三浦優子のIT業界通信

3,990円の業務ソフトが定番製品になった理由
~BSLシステム研究所 小野秀幸社長インタビュー



4月23日に発売した3,990円の「かるがるできるシリーズ」2製品

 BSLシステム研究所から、「5,000本限定で販売してきた、『かるがるできる2特別限定版』を定番化し、『かるがるできる3シリーズ』として4月23日、3,990円で発売します」というリリースが届いた。ちょうど1年前、5,000本限定価格として3,990円の価格をつけていた製品を、バージョンアップすると共に、3,990円を通常価格とするのだという。

 ソフトの低価格化が進んでいるとはいえ、同社が販売しているのは販売管理や経理などの業務ソフトである。他のジャンルのソフトに比べ、PCを使い慣れていないユーザーも多く、サポートに時間と手間がかかる業務ソフトを3,990円で販売し続けていくことができるのか。


●インパクトある値段をつける戦略は15年前から
BSLシステム研究所 小野秀幸社長

 「3,990円はインパクトのある値段だと思っています」。BSLシステム研究所の小野秀幸社長は笑顔でこう話す。

 4月23日に発売した「かるがるできる販売3 見積・納品・請求書+領収書」と「かるがるできる出納3 現金・預金出納帳+小口現金」は、大きな機能変更よりも、前バージョンが5,000本限定で3,990円としていた価格を、定番価格としたところが最大の変更点となっている。もともと技術者だったというのが頷ける静かな雰囲気を持つ小野社長。とても価格勝負を仕掛けるタイプには見えない。

 だが、「当社は業務ソフトでは後発メーカーです。後発メーカーが市場に打って出るための戦略の1つが、“インパクトのある値段で商品を発売する”ことです。この戦略は、'96年から実施しています」と価格競争は戦略的なもので、10年以上前からこの戦略をとっているのだという。

 「'96年といえば、Windows 95が発売された翌年ですから、現在よりもPCの普及台数も少ない。当時の業務ソフトは、PC販売店で販売されているものでも5万円、10万円という値段が当たり前でした。その当時、1万円、2万円という価格をつけ、『らくだシリーズ』を発売しました。製品を購入されるお客様はもちろん、業界内で大きな反響を呼んだことを覚えています」

 同社は'92年創業。'95年に初めての業務ソフト市場に参入した。その当時、すでに業務ソフトを販売しているメーカーは複数社あり、後発メーカーとしては、「インパクトある値段」を大きな武器としたのだという。

 しかし、ソフトはインパクトある価格で発売すればそれで終わりという商品ではない。特に業務ソフトは企業がお金の管理をするために利用しているソフトである。ユーザー心理としては、安値に惹かれてソフトを買ったものの、自分の会社のお金を管理するためのソフトを作っているメーカーが、利益を確保できず倒産したなんていう事態が起これば、不信感を抱くだろう。

 「その点は同社も十分考慮し、低コストで商品を販売できる体制を構築しました。例えば、現在は当たり前になっている、ソフトに付属する印刷物、それからメディアであるCD-ROMを'96年当時、海外生産としました。それでも当時の他社に比べれば収益性は低かったと思いますが、当社はプロフィット第一主義ではありません。先にプロフィットを算出して製品の価格を算出するのではなく、『お客様はどれくらいの価格だったら購入してくれるのだろうか? 』というところから逆算して価格を決めています。そういう体質だからこそ低価格の商品を発売することができたのだと思います」

 ちなみに、'96年当時、低価格商品に対してユーザーからはどんな反響があったのだろう。こう質問すると、小野社長は笑いながら、「『らくだシリーズ』発売当初は、お客様以上に業界内の反響が大きかったですね。お客様は、『高い製品もあるし、安い製品もあるんだね』というような淡々とした反応でした」と答えてくれた。

 業界内の反響が大きかったことを示すようにその後、1万円以下の業務ソフトが複数のメーカーから発売された。その結果、当初はインパクトのあった「らくだシリーズ」の価格は、決して安価なものではなくなっていった。

 「1万円以下のソフトが増えてくると、当社の製品は最安値ではなく、高い物、安い物に挟まれた中程度になってきてしまいました。そこで昨年4月、5,000本限定で、3,990円の『かるがるできる販売2/出納2』を発売したのです」。

 それから1年、経済環境が厳しかったこともあり業務ソフト市場自体は厳しい市場環境にあった。BSLシステム研究所でも業務ソフト市場全体は下向きと見る。だが、自社のビジネスに関しては、「おかげさまで販売本数も増えて、売り上げも増えました」という。低価格戦略が功を奏したようだ。

