後藤弘茂のWeekly海外ニュース
広帯域化と多様化するモバイルDRAM
(2013/1/8 00:00)
2015年以降はメモリ種類が爆発する~LPDDR4、Wide I/O2、DDR4-RS、DDR4、HBM
DRAM全体に、広帯域化と同時に低消費電力化が求められるようになり、メモリのロードマップが大きく変わりつつある。2015年以降のDRAMは、モバイルに「LPDDR4」と「Wide I/O2」、PC&サーバーとグラフィックスに「DDR4」と超広帯域の「HBM(High Bandwidth Memory)」が、そしてモバイルとPCの中間にDDR4から選別した「DDR4-RS」が来るという複雑なメモリ地図になる可能性がある。一品種のコモディティDRAMだけが市場を支配する「ワンサイズフィッツオール(one size fits all)」から状況が激変しつつある。
DRAMの状況を変化させている最大の要因は、言うまでもなくモバイルデバイスの急激な進化だ。モバイルデバイスのメモリ帯域要求は強まる一方で、それに応えて、モバイルメモリの帯域は急伸している。まず、2013年のLPDDR3では、2チャネル(x64)構成で12.8GB/sec。2014年のLPDDR3Eで、17.1GB/secを達成できるようになる。2015年にはLPDDR4で、標準的なx64構成で25.6GB/sec以上となり、PCメモリに一気に迫る。
同時に、25.6GB/secの帯域を、より低消費電力に実現できるWide I/O2 フェイズ1が登場、続けて51.2GB/secを目指すWide I/O2 フェイズ2も来る。Wide I/O2は、モバイル向けのSoC(System on a Chip)チップに重ねるスタックメモリの規格だ。モバイルでの帯域要求があまりに急峻で、PCやサーバーのDRAMと同じパフォーマンスレンジが要求されるようになりつつあり、そのためにDDR4と同じレベルのメモリスピードが必要というのがDRAM業界の認識だ。
このように、モバイル系メモリが高速化するため、PCにも採用しようという動きが活発化している。Ultrabookへと部分的に浸透する可能性が出てきている。
その一方で、PC&サーバー向けメモリから派生したDDR3Lがモバイルに浸透し始めており、この傾向は、帯域当たりの電力消費がさらに下がるDDR4世代でますます顕著になる可能性がある。現在は、モバイル向けとPC&サーバー向けで、メモリ規格がきっちりと分かれているが、将来は混沌とした状況に変わるかもしれない。そして、広帯域&低消費電力化の切り札としてマイクロバンプとシリコン貫通ビア(TSV:Through Silicon Via)技術を使うスタックメモリがモバイルとPC&サーバーそれぞれの高付加価値帯に浸透しようとしている。
このように、DRAM地図全体が混合した複雑な姿へと変わりつつある。これが何を意味するかというと、将来は機器を選ぶ際に、メモリをより強く意識する必要が出るということだ。現在は、多くのエンドユーザーが、PCでもモバイルでも、メモリについては、量以外をそれほど意識しない。しかし、メモリ種類が多様化し、その特性も大きく異なるようになると、メモリの種類がシステムの中で重要な要素となり始める。
さらに、2010年代の後半を睨むと、DRAMの終焉と、新不揮発性メモリへの世代交替も意識する必要が出てくる。一時的にはDRAMと不揮発性メモリの混在も発生するはずで、システムの中でのメモリが、ますます重要になる。
PCをはるかに上回るタブレットの高解像度化のペース
モバイルメモリの広帯域化をけん引する最大の要因は、モバイルデバイスのディスプレイ解像度の向上だ。解像度が、ほとんどの業界予想を上回る急ペースで拡大しているため、メモリが息せき切って、追いかけているのが現状だ。下は、JEDEC(半導体の標準化団体)が、2012年10月に米サンラクララで開催したカンファレンス「LPDDR3 Symposium」のものだ。
