森山和道の「ヒトと機械の境界面」
スマートに動作するヤマハの電動アシスト車椅子「JWスウィング」
~もっとも身近なパワードスーツとしての車椅子。PC上でアシスト力を設定可能
(2014/4/12 06:00)
加齢と共に筋力は低下し、歩行も難しくなる。やがてはみんな、車椅子に乗ることになる。車椅子には手押しと電動、それぞれのタイプがあるが、新たに両者のハイブリッドである電動アシストタイプの車椅子が発表された。ある意味、車椅子は、もっとも身近なパワードスーツでもあると思う。自分あるいは身近で使っている人でなければ縁遠く感じている人も少なくないとは思うが、人と密着して使う機械としても車椅子はさまざまな側面で興味深い点が多く、ご紹介しておきたい。
ヤマハ発動機株式会社は4月10日、電動アシスト車椅子「JWスウィング」を6月10日から発売すると発表し、記者会見を行なった。ヤマハの電動アシスト自転車「PAS」でお馴染みのパワーアシストシステムを搭載。車椅子のハンドリムの負荷に応じて電動補助力が働く。「JWスウィング」は、2012年に国際福祉機器展で発表され、翌年から発売された同社製の電動アシストユニット「JWX-2」を搭載した完成車だ。メーカー希望小売価格は363,000円。介護保険適用でのレンタルを想定し、年間200台を販売目標としている。
アシスト力は時速6kmで0になるように設定されており、過剰なスピードが出ないように段階的にコントロールされている。またPCで「JW Smart Tune」という専用ソフトウェアを使うことで最高アシスト速度をさらに低くすることもできる。重さは23.9kgで、ヤマハの電動車椅子の中では最軽量。また電動ではあるが折りたたみでき、アシストユニット自体も簡単に着脱できる。コンパクトになるため車のトランクへの搭載なども容易だという。
「JWスウィング」はデザインにもこだわっている。「電動に見えないスタイリッシュなデザインを目指した」という。ハブのカバーも車椅子のフレームに合わせて3種類用意し、ハンドリムもコーティングの有無を選べる。車両の使い勝手の自由度も上がるようにした。
バッテリは別体式で、背面にバック収納されている。リチウムイオンとニッケル水素の2タイプから選べる。ニッケル水素タイプは54,000円(税別)、リチウムイオンタイプは125,000円(税別)。ニッケル水素タイプのほうが価格が安いため、9割の人がそちらを選んでいるが、バッテリ寿命自体はリチウムイオンのほうが長く蓄電容量も大きい(ニッケル水素が24V×6.7Ah、リチウムイオンが25.2V×11.2Ah)。必然的に連続走行距離もニッケル水素タイプで20km、リチウムイオン使用時で40kmとほぼ倍の差がある。どちらを選ぶかはユーザー次第だ。それぞれに専用の充電器も用意されている。
モーターはACサーボモーターを車輪ハブに搭載している。左右それぞれの車輪に非接触方式のトルクセンサーを搭載し、制御ユニットで適切なアシスト力を計算する仕組みだ。JW営業部JWビジネス部長(兼)JW技術グループリーダーの米光正典氏によれば、以前はポテンショメーターを使っていたが信頼性を考えて非接触トルクセンサーに切り替えたという。このあたりの事情は「PAS」同様だろう。トルクセンサーはそれぞれの車輪に2基ずつ搭載されている。また、左右の車輪それぞれが互いに通信しており、異常な値を検出してもエラーを起こさないように信頼性を高めている。
アシストの仕組みは基本的には電動アシスト自転車のPASと同じだが、車椅子の場合、手で漕ぐので、漕いだ後に、必ずいったん手を離して持ち変える必要がある。だが、たとえば坂道を上っているときに手を離してしまうと、そのままずるずる下がってしまう。そうならないように「JWスウィング」は手を離したあとでも、しばらくモーターのアシスト力を維持するようにコントロールされている。これによって、坂道でもすいすいと漕ぐことができる。一方、手動の車椅子同様、数cmの微速移動も可能だ。
また、ブレーキも基本的にハンドリムで握って止めることになるので、速度が出過ぎても困る。一方、あまりにアシスト力を感じられないとそもそも意味がない。このあたりの調節が技術的な肝だという。なおアシストは後進時にもブレーキ時にも効いている。握力がない人が使うためだ。
アシスト力と乗り味を調整できるソフトウェア「JW Smart Tune」
「JW Smart Tune」はアシスト力や左右バランス、直進性や旋回性能など乗り味の調整ができるソフトウェア。アシストモードを2パターン設定記憶することができ、例えば室内と屋外とでそれぞれ異なるモードを切り替えて使うことができる。車椅子側にシリアルポートがあり、変換プラグを経由してPCと接続する。なお「JW Smart Tune」はWindows Vista以降で動作する。Mac用の予定は今のところないという。
