそうしたことが言えるのか、そしてそれはどういうことなのか、それが今回の記事のテーマだ。

結局の所、PCがなくなる、なくならないの議論はポジショントークでしかない

 6月に台湾で開催されたCOMPUTEX TAIPEIは、こうした議論をするのにうってつけのイベントだった。というのも、COMPUTEXそのものは、元々は台湾にあるPCのOEMメーカー、ODMメーカー、そして部材メーカーといったプレーヤーを中心としたイベントだった。だがここ数年は、ARM、Qualcomm、MediaTekといったスマートフォンやタブレットのプレーヤーも多数参加しており、ハードウェアを俯瞰するのに最適なイベントだ。

 そのCOMPUTEX TAIPEIで、業界を代表するプロセッサベンダーのトップが発したコメントは正反対と言っていいものだった。ARMが行なった記者会見の中で、上級副社長兼CMO(Chief Marketing Officer)のイアン・ドゥルー氏は「Post PC Era」(PCの時代の後)と言うし、基調講演を行なったIntel社長のレネイ・ジェームズ氏は「PCは終わらない」と強調した。結局、業界のプレーヤーにとって“PCがなくなる”という議論はポジショントークに過ぎないということだ。

 ARMはスマートフォンやタブレットの大多数に採用されているARM SoCのIPライセンスを供与する企業で、スマートフォンやタブレットが増えた方がいいに決まっている。一方Intelは、ここ最近スマートフォン/タブレット向けSoCもようやく離陸しつつあるが、それでもビジネスの大多数はPCにあり、PCの出荷数が増えた方がいいことは誰もが知っている。だから、ユーザーとしてはこうしたポジショントークに付き合う理由は何もない。次のトレンドが何であるか、それを真剣に考えていく方がよっぽど有益だ。

ARM 上級副社長兼CMO(Chief Marketing Officer) イアン・ドゥルー氏
Intel社長 レネイ・ジェームズ氏

PCの定義が曖昧なまま議論をしている

 さて、この問題の混乱の原因は、そもそも「PCとは何か」という定義の問題だ。ある人はそれをクラムシェル型のノートPCに限定して使っていたり、ある人はそれをx86プロセッサを搭載したWindowsデバイスとして使っていたり、さらに人によってはスマートフォンやタブレットも含める人もいる。そもそもPCという用語は定義されていないので、議論がかみ合うわけがない。

 つまり、ある人はクラムシェルが減りタブレットが増えるというフォームファクタの話をしているのに、別の人はx86+WindowsプラットフォームとARM+Androidの割合の話をしているといった具合に、まったく議論がかみ合っていない。

 ここでは、PCを「x86プロセッサないしはハイエンドのARM SoCを採用し、キーボードやマウスなどにより操作できる機器」と定義しておきたい。つまり、PCとは、主目的として何か生産的な用途に利用されるデバイス、そうした機器だと考えておきたい。OSもWindowsであろうが、Androidだろうが、Mac OSだろうが問わないこととする。

 一般的にはPCは以下のように複数のカテゴリに分類できる。まずは、ターゲットとなるユーザーによる分類だ。PCは大企業や中小企業などで利用されるビジネス向けPCと、一般消費者向けに量販店で販売されるコンシューマ向けPCに分類される。昔はこの分類が厳密ではなくて、ビジネス向けのPCを、一般消費者も買っていたのだが、1995年にMicrosoftが販売したWindows 95の時代あたりから、多数のバンドルソフトウェアを搭載するという形でコンシューマ向けがビジネス向けと差別化されるようになった。

 次いで、フォームファクターと呼ばれる形状がある。古くはPCはデスクトップPCと呼ばれる机の上に置いて使う形状のPCしかなかった。それが1990年代の前半頃から、ラップトップ、その後はノート型PCなどと呼ばれるクラムシェル型(貝が開くような形状をしているのでこの名前が付けられた)ノートPCが徐々に普及し、現在ではPC市場の大半がクラムシェルに移行しつつある。そして、ここ1、2年で新しいカテゴリとして登場しつつあるのが、2-in-1デバイスと呼ばれる、何らかの変形機構を備え、クラムシェル型ノートPCとしても、タブレットとしても使えるというタイプのPCだ。

