大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

富士通の世界最薄Ultrabookはこうして生まれた
~LIFEBOOK UH75/H開発者インタビュー



 富士通が投入した「LIFEBOOK UH75/H」は、HDDを搭載したノートPCとして、世界最薄の15.6mmを実現したUltrabookである。14型液晶ディスプレイを搭載し、重量は1.44kg。「13.3型の筐体に14型のディスプレイを搭載する」という、狭額縁のデザインへのこだわりも富士通ならではのものだ。6月7日の発売以降、Ultrabook市場では3割のシェアを獲得する出足の良さをみせるなど、大きな注目を集めている。果たして、富士通の開発チームは、どんな姿勢でLIFEBOOK UH75/Hの開発に取り組んだのか。

●モックアップと同じものを製品化する
富士通のパーソナルビジネス本部第一PC事業部モバイルノート技術部シニアマネージャーの小中陽介氏

 2011年秋。富士通のパーソナルビジネス本部第一PC事業部モバイルノート技術部シニアマネージャーの小中陽介氏は、1台のモックアップを抱え、幹部の部屋に入っていった。

 これが、後にLIFEBOOK UH75/Hとなる製品のモックアップであった。

 「これとまったく同じものを作ります」。小中氏は、その場で強い言葉で宣言してみせた。

 一般的に、最初に作られるモックアップは、基本デザインは踏襲するものの、構造上の課題を解決するためにいくつかの修正が加えられる場合が多い。しかし、小中氏は妥協しない姿勢で、このモックアップの実現に挑むことを宣言してみせたのだ。

 表から裏にまでくるむようなデザインを持ち、そして薄さは最厚部で16mmを切るものとなっていた。

 「バッテリの厚み、キーボードの厚み、HDDの厚みなど、我々の努力では薄くできないものを積み重ねた場合の厚みはどうなるのか。そこから逆算した厚さが約16mmだった」と小中氏は語る。

 モックアップは、物理的に必要となる要素だけを積み重ねてデザイナーに発注したものであり、マージンは一切考えていない。「骨格でみた寸法」と小中氏は表現する。

LIFEBOOK UH75/HHDDを搭載したノートPCとして、世界最薄の15.6mmを実現
小中氏が社内を持ち歩いたモックアップ左がモックアップ。右が製品。ほとんど変化がないことがわかる

 富士通では、LIFEBOOK UH75/Hの開発を前に、社内でHERO PCプロジェクトと呼ばれる取り組みを行なっていた。「あるべきノートPCの姿とはどんなものか」をテーマに、近い将来、商品化することを前提として開発していたものだ。

 実はこれがLIFEBOOK UH75/Hの前身となっている。

 「市場をワールドワイドで捉えた場合に、求められる画面サイズは14型と判断した。しかし、筐体サイズは13.3型モデルと同等に収まるようにし、持ち運んだときにはスタイリッシュ性を演出できるように、表面と裏面を一体化したデザインを実現することを狙った。こうした開発コンセプトの中に、Ultrabookの考え方を持ち込んだのがLIFEBOOK UH75/Hだった」という。

 小中氏は、ことあるごとにモックアップを社内で披露し、目指すゴールがこれであることを何度も訴え続けた。それが小中氏の本気ぶりを社内に伝えることにもなったのだ。

●先に形を決めて開発する手法

 小中氏がモックアップにこだわったのには理由があった。それは、形を先に決め、その中で機能を実現するという開発手法に挑みたいと考えていたからだ。これは、iモード端末の開発手法でもある。iモード端末は、まずはポケットに入るサイズに、筐体の大きさが決められる。それ以上のサイズになっては持ち歩きにくく、利便性を損なうからだ。

 小中氏は、2011年夏モデルとしてNTTドコモから発売された富士通製iモード端末「F-07C」の開発に携わっていた経緯があった。世界最小PCのキャッチフレーズで投入されたF-07Cは、AtomプロセッサとWindows 7を搭載したiモード端末であり、ノートPCの開発陣によって開発されたものだったのだ。

 富士通は、PC事業と携帯電話事業の組織を、ユビキタスプロダクトビジネスグループとして一本化しており、この中で開発陣の融合が図られていたことによる成果の1つもてえる。

