大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

富士通の世界最薄Ultrabookを実現した筐体工場に潜入!
~「外観の競争力」を作り上げる富士通化成の挑戦



富士通のUltrabook「LIFEBOOK UH75/H」

 富士通は、同社初のUltrabookとなる「LIFEBOOK UHシリーズ」を6月7日から発売した。

 14型液晶ディスプレイを搭載したLIFEBOOK UH75/Hは、HDDを搭載したノートPCとして世界最薄の15.6mmを実現。また重量も約1.44kgと軽量化を達成しながら、天板からの全面加圧試験では200kgfの耐荷重を実現している。

 この天板やボトムケースといった筐体部分を生産しているのが、神奈川県横浜市にある富士通化成である。

 このほど、LIFEBOOK UHシリーズの筐体の製造工程を、同社が初めて公開した。

富士通化成の板東陽一社長

 富士通化成の板東陽一社長は、「富士通製品の外観における競争力は富士通化成が作りあげる。そうした強い意思のもと、富士通のパーソナルビジネス本部と密接な関係を持ち、完成したのがUHシリーズの筐体」だとする。

 LIFEBOOK UHシリーズの製品化において、重要な役割を果たした筐体部分の生産工程などについて、富士通化成を訪れて取材した。


●60年近い歴史を誇る成形企業
神奈川県横浜市にある富士通化成。横浜市の林文子市長も若いときに一時勤務していたことがあるという老舗企業だ

 富士通化成は、1953年に、富士通の交換機用部品を製造するために設立した明成プラスチックスが前身となる。創業から60年近い歴史を誇る企業だ。

 1972年に富士通が出資し、富士通化成に社名を変更。現在、PC、サーバーおよび携帯電話事業を行なう富士通のパーソナルビジネス本部が担当する製品の筐体部分などの製造を行なっている。また、スーバーコンピュータ「京」の一部筐体部分の製造も行なったという。

 「富士通が生産するノートPCの約5割で、富士通化成が生産している筐体を利用している。機種数でいえば約7割に達する」と富士通化成の板東陽一社長は語る。主に高付加価値モデルを中心に、筐体の生産を行なっている。

 筐体の生産を担当するモールド事業部門は、製品設計、金型製作、成形、組立、表面処理など、筐体製造に関する一貫生産体制を有しているのが特徴で、マグネシウム筐体および樹脂モールド筐体を生産。生産量の約7割がPCやサーバー製品など、残りの3割が携帯電話などになっている。

 富士通化成の最大の特徴が、マグネシウム合金を使用した筐体成形において、チクソモールディングと呼ばれる手法を採用していることだ。

 マグネシウムは、多くのPCに使用されているプラスチックに比べて、強度と軽量化を両立し、薄肉軽量化を可能にする素材。さらに地球上で6番目に多いとされる元素であり、豊富にあること、優れた電磁波シールド効果があるなどの特徴を持つ。

 「15年ほど前からノートPCの軽量化とともに、堅牢性が求められる中で、マグネシウム合金を利用した筐体づくりは避けては通れなくなってきた。富士通のパーソナルビジネス本部との協議のもと、ノートPCの筐体を国内生産する拠点を、富士通化成に一本化するとともに、マグネシウム合金を利用した生産設備にチクソモールディングを採用することを決定。マグネシウム合金のノートPC本体への活用を図っていった」。

 富士通化成では、チクソモールディングの工法を1998年から導入。それ以来、ノートPCの筐体生産に活用している。

 「チクソモールディングは、当社が創業以来、長年取り組んできた樹脂の射出成形工法に似ていること、また、後加工が比較的容易であること、そして、薄型軽量化を図るにはこの手法が適していることなどから、採用に踏み切った」と、板東社長は当時の様子を振り返る。

 約600℃に熱したマグネシウムを、300℃の金型に流し込み、そこからマグネシウムを溢れ出させることで、薄くて均一な筐体を成形できるのが特徴だ。

 また、ダイカストに比べて溶融温度が低いため、成形した際の精度が高いこと、精密な成形が可能であるという特徴もある。

 溢れ出た部分はあとから切断し、マグネシウムの再利用性を生かして、もう一度インゴット化し、これを切削したマグネシウムチップとして成形機に再投入できる。

 現在、富士通化成では、6台のチクソモールディング成型機を導入しており、31台のプラスチック成形機とともに、年間120万台の筐体を生産しているという。

 一方、1998年から本格化したマグネシウム合金の成形開始にあわせて、塗装に関する技術、生産設備にも投資を開始した。

 「マグネシウム合金での成形では、見た目の観点からどうしても塗装技術が必要になる。また、ノートPCのデザイン性が重視される中、外観塗装技術も注目されるようになった。外観塗装の専用フロアを設けて、こうした流れに対応できるようにした」と語る。


●富士通化成の製造技術を活かしたUltrabook

 富士通のUltrabook「LIFEBOOK UH75/H」には、長年に渡る富士通化成の生産技術が大きく貢献している。

 富士通化成では、LIFEBOOK UH75/Hの天板、キーボードカバー、ボトムケースを生産。HDDを搭載したノートPCでは、世界最薄を誇る最厚部15.6mmの筐体を実現することに成功した。

