大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
デルは、なぜ中国・大連からサポートを行なうのか?
~大連のジャパン・コンシューマ・カスタマーサービスを初公開
(2014/1/20 06:00)
デルは、川崎、宮崎のほかに、中国・大連にコールセンター機能を持つ。大連のジャパン・コンシューマ・カスタマーサービスは、2003年3月からコールセンター業務を開始。約200人体制で、日本のユーザーを対象にした、コンシューマ向けInspironシリーズのサポートを行なっている。このほど、大連のジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門を取材する機会を得た。報道関係者に大連の拠点を公開するのは、サービス開始から11年目を経て、今回が初めてのこととなる。どんな体制で、デルは中国・大連から、日本のコンシューマユーザー向けのサポートを行なっているのだろうか。
グローバル戦略の中で開始した大連からのサポート
成田国際空港から約3時間のフライトで中国・大連の大連周水子国際機場(大連国際空港)に降り立った。この時期は昼間でも氷点下になる日がある。取材当日も正午近くだというのに、気温は氷点下3度だ。
人口は約700万人。1日600台ずつ自動車が増えていることが証明するように依然として急成長を続けている都市である。
空港から車で約30分ほど南下したハイテクパークの中に、デルの拠点がある。周辺には、ヒューレット・パッカードやIBMといったIT関連企業のコールセンターもあり、ハイテクパークはコールセンターの一大拠点となっている。
デルの大連での拠点は、正式には、Dell(XiaMen)Co.Ltd.Dalian Branch Office(デル(廈門)有限公司大連分公司)と呼び、日本向けにもPCの生産を行なっている中国・廈門(アモイ)の支店という位置付けになっている。2013年1月には、ハイテクパーク内で3カ所に分散していた拠点を統合。現在24階建てビルの7階~12階までを占めている。
この拠点では、約1,200人の従業員が勤務。そのうち、日本向けの業務を行なっている従業員は約500人。残りの従業員は、中国や韓国向けの電話セールスやサポートに従事している。
日本向け業務としては、コンシューマ向けPCである「Inspiron」シリーズやプレミアム電話サポート実施前に販売していた「XPS」シリーズ、およびデルが取り扱う各種周辺機器といった製品群に対して、電話やチャット、メールによるテクニカルサポートを行なうジャパン・コンシューマ・カスタマーサービスが約200人体制を持ち、そのほかに、日本市場向けのセールス機能、日本法人の経理・総務業務支援といったバックオフィス機能を持つ。
デルが、日本のユーザー向けに、大連からテクニカルサポートを開始したのは、2003年3月のことだ。2002年から大連にオフィスを設置するとともに、人材の採用を開始。採用した人材は、顧客対応を行なう「エージェント」として、川崎でトレーニングを行ない、その成果をもとに、デスクトップPCの「Dimension」シリーズの電話および電子メールによるサポート業務を開始した。
デル コンシューマ・スモール&ミディアムビジネス営業統括本部長・小林治郎執行役員は、「デルのグローバル戦略の中で、サポート体制の集約を図る狙いから、大連における日本向けサポートを開始した」と、当時を振り返る。
2002年にデルは、米国市場向けのテクニカルサポート業務を、インドやフィリピンに移管するなど、グローバルでのサポート体制を再編。その中で、日本、韓国、中国のエンドユーザー向けテクニカルサポートを大連からも実施することになったという背景がある。
「大連は、日本語、韓国語、中国語の3つの言語をサポートできる人材を確保しやすい土地でもあり、3つの市場を1カ所からカバーするという狙いもあった」とする。
大連は、過去に日本が実質的に統治していた歴史もあり、親日派の多い土地であること、また地元で「朝鮮族」と呼ばれる韓国系、北朝鮮系の住民が多いということが、こうした幅広い言語への対応を可能にする土地柄の背景にある。
2002年の拠点開設時から勤務しているデル(廈門)有限公司大連分公司 技術支持部・成香実経理は、「大連の人達は明るい性格であり、お喋り好き。そして、日本の文化や風習にも関心を持っている人が多い。日本語の勉強にも熱心に取り組んでいる人たちが多い。日本向けのコールセンターサービスには適した地域だと感じている」とする。
日本語を学んでいる人の比率も高く、実際、日本市場向けのテクニカルサポートを担当している中国人の4割以上が、日本への留学経験があるという。
日本時間で勤務するサポート部門