【表1】PCのカテゴライズ
デスクトップ クラムシェル 2-in-1
コンシューマ向け (1) (2) (3)
ビジネス向け (4) (5) (6)

 表にして見れば、一口にPCといっても大きくこのように分類されるということができる。PC Watchの読者にとってはあたり前の話かもしれないが……、まずはこの基本的なところを覚えておいて頂きたい。

クラウドが一般化し、一般ユーザーはPCを買う理由がなくなりつつある

 現在PC業界が直面しているのは、先ほどのカテゴリの製品のうち、コンシューマ向けのデスクトップPC(つまり(1))とクラムシェル型ノートPC(つまりは(2))の市場が縮小しているという現実だ。

 なぜそうしたことが起きているのかと言えば、コンピューティングのプロセッシング処理がローカルからクラウドへと移り変わっていることだ。以前のコンピュータは、データをローカルのストレージに保存して、ローカルのプロセッサでさまざまな処理をするという形が一般的だった。だからこそPCには強力なプロセッサ、メモリ、ストレージが必要とされていた。

 しかし、今やアプリケーションはWebサービスと組み合わせてサービスを展開することが一般的になり、データの処理そのものもローカルにあるプロセッサではなく、クラウドにあるサーバーの中にあるプロセッサで処理を行ない、それを結果として返すという形が主流になりつつある。

 PCには、スマートフォンなど他のデジタル機器に比べて強力なプロセッサが搭載されており、処理能力の面でアドバンテージを持っていた。しかし、処理がクラウド上にあるサーバーのプロセッサで行なわれるようになれば、ローカルのプロセッサが強力であるメリットはない。従って、PCに比べて貧弱なプロセッサ、メモリ、ストレージしか備えていないスマートフォンやタブレットでも、クラウドと組み合わせることで十分実用になる世界が来ているのが現状だ。

 こうしたコンピューティングの仕組みが変化を見せる中で、PCの位置付けは大きく変わりつつある。クラウドサービスが普及する以前には、インターネットを楽しむデバイスとして強力なプロセッサを持っているPCが必要だった。スマートフォン以前の携帯電話は主にメールを見る程度の機器であって、本格的にインターネット上のサービスを利用する機器ではなかった(日本のiモード携帯などを除けばの話だが)。しかし、クラウドとスマートフォンがその状況を変えた。画面のサイズを別にすれば、スマートフォンで見ようが、PCで見ようが、インターネット上のサービスを享受するという意味では本質的な差はほとんどない。むしろ、場所的な制約がないスマートフォンが、多くのユーザーに受け入れられているのは自然な流れだ。

 つまり、インターネットを楽しむ、サービスを享受することが中心のコンシューマユーザーにとっては、PCはインターネットを利用するためのNo.1のデバイスではなくなったということだ。もちろん、今でもPCをそう使っている人も多数いるとは思うが、PCはスマートフォンやタブレットと並んでワンオブゼン(大勢の中の1つ)の選択肢になったということだ。

 その結果として、従来インターネットを楽しむためにPCを買っていたコンシューマユーザーが、PCの代替としてスマートフォンやタブレットを選ぶことが増えた。コンシューマがPCを買い換える頻度が減り、結果として、先ほどの表で言うところの(1)と(2)のコンシューマ向けデスクトップPCやクラムシェル型ノートPCの市場が冷え込む結果となった。これが2013年のPC市場に起きたことだ。

 では、それが再び復活する見込みはあるだろうか? 率直に言って、短期的にはその可能性は小さい。デスクトップPCがクラムシェル型ノートPCに代替されていったように、そうしたトレンドには誰も逆らえないからだ。このため、徐々に@とAの市場が減っていくと考えるのは正しい。その意味で、“PCがなくなる”という言葉を使うのであればあながち間違ってはいない。

 ただ、依然として市場にはデスクトップPCが残っていることからもわかるように、おそらくどこかで下げ止まることにはなるとは思うので“なくなる“は言い過ぎだと思うが……。

