モバイラーが憧れた名機を今風に蘇らせる
第1回
東芝「Libretto L2」
~キーボードオリエンテッドのフルWindowsモバイル
(2014/11/15 06:00)
近年はスマートフォンの普及により、コンピュータと生活と切っても切れない関係となり、一般の人々もコンピュータを持ち歩くのが当たり前となったが、かつては“持ち運べる”コンピュータを持つ人々は“モバイラー”と呼ばれ、先進的な人として認知されていた。
本コラムは、そのモバイラー達にとって憧れだったマシンたちを紹介するに留まらず、実際に入手するとともに、さまざまなテクニックを用いて、実用に耐えるよう復活させ、現代における用途を見い出してみようというのが主旨である。第1回は、東芝の「Libretto L2」だ。
キーボードの実用性を重視したLibretto
まずはLibretto L2の概要についてご紹介したい。CPUにはTransmetaのCrusoe TM5600(600MHz)を採用。メモリは128MB(最大256MB)、ビデオチップにはS3 Savage IX(8MB)、10GB HDD、1,280×600ドット表示対応10型FLサイドライト付き低温ポリシリコンワイドTFT液晶などを搭載する。
OSの違いで、Windows Millennium Edition(ME)とWindows 2000 Professional(SP2)の2モデルが用意されていた。価格はオープンプライスで、当時の店頭予想価格は前者が14万円前後、後者が16万円前後であった。発売は2001年8月10日。
正直なところ、“懐かしのマシン”を取り上げるコラムの第1回を飾るモデルとしては新しすぎるかも知れない。Librettoシリーズをこよなく愛する読者からすれば、「LibrettoならまずLibretto 20から語るべきだろ!」というお怒りの声も聞こえてきそうである。だが冒頭でも述べたように、本コラムは“入手”と“復活”と“活用”がキーワードであり、Libretto 20についてはその条件を満たせなかったので、今後に期待されたい。
Librettoシリーズは1996年4月に発表された、東芝が「ミニノート」と呼ぶ新たなジャンルの製品であった。本体サイズは210×115×34mm(幅×奥行き×高さ)とVHSテープ並みの大きさで、重量は850g。この小さなサイズでWindows 95が動くということで、モバイラーから注目の的となった。
当初はWindows 95をプリインストールしていたが、CPUやOSなどの進化に加え、筐体の素材変更など数回のマイナーチェンジを経て、1999年11月に発売した「Libretto ff1100V」を持って、同じ形状を持つLibrettoシリーズが終了となった。
そのLibretto ff1100Vから約1年半の沈黙を破り登場したのが「Libretto L1」である。Libretto L1はVHSテープサイズから解き放たれ、B5ファイルサイズのノートPCを、奥行き方向に対して小型化したものとなった。Libretto L2はこのL1をベースに、使用頻度の低いIEEE 1394を廃し、代わりにEthernetを搭載したモデルである。
Libretto Lシリーズは携帯性が低下したことにより、かつてのLibretto愛好家から否定の声もあったのだが、キーボードの使い勝手や液晶解像度が大幅に高まり、ビジネスにおける実用性が改善されたのも事実である。
ミニノートと言えば、やはりキーボードが犠牲となりがちである。半導体の集積度が向上して、いくら基板で小さいフットプリントを実現したとしても、人の手の大きさは縮小しないわけで、実用的なキーボードには小ささの限度が存在する。開発段階においてクラムシェル型ノートとしてのフォームファクタが確定した以上、机に置いて打てるキーボードを搭載しなければならない。集積度とキーボードの使い勝手をできるだけ両立させたのが、Libretto Lシリーズだと言えるだろう。
ちなみに、“置いて打てるキーボード”を前提とし、筐体を最小化したPCとしては、かの有名なソニーの「VAIO type P」が挙げられるが、本機はVAIO type Pの先輩に当たると言っても過言ではない。一方で、フルWindowsシリーズという枠を取り払えば、NECの「モバイルギア」シリーズなど、Windows CEのマシンの多くがそうであったとも言える。キーボードが横長なので、本機搭載の液晶ディスプレイもそれに合わせてアスペクト比は32:15と、近年流行し始めた21:9もビックリなワイドさとなった。
キーボードの使い勝手以外で感心したのは、本体前面に備え付けられたアナログでダイアル式のボリュームコントロール。電源がオフであろうとオンであろうと、確実に音声をオフにできるのは、マナーを重視する日本ビジネスマンへの粋な図らいだと言えるだろう。
半導体メーカーのオールスターキャスト