「目が悪い人が眼鏡をかけるくらいの気安さで」
同社 執行役員 事業開発本部 副本部長の藤田宏昭氏は、「日本国内の電動車椅子の普及率は高くないが、内訳を見ると簡易型が多い。それにはヤマハ発動機が1995年に発売した簡易電動ユニットJW-1がある」と述べ、「簡易型電動車椅子の歴史はヤマハの電動車椅子の歴史」と胸を張った。
電動車椅子の普及率も徐々に高まってはいるが、国内、特に高齢者向けには電動車椅子が普及していない。そこに向けて発表したのが今回の電動アシストだと続け、特に高齢者を対象に、人の力とモーターの力を融合するハイブリッドタイプで手動車椅子の領域を電動化し、「車椅子といえば電動アシストが当たり前」という世界を実現することを目指すと語った。3年後には現状の2倍の12,000台の普及を目指す。
JWビジネス部 JW営業グループ グループリーダーの鈴木智行氏は、福祉制度の領域区分に由来する電動車椅子の市場背景について概説した。障害者向けは身体障害者福祉法を中心とした補装具給付があるため、車椅子はオーダーという形が多いという。そのため、電動部分は後付けユニットの要望が多く、フル電動とアシストという形になる。一方高齢者向けとしては2000年に制定された介護保険法の適用となり、介護保険では車椅子はレンタルという仕組みになる。こちらでは後付けのユニットではなく、むしろ完成車としてのニーズが高い。そこで今回「JWスウィング」を投入することになったという。
では高齢者へのレンタルにおいては歩行補助具はどういうふうに使われているのだろうか。高齢者が歩行能力低下すると、最初は杖や歩行器を使う。そのあと、もう少し衰えてくると車椅子へ、となる。そうすると、実際には屋内の平坦な場所だけではなく長距離やさまざまな路面状況での踏破が必要になり、活動領域は急激に狭まっていき、生活の質(QOL)が落ちていく。手動車椅子から電動車椅子への移行ハードルを引き下げることで活動範囲とQOLをサポートできないかと考えているという。
一般的な電動車椅子に使われているジョイスティックは、指で車椅子を操作できるため、非常に多くの症例をカバーできるデバイスだ。だが高齢者にはなじみが薄く操作に直感性がない。JWスウィングは操作は通常同様ハンドリム操作で、そのまま使えることが大きな利点だと考えているという。鈴木氏は「移動は手段。移動自体に苦労することがあってはいけない移動に苦労している方は是非使ってその先の生活を楽しんで頂きたい」と語り、「目が悪い人が眼鏡をかけるくらいの気安さで使ってほしい」と述べた。
試乗会
記者会見後には、記者たちによる屋外での試乗会も行なわれ、ゆるいスロープと平坦な道を走行した。車椅子に座ってからロックを外し、右側の電源を入れる。そのあとは通常の車椅子同様、ハンドリムを使って手で漕いでいく。初期設定ではアシスト力が弱に設定されていたが、左側のボタンを押すと、アシスト力が倍くらいになり、一気にスイスイと進むようになった。1度すっと漕ぐだけで、スーッと進んでいく。馴れてないので、狭い空間だと少し困るくらいだ。
しばらく動かしているとだんだんコツが飲み込めてくる。例えば各々の車輪を逆回転させればその場でギュルッと旋回することもできる。逆回転させてもアシスト力が効いているのが分かる。なるほどこんな形かと思った。製品自体は高齢者を想定しているのでそんなに激しい動きをすることはないのだが、インターフェイスが自分自身の動きと力なのですぐに使い方自体は理解できる。
パワーは機械がアシスト、制御は人間が行なう、そのための細かい計算にコンピュテーションパワーが活かされるという形は、今後もさまざまな場面で使われていくと思う。電動アシストは人の力と機械の力の合力で仕事をする仕組みだ。インターフェイスとしては人の動きそのものが入力であり、人はその動きのまま出力結果を身体で感じる。どれだけナチュラルに人が感じられるように力を出力するかがキーテクノロジーである。冒頭で車椅子は一種のパワードスーツだと言ったが、今後実際にいわゆるパワードスーツが普及し始めるときにも、既に歴史も深まりつつある電動アシスト自転車や車椅子は、その非常に良い先例となるに違いない。
なお「JWスウィング」は、4月17日(木)からインテックス大阪(大阪市住之江区)で行なわれる「バリアフリー2014」と、同じく4月19日(土)からTRC東京流通センター(大田区平和島)で開催の「第13回子どもの福祉用具展2014」にて展示・試乗が行なわれる。