■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
富士通が2012年6月から発売したUltrabook「LIFEBOOK UH75/H」を生産しているのが、島根県出雲市の島根富士通である。
現在、発売されているUltrabookの中で、唯一の国内生産モデルとなる。
HDDを搭載したPCとしては、世界最薄の15.6mmを実現。CPUにはIntel Core i5-3317Uを搭載し、14型液晶ディスプレイを採用。重量は1.44kg。島根富士通で生産している「出雲モデル」の代表的製品と位置づけている。
このほど、島根富士通でUltrabookの生産ラインを取材する機会を得た。実際に生産されている様子をレポートする。
Ultrabookが生産されている島根県出雲市の島根富士通 | 島根富士通の組み立てラインの様子。9人で組み立てを行なう | 島根富士通の宇佐美隆一社長 |
●神話の里から生まれるUltrabook
島根富士通は、1989年12月に設立。1990年10月から稼働している富士通製PCの生産拠点である。
当初はデスクトップPCの生産も行なっていたが、1995年からはノートPCの製造に一本化。2011年9月からは、島根富士通で生産したノートPCを「出雲モデル」と呼ぶプロモーションを開始。国内生産の強みを訴求している。
Ultrabook「LIFEBOOK UH75/H」も、国内生産ならではのノウハウを生かし、生産されているものだといっていい。
島根富士通の宇佐美隆一社長は、「日本で発売されているUltrabookのうち、日本で生産しているのは、島根富士通のLIFEBOOK UH75だけである。国内に設計、開発部門がいることによる連携の強さ、そして島根富士通が持つ、日本ならではの匠の技術によって実現できたもの」だと語る。
LIFEBOOK UH75は、110点の部品、3種類32本のネジを使用し、約10分で組み立てられる。部品投入からソフトウェアのインストール、検査、梱包までを含めると約60分程度で一台が完成することになる。
実際、生産ラインの端々に、島根富士通ならではのこだわりが見られる。
マザーボードやサブボードは、限られた筐体の中に搭載されることから特殊な形状をしており、さらに一般的なノートPCではボトムケース側に部品を装着していくのとは異なり、キーボード部の裏側部分に部品を組み付け、ボトムケースは最後に蓋のように閉めるという特殊な製造工程となっている。
これは薄型ならではの組立方法であり、島根富士通が長年に渡り培ってき組み込み技術や、独自開発した治具によって、これをスムーズに作業を行なえるようにしている点が特徴だ。
例えば、細かい場所を這うことになる各種配線のフォーミング作業については、竹ヘラを活用してきれいにまとめるといったことが行なわれているが、「金属のヘラでも、木のヘラでもなく、竹のヘラがもっと作業しやすいというのは、島根富士通の現場から出てきたノウハウによるもの」と宇佐美社長は明かす。
また、薄い天板と液晶パネルの加工時にも、パネルが割れないような工夫を施している。
「試作段階では、リブがぶつかり、何度も液晶パネルが割れるといったことが起こった。そこで、設計部門に申し入れを行い、一度完成していた金型に改良をお願いし、問題を解決した」(島根富士通・宇佐美社長)という。
量産試作段階での金型変更は、海外への生産委託体制では不可能なことだったといえる。歩留まりが悪くなることを覚悟でそのまま量産するか、あるいはなにかをあきらめなくてはならないといったことにつながる。
しかし、富士通は神奈川県川崎市に、設計、開発部門があること、金型生産を日本で行なっていることで、量産を直前に控えながらも、金型変更という対応が可能になったのだという。
さらに、キーボードの溶着については、グループ会社の富士通化成が持っていた熱溶着技術を活用。富士通化成が開発したLIFEBOOK UH75専用の機械を導入するといったグループ連携もみられている。
これも国内生産の強みの1つだといっていいだろう。
一方で、LIFEBOOK UH75では、裏面まで包み込むようなデザインを施し、サテンレッド、サテンシルバーという鮮やかな色を採用しているのが特徴だ。
これを活かすために、なるべくならば、シールで貼られている故障時の問い合わせ先や、使用時の注意を喚起する文言、製品上必要とされる各種ロゴマークは、本体裏面部分には、貼りたくないというのがデザイナーの本音だった。そこで島根富士通側が提案したのが、レーザー刻印による表示だった。
島根富士通には3台のレーザー刻印装置があるが、これを活用することで、デザイン性を損なわないロゴなどの表示が可能になったという。
「ロゴや文字種などによって、どんな太さにすればいいのかといったことを1文字ずつ、何度もチューニングを繰り返し、それぞれのロゴや文字に最適なものを見つけだした。完成度には強い自信がある」と、島根富士通ならではの提案によって、デザイン性が高められた事例にも言及する。
細かい工夫はまだまだある。梱包ではテープを使用しない梱包箱を採用することで環境に配慮したり、ピザボックス型のUltrabookならでは梱包箱によって物流コストの低減に寄与。縦置きで搬送するための工夫なども凝らしている。
こうした数々の取り組みによって、HDDを搭載したPCとしては世界最薄となるLIFEBOOK UH75が生産されているのである。
富士通が、「日本品質によって、日本で生産されている唯一のUltrabook」と胸を張るのもこうした取り組みの数々があるからなのだ。
では、日本で唯一製品されているUltrabook「LIFEBOOK UH75」の生産工程をみてみよう。
キートップに文字を印字するインクジェット刻印機 | このように各種キーボードに刻印。日本向けと欧州向けでは文字が異なる |
液晶パネルの在庫を、ラインの横に配置。RFIDを利用して出庫を管理している |