 「F-07Cの開発に携わったことで、これまでにない開発プロセスを経験し、その中で修得したものが多かった。先に寸法を決め、そこに妥協しない機能を盛り込んでいくというiモード端末の開発手法も、PCの開発者にとっては経験がないものだった」。つまり、F-07Cを開発した経験が、モックアップを優先して開発するという手法につながっているのである。

●天板づくりには富士通化成の知見を活用
富士通化成のモールドテクノロジー統括部第一開発部長の竹田聡氏

 「あれがやってきたら、正直つらいなぁ」。富士通化成のモールドテクノロジー統括部第一開発部長の竹田聡氏は、LIFEBOOK UH75/Hのモックアップを初めて見たときにそう感じたという。

 筐体の生産を担当する富士通化成では、富士通パーソナルビジネス本部との定期的な新技術連絡会議を開催するとともに、デザインを担当する富士通デザインとも定期的な会議の場を持ち、情報交換を行なっていた。モックアップを初めて見たのは、富士通デザインとの会議の場だったという。

 「天板のアンテナ部には樹脂を使用しなくてはならないが、天板のマグネシウム部分と樹脂のインサート成形を行なえば、0.8mmのマグネシウム天板が、さらに0.5mm厚くなる。しかも、樹脂とマグネシウム部分の境目を見えないように塗装しなくてはならないため、塗装にも耐えうる樹脂の材質を選ばなくてはならないハードルもあった」と振り返る。

 ディスプレイ下部にアンテナ部を設置すれば、デザイン面では課題をカバーしやすくなるが、それではアンテナの感度が落ちる。ディスプレイ上部にアンテナ部を置くことに開発陣はこだわり、さらに薄くすることや、見た目にも樹脂とマグネシウム部とに切れ目が見えないことを要求したのだ。

 実は、会議の場を通じて、開発陣やデザイナーがどんなことをやろうとしているのかといった方向性を事前に知ることが可能になる。これは双方にとって利点である。竹田氏は、正式に提案がある前から、思考錯誤をはじめていた。

 構造や接合方法、素材などを検討し、解決するために3つ案を提案したが、その中から選ばれたのが、マグネシウムの穴に樹脂を流し込んで溶着するという手法とともに、塗装に有効なナイロン系の樹脂を採用しながらも、後工程での処理が少なくて済むような工夫であった。「近い関係にあったからこそ、短期間で、これだけの薄い筐体を開発することが出来た」と竹田氏は語る。

天板はマグネシウムの穴に樹脂を流し込んで溶着した天板部のつなぎ目がないことがわかる

●スマホを手本にした超圧縮デュアルグリッド構造

 15.6mmという薄さは、HDD搭載製品としては、まさに究極への挑戦である。

 「この薄さで、必要部品を積み重ね、さらに落下時などの衝撃を吸収する構造とし、信頼性の高い剛性感がある製品に仕上げることができるのか。多くの課題が山積していたのも事実だった」と小中氏は振り返る。

 構造設計を担当する富士通パーソナルビジネス本部第一PC事業部PCデザイン技術部マネージャーの軽石毅氏は、「技術者からは、あと数mm大きく出来ないか、といった『泣き』が何度も入った」と語る。ブレイクスルーとなったのは、やはりF-07Cでの経験だった。

富士通パーソナルビジネス本部第一PC事業部PCデザイン技術部マネージャーの軽石毅氏富士通製Windows 7/iモード端末「F-07C」

 これまでのPCの構造設計では、落下などの際の衝撃を吸収するために「空間」となるスペースを設けていた。だが、これが筐体を厚くする要因の1つとなっていたのも事実だ。しかし、スマートフォンの構造では、決められた筐体の中にさまざまな部品を搭載するために衝撃を吸収するための空間は作れない。そこで、すべての部品を密着させて全体で衝撃を吸収するという手法が取られているのだ。

 LIFEBOOK UH75/Hでは、超圧縮デュアルグリッド構造を採用している。これはキーボードと基板の間に、格子状の樹脂部品を配置することで、密着性を高めるという役割を果たすものだ。基板上のパーツを触ってみると、揺れを感じるが、この格子状の樹脂パーツをかませることで、基板とキーボード、アンダーカバーのすべてが密着される。これまでの基板の一番高い部分にあわせて厚みが設計され、そこで、衝撃を吸収するといった発想からの大きな転換だった。「スマートフォンを経験したことで、見えなかったものが見えてきた」と小中氏は表現する。

