三浦優子のIT業界通信

安価な「やよいの青色申告」に、弥生が注力する理由



●青色申告製品向け施策を大幅強化
「弥生の青色申告 応援プロジェクト」ページ

 あるきっかけで、業務ソフトの大手メーカーである弥生株式会社のホームページを見て驚いた。青色申告を行なうユーザー向けの情報や施策がやけに充実しているのだ。

 たとえば、フリーライターの穴澤賢さんが青色申告を行なうことを決意して、申告書を提出するまでの体験記が掲載されているし、「弥生の青色申告応援プロジェクト」として4つのプロジェクトが進行中で、青色申告未経験者から経験者まで幅広く支援を行なっている。

 はっきりいって、青色申告ソフトは、弥生の製品ラインナップの中では安い製品だ。企業の収益という観点からすれば、決して優等生とはいえない青色申告製品にここまで注力するのはなぜなのか。


●中途半端にやらず徹底的に支援
岡本浩一郎社長

 「青色申告に関するメッセージを強化している理由は、我々が個人事業主向け製品に注力しているという姿勢を示すためです」、弥生の岡本浩一郎社長はこう説明する。

 同社のホームページに掲載されている「弥生の青色申告 応援プロジェクト」を見ると、次の4つが掲載されている。

・プロジェクト1 申告ソフトを使いこなすためのサービス
・プロジェクト2 青色申告直前対策セミナー
・プロジェクト3 やよいの青色申告応援フェア
・プロジェクト4 はじめての青色申告セミナー

 4つのプロジェクトは、それぞれターゲットが異なる。

 プロジェクト1は、ある程度青色申告や青色申告用ソフトを理解している人向けに、製品購入後にできることや、不安な箇所を解決するためにどんな方法があるのか、詳細を図で紹介する。製品購入前の人だけでなく、すでに製品を購入して、ある程度、使いこなしているという人が見直しても参考になる点がありそうな、いろいろな利用場面での弥生が提供する解決方法が提案されている。

 プロジェクト2は、文字通り、青色申告を行なうためのアドバイスを、税理士や会計士がヤマダ電機のセミナースペースを活用して実施している。セミナーは無料で実施されるので、予算がない人にとっては有り難い実践的な支援策だ。

 プロジェクト3は、青色申告と白色申告の差など、青色申告とはどんなものかを紹介する、これまでは青色申告には縁がなかった個人事業主に向けたセミナー。

 プロジェクト4はタイトルからもわかるように、初めて青色申告を考えている人に向けた内容。開催日は2010年の確定申告書提出期限である3月15日を過ぎた3月23日で、来年以降、青色申告を行なう人を想定したものだ。

 今年青色申告を行なうために悩んでいる人から、今後実施を検討している人まで、4つのセミナーで青色申告に関わる人をほぼ全方位でカバーする内容となっている。

 「以前はネットワーク版の製品を提供し、従来、弥生のメインターゲットであった個人事業主からもう少し上位層、中堅企業くらいまでをターゲットとしようとしていました。その影響で、弥生のメインユーザーである小規模企業や個人事業主向け施策が、手薄になっている、という声も頂いていました。私が社長になったタイミングで、元々のメインターゲットである個人事業主や小規模企業向け製品に注力するという決断をしたのです。どうせ、青色申告を行なうお客様をターゲットとするのであれば、中途半端ではなく、徹底してやろうということで応援プロジェクトを開始しました」(岡本社長)

 青色申告を行なう人向けの「やよいの青色申告」の単価は10,500円。それに対し、「弥生会計 プロフェッショナル 2ユーザー版」は110,250円。企業の収益という観点から考えれば、製品単価が高いネットワーク対応のプロフェッショナル版の販売を強化することは自然な流れに思える。

 弥生製品の中で最も安い「やよいの青色申告」の利用者に向けて、これだけ手厚い支援策を用意するのは、収益面から考えると決して得策ではないように思える。

 「単純に考えるとその通りですが、中堅企業レベルとなると会計ソフトを導入していない企業はほとんどありません。企業間競争も激しく、ビジネス的には厳しい。それに比べ、毎年22万事業所が起業します。青色申告を行なう人は、毎年新たに誕生している。青色申告向けマーケットは、収益性は決して高くはありませんが、それをカバーするだけの事業所の数が存在しているのです」と岡本社長は言う。

 日本には420万の事業所が存在するといわれ、そのうち3分の2が個人事業主だとされている。起業数も22万と多いものの、それを上回る28万事業所が廃業するため、事業所の数は減少傾向にある。新しく起業した人をユーザーとして取り込む方が可能性が高いのだ。

 こうした現状から、青色申告者への支援を厚くすれば、成果はあると岡本社長は分析する。

 「やよいの青色申告に注力したことは、経済状況が不透明な現状にも合致していたと思います。法人化せず、個人事業主のままでいる方の中には、法人だったものの売り上げが減少した方や、会社を離れたなどの理由から、やむを得ず個人事業主となったという方も多いと思います」