デル(廈門)有限公司大連分公司は、2003年3月からテクニカルサポートを開始したのに続き、2003年8月には日本市場を対象にしたコンシューマ向け電話セールスを開始。同年9月にはノートPCの「Inspiron」シリーズまでサポート対象を拡大した。また、2006年には公共市場向けのオンラインセールスを開始。2007年には有料修理業務の受付業務開始し、2008年にはチャットによるサポートを開始した。そして、2013年1月のコールセンターの移転によって、分散していた拠点を1カ所に集約。「同じ業務を行なう従業員が1つのフロアに集結したことで、お互いに情報交換がしやすくなった。また、トレーニングルームを4つに増設したことで、エージェントのスキルを高めるための取り組みをより加速できるようになった」(成香実経理)とする。
コンシューマ向けのサポートを行なっているジャパン・コンシューマ・カスタマーサービスでは、約200人が在籍。そのうち日本人は17人。9割以上が中国人という構成だ。また、中国人のうち、大連出身者は約4割。それ以外の従業員も、中国北部の出身者が多いという。
対応時間は日本時間の午前9時~午後9時。中国時間では午前8時~午後8時ということになるが、社内の時計は日本時間で動いている。エージェントの昼食や休憩なども日本時間で設定されることになる。韓国のサポートチームも同様に韓国時間で動いており、韓国と日本は時差がなく時間が一緒。中国のセールスチームだけが1時間遅れの中国時間で動くという不思議な空間ともいえる。
サポート対応時間帯は、日本向けには、常時40人~50人が勤務し、1日に約1,000件のコールに対応している。
「日本語のスキルを持っていること、大学卒業者であること、サービスに関するマインドを持っていることなどが採用の条件。入社するとPCに関するトレーニングを約1カ月間行ない、さらにデルのプロダクトに関する知識や、日本語のトレーニング、OJTなどを行ない、1人前のエージェントとして仕事を始めるのが3カ月後。当初は女性エージェントが多かったが、最近では技術知識に優れた男性エージェントが増加しており、男女比率は半々程度になっている」(成経理)という。平均勤続年数は約5年であり、大連に立地する他社のコールセンターに比べても勤続年数は長い方だという。
大連は顧客満足度低迷の元凶なのか?
だが、中国・大連でのジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門の取り組みは、決して順風満帆だったわけではない。
もともとデルは、直販ビジネスが主軸という背景から、購入者が持つPCの仕様までを把握しており、サポートに関してもそれらの情報をもとに、迅速に、短時間に対応できる体制を持つことが、高い顧客満足度の獲得につながっていた。
2003年に大連でテクニカルサポートを開始した当初も、その体制を活かすとともに、大連の拠点のスタッフが高い対応スキルを持ち、顧客満足度においても高い評価を得ていた。
だが、ある時期から、デルの顧客満足度が一気に落ち込むことになった。その要因の1つが、大連のジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門にあったことは否定できない事実だ。
2004年頃から、デルは日本でのシェアを急速な勢いで拡大しはじめた。その勢いは加速度的であり、NEC、富士通に次いで、国内第3位のシェアを獲得した時期もあったほどだ。それに伴い、ジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門の人員も急速に増強していったが、それまでのような高いスキルレベルを持った人材ばかりを確保できたわけではなかった。
また、直販ビジネスであり、BTOによる組み合わせが主力となっていたデルの製品は、もともとPCに関して多くの知識を持っていたユーザーが中心だったのに対して、シェアの拡大とともに初心者層の購入が増加。これが、コンシューマPCに関するテクニカルサポート部門の負荷を高めたことも見逃せないだろう。
いずれにしろ、2005年以降、デルのサポート体制における顧客満足度の指数は下降線を辿ることになる。シェアの拡大にサポート体制が追いつかなかったといえる。それとともに、「デルのコンシューマ向けPCのサポートは中国語訛りの日本語で対応する」ということがマイナスの評価と受け取られ、顧客満足度を低下させる遠因の1つとなってしまったのだ。
実際、社内で実施した3年前の顧客満足度調査でも、65%という数値に留まっていたという。
宮崎のデル宮崎カスタマーセンターでは、約600人の日本人スタッフが在籍。コマーシャル向けPCのほか、ALIENWAREやXPS、Inspironのコンシューマ向けPCプレミアム電話サポートを行なっているが、ここでは90%を超える高い顧客満足度を誇っており、これだけの高い水準を維持しているのは、デルの全世界のサポート拠点の中でも2カ所だけだという。
デル コンシューマ・スモール&ミディアムビジネス営業統括本部長・小林治郎執行役員は、「2004年に初めて大連のサポートセンターを訪れて、中国人エージェントの熱心な対応ぶりには非常に関心した。その印象は今でも変わらない」と前置きしながら、「技術対応力もあるのになぜ、顧客満足度が低いのか。2011年にその点を徹底的に分析した」と語る。