CPUには、今はなきTransmetaのCrusoe TM5600 600MHzを搭載する。Crusoeは、x86命令をソフトウェア(コードモーフィングソフトウェア)で独自のVLIW(Very Long Instruction Word)命令に変換してから実行するという、一風変わったアーキテクチャを採用したプロセッサである。CPUの負荷に応じてクロック周波数を変化させ、省電力化を図るLongRun技術をサポートし、当時としては画期的な低消費電力を実現。このため、モバイルが盛んだった日本において多くのメーカーがノートPC採用し、一世を風靡した。
ただしCrusoeには弱点もあった。それはソフトウェアでx86命令を逐次変換するためどうしてもそこでオーバーヘッドが発生し、繰り返して演算を行なうベンチマークならともかく、実際の操作感は同クロックの他社CPUと比較して大きく劣ったのだ。加えてIntelもTransmetaの進撃を指を咥えてただ見ているはずもなく、2003年に超低消費電力でより高性能なPentium Mプロセッサを投入。その勢いで、Transmetaはついに市場から駆逐されてしまったのである。Libretto L2は、Transmetaが最も輝いた時代の製品だと言える。
ほかの半導体も見ていこう。チップセットはALiの「M1535」。Crusoeはメモリコントローラ、当時のいわゆるノースブリッジの機能まで内蔵するため、M1535はサウスブリッジの役割、具体的にはUSB 1.1、Ultra ATA/66、サウンド機能の提供、そしてAMR(Audio Modem Riser)との通信を担う。
ビデオチップは先述の通りS3のSavage IXとなっている。Windows 3.1の時代は高速な2Dウィンドウアクセラレータの代表格でもあったS3だが、Direct3Dの登場で躍進するNVIDIAとATIに押され、2000年前後は窮地に追い込まれていた時代でもある。Savage IXはデスクトップ向けの「Savage4」をベースに、パッケージ内にビデオメモリを内蔵して実装スペースを削減、モバイルに特化したモデルである。なお、本来Savage IXはAGP 2x接続であるが、CrusoeはAGPをサポートしていないため、本機はPCIでの接続となっている。
本機で驚いたのはEthrenetコントローラである。Libretto L1のIEEE 1394に代わってL2ではEthernetを搭載したのだが、そのコントローラはなんとIntel 8255x(Intel PRO/100と言った方が通りがいいか)である。まさかCPUで競合する他社のものが1つのシステムで共存するとは、今の時代は考えにくいだろう。
ついでに、CardBusコントローラは東芝製の「ToPIC100」だ。つまり、少なくともマザーボード上にはTransmeta、ALi、S3、Intel、東芝の5社の主要チップが搭載されているわけである。今の時代、PCを構成する主要チップと言えばIntelかAMDのどちらかで、追加機能としてRealtekかASMediaが実装される程度だ。多くの半導体メーカーが参入していた時代のLibretto L2は、まさに半導体メーカーのオールスターキャストと言っても過言ではない。
外観の状態は良好だが、中身はスタスタ
さていよいよ本体の復活である。今回は、ヤフオクにて「ACアダプタがないため、動作未確認のジャンク品」として出品されていたものを、1,900円で落札した。ACアダプタがないため、別途ACアダプタを300円で落札した。ちなみにこのACアダプタはヤフオクのほかに、秋葉原のラジオデパート地下でも300円で手に入るため、さほど珍しいものではない。さらに言えば、バッファローやエレコムなどのサードパーティも、新品を販売中である。
外観はやや汚れていたが、液晶割れやキートップ欠けもなく、実用には問題なさそうである。唯一、底面右手前のゴム足が取れていた。東芝の保守品を扱っていることで有名な秋葉原のチチブデンキに訪れてみたが、後部のゴム足はまだ在庫あったものの、手前側はなかった。なくともタイピングにはさほど支障がないので、これは後々手作りでなんとか解決することにする。
ジャンク品であったが、電源を投入したところあっさり起動した。HDDにはWindows XPがあらかじめインストールされており、どうやら以前のユーザーはOSをアップグレードして使っていたようだ。
電源を投入して気になった点は3つ。1つ目はとにかくこのままでは色々窮屈であるということ。本機のメモリは標準128MBであるが、実機は256MBに増設されていた。これは嬉しい誤算であったのだが、これでもWindows XPを動作させるのには荷が重い。加えて、度重なるWindows Updateにより10GBのHDDは空き容量も残り1GB程度しか残っていなかった。