2-in-1デバイスのようなプレミアムウルトラモバイルが市場を牽引する

 では、残りの市場となる、(3)〜(6)はどうだろうか。それがどうなるかは、素人の筆者の予想よりは、予測のプロであるアナリストの意見を参考にしたいと思う。以下は調査会社米Gartnerが発表した2015年のPCおよびスマートフォン、タブレットの出荷予測だ。

【表2】グローバル市場におけるセグメント別デバイス出荷数(出典:Gartner、2014年7月)
機器タイプ 2013年 2014年 2015年
デスクトップPC/クラムシェル型ノートPC 296,131 276,221 261,657
プレミアムウルトラモバイル 21,517 32,251 55,032
PC市場合計 317,648 308,472 316,689
タブレット 206,807 256,308 320,964
携帯電話 1,806,964 1,862,766 1,946,456
その他ウルトラモバイル 2,981 5,381 7,645
合計 2,334,400 2,432,927 2,591,753
※表中の単位:千台

 この予測の中でGartnerは、前年度に比べて9.5%の落ち込みと記録的な落ち込みを見せたPC市場だが、2014年にはその下落傾向は続くものの2.9%と落ち込み幅は小さくなり、2015年には逆に上昇に転じると予想している(ただし、3年間連続で見ればほぼフラットという言い方が正しいと思う)。よく見ると分かるのだが、ガートナーの予測ではデスクトップPCとクラムシェル型ノートPCという、従来型のPCは2014年、2015年と数が減っていっている。しかし、PC市場全体としてはほぼフラットの市場を規模を維持できているのかと言えば、Gartnerがプレミアムウルトラモバイルと呼んでいる、新しいセグメントのPC製品が伸びると予想しているからだ。

 彼らがプレミアムウルトラモバイルと呼んでいる製品群こそ、Ultrabookや2-in-1デバイスのことだ。すでに以前の記事でも指摘したとおり、IntelはUltrabookのキャンペーンを終息させる方向であることがすでに明らかになっているので、今後はこのセグメントは2-in-1デバイスということになる。つまり、2-in-1デバイスが新しい成長市場として伸びていき、結果としてPC市場はフラットを維持できるのがGartnerの予測だ。

 では、2-in-1デバイスとは何であるのか。実はこれも多くの人が誤解をしている。2-in-1デバイスとは、マウスやポインティングデバイスを何らかの変形機構(回転ヒンジ、スライダー、脱着式)によりタブレットに付加した機器と理解されている。確かにハードウェア的にはその通りなのだが、もう1つ大事なことは、ローカルのプロセッサによる処理も、クラウド側のプロセッサによる処理もできる機器、と位置づけられる点だ。

 2-in-1デバイスには、x86プロセッサのような強力な処理能力を備えるプロセッサが搭載されており、それを利用してローカルで処理する使い方も、クラウドで処理する使い方もどちらもできるようになっている。そうした利用方法を後押しするのは、Windows 8世代でデスクトップ(ローカル)とModern UI(クラウド)という2つのUIがサポートされているというソフトウェア的なプラットフォームだ。

 つまり、ローカルでMicrosoft OfficeやAdobe Photoshopでコンテンツを編集するというビジネスユースな使い方も引き続きしたいし、同じようにクラウドのサービス(例えばSNSや電子書籍の閲覧、メールなど)も使いたい、そういうユーザーにとっては2-in-1デバイスは最適な解ということになる。遠い将来に、そうしたコンテンツの編集も含めて完全にクラウドに行くかもしれないが、今のところはそういうハイブリッドな使い方が最適解だと気付き始めている。そこに適合するのが2-in-1デバイスだということだ。

 実際、こうしたWindows 8.1ベースの2-in-1デバイスは、日本のユーザーには急速に受け入れられつつある。日本マイクロソフトは2014年1月〜3月の小売の店頭におけるタブレット市場でWindowsタブレットが30%を超えていることを明らかにしている(他の地域では1桁台の前半のパーセンテージ)。そして、世界中で販売しているSurfaceシリーズだが、実は日本市場だけは他の地域からびっくりされるぐらい売れているという。Windows 8.1のタブレットはキーボードやマウスを付ければ、すぐに2-in-1デバイスと言って良い製品だし、実際そのようにして使っているユーザーは少なくないだろう。また、キーボードなしでSurfaceシリーズを使っている人を見たことがいないことからも、Surfaceシリーズもタブレットというよりは事実上2-in-1デバイスとして使われているのは明らかだ。

