三浦優子のIT業界通信
Surface BookはAppleが持つプレミアム市場を奪い取る
~Surface担当ブライアン・ホール氏に訊く
(2015/10/29 06:00)
MicrosoftがSurfaceを投入してから3年。日本でも発表された「Surface Pro 4」、「Surface Book」を見ると、着実に市場が求めるニーズをキャッチした製品を投入していることが分かる。しかも、「エンタープライズ分野での販売に必要」ということで、DellやHPがワールドワイドでSurfaceを販売することも発表された。もはや、Microsoftはクライアントマシンを提供するメーカーとして欠かせない存在になりつつある。
しかし、Microsoftがクライアントマシンを提供するメーカーとして存在感を増せば増すほど、「これまでWindows市場を支えてきたPCメーカーはどうなるのか?」という疑問も増す。おそらく、Microsoft自身にもそんな声は届いているはずである。それなのにSurface事業を拡大する意図はどこにあるのか。米Microsoft Surface & Windows Hardware セールス&マーケティング担当のブライアン・ホール ジェネラルマネージャーにその点を訊く機会を得た。返ってきたのは、こちらが驚くほどMacを意識した発言だった。
我々が作るべき製品はiPadを良くしたものではない!
「最初にSurfaceを発売した3年前に比べ、我々はかなり多くのことを学ぶことができました。その結果、ラップトップの代わりとなる、究極のマシンが求められているという結論になりました」--今回、日本で発表された、Surface Pro 4とSurface Bookについて、ホール氏はこう説明した。
「私がSurfaceチームに加わったのは、初代Surfaceリリースから3カ月後でした。今後、Surfaceはどうあるべきかを考えることが私の仕事でした。今後のSurfaceを考える上で私が重要だと感じたのは、Who loves this product? と問いかけることでした。この質問に対しては、広い視点で返答を行なうことも可能ですし、ものすごく狭い視点で返答することも可能です」。
「この質問をSurfaceに対して問いかけていくことで答えが見えてきました。多くのお客様はラップトップを置き換えるものを望んでいました。それも完全にモバイル環境で利用できるものです。思い出してください。最初のSurfaceは全てのWindowsアプリケーションを使うことはできませんでした。Outlookも利用できなかったくらいです。逆に言えば、当時、ラップトップを置き換え、モバイル環境で使えるような製品は存在していなかったことになります。つまり、我々が市場に投入すべき製品は、“iPadを良くしたもの”ではなかったのです。この地球で一番素晴らしい、ラップトップを置き換えるような端末だったのです。この方針に基づいて開発されたのが、今回のSurface Pro 4とSurface Bookになります」。
Surface Pro 4、Surface Bookについて、ホール氏は次のようにアピールする。
「性能、美しさ、モビリティ、これらの要素を1つでも持っていれば、喜んでくれる人はたくさんいます。しかし、今回は複数の要素を持った製品にすることができました。モビリティを優先したい! というユーザーはSurface Pro 4を手にとってください。あのサイズで、重量は766gとさらに軽くなりました。性能を求めるのであればSurface Bookです。グラフィックスの表示、タイピングパフォーマンス、バッテリ駆動時間と大変パワフルな製品です。さらに美しさを兼ね備えています」。
ホール氏の口調から、Surface Pro 4、Surface Bookに対する強い自信を感じることができる。
過去5年の市場動向を見てプレミアムラップトップ市場参入を決断した
こうしたアピールを聞くことで逆に不安になってくるのが、今後のPCメーカーの動向だ。WindowsはMacとは異なり、メーカーが自由に製品を出すことでユーザーにとって選択の幅が広くなるというメリットを提供してきた。Microsoft製品が強力になっていくことで、PCメーカーのビジネスが縮小し、結果的にユーザーの選択肢が減ってしまうという事態になることはないのだろうか。
こう質問すると、ホール氏は険しい表情で次のように答えた。
「PC市場を振り返ってみてください。プレミアムラップトップ分野で、Apple製品のシェアがどんどん伸びました。それに対し、Windows PCの売価が大きく下がったことがこの5年の顕著な傾向です。iPadに関して言えば、従来はWindows PCでやってきた作業の一部は確かにiPadでもできますが、全ての作業をiPadでできるわけではないことも明らかです。また、プレミアムラップトップに関しては、消費者のニーズを満たすような製品はありませんでした。特に企業で利用するPCではなく、個人が選択するプレミアムラップトップについては、選択肢はありませんでした。そこでMicrosoft自身がiPad、MacBookの代替えになるものを登場させる必要があると決断したのです」。