2点目はHDDの騒音である。13年経過したマシンということでHDDの経年劣化もあるのだが、当時は2.5インチと言えどもHDDはボールベアリングが当たり前であり、後に出た流体軸受と比較すると動作音が非常に大きい。電源を入れると「ウイィィン」というHDDの回転音が部屋の中を鳴り響き、筆者が使っているHaswellのデスクトップPCよりも煩いのである。
最後は、バッテリが充電されないこと。まあ13年の時を経て充電できるバッテリがあるとしたら、それはそれで奇跡的なので期待はしていなかったのだが、ACアダプタを接続するとバッテリ充電ランプがオレンジ色に高速で点滅していて気になるのである。また、せっかくのモバイラー向けマシンがモバイルできないというのも、ちょっと情けない。
バッテリを分解して分析したところ、真ん中のセルの電圧は3.4Vあったのだが、両端のセルの電圧は2.4Vに低下していた。この電圧はスペック上放電の下限であり、3セルの電圧の違いが充電できない原因になっていると思われる。
というわけで、おおよそ復活の方針が固まった。まずOSについて、正直XPのまま使用しても良かったのだが、底面にWindows MEのライセンスシールがあったため、どうせならということでこれを活かすことにした。煩いHDDについては、2.5インチHDDを新たに買うより、さっさとNANDフラッシュ技術を活用した方が良さそうである。
バッテリは、タブにハンダ付けされているほか、扱いに十分注意しないと発火/爆発する恐れがある。個人での交換は相当高レベルなため、バッテリのリフレッシュサービスにお願いすることにした。バッテリのリフレッシュサービスは、バッテリに内蔵されている制御基板をそのままに、セルだけを新しいものに交換するサービスだ。既に販売が終了したバッテリを再生する際に便利であるが、一回分解されるため、メーカー保証が切れるほか、リフレッシュサービス自身も動作を保証しない点は十分に注意されたい。
最新技術(?)を駆使してインストール
バッテリをリフレッシュサービスに出している間、OSのインストールやストレージの入れ替えを行なった。ストレージについては、手元に残っていた16GBの「SanDisk Extreme Pro」を利用。最大90MB/secを謳うCFなら、ボトルネックになることはまずないだろう。これを、変換名人のCF→IDE 44ピン変換アダプタ「CFIDE-441IA」に入れ、ストレージとして使うことにする。
続いてOSのインストールについて。本機はジャンク品でリカバリCD-ROMなどが添付されていなかったため、手持ちのWindows MEのCDでインストールを行なう。ライセンスは先述の通り、底面のプロダクトキーを使うことにする。
OSのメディアやライセンスの問題は解決できるが、Libretto L2は1スピンドルノートのため、本来OSのインストールには別途FDDや、外付けのCD-ROMドライブが必要となる。だが技術が進んだ今ならもっと楽に行なう方法がある。それはVMWare Playerなどの仮想マシンソフトウェアを使うことだ。
VMWareの使い方についてここで詳しくは紹介しないが、まずWindows MEのCDを普段使っているメインマシンのドライブに入れ、新規に仮想マシンを作成する。VMWareならインストールしようとしているOSのCDを自動認識し、最適な設定をしてくれるので、まずはそのまま作成完了させる。
次に、インストールするCFをカードリーダに挿し、Windowsの「ディスクの管理」などでディスク番号を控えておく。そしてVMWareに戻り、仮想マシンの構成を編集する。あらかじめ作成した仮想ディスクを削除し、代わりに物理ディスクを仮想HDDとしてマウント、控えておいたCFのディスク番号を設定する。そうすれば、仮想マシンの中でWindows MEはCFをHDDとして認識し、インストールできるようになるわけだ。
後はWindows MEのインストールにおいて、ファイルのコピーがすべて完了し、再起動する段階になった時点で、LibrettoにCFを挿してセットアップを継続すれば、別途CD-ROMドライブなどを用意せずにOSをインストールできる。
OSが起動したら、続いてはドライバをインストールしなければならない。しかし、東芝はプリインストールされているWindows ME用のオリジナルドライバやユーティリティを公開していない。だが、Windows 2000用のドライバやユーティリティは公開されており、これらを実行したところ問題なくインストールできた。インストーラでも「……for Windows 9x/ME」と出たり、INFファイルを覗くとWindows 9x/ME向けの項目があるため、どうやら共通となっているようだ。
ただし、ディスプレイドライバについては、Savage IXがせっかくDirect3Dに対応しているにも関わらず、本機ではDirect3Dアクセラレーションが無効にされている。またモデムドライバは、一見正常にインストールが完了しているのだが、正常に動作しなかった。