日本語コミュニケーション能力の強化に取り組む
その中で浮き彫りになったのが、日本語のより深いコミュニケーション能力を持つことが必要であるという点だった。
「お客様からのクレームのうち、3割が日本語のコミュニケーションに関する問題だった。これは宮崎にはない問題。これを解決することが、大連における顧客満足度を高めるには必須だと言えた」と小林執行役員は語る。
これは、日本語ならではの表現を理解し、それを理解した上でのコミュニケーションを行なうという、一歩進めたコミュニケーションスキルの修得への取り組みともいえた。
例えば、「これで4回目の電話なんですが」というユーザーの言葉の意図は、「4回も電話をしたのに解決されていない」という不満を示していることは、日本人ならばすぐに理解できる。だが、中国人の感覚では、不満を直接口にしない日本人の表現と意図を理解することが難しいのは確かだ。4回電話したという事実だけを捉えて、「そうですか」と答えてしまっては、日本語のコミュニケーション能力が低いと言わざるを得ない。問題解決の窓口であるコールセンターであれば、その受け答えは問題になりかねない。ここを理解し、「4回もお電話をいただき、大変申し訳ありません」という模範回答を言えるかどうかが、コールセンターで求められるコミュニケーション力ということになる。
また、問題解決の対応が終わって、相手から「失礼ですが」と言われた場合に、日本語のそのものの意味を捉えると「何か失礼なことをしてしまったのか」と感じ取ってしまうが、相手はエージェントの名前を聞きたいという意味で、この言葉を使っている。
そのほか、「日本語がお上手ですね」と言われた際には、「はい、そうなんです。長年勉強していますから」ではなく、「そんなことありません。まだまだ勉強中です」というのが、日本人の感情に配慮した回答となる。
こうした日本語特有の言い回しや対応方法、曖昧な表現を理解することがコミュニケーション力の強化につながり、それが顧客満足度を高めることに直結するというわけだ。
2年半前にSQIプロジェクトを始動
2011年7月、大連のジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門は、SQI(サービス・クオリティ・インプルーブ)プロジェクトをスタートさせた。
このプロジェクトの軸となるのは、日本語コミュニケーション力の強化だ。エージェントの受け答えの内容をモニタリングして、コミュニケーションにおける個別の課題、共通の課題を抽出。さらに、定期的に少人数での日本語トレーニングを行ない、日本語ならではの言い回しについての理解を深めるという作業も行なう。講師には、日本で中国語の講師をしていた日本人女性を採用し、日本語の曖昧な表現への具体的な対応方法などについて学ぶ仕組みとしている。
先に触れた「失礼ですが」、「これで4回目の電話なんですが」という言葉への対応は、実際に、現地でこのトレーニングを取材した際に、事例として出ていたものだ。
同時に日本の文化、歴史、環境といったことにも学習範囲を広げ、日本人の基本的な考え方や姿勢は、どういったものであるかといったことも修得している。
これは、全世界の同社コールセンターの中でも、同様のことは他所では行なわれていない、ジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門向けの特別なトレーニングプログラムだ。
もちろん強化策は、日本語コミュニケーション力だけではない。技術スキルの強化にも余念がない。2013年1月の移転によって、トレーニングルームを増設。ワンフロアとすることでエージェント同士のコミュニケーションが取りやすくなったこともプラス要素に働いているといえよう。
そして、その成果は着実にあがっているという。
現在、大連のジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門は、顧客満足度は80%にまで上昇。1年前には、日本語コミュニケーション能力に対する不満は、約6%を占めていたが、これが2%以下にまで減少してきた。4ポイント分の改善は、日本語コミュニケーション能力の改善によるものだが、それによって、よりスムーズな対応も行なえるようになったのも事実だ。ほかの顧客満足度改善にも寄与する効果とも言え、実際には4ポイント以上の改善効果があるとも言えそうだ。
「成果が出るには最低でも1年はかかると考えた。この評価だけは、毎月の指標で判断するのではなく、四半期単位でどう変化していくのかという視点で捉えた。この1年でようやく成果が出てきたといえる」(小林執行役員)。
余談になるが、日本の文化や考え方などが、ジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門のエージェントに浸透しはじめていることは、こんな逸話からも明らかだ。