 その結果を受け2010年4月、「かるがるできるシリーズ」については3,990円を定番価格とすることを決定した。 

●「購入したものの挫折」という人をなくすために注力

 しかし、通常価格を3,990円とすることは、「メーカーとしては、苦労もそれだけ増えることも確かです」と小野社長は苦笑いする。

 同社はユーザー登録さえすれば、電話、FAX、メールのいずれの方法でもサポート料金は無料としている。ユーザーが増えれば、ソフトメーカーにとってコストの大きな要因となるサポート料金がどんどんかさむことになる。

 「確かにコストは厳しいんですが、会社を存続させていくことは重要だけれども、プロフィットを追うのではなく、食べていければいいじゃないかというのが当社の基本スタンスです」。

 大きな収益を追求しない同社が追求するのは、「ソフトを購入したものの使いこなせず眠らせてしまう人を撲滅すること」だという。

 「これも'96年当時から、『ソフトを買ったけれど、使わずに眠らせてしまう人をなくす』をコンセプトにしてきました。業務ソフトはPCを初めて使うという人も少なくありません。特に当社が最初に『らくだシリーズ』を発売した'96年当時は、業務ソフトは買ったけれど、使わずにそのままソフトを眠らせてしまっている人も多かったのです。そこで、『らくだシリーズ』時代から、買ったソフトを作ってもらう仕組みを作るという点に力を注いできました」。

 購入したものの、使わずに死蔵させてしまう人が多いというのは、業務ソフトはソフトの操作方法を習熟する以外に、仕訳やマスター登録など、ある程度業務知識や業務ソフトの知識が必要なことが挙げられる。

 そこでBSLシステム研究所では運用開始時に必要なマスター登録といった作業無しに利用を始められる仕様とすると共に、先に紹介したように電話、FAX、メールでの問い合わせに無期限・無料のサポートサービスを提供し、サポートサービスを受けても製品を使いこなせないユーザーに対しては、ソフト購入代金相当を支払う、「挫折買い取りサービス」を提供している。これは3,990円の製品でも同様だ。

「かるがるできる販売3」の見積書作成画面「かるがるできる販売3」のメニュー画面

 「3,980円でも2万円の製品と同じサポートを提供しています。サポートはコストがかさむ部分ではありますが、ここを充実させることが当社の特徴であり、根幹だと考えています。低価格の製品だから、サポート陣容を減らすつもりはなく、むしろ増員して対処しています」。

 サポート電話窓口の応答は、1件辺り30分から1時間かかることもざらとなっているという。その結果、「導入成功率99.98%」と同社ではアピール。さらに、こうした施策は製品の販売本数増加として現れていると説明する。

 「会計ソフトについては、人気メーカーがあり簡単に市場を切り崩すことは難しいですが、販売ソフトと給与ソフトでは2005年から2009年までBCNのデータを見ても当社がナンバー1となっています。昨年、3,990円のかるがるできる販売2、かるがるできる出納2は、特に売れ行き好調です。'96年、最初に低価格でソフトを発売した時よりも売れ行きへのプラス影響が大きかったと思います。地道にユーザーサポートを行なってきたことで、当社のソフトは安心という認知が広がっていったのではないかと思います」。

 '96年に低価格ソフトを発売した時点では、ユーザーよりも業界内の反響が大きかったことを紹介したが、業務ソフトメーカーとして実績を重ねた結果、着実にソフトの売れ行きが伸びていった。

●会計ソフトとは違う「出納帳ソフト」

 ところで業務ソフトといえば、確定申告や青色申告など税務申告を行なうために利用するものと思われる人も多いだろうが、BSLシステム研究所の場合、申告用ソフト「青色申告らくだシリーズ」、「かるがるできる青色申告」も存在しているものの、それ以外の製品については申告することをメインの使い道としていないという。

 「当社のお客様は個人事業主や小規模企業が多いのです。こうしたお客様の多くが申告作業は税理士さん、会計士さんに依頼しているところが圧倒的に多いと思います。ですから、申告ではなく、日々のお金の管理を行なうために利用してもらうもの位置づけています。蓄積したデータを申告に利用することはもちろんできます。ただ、申告が目的ではないということです」。

 青色申告を行なう最大のメリットとして、「65万円の青色申告特別控除」が挙げられるが、この対象となるために、国税庁では、「所得に係る取引を正規の簿記の原則(一般的には複式簿記)により記帳していること」、「一般的には複式簿記の記帳に基づいて作成した貸借対照表を損益計算書とともに確定申告書に添付し、その適用を受ける金額を記載して、確定申告期限内に提出すること」と説明している。

