福田昭のセミコン業界最前線

がんばれエルピーダ



 エレクトロニクス業界で働く日本人が最も応援している企業は、「エルピーダメモリ」だろう。取材に伴う雑談の中で、「エルピーダには成功して欲しい」、「エルピーダにはうまくいって欲しい」、「エルピーダは本当にがんばっている」、「エルピーダの努力には頭が下がる」といった声を何度も聞いてきた。

 日本のDRAM産業は先輩の米国を追い抜く形で'80年代半ばに黄金時代を迎え、「DRAM王国」とまで称されるようになった。ところが'90年代半ばに入ってからは韓国企業の台頭などにより、日本のDRAM事業は撤退に次ぐ撤退を余儀なくされた。現在、国内で唯一のDRAMメーカーがエルピーダメモリである。

 DRAM事業のリスクは非常に高い。それはDRAMが、新規参入が比較的容易な半導体製品だと思われていることと、需要と供給のバランスが供給過剰に寄った場合に価格競争に陥りやすいことに起因する。

 半導体以外の企業が半導体市場の将来性を頼りに新規参入する場合に、ターゲットとなりやすい。そしてDRAMの仕様(スペック)は標準化されているので、顧客の選択理由に占める価格の比重が高い。従って供給が需要に比べてオーバー気味になると、価格を下げることで他社と差異化を図ろうとするDRAMメーカーが、必ずといってよいほど出現する。1社の値下げが数社の値下げを呼び、価格は総崩れとなる。

 こうしたDRAMビジネスに特有の事情は半導体業界では熟知されているだけに、エルピーダメモリを応援したくなる素地は十分にある。そしてエルピーダメモリは苦しい闘いをずっと続けてきた。ほかのエレクトロニクス企業のエンジニアからは、「エルピーダに比べたら、ウチはずっと生ぬるい。エルピーダを見習いたい」といった声すら聞こえるほどだ。

●巨額の赤字計上でも経営陣が非難されない理由

 そのエルピーダメモリは、2007年度第3四半期(2007年10~12月期)から2009年度第1四半期(2009年4~6月期)まで、7四半期連続で営業赤字を計上してきた。世界同時不況の真っ只中だった2008年第3四半期(2008年10~12月期)には、579億円もの巨額の営業赤字を出した。経営が悪化したエルピーダは2009年6月30日には、日本政府の支援を仰いだ。「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法」の認定を受けたのである。日本政策投資銀行に対する300億円の第三者割り当て増資を実施するほか、200億円を追加増資する。

 巨額の赤字を出した企業の経営陣は、非難を浴びるのが普通である。ところがエルピーダの経営陣を非難する声は、あまり聞こえてこない。

 それは、DRAM価格の変化があまりにも異常だったからだろう。DRAMチップの平均販売価格は、2007年から2008年に急激に下落した。5ドル~6ドルだった価格(スポット価格)が、わずか半年で1ドル~2ドルに低下したのだ。工業製品の常識をひっくり返すような価格破壊であり、少なくともここ20年は、DRAMがこのような価格にまで下がったことはない。

2006年~2008年におけるDRAMスポット価格の推移'90年~2009年におけるDRAM平均単価の推移(2009年は上半期のみ)
2008年~2009年におけるDRAMスポット価格の推移

 この価格崩壊を仕掛けたのは、台湾の新規参入企業だと言われている。新規参入企業は2006年~2007年にDRAM製造に投資し、2007年後半から台湾のDRAM供給能力を大幅に拡大させた。赤字を覚悟で値下げ競争に走り、実際に赤字を出しまくった。従来からDRAMを手掛けていた企業もことごとく、赤字に転落した。

 この状況に2008年後半の世界同時不況が追い撃ちをかけた。DRAM価格(スポット価格)は2008年後半に、1ドルを割り込むという惨状を呈した。2009年4月になって1ドル台に回復したものの、依然としてコスト割れの状態が続いていた。

●画期的だった回路設計による縮小ダイの開発

 DRAM事業の赤字転落に伴うエルピーダの対応は素早かった。

 2007年度(2008年3月期)の通年決算が赤字になったことを受け、2008年4月には役員俸給の減額を決めた。代表取締役社長が50%減、常務取締役が10%減、執行役員が5%減である。2008年4月から減額は始まり、月次決算で黒字を出すまで減俸を続ける(その後に期限を2009年3月または月次決算黒字までに変更)とされた。2008年10月には役員の減俸を強化し、2008年11月と12月は代表取締役社長の俸給をゼロと定めた。

 2008年8月7日に開催された2008年度(2009年3月期)の第1四半期決算発表では、製造戦略と事業戦略の転換となる方針が明らかになった。

 製造戦略の転換とは、微細化以外の手段によるシリコンチップ(ダイ)の縮小である。エルピーダはそれまで、DRAMベンダーの中では微細化を主導的かつ継続的に進めることでDRAMチップのコストダウンと高性能化を実現する方針を採ってきた。微細化すればシリコンウェハ1枚当たりのチップ(ダイ)数が増え、結果としてダイ当たりのコスト(厳密にはランニングコスト)が下がる。

 この方法は常識的なのだが、設備投資を必要とするために償却負担が重いという弱点を抱えている。微細化の世代ごとに新しい最先端の製造設備を導入しなければならないからだ。製造設備の償却負担(イニシャルコスト)を補ってあまりあるほどにランニングコストが下がらなければ、このシナリオは意味をなさない。

