森山和道の「ヒトと機械の境界面」

技術でスポーツを拡張する「サイボーグオリンピック」の可能性

~慶應義塾大学KMD forum「Augmented Sports」レポート

「超人オリンピック」展示会場の様子
2月28日~3月1日 開催

 2月28日~3月1日の日程で、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)による研究成果公開「KMD forum」が行なわれた。第4回となる今回のテーマは「未来の空港」。タイトルは「KMD Transnational Airport」。ハブ空港のように世界からKMDに人が集い、そしてまた世界に飛び立ってゆく、そんな場でありたいとの願いが込められているという。

 VRやヒューマンインターフェイスの研究者として知られる稲見昌彦教授が代表の「Reality Media Project」は、今年度は「超人オリンピック」をテーマとして研究展示を行ない、シンポジウム「Augmented Sports」を開催した。人と機械が融合した未来スポーツの実現や、オリンピックとパラリンピックの境界をなくすことを目指す、あるいはスポーツ観戦を技術で拡張するといった試みである。

 言うまでもないが、2020年夏には東京でオリンピックとパラリンピックが行なわれる予定だ。稲見教授らは、その時に何かしらのイベントや取り組みを具体化したいと語る。オリンピックそのものと連携するか、勝手に行なうかは未定だが、とにかく何かをやりたいとのことだ。展示とシンポジウムの内容を合わせてレポートする。

展示

 「スケルトニクス」はネットを中心としたメディアでも有名な動作拡大スーツである。独自のリンク機構を使って、腰を中心に人間の動作を拡大する。なお拡大しているのは動きであり、パワーではない。動力は人間なので、連続動作できる時間は限られている。作成当時は沖縄高専の学生たちによる作品だったが、その後、彼らはスケルトニクス株式会社を設立。現在はスケルトニクスの製品化を進めつつ、次世代機の開発を進めている。

 今回は稲見教授が以前開発したプロジェクターを使った「光学迷彩」用の再帰性反射材を貼って登場。ハーフミラー越しに見ると後ろが透けているように見える。「透けるトニクス」という駄洒落だ。1日2回限定で行なわれた動作デモには多くの人が集まって写真や動画を撮影していた。将来は、この仕組みを使った動作拡大スーツでバスケットボールなどを行なってみたいという。

動作拡大スーツ「スケルトニクス」
黒い部分が再帰性反射材
光学迷彩技術でハーフミラー越しに見ると背後が透けているように見える
着用した様子。ずれないように身体にぎゅっと締め付けて着用している
腕のリンクの構造
天候のため屋内でのデモとなったが黒山の人だかりだった
【動画】スケルトニクスの動作デモ

 「Haptic Broadcast」は、2013年の本誌連載で紹介したテクタイル・ツールキットの活用例で、振動を使ってバドミントンのラケットにシャトルが当たったときの衝撃を再現して伝えようとするもの。ラケットを単に持っているだけでは単純な振動刺激にしか感じられないが、実際にシャトルを打っている映像を見て、かつ、合わせて自分自身でラケットを振ってみると、リアルな感覚が再生される。

 「TAMA(Trajectory chAnging, Motion bAll)」は電気通信大学大学院情報システム学研究科野嶋研による研究。「デジタルスポーツのための軌道変化ボール」と題されており、中から圧縮空気を噴出することで魔球のような変化球を実現することを目指しているという。また、ハンデを与えることで試合自体の盛り上がりをコントロールすることを目指す。変化球というところに着目して、もともとボールの変化を生んでいる回転運動自体を制御できるようになれば面白いかもしれない。

ラケットの振動を伝えて再生する「Haptic Broadcast」
ガスを使って球を曲げる「TAMA」
TAMAの内部。制御用にArduino、ジャイロや加速度センサを搭載

