笠原一輝のユビキタス情報局

IntelとRockchipの戦略的提携は事実上のIPライセンス契約

COMPUTEXの基調講演で示されたRockchipとIntelの提携を示すスライド

 Intel副社長兼モバイルコミュニケーション事業本部 モバイル&Intelセキュリティープラットフォーム事業部長 ジュリー・カッパーノル氏は、COMPUTEX TAIPEIの期間中に行なわれた記者説明会で筆者の質問に答えて「XMM-7260はCAT6の300Mbpsを他社のモデムに先駆けて実現できる」と見通しを述べた。

 また、IntelとRockchipの提携について触れ、「我々の提携には、RockchipがSoFIAを販売することだけでなく、RockchipがSoFIAを顧客のニーズに合うようにカスタマイズして提供できることも含まれている」と、その製品として2015年にSoFIAのクアッドコア版をRockchipが販売する計画を明らかにした。

 ただし、「Intelアーキテクチャのアーキテクチャライセンスの付与は含まれていない」とライセンス付与は明確に否定した。つまり、ARMのライセンス付与の形態で言えば、アーキテクチャライセンス(SoCベンダーがCPUのデザインを自由に変更できる権利を含むライセンス)ではなく、x86のIPライセンス(CPU設計は変更できないが自社のSoCに組み込む権利)をRockchipが獲得したのが今回の“戦略的提携”の実態となる。

XMM-7260は初のLTE-Advanced CAT6 300Mbps対応モデムとなる見通し

Q:XMM-7260の現在の状況を教えてください。

Intel副社長兼モバイルコミュニケーション事業本部 モバイル&Intelセキュリティープラットフォーム事業部長 ジュリー・カッパーノル氏

カッパーノル氏:XMM-7260はすでにOEMメーカーにサンプルを出荷しています。製品レベルのものはまだ出荷していませんが、第2四半期の終わりには出荷を開始します。XMM-7260はキャリアアグリゲーションや全てのLTE-Advancedの機能を持ち、最初にバンドルされるRFチップで23のキャリアアグリゲーションのモードを持っています。我々は、このXMM-7260が実際に出荷された製品としては、300Mbpsで本当に動作する最初の製品になると信じています。現在、ネットワークオペレータがチップレベルでの接続互換性検証(IOT)を行なっている段階で、それが終了し次第デバイスレベルでのテストに移ります。

Q:キャリア認証についてはどのような状況にあるのでしょうか?

カッパーノル氏:先日我々のトップがブログに投稿しましたが、AT&Tの認証はすでに終了しています。正式リリースの際には、ほかのキャリアでの進行状況に関しても明らかにできると思いますが、ほかに16のメジャーなキャリアでチップレベルの認証が進んでおり、出荷に向けて準備は順調に進んでいます。

Q:FDDとTDD(TD-LTE)は同じモデムでの切り替えに対応するのでしょうか?

カッパーノル氏:その通りです。1つのSKUで、同じXMM-7260を利用してFDDないしはTDDを切り替えて利用できます。顧客はグローバル向け製品で、各地域の事情に応じて、FDDとTDDを切り替えられます。現時点では23の主要な周波数帯に対応するRFとともに出荷しますが、将来的にはもっと多くの周波数帯に対応できるRFを提供します。

Q:モデムに例えばCentrinoブランドを付けるなどの計画はあるのでしょうか?

カッパーノル氏:Intelは常に製品のブランドを大事にしています。というのも、正しいブランド名があれば、ユーザーはもちろん、キャリアや、デバイスを製造するパートナーも容易に製品を認知できるからです。ですので、将来的にはそうした可能性はあると思いますが、今の時点では答えはノーです。

Q:VoLTEのサポートについてはいかがですか?