●打鍵感のあるキーボードづくりにこだわる

 一方、超圧縮デュアルグリッド構造では、樹脂パーツの格子部分が、キーボードのキーの中心部を通るように設計している。これにより、約1mmというキーストロークでも、十分な打鍵感を感じることができるのも、もう1つの効果といえる。

 さらに、「キータッチを高めるために、キートップのラバーを硬めのものに変更し、クリック感を増すことにも成功している」(軽石氏)という点も見逃せない。

 サテンレッドカラーモデルでは、キーのトップ部がブラックであるのに対して、側部をサテンレッドに施しており、これもキーを押したときに見えなくなることで、視覚的にも打鍵感を感じることができる。キーボードの材質やカラーリングは、富士通コンポーネントとの連携によって実現したものである。

 加えて、LIFEBOOK UH75/Hで採用したアイソレーションキーボードは溶着方式を採用しており、それがキー1つ1つの操作感を高めることにつながっている。

超圧縮デュアルグリッド構造。キーボードと基板の間に格子状の樹脂パーツがみえるキーボードの側面には赤い塗装が施されているキーボードの裏側。打鍵感を高めるために溶着処理を行なっている

富士通化成モールドテクノロジー統括部生産技術部長の川上敦氏

 「溶着のノウハウは富士通化成が蓄積している。このノウハウを活用した溶着機を、ノートPCの組立を行なう島根富士通に治具として納入し、組立ラインで活用している」(富士通化成モールドテクノロジー統括部生産技術部長の川上敦氏)という。

 キーボード部分についても、薄型形状でありながらも操作性を犠牲にしない取り組みが富士通グループの連携によって実現されている。

●3D CADを活用した開発の成果とは

 対外的な訴求では、超圧縮デュアルグリッド構造が、部品同士の密着感を生み出す効果を生み出しているが、この実現においては、見逃せない新たな取り組みがあった。それは3D CADデータの共有化による構造・回路設計である。もちろんこれまでにもCADデータを活用した基板設計は行なわれてきたが、LIFEBOOK UH75/Hでは、開発、設計、デザインなどの部門が、3D CADデータを共有。会議の場でもこれを使いながら、密着性の高い基板づくりを行なっていった。

 昨年(2011年)秋に、構造設計の技術者を中心に、CADデータを活用しながら基板の配置について議論を進めた。会議室には丸2日間籠もりっきりになったという。

 「3Dの利点を生かして、格子状のパーツが通る部分と、基板の隙間がある部分を確認し、空いている部分に部品を並べていくということを何度も繰り返した。短時間でここまで完成できたのは、このツールがあったため」(軽石氏)とする。

 CPUを冷却させるためのヒートパイプも薄さを実現するために幅広化を図っている。「世界で一番幅広のヒートパイプ」と小中氏は笑うが、輸送量を減らさないための工夫であり、これも基板上にどう配置するのかも、CADデータを活用。さらに、液晶パネルメーカーやバッテリメーカーともCADデータを共有し、LIFEBOOK UH75/Hに最適化した形状へと設計を変更させている。例えば、液晶パネルのフレームは、通常ならば液晶メーカー側で設計するが、LIFEBOOK UH75/Hでは、富士通側で設計。液晶パネルメーカーからデータを供給してもらうことで最適なものを作り上げた。こうした取り組みが、13.3型の筐体に14型液晶ディスプレイを搭載する狭額縁の実現につながっている。また、バッテリも本体の形状にあわせて傾斜をつけるといったことも要請。決められた筐体サイズの中での長時間駆動、そして効率的な配置を実現している。

薄さを実現するためにヒートパイプは幅広のものを設計した13.3型の筐体に14型のディスプレイを搭載する狭額縁を実現するために富士通が設計したフレーム

 「お互いのCADデータをみれば、薄くできるポイントはいくつでも見つかる」と、小中氏は、これまでとは異なる一歩進んだデータ連携の成果を強調してみせた。

 実は、LIFEBOOK UH75/Hの設計が完了したのは2011年12月末のことだ。発売のわずか半年前である。2012年1月末に金型を起こして、3月中旬に試作機が完成。そして、4月末から量産確認を行い、6月から発売という短期間での製品化を達成している。