 青色申告をしなければならない状況になったばかりの、会計知識の乏しい人にとっても、弥生のソフトの使いやすさは定評があるところだ。例えば、「簡単取引入力」という機能を使えば、会計の知識がない人でも、正しい入力ができる。この機能を使ってもどこに、どうやって入力すればいいのかわからない場合は、「仕訳アドバイザー」という機能を使って、検索すれば、入力方法の例が紹介される仕組みとなっている。

 「やよいの青色申告の良いところは、その人の知識と慣れによって、どんどん使いやすくなっていくことです。最初のうちは、簡単取引入力を使った方が間違いはないかもしれませんが、慣れてくると、この方法で入力するのは時間がかかりすぎる。どこに、どうやって入力すればいいのか理解した後は、直接取引を数字で入力していけばいいのです。何十枚、何百枚の伝票を速く入力するにはこの方法の方が適しています。ただ、丁寧なだけでは、そのソフトを使い続けることが面倒になってしまいます。使ってくださる人の成長に合わせて、使い方が進化していくことが、弊社のソフトの特徴です。それが長年にわたって使い続けていただける理由の1つだと思います」(同)

 それでも購入するには不安があるという人には、30日間使用できる無料体験版が用意されている。初めて申告をする人や、会計ソフトに触ったことのない人は、手元に伝票を用意して、体験版を試してみることをお勧めしたい。入力したデータは、製品版購入後に引き継ぐこともできる。

●申告ソフトと会計ソフトの違い

 その一方で、「やよいの青色申告」には厳しい意見もある。「青色申告という名前がついてはいるものの、製品購入後、サポート契約をしなければ、申告ができないではないか」という指摘である。

 「そういうご意見があることは我々も承知しています。ただ、この意見には、正しい部分と正しくない部分があります。例えば、2010年3月15日締め切りの青色申告を行なうために、2009年12月に発売した『やよいの青色申告』を購入し、ユーザー登録していただいたお客様には無償で、『確定申告版』をお送りしています。それを利用すれば、印刷した書類をそのまま税務署に提出することができます。ただし、次の2011年に青色申告を行なうための提出書類作成には、新しい製品を購入するか、サポート契約をしていただく必要があります」(同)

 この事実に対し、申告用の書類提出だけを目的に「やよいの青色申告」を購入した人にとっては、「次年度の申告に追加料金を支払わなければならないのはどういうことか。データを人質に取った商法だ」と感じるようだ。

 弥生としては、「やよいの青色申告という商品名ではありますが、やよいはあくまでも会計ソフトなんです。会計ソフトの役割は、申告することだけでなく、日々の業務をきちんと記録することにある。申告ソフトと会計ソフトの違いを理解してもらえれば」(同)という思いがあるのだという。

 つまり、「やよいの青色申告」は今回の申告をクリアするための一時的な手段なのではなく、事業を維持し続けるための長い闘いの入り口なのだという認識なのだ。申告のためだけにソフトを利用すると、1年間の事業の結果しか把握できないが、せめて月次で入金、支出といった記録をつけていけば、事業のどんな部分に問題があるのか、把握できる。会計ソフトの本来の目的は、事業の現状を把握するためのツールなのだという。

 また、税務署に提出する申告書の書式は、毎年変わっている。さらに税法の変更があれば、プログラム自体の変更も必要となる。1万円以下のソフトウェアを1本購入したユーザーに、長期間にわたってアップデートとサポートを続けることが難しいことも事実だろう。

 サポート契約に対して抵抗感のあるユーザーに対し、サポート契約に新たな価値を提供するというのが弥生の目指す方向性だ。

 「会計ソフトと申告ソフトの違いを、もっときちんと説明する必要もあると思います。また、サポート契約をしていただいたお客様には、単なる製品の技術的サポートだけではないサービスを提供することを目指しています。個人事業をやっている方の駆け込み寺となるようなサービスです。このサービス部分に魅力を感じて、サポート契約を結んでいただくお客様を増やすような努力もしていきたいと思います」(同)

 具体的には、利用している中で感じる疑問に答えるサポートに加え、最新確定申告版プログラムの提供、HDDのデータが破損した際にデータバックアップを行なうためのデータ復旧サービス、個人事業主では実現が難しい福利厚生サービスの提供など、ソフトには直接関係しない分野の業務支援サービスも提供している。

 こうしたサービスは岡本社長自身が、弥生の社長に就任する前に、自分の会社を起業した際に感じた「会社にいた時のベネフィットがほとんどない起業時の状況」をカバーするサービス内容となっている。