今年(2014年)1月に行なわれた新年会は大いに盛り上がったが、ジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門のエージェントは、同じ中国人でありながら、やや控えめな盛り上がり方だったという。まるでそこには日本人がいるような感じだったというのだ。
実際、エージェントの対応をモニタリングする機会を得た。中国語訛りの日本語であることはすぐにわかるが、日本人の言葉の意味を理解し、適切な対応を行ない、解決に向けてスムーズに操作誘導を行なっていた。どこをクリックすればどんな日本語が相手の画面に表示されるかといったことも記憶しており、同じ画面を手元に表示することなく、その文言を喋っていたことにも驚いた。事象などの履歴も日本語で書き込んでいく。
「大連のジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門には、96%という高い顧客満足度を誇るエージェントもいる。宮崎カスタマーセンターの日本人エージェントを含めても、トップレベルの中国人エージェントが在籍している」と、小林執行役員は胸を張る。
2014年には1%以下のクレーム比率を目指す
デルは、川崎、宮崎、中国・大連の3カ所からのサポート体制を、今後も継続する考えを示す。
「安定的にサポートを維持するために、最適なコスト構造を実現するという点で、大連の拠点を活用するという狙いは確かにある。だが、川崎や宮崎でのサポートが行なえなくなった場合のリカバリーといった点でも大連に拠点を設置して置くことは重要な要素になる」と小林執行役員は語る。
大連のジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門には、たまに間違ってサポート対象製品以外の電話がかかってくることもあるという。その際には、宮崎カスタマーセンターに転送するといったことが多いが、宮崎側の対応能力が物理的に満杯であったり、改めてコールをしてもらうことを避けたいという場合には、大連のエージェントの判断で対象機種以外でも、顧客に事情を話して、その場で対応を行なうといったことも開始しているという。
過去2年半にわたるSQIプロジェクトの成果に対して、小林執行役員は「80点」と自己採点する。
「多くの方々からサポートに対する評価の声を多くいただくようになり、日本語コミュニケーションの課題も着実に解決している」と評価の理由を語る。
では、20点の課題はなにか。
「まだ日本語コミュニケーションによる問題を撲滅できたわけではない。現在の2%の比率を、今年中には1%以下にしたい」と具体的な目標を掲げる。1%以下の比率になれば、日本語コミュニケーションの問題はほぼ解決されたといってもいいだろう。
そしてこうも語る。
「大連のジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門のエージェントは、自分たちを誇らしく思ってほしい。日本人をサポートしたいという気持ちは人1倍強いチームであり、技術対応力にも優れている。そして、顧客満足度も着実に回復している。こうした実績をベースにして、新たな製品のサポートを大連から行なえるような形へと進化させていきたい」。
デルは積極的な買収戦略を展開している。非公開化によって、買収戦略はさらに加速するとも見られている。それに伴い、日本でも新たな製品群を取り扱うといったことが増えていくだろう。現時点では、新たな製品群に関しては、まずは川崎でサポート対応し、顧客の広がりとともに宮崎に展開するというのが一般的だった。こうした流れの中に大連が組み込まれるといった新たなスキーム導入も、将来の目標に入れているわけだ。
「大連でのサポートに関しては、約10年前の悪いイメージが、まだまだ先入観として残っており、払拭し切れていないことは理解している。しかし、一度、体験してもらえれば、どれだけ改善されているかがわかるはず。今の大連のジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門は、高いサービス品質を提供できる拠点へと成長しているということを、自信を持っていえる」と小林執行役員は語る。
どんなサポート拠点でも100%の顧客を満足させることは無理だ。だが、大連のジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門の評価は実態よりも低いと感じるのも事実である。ネイティブな日本語ではないことに不満を感じる人もいるだろう。だが、真剣な対応ぶりは、むしろ好感が持てると感じる。そして、日本のユーザーに喜んでももらえるように多くの努力をしていることは、今回の現場取材を通じて強く感じた。
そして、何よりも、デルが初めて報道関係者にこの拠点を公開したという点でも、デル自らが、ジャパン・コンシューマ・カスタマーサービス部門の進化に自信を持っていることの証と言えるだろう。