後藤弘茂のWeekly海外ニュース
モバイル市場に3ブランドで投入されるAMDの新APU「Kabini/Temash」
(2013/5/24 14:41)
製品ファミリのレンジが広がったローパワーAPU
AMDは、28nmプロセスの新APU(Accelerated Processing Unit)群を、ノートPC &モバイル機器市場向けに、3つのブランドで投入した。メインストリーム向けの「AMD A-Series APU」と「AMD E-Series APU」、そして「AMD A-Series Elite Mobility」だ。APUのコードネームとの対照では、「Kabini(カビーニ)」がA-Series APU/E-Series APUで、「Temash(ティマッシュ)」がA-Series Elite Mobilityとなる。
KabiniとTemashは同ダイ(半導体本体)で、その大まかな区分けはターゲット市場と電力となる。いずれもCPUコアは、新設計の「Jaguar(ジャギュア)」で、GPUコアはAPUに初搭載される「GCN(Graphics Core Next)」だ。しかし、通例通り、有効にされているCPUコア数やCPUやGPUの動作周波数、メモリインターフェイスなどで差別化が図られている。下はKabini/Temashのダイ写真だ。
Temashがターゲットとするのは、主にタブレットやハイブリッド(タブレットとノートPCの混合)機器、それに小画面のタッチノートPCなど。Kabiniは、それよりは従来的な軽量ノートPCの市場にフォーカスする。TDP(Thermal Design Power:熱設計消費電力)レンジで見ると、8~9WがKabiniとTemashの区分けポイントとなる。
上はTemashのラインナップで、4コア版と2コア版の2系列3モデルが用意されている。TDPレンジは上が9W、下が3.9W。Kabini/Temashはサウスブリッジチップまで統合してこのTDPなので、タブレットもレンジに入る。動作周波数はさすがに低く、1GHzから最大で1.4GHzの範囲。製品型番としてはA4とA6で、型番の数字列は1000番台。
対するKabiniは、A-SeriesとE-Seriesで合計5モデル。区分けは単純で、A-Seriesが4コア、E-Seriesが2コアとなっている。TDPは4コアの2GHz版が25Wで1.5GHzが15W、2コア版のE-Seriesは9~15Wとなる。
スライドで見ると、直感的にわかりにくいので、これを図に起こしてみると、下のようになる。大まかにTDP順に上下に並んでいて、上がKabini、下の3つがTemashだ。製品名の右の□はCPUコア数で、その隣はCPU周波数を示すバー。GPUのコア数は全て共通だが、こちらも周波数の違いはバーで示している。メモリ帯域の差はピンクのボックスのサイズだ。
こうして見ると、綺麗に差別化されていることがわかる。4ケタの型番の数字は、上から順番に並んでいる。従来の40nmプロセスのBobcat(ボブキャット)系APUはTDPのレンジがタブレット向けのZ-Seriesの4.5Wから18Wだったので、Jaguar世代になりTDPのレンジが上下に広がった。ブランド的には、これまで上位のパフォーマンスAPUだけが冠していたA-Seriesに、ローパワーのJaguar系が食い込むようになった。また、複雑だったシリーズ名称が単純になった。
モバイル市場への注力の圧力がかかるAMD
AMDにとって急務は、モバイル市場への弾と実績。半導体メーカーは、たとえPC市場で成功していようとも、今は評価されない。株主は、PCよりはるかに急成長するモバイル市場への浸透を求め、そのための戦略と製品を持っていないと非難されてしまう。ここで言っているモバイルとはスマートフォンやタブレットなどのカテゴリで、AMDもその分野が弱いことをこれまで叩かれてきた。こうした事情はIntelにも共通しており、モバイル戦略がCPUメーカーにとって最重要となっている。刷新されて1年ちょっとのAMDの現経営陣には、そうした圧力がかかっている。
上は今回のモバイル版Kabini/Temashの発表に際してAMDが示したスライドだ。赤がiOSやAndroidのタブレット、濃いブルーがデスクトップPCや伝統的ノートPCで、水色がウルトラスリムノートPC(Intel呼称でUltrabook)や小画面タッチノートPC、紫がWindowsタブレットやハイブリッドデバイスだ。AMDは、タブレットからウルトラスリムまでを新タイプのクライアントと位置付けて、その市場が2015年までに支配的になると見ている。
AMDは、今回、パフォーマンス/電力が向上したJaguarコアを得たことで、こうした新市場に浸透を試みる。今のところ、AMDの持ち駒はx86/x64のJaguarなので、狙うところはPCと既存のARM系スマートフォンやタブレットの間の市場となる。そこで、ナンバーワンになるというのが今回のJaguarでのAMDの戦略だ。もちろん、Intelも全く同じ市場を狙っているため、コトは簡単ではない。