さらに、ホール氏はApple製品とSurfaceの違いとして、「Surfaceはコンシューマユーザーに選んでいただく製品であるとともに、ITプロフェッショナルからも愛される製品です。Surface Pro 4に搭載されているWindows 10は、Windows 10 Proです。これは個人からITプロフェッショナルまでをカバーできる製品にする必要があると考えての判断でした」と話す。
記者会見のプレゼンテーションの中でも、Macを意識したスライドがあったが、インタビューでも改めてMacBookへの強い対抗心を聞くとは思わなかった。
この発言を聞いて、この数日前に日本IBMが新しい施設の発表会で公開したApple製品を利用するためのコーナーを思い出した。AppleとIBMが提携し、IBMで利用されるクライアントマシンはApple製品に置き換えられた。今後、IBMのシステム販売のクライアントとしてApple製品が提供されていくことになるだろう。Appleのプレミアムラップトップは、エンタープライズ市場にも影響を及ぼし始めているということだ。MicrosoftがDell、HPとSurfaceで提携したことは、こうした動きを食い止める狙いもあるのかもしれない。
発表会の際、日本法人のスタッフに今回のSurface Book登場で、日本のPCメーカーへの影響がないのか立ち話で聞いてみたところ、「日本メーカーからの反発が強かったのは、やはり最初にSurfaceを投入した時ですよ。今回は敵が明確ですから、一緒に対抗できる。むしろ、協調できるところがあるのではないかと思っています」ということだった。
日本マイクロソフトの平野拓也社長は、「我々の役割は市場を創造すること」と説明しているが、その答えがWindows PCにはなかった、「プレミアムラップトップ」ということになるのだろう。
やるべき技術進化はまだまだある
ただ、Microsoftに対しては、Appleを追撃するだけでなく、Appleを先んじて新しい技術で市場開拓を進めて欲しいとも思ってしまう。その点についてホール氏に聞くと、明るい表情になって次のように答えてくれた。
「我々がやるべきことは色々あります。例えばコンピュータとペンの関係もその1つです。今、あなたは紙のノートにペンでメモを取っていますが、これは現在のコンピュータでは、紙のノートのように気軽にメモができないからでしょう。もっと気軽に、高い信頼性を持ってメモが取れるよう、コンピュータもペンも進化していく必要があります。紙の必要がなくなり、全てのメモがコンピュータで取ることができるようにならなければなりません。そこに向かうために、今回のSurface Pro 4ではペン、ペンでの書き心地といった点を大幅に強化したのです」。
「この進化はもっと進んでいきます。手書きでメモを取り、その手書きメモがサーチできるようになればいいと思いませんか? こんなことが実現できるよう、もっと技術を進化させていきます。また、音声とコンピュータとの関係についても、もっと技術進化が必要だと思っています。Surface Pro 4の記者会見では、Cortanaを使ったデモをお見せしましたが、現在ではコンピュータと人間のやりとりはちぐはぐなものに見えるかもしれません。しかし、今後は自然に音声でコンピュータとやりとりすることができるようになります」。
「我々のSkype Translatorを見たことがありますか? 異なる言語でコミュニケーションを行なっても、翻訳技術が間に入ることで自然にコミュニケーションを取ることができる技術です。こんなことが実現すれば、音声とコンピュータの関係も変わるでしょう。我々はこうした新技術にも投資を行なっています。タッチ、音声、手書きといった技術によって、全く新しい製品を作り出していくことができると思います」。
手書き機能の強化を意識していることは、Surface Pro 4のスペックを見ても伝わってくる。さらに今後は、音声技術の進化がSurfaceにどんな影響を及ぼすのかは確かに興味のあるところだ。
最後にホール氏に日本のユーザーに向けたメッセージを訊いた。ホール氏は日本市場に対しかなり好意的で、毎回新しいSurfaceの登場の際には来日してくれている。
「日本のユーザーからは多くのインスピレーションをもらっています。だからこそ、毎回、日本に来日して新製品発表を行なっているんです」。
日本のユーザーは、Surfaceに対する希望、不満をどしどし発信した方が良さそうだ。