カッパーノル氏:すでに前世代となるXMM-7160もVoLTEに対応しています。8月にXMM-7160をリリースした時に、VoLTEには対応していないのかと何度も聞かれましたので、昨年(2013年)の末にソフトウェアアップグレードで対応しました。しかし、現在に至るまで実際にサービスを開始したキャリアもありません。もちろんXMM-7260でもサポートしていますが、実際には使われていないのが現実です。どちらかといえば、キャリアアグリゲーションに対応する方が重要ではないかと考えています。

Q:現在WiMAXを提供していて、TD-LTEを利用したWiMAX 2+のサービスを開始したばかりのキャリアもあります。そうしたキャリアに向けて、IntelからTD-LTEとWiMAXの機能を1モジュールにしたような製品を提供する予定はありませんか?

カッパーノル氏:私個人としてはかつてWiMAXの担当をしておりましたので、現在弊社がWiMAXをサポートできていないことを心苦しく思っています。現在はWiMAXのモジュールを販売することを終了しておりますので、残念ながらそうした計画はありません。もし顧客がそれを望むなら、可能性はあるとは思いますが……。もちろん、弊社のXMM-7260はTD-LTEには対応しておりますので、それを採用して頂くことは大歓迎です。

6月3日(台湾時間)に行なわれたIntelの基調講演で、XMM-7260を利用したフルHD動画のストリーミングをデモ

Rockchipとの提携によりRockchipがSoFIA 3Gのクアッドコア版を提供

Q:Intelはタブレットやスマートフォン市場で、Intelは進化をしてきたのでしょうか?それともまだ何かが足りないのでしょうか?

カッパーノル氏:我々は戦略通りに進めてきました。数年前に話を戻せば、サービスプロバイダにも小売り店にもIntelのモバイルデバイスは認識されていませんでした。最初に成すべきは、Intelアーキテクチャ(IA)が問題なくモバイルで利用できるという認知度を上げることでした。同時に、アプリケーションプロセッサだけでなく、通信モジュールも問題ないと認識される必要がありました。

 そして、現在はXMM-7260が出荷され、性能でもスマートフォンにも問題がないと認識されています。ハイエンドではASUSやLenovoとの提携が上手くいきつつありますし、ほかのOEMもIAを検討してくれています。エントリークラスでは、別の取り組みが必要で、チャネル向けのプログラムやSoFIAの計画を決定しました。3Gモデルを今年(2014年)中に、そしてLTEモデルを来年(2015年)投入します。

 モデムのビジネスは非常に厳しく難しいものです。我々の競合でもあるBroadcomはこのビジネスを売却することをすでに発表しています。そうした中で、このXMM-7260を自信を持って市場に投入します。そして、2015年に「Broxton」を市場に投入すると、現在は他社のSoCを利用している17の大手スマートフォンOEMメーカーも、我々のSoCとモデムの採用を開始すると考えています。

Q:Broadcomがビジネスを諦める影響はあるんでしょうか? 彼らはモデムビジネスは非常に難しいビジネスであると言っていますが、Intelにとってもそれは同様ですか?

カッパーノル氏:難しいという意味では同じ気持ちです。ですが、モバイルの未来という意味ではモデムは非常に重要です。Broadcomはまだ製品をまだ出荷はしていませんし、ルネサス モバイルからそのチームを買収しましたが、簡単ではないと気付いたのでしょう。我々も、Infineonのモデム事業を買収したのですが、幸運なことにInfineonのモデムはその時点で市場シェア第2位で、多くのOEMメーカーと優秀なエンジニアを抱えていました。それがXMM-7160やXMM-7260というLTEモデムを開発できた理由の1つでもあります。

 そしてもう1つ指摘しておきたいのは、LTEモデムは今まさにノートブックPCにも搭載されようとしていることです。現在、ノートPCのWWANモデム装着率は5%以下ですが、近い将来にはそれが大きく向上すると考えています。現在のサービスオペレータの計画にはないかもしれませんが、スマートフォンとデータを共有するプランなどの登場も予想されます。