 「Flying Sports Assistant」は東大暦本研究室とKMDの共同展示。画像処理で人間を追尾出来る自律飛行クアッドコプターを使って、外部からの視点をスポーツ選手本人に与える試み。自己の運動の状態や姿勢などを客観視させる。デモでは赤い服の人を追いかけさせていた。ちなみに暦本研では陸上バージョンは「Around Me」として、水中バージョンは「Swimoid」として研究中。それぞれロボットにカメラを搭載している。また、小型のクアッドコプターを自在に運動するボールのようなものに見立てて操る研究も進行中だという。

Flying Sports Assistant。クアッドコプターとデモの様子
小型ヘリをボールに見立てる試みも
Around Me
Swimoid

 ユニティ・テクノロジーズ・ジャパンによる「Hiyoshi Jump」は「Oculus Rift」を使った体験デモで、クアッドコプターが上昇したときの映像を、再生・逆再生することで、あたかも人が空中に高くジャンプして、降下するかのような視覚体験を得られる。

 「Flying TELUBee」はジンバル搭載のクアッドコプターからの2つのカメラ映像を使って、空中からの視点を与えることを目指したもの。カメラ間の距離を20cm程度とすることで、目と目の間隔が20cmくらいある人の数倍の身長の巨人のような視点を得ることができるという。このような機器を使って映画にもなった小説「ハリーポッター」に出てきた競技「クィディッチ」のように空中を飛び回るようなスポーツを疑似体験できるかもしれないというものだ。

Hiyoshi Jump。体験中の人と提示される映像
「Flying TELUBee」に用いられるクアッドコプター

 株式会社アイプラスプラスの「オーデコ(AuxDeco)」は視覚障碍者向けの感覚代行器である。額(おでこ)に着けて、電気刺激を使って小型カメラで撮影した前方にあるものの輪郭を提示する。東京大学と共同開発されたもので、2009年に商品化されている。これも同社代表取締役社長の菅野米藏氏による講演を、本連載で以前レポートしているので詳細は過去記をご覧頂きたい。ちなみに、十分にトレーニングした人であれば、簡単なアニメくらいであれば理解できるそうだ。ただし、晴眼者ではかたちの判別までは難しいという。

 「GVS Human Controller」は、前庭を電気刺激することで人の平衡感覚に影響を与えるもの。電極を両耳の後ろに貼って微弱電流をながすことで、右や左に体が傾くような感覚が得られる。一般の人向けのデモとのことなので刺激をかなり弱めてあるとのことだったが、目を閉じてみるとある程度傾いているように感じられた。

オーデコ(AuxDeco)
おでこに着ける。着用しているのはニコニコ学会βなどの活動で著名な江渡浩一郎氏
GVS Human Controller。右下が電極。

 「TORSO(トルソ)」は軽量なテレプレゼンス・ロボットシステムである。高速な見回し動作などができることがウリで、操縦者はHMDをかぶるだけで、スレーブ・カメラ側の自然な立体映像を得ることができる。今回は、操縦者自身をスレーブ側のカメラ映像を通して見て、落とされるボールをキャッチするというデモを体験できた。自分自身の身体を、あたかも他者のように見て操る視点はなかなか面白い体験だった。

 「Spider Vision」は背後の映像と正面の映像を同時に見ることができるシステム。Oculus Riftを使っており、背後のカメラ映像が前方の映像に重ねて表示される。

TORSO(トルソ)
操縦者は、奥にあるカメラからの視点を通して自分自身を見ている
Spider Vision

 「Acsive(アクシブ)」は名古屋工業大学機械工学科佐野研究室による受動歩行に注目した無動力の歩行補助具。株式会社今仙技術研究所と共同研究している。受動歩行とは能動的な動力をもたず、下り坂など環境側との相互作用によって歩いてしまう仕組み。「Acsive」は根元のバネと、膝部分につけるウェイトによる振り子の動きによって、リハビリを行なっている人の歩行を助けることができる。健常者が着けてもアシスト力はあまり感じられないが、歩行に困難を感じる人だと足の振り出しが助けられる効果があるという。