トップカバーがついた液晶パネル部に、基板などが搭載されたアッパーカバーを取り付ける | 横方向からネジを締めるのは、薄いパネル部に負荷がかからないような工夫 |
このようにまず液晶パネル部を下に置き、その手前にアッパーカバーを立てる。作業しやすいように専用の治具が用意されている |
外箱に梱包している様子 | 梱包されたLIFEBOOK UH75/H。ピザボックス型の特別なものだ |
●1つの基板から複数のボードを生産
島根富士通では、2階でPCの生産が行なわれており、1階では、10時間ずつの2直体制(20時間体制)で基板の生産が行なわれている。
実装前の基板は富士通ベトナムで生産したものを使用。これをラインに投入することになる。
基板への部品実装ラインのほとんどは自動化されているが、ここでも常に改善が行なわれている。
例えば、これまでの基板製造では、ノートPCの機種ごとにマザーボードが生産され、サブボードも別途まとめて生産されるという仕組みだったが、現在では、1つの基板からマザーボードとサブボードが取れるようになっており、LIFEBOOK SHシリーズ向けの基板では、メインボード1つと、7種類のサブボードというように、8種類のボードを一度に生産できるという仕組みだ。これにより、必要量だけを生産でき、サブボードの在庫を別途持たなくてはならないという課題を解決することができた。
また、1つの基板から同時に2枚のマザーボードを切り出すという工夫や、生産工程を細かく管理することによって、BTO対応による仕様の違いにも、不要となるサブボードには部品を実装しないといった制御までも可能にしているという。
また、異なるノートPCの基板を生産する場合にも、段組替えを最低限で済ませられるように、搭載する部品を共通化。マウンターに装着する部品カセットの入れ替えが少なくて済むようにしたり、ボードのサイズが異なった場合にも、ボードの収納ケースのサイズ調整を自動的に行なうような仕組みも導入している。
「夏モデルにおいては、部品のカセットを入れ替えなくても、3機種のノートPCのボードを生産できる」というところまで進化している。
最終検査工程では、自動検査機を活用した仕組みに加えて、試験内容の見直しを行なうことで、試験時間の短縮化に取り組んだほか、1人の作業者が複数の作業を同時に行なえるような「島」を用意し、グルっと一巡しながら検査作業を行なえるようにする改良も行なった。
この最終検査工程ではファナック製の通称・げんこつロボットを導入。人間の手のように自由に動きまわることから、ボードの位置を変えたり、検査を行なったりといったことが可能になる。
すでに、これまで2人かかっていた作業を1人にし、基板1枚あたりの検査時間を大幅に短縮することにも成功。基板の品質を以前よりも高めることができたという。
だが、「今年10月以降には、げんこつロボットとアームロボットの組み合わせによって、省人化を図っていく」とさらなる改善にも取り組む姿勢をみせる。
続いて、島根富士通の基板製造ラインを写真でみてみよう。
●品質、コスト、納期で、世界に勝てる生産拠点に
これまで島根富士通は、トヨタ生産方式を導入し、生産革新活動を行なってきた。
その成果は工場内に多くの空きスペースが生まれていることからも明らかである。
「トヨタ生産方式を、これまで以上に現場で実践的に推進すること、そしてさらなる品質強化が島根富士通の課題。教育体制を強化して、社員の実行力を高めていく」(宇佐美社長)とする。
トヨタ生産方式については、9段階の認定制度を設けて、これを社員だけでなく、請負会社の社員に対しても対象を広げている。
また、品質管理制度では5段階の認定制度を設けて、全社員を対象に実施。新入社員を含めて、品質意識の徹底を図っている。
そして、徹底したコスト改善活動も、日本で生産する拠点にとって、競争力を維持するためには、重要なテーマであるのは紛れもない事実だ。
2011年度は生産コスト3割削減を目指した活動を行なってきたが、2012年度は2011年度の実績をベースに、25%の生産コスト低減活動に取り組んでいるという。
「コスト低減活動には、工場側の努力だけでは実現できない水準まできている。基板からボードを2枚取りするといった効率化も、設計、開発部門との連携によって成し得たもの。昨年4月には、開発、設計部門が20人以上参加し、島根富士通の社員と合同で合宿を行ない、そこで何百件も改善提案をお互いに出して、議論を行なった。設計部門は、モノづくりの現場を知らず、モノづくり現場の社員は、設計の現場を知らないことが浮き彫りになった。こうした取り組みを通じて、お互いを知り、よりよいものを作ろうという流れができた。結果として、お互いに詰められるところを詰めて、部品点数の削減や基板の改良や共通化が進んだ。Ultrabookにも、その成果が活かされている」と宇佐美社長は語る。
島根富士通では、数年前から事業部側と人材交流を実施しており、島根富士通の社員が川崎の設計、開発、サプライチェーンの現場で働くといったことも行なっている。
「ここにきて、2年間に渡って川崎に『留学』していた社員が戻りはじめている。モノづくりの現場に、川崎のノウハウが活かされるとともに、より深く、お互いの連携が進みやすい環境が作られている」と語る。この制度は、今後も継続的に進める考えで、島根富士通の約1割の社員が、この制度の経験者になるという。
島根富士通では、「世界をリードする製造会社」を掲げ、「世界トップ品質の提供による顧客満足度の向上」、「中国・台湾勢に対抗できるコスト競争力」、「スピーディでフレキシブルな製品供給体制の強化」に取り組んでいる。
こうした徹底した取り組みの中から、国内で唯一生産されるUltrabookが生まれているのである。
生産ラインでは「あんどん」と呼ぶ、不具合があった場合の表示は50型液晶ディスプレイに変更。さまざまな情報も表示する | 訓練道場では生産ラインに入る前に徹底した教育が行なわれる |
出雲市では「神話博しまね」を開催中。8月18、19日は富士通ブースも出展した | 富士通グループも協賛。のぼりにはFUJITSUのロゴが入っている |