 店頭で買っているユーザーがすべてコンシューマだとは言わないが、やはりコンシューマであることを考えると、日本では世界市場に先駆けて2-in-1デバイスへのシフトが起き始めている。2-in-1デバイスが、PCの進化形であると考えるのであれば、PCは死んでいない、むしろ進化している、そういうことができるだろう。この意味ではPCはなくならないのだ。

2-in-1デバイス成功の鍵は

 冒頭のVAIO関取氏の「PCはなくならない」という言葉は、この意味でのPCはなくならないだと筆者は思う。PCのタブレットやスマートフォンに比べてアドバンテージとは何かと言えば、やはりローカルの処理能力だ。それは、プロセッサも、メモリも、ストレージも、そして入力デバイスも含めて、タブレットやスマートフォンに比べて優れている、それこそがPCのアドバンテージであり、それを関取氏は「PCの本質」と呼んでいるのだ。そこをきちんと見据えて商品作りを行ない、さらにプラスアルファの魅力を付加していきたい、それがVAIOが盛んに言っている「本質+α」という言葉の本当の意味だ。

 そこには、VAIO新会社が現在開発していると考えられる新製品のヒントがあると筆者は考えている。つまり、彼等が開発している製品は、当然スペックはそれなりのハイエンドのスペックである(つまりCore Mを採用)、かつてソニー時代のVAIOがプラスαの魅力として訴えていたスタミナ(長時間バッテリ駆動)や世界最軽量などを魅力として付加していく、そうした製品構成を今考えているのだろう。そうでなければ、「本質+α」という言葉を軽々しく使えるものではない。

 そのターゲットになるのは、誰かと言えば本誌の読者のように、ハイエンドなPCユーザーだろうし、ビジネスでPCをモバイル環境で利用するようなビジネスパーソナル(自前の費用でPCを購入してそれをBYODなどの形でビジネスに利用する個人ユーザーのこと)だろう。正確な統計というのはないのだが、日本のPC業界では潜在的なビジネスパーソナル市場はかなり大きいと考えられている。実際、量販店の店頭では価格競争力があるとは考えられていないパナソニックのLet's noteシリーズがそれなりのボリュームで売れている。それはどういうことかと言えば、Let's noteが持つ堅牢性、長時間駆動などのメリットをビジネスパーソナルが評価しているからだと考えられている。

 また、Windowsタブレットが日本でだけこれだけ売れているという現象の最大の要因は、Officeのバンドルにあると分析していると日本マイクロソフトの関係者は証言する。つまり、日本のユーザーは、ローカルに用意される処理能力を利用して、文章を作成したりということに今でも魅力を感じているということだ。日本には確実に2-in-1デバイスが必要とされるニーズがあり、それに応えた製品作りがVAIOに限らず日本のPCメーカーに求められていると言えるのではないだろうか。言い換えれば、MicrosoftがSurfaceを日本市場に投入しようとも負けないような魅力ある2-in-1デバイスを、だ。

 最後に1つだけ言っておきたいのは、現在スマートフォンやタブレットを使ってインターネットを「見るだけ」のマスのユーザーも、いずれは「成長する」という点だ。確かに最初はインターネットを見るだけだったかもしれないが、それが発展していけば、自分でニコニコ動画で配信をしたいと思うようになるかもしれないし、SNSに書き込むときもハードウェアキーボードで入力した方が効率が良いと思うかもしれない。PC業界としてはそうしたユーザーを育て、新しいパイを増やす取り組みが必要かもしれない。そうしたユーザーが2-in-1デバイスを、タブレットの替わりに買ってくれるようになれば、再びPCの市場も上向きになる日が来るのではないだろうか。

(笠原 一輝)