AMDがTemashの利点として謳うのは、x86/x64でクアッドコアである点と、進んだGPUコアアーキテクチャと、GPU側で汎用プログラムを走らせる点。CPUコアについては、Intelがクアッドコア版のSilvermont(シルバモント)コアを投入するまでは、4コア構成のリードを一応は維持できる。ディスクリートGPUと共通するAMD GPUコアのアーキテクチャとドライバソフトウェア面での利点は明瞭だ。GPUの汎用コンピューティングについては、Kabini/Temashは「ACEs (Asynchronous Compute Engines)」を演算コアに不釣り合いなほど強化することで、方向性を示した。
従来のBobcat系のローパワーAPUに対しては、Temashの狙うコンバージェンス市場では、パフォーマンス/電力の利点があるとAMDは位置づける。40nmから28nmへのプロセスの微細化だけでなく、アーキテクチャ面の改良で向上がなされた。
対Intelでは、現行のClover Trailに対しての優位を謳う。AMDはTemashを、IntelのAtomとCore i3の間を埋めると位置づける。しかし、AMDは、IntelのようにFinFET 3Dトランジスタの低リーク電流(Leakage)&低電圧動作の利は、現行ファウンドリの28nmプロセスでは得られない。そのため、Intelがモバイルを22nmに移行させる今年(2013年)後半からは、プロセス技術の側面だけでも苦しい戦いになる。Intelの新しい武器である統合電圧レギュレータ(iVR)も、Haswell(ハズウェル)以外にも導入されることは必至で、この点でもAMDは戦いにくい。
大枠で見ると、現在、AMDに限らず半導体メーカーの対Intelの戦いは、プロセス技術の不利を、いかにアーキテクチャでカバーするかというポイントに集約されている。TemashでAMDがアーキテクチャを謳うのも、そうした背景からだ。それに対してIntelは、22nmのAtom Silvermontのアーキテクチャ発表の際に、自社の優位はIDM(Integrated Device Manufacturer)である点だと明瞭に言い切っていた。プロセス技術、回路設計、アーキテクチャの全てが一体化したIDMのIntelと、どう戦うかがAMDに問われている。
AMDのカスタム戦略にとって重要なJaguarとKabini
AMDは、パフォーマンスAPUの新世代「Kaveri(キャヴェリ)」が後ろへずれ込んだため、現行APUのリフレッシュである「Richland(リッチランド)」を今年中盤のパフォーマンス帯のAPUとしてリリースした。連動して、Kabiniの位置付けがA-Seriesブランドまで食い込んでいる。
Kabiniでは、BobcatのAPU「Zacate(ザカーテ)」に対して、CPUコアがクアッドになっただけでなく、動作周波数の上限は1.75GHzから2GHzに上がった。そもそも、Jaguarコアは、アーキテクチャ的にBobcatよりも、同じ駆動電圧でも動作周波数を上げることができる。なぜなら、パイプライン中のクリティカルステージが細分化されたからだ。
下はBobcatとJaguarのパイプラインを比較したものだ。パイプラインの基本は同じだが、Jaguarでは命令デコードと、浮動小数点/SIMDのレジスタアクセスに、それぞれ新たに1ステージずつ加えられている。命令デコードとレジスタアクセスは、クリティカルパスが発生しやすいステージななので、この部分のステージを増やすことは動作周波数の向上に有利となる。
Kabiniは市場的には、現行のIntelラインナップのうち、Core i3、Pentium、Celeronとボトムのブランド群とぶつかる。もちろん、そうした価格設定という意味でもある。
Kabini/Temashには、製品としての意味だけでなく、もう1つ重要な意味がある。それは、AMDのカスタムチップ戦略のサンプルチップとしての意味だ。x86/x64 CPUを、単に大量に出荷されASSP(特定用途向け標準製品)と見ると、AMDはこれまでASSPほぼ専業のメーカーだった。しかし、AMDが戦略を広げるためには、顧客仕様のカスタム製品に手を広げて行く必要がある。AMDはこの路線を昨年(2012年)2月のアナリスト向けカンファレンス「Financial Analyst Day 2012」で明らかにした。
そして、その戦略に沿った成果として出てきたのがPlayStation 4(PS4)のAPUだ。また、おそらくMicrosoftのXbox Oneのチップも、同様のカスタマイズ製品だ。PS4はJaguarベースで、Xbox OneもAMDのローパワーCPUコアと見られている。つまり、AMDのローパワーx86/x64系は、カスタム戦略の柱となるCPUコアであり、Kabini/TemashはそれをSoC(System on a Chip)化した場合のサンプルでもある。