図の中で右肩上がりに増えているのは画面解像度が要求するメモリ帯域で、上のタブレットの曲線は、昨年(2012年)のトレンドだったWUXGA(1,920×1,200ドット)から、今年(2013年)はWQXGA(2,560×1,600ドット)へと進み、その先ではQFHD(3,840×2,160ドット)へと向かうと予想されている。電子書籍化が進むと、タブレットやスマートフォンに紙と同レベルのきめ細かさをユーザーが求めるようになり、それがPC以上の高解像度化を推し進めている。実際には、iPadのようにトレンドを先取りしているデバイスもあり、メモリ帯域への圧迫は、チャートより強い。ハイエンドスマートフォンは、タブレットよりは弱いものの、それでもフルHD(1,920×1,080ドット)へと進む予想となっている。
JEDECは、この急激な高解像度化トレンドに対応するために、モバイル向けメモリ規格を次々と定義している。現在はx64インターフェイスで17.1GB/secまでをカバーできるLPDDR3Eまでの規格化が完了している。そして、20GB/secを越える帯域を求めるQFHDのために、現在はLPDDR4とWide I/O2の規格化を進めている最中だ。
かつての単一コモディティDRAM時代との大きな違いは、DRAMに求められるのがパフォーマンスだけではなくなっている点だ。帯域を引き上げつつ、電力は抑え、実装面積も小さくする必要がある。モバイルデバイスもノートPCも、薄く軽くが求められており、スマートフォンの厚みは6mm前後のトレンドへと向かって突き進んでいる。そうした状況では、電力(=熱)と実装面積は重要な要素となる。ところが、これらの要素は相反する要素を持つため、新DRAMの開発は、ますます難しくなりつつある。
予想を上回るモバイルデバイスの進化でLPDDR3が登場
現在のモバイルデバイスの急進化は、コンピュータ業界人でさえ、ほとんどが予想できなかった。そのため、モバイル向けDRAMのプランも、当初の予想にもとづく緩やかなプランを変更せざるをえなくなった。この件については、LPDDR3 Symposiumの中で、Qualcommが詳しく説明を行なった。
JEDECは、もともとLPDDR2の後継はスタックメモリのWide I/Oとしていた。モバイルの進化がもっと緩やかで、LPDDR2の時代がもっと長く続くという予測の元に、LPDDR2からWide I/Oへとゆっくり入れ替わるロードマップを考えていた。また、Wide I/Oも、最初はシングルダイをアプリケーションプロセッサの上にスタックするソリューションからスタートし、後でシリコン貫通ビア(TSV:Through Silicon Via)によるマルチダイのスタックへと移るロードマップを考えていたという。
ところが、モバイルデバイスの急激な高機能化が、こうしたシナリオを全てひっくり返してしまった。モバイル機器の解像度は急増して、それに合わせてビデオも高解像度化、複数のスクリーンを備えたデバイスも登場し、3Dゲームも急激に高度化、ネットワークも高速化したためコンテンツのサイズも大きくなった。LPDDR2は予想よりもずっと早く帯域の限界に達してしまった。
その一方でアプリケーションやOSの高度化によって、搭載メモリ量への要求も高まった。ローエンドのモバイル向けSoCでは、モデムチップの統合が進んだため、モデムのためのメモリ帯域も確保しなければならなくなった。要求されるメモリ容量が増えると、Wide I/O系はシングルダイでカバーすることができなくなる。TSVによるマルチダイスタックが必要となる。
そうなると、TSVやマイクロバンプの技術が成熟しているのか、マルチダイスタックで熱をうまく管理できるのか、といった問題が次々に生じて来た。LPDDR2が予想よりはるかに早く限界に達っしてしまうのだが、Wide I/Oでは早期にカバーすることが難しい。LPDDR2とWide I/O系の間にギャップが開いてしまった。加えて、PC側でも、Ultrabookになってモバイル向けDRAMを使いたいというニーズが出てきた。
そこで、JEDECでは、急遽LPDDR3を中継ぎのリリーフとして投入することにした。つまり、LPDDR3はモバイル機器の急成長が産んだ、緊急のメモリ規格だ。そのため、LPDDR3は、メモリ帯域をLPDDR2より帯域を2倍にしつつ、LPDDR2との互換を重視することに主眼を置いて、18カ月の突貫工事で作られた。Wide I/Oが本来カバーするはずだった帯域レンジをLPDDR3が受け持つ。こうして見ると、LPDDR3の登場とともに、Wide I/Oがしぼんで行ったのは当然に見える。