 このほか、ソニーCSLの遠藤謙氏が開発中の2種類の義足も展示されていた。足首機能を再現することを目指した高機能なロボット義足と、板バネを使った競技用義足だ。

Acsive(アクシブ)。根元にバネがある
ロボット義足
競技用義足

超人オリンピック・シンポジウム

パネルディスカッションの模様

 続けてシンポジウムの様子をレポートする。シンポジウムはパネルディスカッション形式で行なわれた。パネリストは6人。司会は稲見氏が務めた。まず始めに稲見氏は、「自在化技術」という研究コンセプトを紹介した。「自在化」とは人がやりたいことを拡張する技術であり、そのために必要なのは「人機一体」となるための、いわば「馬具」のような技術だという。

 「超人オリンピック」はその考え方の延長上にあるもので、テクノロジーとデザイン、スポーツの融合をめざし、同時にオリンピックとパラリンピックの壁を取り払えないかと考えている。同時に老若男女、プロアマが一緒になって参加する文化イベントとしてもあり得るだろうし、競技や身体表現、コスプレやインスタレーションなどを楽しむものとして考えているという。

文部科学省 研究開発局 開発企画課長 内丸幸喜氏

 続けてそれぞれのパネリストがテーマに関する自己紹介を行なった。文部科学省 研究開発局開発企画課長の内丸幸喜氏は、自身のこれまでの仕事を振り返りつつ「文化芸術に資する科学技術」と題して講演した。

 内丸氏は、いわゆるマルチメディアによる地域振興、地域情報化などに携わった後、安全安心や文化芸術に資する科学技術について関わってきたという。国では2001年に文化芸術振興基本法が定められ、その後、デジタルコンテンツ振興の政策が推進されてきた経緯がある。今は第4期科学技術基本計画が進められているが、その中でも国民生活における心の豊かさに繋がる研究開発をやっていこうと言われている。だが課題はどうやってやるかだ。そのためのやり方に関するヒントを得たいと内丸氏は語り、文部科学省での検討会によってまとめられた「夢ビジョン2020」を紹介した。

 「夢ビジョン2020」は文部科学省の中で若手を中心に議論を進めてまとめたもので、オリンピックに関しては日本の志と創造力、革新的でありながらも伝統を重視する文化、成熟社会国家などを打ち出して日本人・日本社会の転換をとまとめている。オリンピック成功のためにいかに対話を進めていくか、成熟、安心、ゆとりをいかに進めていくかがこれからの社会にとっても重要だと考えており、スポーツについてはスポーツ科学を推進していきながら、いつでもどこでも楽しめるようなものにしたいと考えているという。具体化活動はこれからだそうだ。このほか内丸氏は「メダル獲得に向けたマルチサポート戦略事業」などを紹介した。

現在は第4期科学技術基本計画が進められている
夢ビジョン2020とオリンピック
メダル獲得のためのマルチサポート戦略事業
ソニーCSL 遠藤謙氏

 ソニー・コンピュータ・サイエンス研究所(ソニーCSL)の遠藤謙氏は、まず簡単に、ロボット研究者だった時代から義足の研究者になった経緯を紹介した。「障碍は人にあるのではなく技術の方にある」という恩師の言葉を紹介し、障碍をなくすために技術を極めていきたいと考えているという。続けて遠藤氏は義足のランナーのオスカー・ピストリウスの脚の動きを紹介。彼の動きは健常者とは違うという。倫理的問題よりも技術がどれだけできるかというところに注目して、今はバネ要素を究めようとしているという。義足を付けることで、健常者でもできない動きが脚がない人でも可能になることがある。遠藤氏は、障碍を欠損ではなく可能性として捉えている。

 足先にバネをつけるスポーツ器具としては「Powerlizer」のようなものが既にある。遠藤氏は、筋肉の特性をうまく使うと普段よりも大きな力が出せる例としてこれらを挙げて、開発中のスポーツ義足やロボット義足を紹介した。遠藤氏は義足を身体と交換できる歩行ロボットと捉えており、義足のバネ定数を調節することで、ヒトはより大きな力を出せるようになるという。