 サポート料金は「やよいの青色申告」の場合、2009年11月時点でベーシックプランが年間12,600円でこちらが推奨されている。業務支援などを含むトータルプランは21,000円だ。サポートが不要というユーザーには、新製品を購入するという選択肢もあるが、「やよいの青色申告」について言えば、価格差は少なく、あまりメリットはない。こうしたサポート契約のメリットを、もっとアピールしていくことが弥生の方針の1つとなっている。

 個人的な印象でいえば、あとから追加の金額が掛かるというシステムが、一部ユーザーの抵抗感をもたらしている気がする。たとえば、購入時に5年分のアップデート権がついてくるパッケージを用意してはどうだろう。購入時にパッケージに「2年目からは***円かかります」と明記されているだけでも印象は変わると思う。サポート無しのアップデート版の単価をさらに下げるのも手だろう。いずれにせよ、アップデートやサポートに関する料金やシステムについては、今後も検討が必要だと感じる。

●まだまだ多い「青色申告」のメリットを知らない人

 こうした施策と共に、青色申告を行なっていない個人事業主に、青色申告を行なうことのメリットを伝えていくという方針を弥生では掲げている。

 3月23日に実施予定の、「はじめての青色申告セミナー」がその1つだ。

 「青色申告を実施するためには、事前に管轄の税務署に届け出る必要があるので、思い立って即実施というわけにはいきません。だから、余裕を見て来年に向けてということで、あえて申告書提出締め切りである3月15日が過ぎてから実施します。会計ソフトというと、用語に馴染みがなく難しいという声があるので、できるだけハードルを低く、わかりやすい内容としています。日本ではサラリーマンとして働いていると、税金に関する知識は必要ありません。会社を辞めてフリーランスになっても、確定申告はしなければならないものであるいう意識すら人も多いでしょう。とくに源泉徴収されていると申告をする必要性を感じにくいのですが、実は申告すれば得をするという人も多いのです」(同)

 ちょっとフォローしておくと、個人事業主の場合、毎年の確定申告は必須だ。さらに、申告の方法には、きちんと帳票を揃える青色申告と、簡易な白色申告がある。青色申告は、帳票記入などの手間がかかるわけだが、その引き替えにメリットも用意されている。

 国税庁のホームページによれば、青色申告のメリットとして次の4つが挙げられている。

(1) 青色申告特別控除
 不動産所得又は事業所得を生ずべき事業を営んでいる青色申告者で、これらの所得に係る取引を正規の簿記の原則、一般的には複式簿記により記帳し、その記帳に基づいて作成した貸借対照表を損益計算書とともに確定申告書に添付して確定申告期限内に提出している場合には、原則としてこれらの所得を通じて最高65万円を控除することを認める。

(2) 青色事業専従者給与
 青色申告者と生計を一にしている配偶者やその他の親族のうち、年齢が15歳以上で、その青色申告者の事業に専ら従事している人に支払った給与は、事前に提出された届出書に記載された金額の範囲内で専従者の労務の対価として適正な金額であれば、必要経費として認める。

(3) 貸倒引当金
 事業所得を生ずべき事業を営む青色申告者で、その事業の遂行上生じた売掛金、貸付金などの貸金の貸倒れによる損失の見込額として、年末における貸金の帳簿価額の合計額の5.5%以下の金額を貸倒引当金勘定へ繰り入れたときは、その金額を必要経費として認める。

(4) 純損失の繰越しと繰戻し
 事業所得などが損失(赤字)になり、純損失が生じたときには、その損失額を繰り越して翌年以後3年間にわたって、各年分の所得金額から差し引くことができる。

 お役所の資料をベースとしているので言葉は難しいが、青色申告をした方が、控除額が大きいことはなんとなく理解できるだろう。所得額によるが、仮に税率が20%であれば、65万円の控除によって税額が13万円異なることになる。これだけでも青色申告をするメリットはある。ほかの3つについても、その条件に合いさえすれば、有効に活用できる制度だ。

 そもそも、弥生の製品をはじめとする、会計ソフトを利用することのメリットは、青色申告をする際に必要な複式簿記の知識がなくても、きちんとした帳簿をつけることができること。国税庁よりもわかりやすく、青色申告ができるよう誘導してくれるのがソフトの役割でもある。

 日常的には、ニュース以外では使うことがない、「仕訳」についても、先ほど紹介した「簡単取引入力」や「仕訳アドバイザー」という機能を利用すれば、仕訳に関する知識なしでも基本的なことはほぼ入力はできる。

 「インターネットで検索すると、低価格で青色申告ができるソフトは色々と出てきます。しかし、毎年、きちんとバージョンアップをして製品を提供している会社ばかりではない。青色申告を正しく、安全に行なうためのソフトとして弥生製品の価値を認めてもらえれば」と岡本社長は話す。

 PCも青色申告も初心者という人が増えている中、弥生は「青色申告、してみませんか」と呼びかけていく方針だ。