後者は今どきモデムの出番がないため諦められるとして、前者は常にフルスペックを求める身にはちょっとつらい。そこで、S3が提供しているSavage XI向けドライバをインストールしてみたのだが、今度は1,280×600ドットという独自の解像度を選択できない。INFファイルを覗いたところ、色深度と解像度に関する項目があったので、その項目に1,280×600ドットを追加したところ、無事表示することができた。
使っていて気になったのは、CFアクセス時に、Libretto L2のHDDアクセスランプが光らないことだ。当初はCFがこの機能をサポートしていないのではないかと思ったのだが、どうやらCFIDE-441IAはCFの45ピン目とIDEの39ピン目がショートしていないことが原因のようだ。サクッとはんだゴテを取り出し、短いリード線でショートさせたところ、光らせることができた。
ちなみに本機の分解、そしてHDD交換だが、既に多数の有志のサイトで紹介されているため、ここでは詳しくは説明しないが、まずは底面のネジをすべて抜き、キーボードを留めているカバーを外してからキーボードを外す。いくつかのフラットケーブルのコネクタを外したら、爪を2つ(左手前と有線LANコネクタ付近)外すと上下が分離する。後は見た通りにHDDを取り外せば良い。ちなみにCF交換後は、キーボードを外すだけでCFの着脱が可能なため、ツールフリーメンテナンスとなる。
Libretto L2は当時東芝が提供するInternational Limited Warranty(ILW)サービスにに対応している。これは、日本国内で購入されたILW対象PCが保証期間中に海外で故障した場合に、修理サービスを提供するものだ。そのため世界各国のエンジニアが分解して修理しやすいよう、メンテナンスしやすい筐体となっている。ネジ穴付近にはネジの種類を記した表記も刻印されているのはこのためだろう。
新しい半導体が古い半導体を救う
さて、CFに換装してWindows MEをインストール、さらにバッテリリフレッシュされたLibretto L2だが、高速なCFと軽量なOS、大容量なメモリが手伝って非常に高速なマシンに生まれ変わった。起動は30秒未満だし、サスペンドなどの動作もバッチリ。HDDの騒音もなくなり、HDDが無い分本体もかなり軽量化された。アイドル時はファンも停止するため非常に静かで、ノートPCとして使う分には申し分ない。NANDフラッシュの進化と功績は偉大だと感じる瞬間だ。
とは言え、OSがWindows MEであるため、インターネットに接続するには些か無理がある。そこで時勢には逆らうがスタンドアロンマシンとして使うことにした。取材でメモを取るマシンとして、本機のゆとりのあるキーボードは快適である。問題はMicrosoft IMEぐらいしか使えない点だが、これは頑張って学習させていくとしよう。
Savage XIを搭載しているため、古いゲームをプレイするマシンとしても問題なく利用可能だ。例えばEidosの「トゥームレイダー2」などの古い3Dゲームは、サクサク動く。ビデオメモリが8MBしかないため、32bitカラーのフル解像度のZバッファ付きはメモリ容量不足で無理だが、640×480ドットウィンドウモード/Zバッファ付きなら問題なく動作する。こうした設定も今となっては懐かしい。
ただし、同じ3Dゲームでも、コンパイルの「GEO CONFLICT 4」などではマウスカーソルが見えなくなるなど、Savage XIのドライバはバグがやや多い印象。まあ、いずれにしてもサポートが切れているためどうしようもないのだが、とりあえずWindows 7/8といった近代的なOSで起動できないゲームが起動した時点で満足である。
キーボードの重要性を世に問うマシン
2001年は筆者が18歳の頃である。その時はまだ学生であり、メインマシンを自作するのが精一杯で、Libretto L2のような「セカンドマシン」は、とてもじゃないがお小遣いやバイトで稼いで買えるものではなかった。あの頃の憧れのサブノートが、今や1,900円で手に入る時代である。
スマートフォンやタブレットの爆発的な普及によって、ハードウェアキーボードはコンピュータから駆逐されつつある状態だと言っても良い。正確には、少なくなってはいないかもしれないが、出荷数に対してのシェアで言えば少なくなっている。しかしいくら半導体技術の集積化が進み、フォームファクタが小型化に向かおうとも、当面ハードウェアキーボードを必要とする人は必ずいるはずだ。Libretto Lシリーズは、そのニーズを先取りしたマシンだったと言えるかもしれない。
【表】購入と復活にかかった費用(送料/税込み) | |
---|---|
Libretto L2 | 1,907円 |
ACアダプタ | 790円 |
バッテリリフレッシュサービス | 6,961円 |
変換名人CFIDE-441IA | 669円 |
合計 | 10,327円 |