【動画】Powerlizer

 ただし、パラリンピックのために開発されたような技術を、世の中に出していく仕組みがないと、ただのお祭りになってしまう。遠藤氏は高機能なロボット義足のほか、開発途上国の貧困層向けの簡易な義足も並行して開発している。世の中にソリューションとなるような技術を提供するために、新年度から新たなプロジェクトも始めるという。

身体と交換できるロボットとしての義足
超人オリンピックへの試みはほかにも
国立障害者リハビリテーションセンター障害工学研究部部長 小野栄一氏

 国立障害者リハビリテーションセンター障害工学研究部部長の小野栄一氏は、布をハンドリングするロボットの研究から医療福祉分野へ入ったと自己紹介し、下肢切断の人の陸上チームの紹介、スポーツ義足の開発例や支援機器の開発について紹介した。

 国内でもこれまでに障碍者自立支援機器の開発促進事業等が進められており、障碍者用スポーツ機器などが開発されえいる。小野氏が特に強調していたのは「研究」と「開発」の違いである。おおざっぱにいうと、研究とは新しいことにチャレンジすることであり、それに対して開発とは確認された技術を使ってコストも含めて市場要求にあった製品を作り出すことである。

 小野氏は現在、“障害者自立支援機器等開発促進事業”を立ち上げ、福祉用具のニーズ情報を収集するサイト等を立ち上げている。「ものを作る側に障碍の観点から情報を出していく」ことが重要だと考えており、より良い支援のためには障碍だけではなく生活環境等も知ることが必要であり、総合的な効果を考えて持続可能性を重視しなければならないと語った。

障碍者スポーツ用機器の開発
“障害者自立支援機器等開発促進事業”など各種関連事業の連携
慶応義塾大学SFC准教授 加藤貴昭氏

 慶応義塾大学SFC准教授の加藤貴昭氏は「知覚-運動スキル」と題して講演した。加藤氏は、スポーツ選手が極度の集中状態にあるときの、いわゆる「ゾーンに入る」現象、例えば野球選手のバッターだと、ボールが止まって見えるといった現象に興味を持って研究していると述べた。なお加藤氏自身も学生時代には野球をやっており、アメリカ留学中もベースボールをしばらくやっていて、さまざまな選手と身近に接していたそうだ。ボールがゆっくり動いているように感じていて、かつ、自分の体が自然に動く、自分の意識が体から出て行ってしまうような現象に関心があるという。加藤氏は、例えば野球のボールでも物理的な速度と心理的な速度は一致していないのではないかと考えて、研究を進めていると語った。

 また、剣道など武道においては、相手の一部分に着目するのではなく全体的な姿勢を見ることが重要だと言われている。例えば本人に聞いてみても、主観的に「見ている」と報告する場所と、実際に注視している場所はずれていることが多いのだという。

 集中時の知覚と運動の連携がスポーツにおいては重要だが、体が勝手に反応して動くことが熟達においては一番重要だと考えているという。一方、自己分析すればするほど身体に麻痺が起こることも知られている。加藤氏は最後に、スポーツは単に「勝ちたい」だけではなく、最終的には自分の可能性や限界に挑戦するということがいろんな選手に通じるものなのではないかと述べてまとめた。

スポーツにおける眼球運動計測
武道のとき人はどこを見てどう反応しているか
慶応義塾大学KMD教授 中村伊知哉氏

 メディア政策やポップカルチャー研究をテーマとしているKMD教授の中村伊知哉氏は、ウェアラブルコンピュータのコンセプトや技術は15年以上前からあったが、商品化には時間はかかったと紹介し、技術はあってもかっこよくなければ普及しないと語った。

 カッコいいデジタルをプロデュースしたいと述べ、2005年の「愛・地球博(愛知万博)」でのコスプレイベント「世界コスプレサミット」や、日本のマンガの強みについて語った。コスプレとは体をメディアにするものであり、日本の強みは技術と表現力を併せ持っていることだという。「ものづくり力と文化力の合体」が重要だと述べ、技術を使って表現力をさらに拡張していきたいと考えていると語った。