 この複式簿記、申告書を作成するために業務ソフトを利用する人も多いわけだが、BSLシステム研究所では、「個人事業主の場合、簿記の知識がない人、例えばご主人が事業を担当し、奥様が経理を担当というケースも多いと思います。その際、簿記をベースとするよりも家計簿をベースにした方がわかりやすく、使いやすいのではないでしょうか。そして申告に関しては税理士さん、会計士さんにお願いする。そういう利用者が多いと考え、申告よりも日々のお金の流れを管理することに重点を置いた製品としています」と異なるスタンスだと説明する。

 申告のためにソフトを利用している人からすれば、日々のお金の流れを管理することのメリットを感じられないかもしれない。そう質問すると小野社長は、「青色申告を行なわない、個人事業主であっても、自分にはどれくらいの売り上げがあり、いつ、どのくらい税金や仕入れた商品の支払いをしなければならないのか、把握する必要があると思います。資金の流れが全く見えず、支払いの度に、『次の入金まで、手元にお金がない。どうやって支払いをしよう』と考えているようでは、本業にも差し支えると思いませんか」と即答した。

 個人事業主が事業を営みながら、いつ、いくら入金があり、支払いをいつ、いくらしなければならないのかという、事業の基本となるお金の流れを把握していない状況がいわゆる、「どんぶり勘定」、「自転車操業」で経営を行なっている状態だ。「これだけ経済環境が厳しいのですから、どんぶり勘定と自転車操業で経営していくのは自ら利益を減らすことにもつながりかねません。個人事業主であっても、お金の流れを自分で把握しておくべきです」。

 ユーザーの中には、大企業の特定部署で利用しているケースもあるという。社内の基幹システムではそぐわない、細かな応用が利く、現実的に利用できるソフトとして利用されているという。

 日々のお金の管理に至るまで、全て税理士・会計士に任せるという考え方もあるが、他者に任せる分、コストとタイムラグが起こる。日々のお金の流れは経営者自身が把握し、それに対するアドバイスや決算処理を税理士・会計士に依頼する。

 売れ筋商品となっている販売ソフトについても、「販売管理ではなく、請求書や納品書の発行という個人においてもニーズがある業務を処理するためのソフトとなっています」とはんばいする商品の管理を行なうためのソフトではないという。

 個人事業主が日常のお金の流れを把握するために、複雑なシステムではなく、導入しやすく、使いやすいシステムを提供するというのがBSLシステム研究所の考え方だ。 

●最先端技術より使いやすいスリムなソフトを追求

 業務ソフトの世界にもクラウド対応のものが登場してきているが、BSLシステム研究所がターゲットとするような個人事業主にとっても、クラウドは影響があるのだろうか。

 「大きな影響があると思います。今後のビジネスを変えていくし、ソフトウェアの可能性を変えていくものになるでしょう。ただ、中小企業の現実を考えると、考えなければいけないことも増えると思います」。

 考えなければいけないことの具体例として小野社長は、見積書や請求書、納品書の「直し」をあげる。見積もり、請求書、納品書に記載した数字は、例えば一部商品に瑕疵があって金額が変更されるといったことが起こり得る。その際、見積書を発行する担当者と、納品書を発行する担当者が別々の人だった場合、完全にデータ連動ができる仕様となっていないと1つの取引であるにも関わらず、数値が異なり、整合性がとれないといったケースが発生してしまう。

 「異なる人が入力作業を行なっていても、データを一元化し、同時にデータを直しても整合性をとるシステムでなければならないといった問題は起こります。そうした問題が起こらない完全連動を実現しなければなりません。ただ、その一方で、従業員数数人の中小企業には構築が難しかったサーバーアプリケーションが誰でも使えるようになるというメリットはあります。営業スタッフが社内データを外出先から確認し、商談のスピードがあがるといったメリットは生まれるでしょう。技術者としては、これもやりたい、あれもやりたいという欲が出てきますね」。

 ただし、中小企業ユーザーの現実を鑑みると、現行のパッケージソフトが一気にクラウドに切り替わることはなく、「時間をかけて移行していくと見ています。当社はその間に、中小企業でも使いやすい、挫折せずに使いこなせるシステムを開発できればと考えています」と早期にクラウドを推し進める意向はないという。

 技術者としては、「クラウドだけでなく、現行のパッケージ製品についても手を加えたいところはあります」と小野社長は話す。しかし、現在の社長としての立場では、技術者としての自分とは逆の発想をするのだという。

 「技術者から、もっと新しい機能を盛り込みたいという声が出ても、それを抑えるのが現在の私の役目だと思っています。お客様が使いやすい、完成された製品を提供し、だからこそトラブルも少なく、従来よりもサポートの負担を減らしていくことで、3,990円で製品が提供できるという面もある。技術者の意向で盛りだくさんの製品とするのではなく、使いやすさを考えてスリムな製品としていくことが現在の役割です」

 使いやすさの追求が低コストで商品を提供する1つの鍵となっているようだ。