経緯からわかる通り、継承性を最重視するLPDDR3では、LPDDR2から信号振幅やコマンドは変えない。乱暴な言い方をすれば、オンダイターミネーションをサポートして倍速化したのがLPDDR3だ。ピン当たり転送レートは拡張版のLPDDR3Eで最高2,133Mtpsと、きっちりLPDDR2の倍になる。バーストレングスが8だけになったが、4がなくなったのはプリフェッチ幅が8へと広がったからだ。PCより有利なのは、SoC側のメモリインターフェイスとDRAMの間のトレース長を短くできることで、そのために高速化しやすい。
LPDDR3のDRAM容量は4G-bitから32G-bitのレンジ。ディスクリートも「Package-on-Package (POP)」もMulti-Chip Package (MCP)もサポートされる。I/O構成はx16とx32のみで、2チャネルインターフェイスのディスクリートもサポートされている。
2年刻みのモバイルDRAMの世代交替
JEDECでは、モバイルメモリの移行は急激に進むと見ている。実際にこれまでも移行が急激に進んでおり、DRAM業界の予想は外してはいないだろう。具体的には、LPDDR3は今年(2013年)から上位に一気に食い込み、来年(2014年)にはタブレットのほとんど、スマートフォンの3分の2がLPDDR3へと切り替わるという予測となっている。入れ替わりがゆっくりとしか進まなくなったPCメモリと比べると、モバイルデバイスでのメモリ移行は急激だ。
この予測を見ると、LPDDR2からLPDDR3では、2年でほぼ移行することになる。大枠で言えば、今後も2年の入れ替えペースは続く。2013年がLPDDR2からLPDDR3へと変わり、2014年にはさらにLPDDR3Eで帯域が拡張される。そして2015年には、いよいよWide I/O2とLPDDR4の2系統に分かれると見られている。
LPDDR2からWide I/Oへの移行プランが崩れた段階で、JEDECではLPDDR系を高速化するプランが複数出された。その中には、シリアルインターフェイスのDRAMのプランもあったが、最終的にLPDDR系の発展で転送レートを上げるLPDDR4に落ち着いた。LPDDR4では、ピン当たりのレートは3,200から4,300Mtpsになり、帯域ではWide I/O2の第1フェイズと並ぶ。大きな特徴は、1ダイ当たり2チャネルになることで、メモリアクセス粒度を一定に保ちながら、ダイ当たり帯域を引き上げる。
Wide I/O2は2フェイズで構成され、最初のフェイズは1DRAMチップ当たりの帯域で25.6GB/sec。次のフェイズはチップ当たりの帯域で51.2GB/secをターゲットとする。フェイズ1では、チャネル当たりのインターフェイス幅を、初代Wide I/O(1チャネル128-bitで4チャネル)の半分の、1チャネル当たり64-bitの4チャネル構成で、合計256-bitのインターフェイスにする計画となっている。Wide I/O2 フェイズ2は、1チャネル当たり128-bitの4チャネル構成になる見込みだが、まだ議論されている。
サーマルパフォーマンスがWide I/O2の差別化のポイント
Wide I/O系の最初の規格Wide I/Oは、LPDDR3の登場によって、普及は望むことができない規格となり、事実上、立ち消えつつある。2011年のプランでは、2013年はLPDDR3とWide I/Oが併存する予定だった。では、2015年のWide I/O2とLPDDR4はどうなのか。Wide I/O2が再び消えることはないのか。
JEDECでは、サーマルパフォーマンスという視点で、Wide I/O2の利点を打ち出している。
スマートフォンでのパフォーマンス制限はPCとは異なっている。メモリ帯域だけでなく、筐体容積や実装面積、筐体表面温度45℃の制約が重要となっている。この45℃の表面温度の制約は、業界で一般的に言われている上限温度で、これ以上に上がるとユーザーが不快に感じる。そのため、一般的には、一定の温度で、プロセッサにスロットリングをかけてパフォーマンスを落とす。手に持つことが前提で、パッシブクーリングのモバイルデバイスでは、この問題は大きく、そのため、排熱効率が重要な課題となっている。