 また子供たちの教育、ワークショップイベントなどにも力を入れているという。さらに「東京都都市再生プロジェクト」についても触れて、「サイボーグ・オリンピックも竹芝で開催してほしい」と述べた。

世界コスプレサミット
技術+表現+ネットが日本の強み
日本の文化を海外で発信するイベント「Tokyo Crazy Kawaii」
東京大学教授 暦本純一氏

 東京大学教授の暦本純一氏は、「Tokyo Design 2020」でのセッション「Augmented
Sports拡張スポーツ」の紹介から話を始めた。このときの模様はYouTubeでも見ることができる。暦本氏は、40代になって急にスポーツに目覚めてランナーになったという。最初は純然たる趣味だったそうだが、もともとインターフェイスの研究者だった暦本氏はライフログ系のセンサー類を身に着けて走ることで、“ラン”を研究に取り込んだ。東京ハーフマラソンなどもセンサー搭載で走ったという。

 「拡張スポーツ」については、「ハリーポッター」の「クィディッチ」のような、人間も球も空を飛ぶようなものが面白いと考えているという。普通のボールは投げられたら放物線を描くだけだが、そうではない軌道を描くような、つまり通常の物理法則そのものでは考えられないような動きをするようなスポーツの可能性が考えられると述べた。

 また技術とスポーツという観点にもいくつか異なった方向性が考えられると整理した。1つ目はスポーツ観戦。観戦体験の電子化やARによる強化、あるいは選手の視点の追体験などだ。2つ目はトレーニング手法の電子化である。そして3つ目がスポーツそのものを変える、再デザインするような試みだ。

 続けて暦本氏は研究のいくつかをスライドで紹介した。クアッドコプターを使った「Flying Sports Assistant」、水中ロボットを使った「Swimoid」、移動ロボットを使った「Around Me」などだ。これらは体外離脱視点が得られるコーチングの拡張であり、また、単純に録画技術の拡張でもある。有名な選手の体験に自分が没入する技術もありえる。暦本氏はこれは言わば「人間へのテレプレゼンス」として捉えているという。

 最後に暦本氏は、「テクノロジーとスポーツの関係には2つの軸がある」と再び整理した。超人を目指すエクストリームな方向に対してアクセシブルな方向、すなわちハンディキャップを持った人や下手な人でも参加しやすく競技性を高める方向性もありえる。これを1つの軸とすると、もう1つの軸は、既存のスポーツの枠内で技術を磨くという方向と、まったく新しいスポーツを設計するという方向がありえる。例えばスカッシュなどは歴史も浅い。それと同じように21世紀のスポーツを新たに考えることも重要なことではないかと語った。

技術による観戦、トレーニング、プレーの拡張が可能
人間へのテレプレゼンスが可能になる?
これからの技術とスポーツにおける4つの異なる方向性

 このあとディスカッションが行なわれた。加藤氏によればスポーツの現場では技術がまだあまり使われていないという。ビデオ撮影すらまだまだなのが現状だという。遠藤氏からはもっと身体からの情報を得ることができるようになって、統合的サポートする技術ができればプロジェクトが大きく進むという指摘があった。中村氏は、技術を使って「僕をアーチェリーのチャンピオンにしてくれないか」と語り、同時に子供たちとも競えるようにしてほしいと述べた。

 内丸氏は世界中の支援を集めるためには価値観の変化が必要であり、スポーツ選手のプレーから得られるものにも大きな価値があるというところに世の中が動いて行くことが重要だと述べた。オリンピックは価値観を変える非常に良いチャンスだと考えているという。小野氏も「みんなの気持ちを変えなくてはだめだ」と述べた。稲見氏はそれを受けて、技術を世に出すには、技術の熟成のタイミングだけではなく、社会の整備や受け入れ態勢も重要であり、イノベーション(革新)とインベンション(発明)の谷をどう埋めていくかが重要だと述べた。

 中村氏は日本は新技術について制約的に動きがちだと指摘し、打破するためには「場」しかない、オリンピックは一種の技術的な場として社会実験すべきだと続けた。それに対して加藤氏は、現場からの見方として、最初は「運動すること」にも壁がある人でも、運動するうちに壁がなくなっていくように運動が心の状態を変えることがあると指摘。さらに「身体を技術で補ったときに心はどう変わるのか」に興味があると述べた。