Q:Rockchipとの戦略的提携についてもう少し詳細を教えてください。

カッパーノル氏:SoFIAの計画は、我々にとって戦略の転換となります。我々のかつての計画では、パフォーマンスセグメントが優先で、統合モデムはエントリーやバリュー向けに計画していました。しかし、現在ではそのエントリーやバリュー向けの市場がまさに爆発的に伸びようとしています。我々もかつてはもう少し上のレンジの製品にモデム統合型を計画していましたが、今はもうありません。

 SoFIAでは従来と異なるアプローチを採っています。というのもSoFIAは独特なアーキテクチャを採用しており、Atom SoCとモデムが統合されているのではなく、モデムにAtomコアが統合されている形になっているからです。

 こうした製品を成功させるために、これまでとは異なるアプローチを採る必要がありました。ロードマップに3G版と、LTE版を用意し、さらにRockchipとのパートナーシップにより別の選択肢の提供も期待しています。Rockchipは4コア版を提供します。それぞれが、それぞれの良さを出せるようなパートナーシップにしたいと考えています。そうして顧客に対して選択肢を提供していきたいのです。

Q:それはただ単にIntelがRockchipにSoCを提供するという形ですか?

カッパーノル氏:SoFIA 3Gについては、Rockchipは別の選択肢を得る形で提供することになります。それらの製品は、Intelから顧客に提供することももちろん可能ですし、Rockchipがそれを顧客に販売できます。なんと言ってもRockchipは特定の市場に向けた設計の経験がありますので、仕様変更などの必要があれば、Rockchipがそれを行なうことも可能です。

 SoFIAの最初の製品はスマートフォン向けになります。そしてRockchipが提供することになるクアッドコア版は、バリューとエントリー向けの製品としてはいい選択肢になるでしょう。

Q:その契約にはIAのアーキテクチャライセンスを含むのでしょうか?

カッパーノル氏:いいえ、IAのアーキテクチャライセンスは含みません。彼らとの契約は、SoCの仕様を変更する権利です。例えばその最初の例となるSoFIA 3Gのようにデュアルコアをクアッドコアに仕様を変更できるといった部分になります。ですが、1つ指摘しておきたいのは、Rockchipは現時点でモデム製品を持っていないので、SoFIA 3Gを手にすることは彼らにとっても新しい顧客を獲得するチャンスなのです。

Q:IntelのモバイルSoCでWindowsをサポートする可能性はありますか?

カッパーノル氏:SoFIAに関しては初期段階ではAndroidを対象にしています。もちろんWindowsのサポートも視野に入れていないわけではなく、将来的にはSoFIAでもWindowsをサポートしていきたい、そうした意向は持っています。Rockchipがリリースするクアッドコア版に関してはタブレットに焦点を当てていますので、AndroidだけでなくWindowsをサポートすることは重要だと考えています。ほかのIntelのプラットフォームを見ていただければ分かるように、タブレットに関してはAndroidとWindowsの両方をサポートしていますし、SoFIAでもそれは同じになると思います。ですが、スマートフォンに関しては、まずはAndroidを最初に考慮すべきオプションだと考えています。

最初のSoFIAはデュアルコアと3Gモデムで今年の第4四半期に投入が計画されている。2015年にはRockchipからクアッドコア版が投入されることになる

Intelのモバイル事業の弱点と考えられてきたモデム

 今回のカッパーノル氏の話で重要な点は以下の4点だろう。

(1)XMM-7260がLTE-Advanced CAT6 300Mbps(下り)で他社に先駆けて実現できるとした点
(2)UQ WiMAXが提供しているWiMAX 2+に対応したWiMAXとTD-LTEの両方を、1つで実現できるモジュールを提供する予定はないとしたこと
(3)Rockchipとの提携は、Rockchipがその仕様に応じて設計変更でき、Rockchipが最初に販売する製品はSoFIAのクアッドコア版であること
(4)RockchipはIA(x86)のアーキテクチャライセンスを取得していないこと