 そこでエルピーダが新たに考案したコスト低減手法が、回路設計の見直しによるシリコンチップ(ダイ)の縮小である。この手法であれば、設備投資を必要としない。ダイが小さくなった分だけ、ウェハ当たりのダイ数が増える。すなわちダイ当たりのコストが下がる。2008年8月の決算発表では、65nm世代の縮小版DRAMを回路設計の改良によって開発中であることが公表された。

 事業戦略の転換とは、ファウンドリ事業(シリコンダイの製造請け負い事業)への参入である。生産設備の有効活用と事業収益の安定化が目的だ。既存の製造設備を活用するので、ファウンドリ事業のリスクは少ない。2008年6月に液晶ドライバIC開発の合弁会社を液晶ドライバIC大手のNECエレクトロニクスと共同で設立する(生産をエルピーダとNECが請け負う)こと、2008年7月にNORフラッシュメモリの生産をNORフラッシュメモリ大手のNumonyxから受託することをエルピーダは発表した。エルピーダによる液晶ドライバICの生産は2009年7月に始まった。NORフラッシュメモリの生産開始はNumonyxによると、2010年第2四半期(4~6月期)になる。

2008年度(2009年3月期)の第1四半期決算説明会における生産プロセス技術のプレゼンテーション資料。65nmプロセスで縮小版を開発中とあるファウンドリ事業への参入。2008年度(2009年3月期)の第1四半期決算説明会におけるプレゼンテーション資料から

●ついに始まった復活劇

 DRAM事業の環境が好転し始めたのは2009年8月である。DRAM価格が上昇に転じ始めたのだ。2009年9月になると、DRAM価格の上昇基調は明確になった。8月始めに1ドル代前半だったDRAM価格(スポット価格、1Gbit DDR2 800Mbps品)は、9月の終わりには約2ドルに値上がりしていた。2009年8月4日時点でエルピーダは、DRAM事業のコストをチップ当たり1.5~1.6ドルと表明していた。この数字から推測すると、2009年9月は確実に営業利益を稼いだことになる。

 そして11月5日に公表された2009年度第2四半期(2009年7~9月期)決算では、2007年度第2四半期(2007年7~9月期)以来、2年振りに営業黒字に転換したことが発表された。2009年7~9月期の売上高は959億円、営業利益は8億円である。前の四半期である2009年4~6月期の売上高が726億円、営業損失が423億円だったので、売上高が239億円伸びたのに対し、営業収支は431億円も好転したことになる。ちなみに2009年4~6月のDRAM価格(スポット価格、1Gbit DDR2 800Mbps品)は1.0~1.2ドルだったので、DRAM価格の上昇が業績を大きく左右したことが分かる。

 続く2009年度第3四半期(2009年10~12月期)の業績見通しは明るい。エルピーダは業績見通しを公表していないが、10月単月の営業収支は9月を上回る黒字額となったことはほぼ確実だろう。DRAM価格は10月いっぱいも上昇を続けたからだ。11月4日現在のDRAM価格は、1Gbit DDR2 800Mbps品のスポット価格が2.75ドル、1Gbit DDR3 1600Mbps品のスポット価格が2.81ドル、1Gbit DDR2 800Mbps品のコントラクト価格(大口顧客向け価格)が2.06ドルである。DRAM価格がこの水準で推移すれば、11月~12月もエルピーダが営業黒字を計上することは間違いない。この場合、2009年度第3四半期(2009年10~12月期)の営業黒字は前四半期を大幅に上回る金額になると予測される。

エルピーダメモリの四半期業績推移(売上高と営業損益)2009年1月~10月のDRAM価格の推移

 エルピーダを活気づかせる要因はまだある。回路設計の改良による65nmの縮小版DRAMが、ダイ面積をかなり削減できているからだ。ダイ面積そのものでは50nm技術ほどには小さくなっていないものの、設備投資が不要という強みが生かされた。65nm技術の従来DRAMよりも低く、50nm技術のチップと同等の製造コストが実現できているとする。エルピーダは価格競争の激しいPC向けDRAMに縮小版チップを振り向けていく。

DRAMの研究開発ロードマップ65nmの縮小版(XS版)チップの総合コストは50nmチップとほぼ同等。ArFドライ露光が使える65nmプロセスに対し、Ar液浸露光を必要とする50nmプロセスは製造設備の償却コスト(図中ではウェハコストの一部)が高くなる40nm技術による2Gbit DDR3 DRAMの概要

 そしてエルピーダは、最先端プロセスの40nm技術による2Gbit DDR3 DRAMの量産を2009年12月に始める予定だ。ダイ面積(Gbit当たり)は50nm技術に比べると30%縮小し、ウェハ当たりのダイ数は50nm技術に比べて44%増える。量産が進めば、さらにコストを下げられるチップとなる。

 エルピーダの今後の業績を考えたときに大きな懸念材料となるのは、供給過剰の再来に伴うDRAM価格の下落である。エルピーダによると、2010年は供給過剰となる可能性は少ないという。2009年のDRAM業界全体の設備投資水準が低いからだ。2007年に2兆円もの設備投資を敢行したDRAMメーカーだが、2008年は1兆円強に減少し、2009年は4,000億円くらいとDRAM供給側全体の設備投資額は大幅に減っている。このため、2010年には新規の生産ラインがほとんど立ち上がらず、供給能力があまり増えない。仮に現時点で設備投資の大幅な増額を決めても、2010年中に大量生産を始めることは困難である。早くても2011年前半になる。

 2010年は、久々にエルピーダが復活する年になりそうだ。

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(2009年 11月 11日)

[Text by 福田 昭]