 暦本氏は2020年の時代背景としてさらなる高齢化の状況があると述べ、その時代には何とか歩けるが歩かない、そんな車椅子や寝たきりとの境界上の人たちが増えるはずだと語った。そこは技術でなんとかできるはずで、そこにスポーツの拡張の意義があると語った。

 さらに会場には理化学研究所(理研)脳科学総合研究センターの研究者で本連載で過日体験レポートした「SRシステム」開発者の藤井直敬氏や、近年は「ナウシカ」のメーヴェ製作で知られるアーティストの八谷和彦氏らの姿もあり、稲見氏からの指名を受けて、コメントを述べた。また会場からは、機械と共同で、例えばコンピュータを利用してチェスの可能性をさらに探究する「アドバンスド・チェス」のように、機械をより積極的に活用する方向性もあるのではといったコメントもあった。

慶応義塾大学教授 稲見昌彦氏
独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター 適応知性研究チーム チームリーダー 藤井直敬氏
メディアアーティスト 八谷和彦氏

2020年オリンピックに向けて

会場の模様

 なお、「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会」は、オリンピックが2020年7月24日(金)~8月9日(日)、競技数28競技、パラリンピックは同年8月25日(火)~9月6日(日)、競技数22競技が予定されている。この大規模な国際スポーツイベントを技術が支援するとすれば、まず一般の人に関わってくるのは観戦支援に関わる技術だろう。チケットの購入や、観戦現場へのナビ技術などは、現状よりもさらに進歩した使いやすいものが望まれる。PCやスマートフォンのようなネット端末はもとより、ネットを使えない人にとってもやさしい技術の普及を期待したい。

 観戦について同様で、今でもイヤフォンからの音声で観戦をサポートする試みは行なわれているが、それにARゴーグルを組み合わせれば、視覚支援、要するに字幕などを視野に重畳して示すことも可能だ。また世界各国から多くの人が訪れることを考えると、翻訳にも対応してくれていると嬉しい。

 開会式や閉会式などでは大いに力を発揮するのではないだろうか。注目選手の過去映像なども瞬時に呼び出せたりすれば、なお楽しそうだ。多くの人はTVを通しての観戦になるだろうが、いまでもTVを見ながらツイッターをしている人は多い。6年後の我々は、どんな形で感情共有するようになるのだろうか。

 選手そのものへの技術支援は今日も行なわれているようなスポーツ科学ベースの多種多様な支援が継続して行なわれるのだろうが、必ずしも技術がスムーズに導入されているとも言えないような状況も少なくはないようなので、より気軽に手間なく使える技術の普及を期待したい。

 もちろん選手の身体や運動能力を事前にシミュレートしたり、より詳細にリアルタイムセンシングしたり調べたりできる技術も開発されていくのだろうが、あまり複雑なものだと単なる研究で終わってしまうかもしれない。それよりは、大雑把かもしれないがよりカジュアルに、しかしのべ計測時間そのものは長い、そんな技術の方がよりインパクトのある結果を出せるかもしれない。そのあたりは既存のスポーツ科学の人たちに期待したいところだ。もっとも選手へのトレーニングについては、素人が期待するまでもなく、どんどん技術導入は進められていくに違いない。

 今回のシンポジウムのテーマだった、積極的に人と機械の融合を目指したハイパーなスポーツ--あるいはスポーツとは言えない新しい何か--の可能性についてはどうだろう。技術を積極的に活用した「スポーツ」といえば、単純に考えればF1であったり、「レッドブル・エアレース」のようなものが頭に浮かぶ。だが今回話題にされていたようなものは、もっとより人間、人体に近いものが想定されているのだと思う。どんな機材を使って、どんなルールでどのように楽しむ競技が考えられるだろう。稲見教授は、これから取り組みを具体化していくという。今後に期待する。

(森山 和道)