JEDECは、このサーマルパフォーマンス問題を、Wide I/O系のSiP(System-in-Package)と、LPDDR系のPoPで比較している。Wide I/Oでは、ダイ同士を直接スタックするため高さが低くなり、ヒートスラグをパッケージに載せることができる。
PoPの場合にはアプリケーションプロセッサのSoCから発生する熱は主に基板側から逃すことになる。排熱の経路が限られるため、サーマルパフォーマンスは必然的に落ちる。
それに対して、Wide I/Oのスタックでは、SoCの熱は、基板側だけでなく、積層したWide I/O DRAMチップを通じてヒートスラグに伝導する。シリコンも、TSVの配線材料である銅も熱伝導性がいいので、熱を比較的効率良く、上にも逃すことができる。排熱効率がいいので、サーマルパフォーマンスが上がる。
JEDECの予測は、サーマルパフォーマンスの面で優れるため、スマートフォンにはWide I/O2が使われるだろうと見ている。その一方で、コスト面で優れるLPDDR4はタブレットなどに浸透すると見ている。市場が異なるので、Wide I/O2とLPDDR4が棲み分けるという予測だ。
混沌とした状況になりつつあるタブレットのメモリ
しかし、こうした予測は、少しきれい過ぎるかも知れない。実際には、もっと混沌とした状況へと踏み込みつつある。下はSK Hynixが昨年9月のIntel Developer Forum(IDF)で示したチャートだ。SK Hynixは、タブレットなどの分野では、モバイルメモリだけでなく、PC系メモリからの派生品もコスト面の利点から急激に浸透してくると見ている。
具体的には、DDR3のインターフェイス電圧を1.5Vから1.35Vに落とした低電圧版のDDR3Lと、DDR3Lの待機電力を落としたDDR3L-RS(Reduced Standby)だ。DDR3L-RSは、JEDEC規格のDDR3Lに準拠しているが、DDR3Lから選別したダイだ。同様に、DDR4からもDDR4-RSを選別する。
SK Hynixのポイントは、バッテリ容量やシステム設計に余裕があるタブレットなどには、PC系メモリからの派生品を浸透させることができるという点だ。実際、現状でも低価格タブレットにはDDR3Lが浸透しつつある。もっとも、DRAM業界としては、より高価格で高付加価値の製品へと誘導したいため、モバイル系メモリの利点を強調する。例えば、LPDDR3とDDR3Lでは、コネクテッドスタンバイ時のバッテリ駆動時間が変わってくるとJEDECは指摘している。
しかし、バッテリ容量を見ると、スマートフォン、7型タブレット、10型タブレットの3カテゴリで、かなり違いがあり、そのためメモリに対する要求も異なって来る。具体的には、スマートフォンのバッテリ容量を1とすると、7型タブレットが2.8、10型タブレットが4.2程度。これだけバッテリ容量に違いがあると、タブレットでは、メモリでの電力消費が多少増えても、より安い部品へと流れるのは当然となる。
こうして見ると、モバイル機器でも、メモリに対する要求は多様で、そのためにさらにメモリ地図を複雑にしていることがわかる。また、PC&サーバー向けのDRAMも、ここ数年ですっかり風向きが変わり、低消費電力指向になったため、モバイルDRAMへと徐々に歩みよりつつある。そのため、デスクトップDRAMとモバイルDRAMとの境目が曖昧になりつつある。
さらに、この先は、超広帯域を実現するHBM(High Bandwidth Memory)も待っている。まず、グラフィックスやサーバー、ハイエンドデスクトップから浸透するであろうHBMは、Wide I/Oと同じマイクロバンプとTSV技術を使う。
また、DRAM全体の傾向として、微細化が進み、ついに20nmプロセス台に差し掛かってきたことも重要だ。微細化によって、ある程度の低電力化が進むため、電力がセーブできるようになりつつある。とはいえ、20nm台のプロセスは、DRAMの最終世代にかなり近づいている。その先は、不揮発性メモリへと進んで行くことになる。そうなると、現在のDRAMの消費電力の話は、全てご破算となり、少なくともメモリセルの電力消費は大きく変わることになる。