 だが、設計完了直前では思わぬ設計変更が発生した。12月に入ってから、ヒンジ部の設計が当初のモックアップと違うことをパーソナルビジネス本部の上層部に指摘され、そこからわずか2週間で修正を加えた。現場では、モックアップ通りのままではヒンジ部の課題が解決できなかったことから、別の手法を採用していたのが原因だった。だが、これを一気に解決してみせた。

 「モックアップをゴールにすると宣言していたのに話が違うだろう、とトップから指摘を受け、慌てて修正した」と小中氏は苦笑するが、それだけ現場とトップが、モックアップというゴールを完全に共有していたことがわかる。包み込むようなデザインは、最後のヒンジ部の修正で維持されることになった。

●「強い」ノートPCの実現を目指す

 LIFEBOOK UH75/Hで目指したのは、「美しくて、薄くて、強い」ノートPCだ。美しいという点では、表から裏面にかけての包み込むようなデザインを採用したことが最大のポイントといえる。富士通化成では、通常の製品では行なわない5層の塗装によって、質感を実現している。

 プライマを塗った後にパテ処理を行なうことで表面の凹凸をなくし、さらにプライマを塗装。サテンレッドモデルでは、2度塗りのプライマの上にレッドシルバーを塗装し、続いてレッドクリアーを塗布。「透明のレッドクリアーを乗せることで、下地にあるレッドシルバーの光沢を活かすことができる」(富士通化成・竹田部長)という。そして、この上に、UV塗装を行なうことになる。

 また、裏面にはPCに必要とされる各種表示があるが、これらを一般的なPCのようにシールを貼付するのではなく、島根富士通において刻印処理を施した。これにより、底面部も、カラーリングを生かしたすっきりしたデザインとなっている。唯一、Windows 7のプロダクトナンバーが書かれたシールだけが残ってしまったのが残念だ。

背面は刻印処理が行なわれている。Windowsのシールだけが残念だ

 「薄くて」という点は、これまでの開発陣の取り組みの中で紹介した通りである。実は、実際に完成した製品は、モックアップよりも数mm薄く完成している。それでいて、富士通のノートPCがクリアしなければならない信頼性の基準は超えている。

 「当初は16mmを切ることを目標にしていたが、それが止まらなくなった。結局は15.6mmにまで薄型化が図れた」と小中氏は、当初目標を上回る薄さになったことを示す。

 そして、最後が「強い」である。これは、超圧縮デュアルグリッド構造と、天板および底面にマグネシウム合金を採用したことが大きな要素だ。天板からの全面加圧試験では、約200kgfを達成する強さを持つ。

 また、LIFEBOOK UH75/Hの性能は、1台目のPCとしての利用を想定したものであり、Core i5-3317U(1.70GHz)と、500GBのHDDを搭載。さらにSanDiskとの緊密な関係によって、キャッシュSSDを搭載することで、高速処理による性能面での「強さ」も実現している。Ultrabookでありながら1台目として利用するというコンセプトは、ポートリプリケータなどのオプションを用意していることからも分かるだろう。

 一方で、LIFEBOOK UH75/Hでは「軽い」という点は重視していない。14型というサイズもあり、一定の重量は仕方がない。それでも、当初目標としていた1.5kg以下という重量は下回り、1.44kgにまで抑えている。

 小中氏は、「LIFEBOOK UH75/Hは、高い完成度に到達した製品だと自負している」と前置きしながらも、「これをやったことによって、次になにをすべきか、なにをやりたいかといったことが見えてきている」とする。そして、「富士通グループとしての垂直統合の体制によって、次の挑戦に踏み出すことができる」と続ける。

 LIFEBOOK UH75/Hは、富士通のUltrabookへの挑戦であり、薄さへの挑戦であった。そして、富士通グループ各社の緊密な連携ぶりが試された製品であったともいえよう。
その点では、いくつもの成果を生み出した開発プロジェクトになったともいえそうだ。