 カッパーノル氏はIntelの最新LTEモデムである「XMM-7260」の大量出荷版が6月末からOEMメーカーに出荷され、LTE-AdvancedのCAT6で規定されている複数の周波数を束ねて300Mbps(下り)を実現するキャリアアグリケーションが、他社に先駆けて可能になると強調した。もちろん、LTE-Advanced CAT6による300Mbpsを実現するには、通信キャリア側でどのような周波数を確保するのかも課題となるため、いきなり既存の回線に繋いで300Mbpsが出るわけではない。しかし、その機能を他社に先駆けて実現できるのは大きなセールスポイントになるだろう。

 本連載で何度も指摘しているが、Intelのモバイル向け事業ではモデムが最大のネックになっていた。直接のライバルとなるQualcommがいち早くLTEモデム単体だけでなく、モデムを統合したSoCまで提供できていたのに対して、IntelがLTEモデムを提供できるようになったのは昨年8月にリリースされた「XMM-7160」を待つ必要があった。XMM-7260でLTE-Advanced CAT6対応を先に実現できれば、追い越したとまでは言えなくとも、少なくとも対等に戦う権利を得たとは言えるだろう。

 2点目の、WiMAXとTD-LTEを1モジュールにした製品の計画はないかと尋ねた意図は、現在WiMAXを内蔵したノートPCを置き替える時に、WiMAX 2+(TD-LTE)へとシームレスに移行できる選択肢をIntelが提供できる意志はないのかを知りたかったのだが、残念ながら明確に否定されてしまった。その意味では、PCにWiMAX 2+が内蔵されるためには、UQコミュニケーションズ自身がWiMAX+TD-LTEモデムを1モジュールにしたM.2モジュールを開発する必要がありそうだ(あるいは、早期にTD-LTEの電波を現状のWiMAXと同等レベルまでもっていくか……)。

Rockchipとの戦略的提携の正体は事実上の“x86のIPライセンス契約”だった

 3つ目と4つ目に挙げたRockchipとの提携は、IntelがSoFIAのデュアルコア版をスマートフォンメーカーに販売し、Rockchipはそのクアッドコア版を同社の主な顧客である低価格タブレットを製造している中小メーカーに販売する形となる。もちろん、これは最初の段階の話で、Rockchipは考え方次第で、SoCの仕様を変更することができる権利を有しており、例えば、GPUをもう少し高速なものに変えるといったこともRockchipの判断でできる権利を持っている契約になっている。これは、SoFIAの設計がモジュラーベースになっており、その設計図がRockchipに提供され、改良できることを意味している。

 ただし、カッパーノル氏がアーキテクチャライセンスではないと明確に述べたことからも分かるように、これはSoCのモジュール単位(例えば、CPU、メモリコントローラ、ストレージのコントローラ、GPUなど)で取捨選択ができるという意味であって、CPUアーキテクチャそのものに手を入れて、より高効率な設計にすることなどはできない。となると、実態としてはRockchipがARMから「Cortex-A7」や「Cortex-A9」などの形でCPUの設計を買ってくるIPライセンス契約に限りなく近い形の提携と考えられる。

 つまり、このRockchipとの“戦略的提携”は、事実上“x86のIPライセンス契約”を別の形で言い換えているものと言える。ARMアーキテクチャが市場でのシェアを伸ばしている背景には、小さなSoCベンダーがARMからIPライセンスを買って短期間でSoCを作り、1社ではカバーできないような特定の市場へも投入し、新しい市場をどんどん創造していることが大きく貢献している。Intelとしてもそれに対抗したいが、Intelでは会社の規模が大きすぎて小回りが利かない。そこでRockchipに任せてみようということだろう。

 課題は、こうした形がRockchipだけで終わるのか、他の中小のSoCベンダーともこうした“戦略的提携”が拡大していくかだ。おそらくIntelとしても今回の戦略的提携がどのような効果を生むのかを注視していることだろう。その結果次第によっては、それが拡大しても何ら不思議ではない。

(笠原 一輝)