 「富士通化成の協力がなければ、LIFEBOOK UH75/Hの15.6mmの薄さは実現できなかった」と語るのは、富士通パーソナルビジネス本部第一PC事業部モバイルノート技術部シニアマネージャーの小中陽介氏。「当初は16mmを切るという目標だったが、結果としてこれを大きく下回ることになった」と裏話を明かす。

 チクソモールディングによる薄くて強度のある成形を実現するとともに、天板のアンテナ収納部におけるマグネシウムと樹脂の接合において、薄さを維持しながら強度を維持する設計も、富士通化成のアイデアによるものだ。

 一方、塗装の面でもこだわりをみせている。

 LIFEBOOK UH75/Hでは、最初に黒い塗装となるプライマを塗った後に、パテ処理を一度行ない、さらにプライマを塗装するという手法を取っている。これは通常のマグネシウム天板であれば、一度で済ませている部分である。アンテナ部に樹脂を使用しているために、マグネシウム部分との境目が塗装後に見えないようにするための工夫である。デザイン性を重視する姿勢から生まれたものだ。

 さらに、LIFEBOOK UH75/Hのイメージカラーモデルとなるサテンレッドでは、プライマの上にレッドシルバーを塗装後、透明のレッドクリアーを塗布。「下にあるレッドシルバーの光沢を生かした塗装にするための手法」(富士通化成モールドテクノロジー統括部第一開発部・竹田聡部長)という。そして、最後にUV塗装を行なうという5層の塗装となっている。

 この仕上げ品質の高さは、販売店やユーザーからも高い評価を得ており、Ultrabook市場における富士通の存在感を高めることにつながっている。


●開発部門との緊密な関係を築く

 富士通化成の板東社長は、「設計、開発部門と近い距離感にあることが、こだわりの筐体を実現することにつながっている」と語る。

 富士通の設計、開発部門がある富士通川崎工場は、隣接する神奈川県川崎市。1時間以内で行き来できる距離だ。そして物理的距離だけではなく、常に一体となってモノづくりを行なうという体制が確立されていることも見逃せない。

 「以前は、こうした筐体を作ってほしいという事業部側の要求を受けて生産していたが、いまでは、お互いに設計段階から情報を共有し、解決策を持ち寄り、よりよいモノを作り上げるという体制ができあがっている」とする。

 さらに、富士通化成社内に金型製作が行なえる体制を持っていることも大きな意味がある。高い技術による金型製作とともに、他社に委託するのとは異なり、事業部の意見を反映しやすい体制が構築され、これがリードタイムの短縮にも影響している。

 では、LIFEBOOK UH75/Hの筐体の生産工程の様子を写真で追ってみよう。

マグネシウム合金の射出成型機。射出機構と型詰機構とで構成される材料となるマグネシウムは、インゴットから削りだしたチップを成型機へと送り込む。材料は600℃に熱する取り出しやすいように離形剤を金型部分に噴射。原液を水で20倍に薄めたもの。300℃の熱した金型に吹き付けるため、工場内は水蒸気が常に漂っている
アームを使って成形された天板を取り出す成形された天板部分同社特有のチクソモールディング法により、流し込まれたマグネシウムの余分な部分が多く見られる
オーバーフローさせた余分な部分をプレスして分離1つ1つを手作業で切り取る余分な部分をざっと切断した状態
上部には次の工程で使用するための部分も残る不要な部分は、材料メーカーに戻しインゴットとなる。樹脂とは異なり、再度利用できるのがマグネシウムの利点加工工程に設置されたNC加工機。1枚あたり3~4分で加工する
上部の箱がプレス工程までが完了した天板。下がこの工程で加工されたもの手前が加工したもの。余分な部分を削除し、穴を開けたり、ネジを切ったりといったことが行なわれる加工工程のあとは仕上げ工程。ヤスリでバリをとる。すべて手作業で行なわれる
ここでは細かい削り粉が出るため、机に空いた穴から削り粉を回収するサビ止めや防水、塗装の下地といった化成処理仕上げを行なう工程全部で15槽あり、化成処理槽、エッチング槽以外の12槽は水だという
天板が20個ずつ入ったカゴを6個まとめて作業を行なう。合計120枚を一度に化成処理する120枚の天板がこのカゴの中に入れられ、40分かけて化成処理が行なわれる槽の下に溜まった汚泥を回収したもの
化成処理が完了した天板部。乾燥炉の中で約30分乾かす化成処理が完成し、乾燥まで完了した状態天板の一部に樹脂を取り付ける作業。LIFEBOOK UH75/Hの重要な工程
樹脂が取り付けられた天板が機械から取り出される取り出された天板は仕上げ工程に並べられる1枚ずつ目視で確認し、仕上げ作業を行なう
黒い部分が取り付けられた樹脂。アンテナが収納される部分だ取り付けのために樹脂が流し込まれる穴の部分樹脂が流し込まれた様子。薄さを実現しながら樹脂の取り付けが行なわれている
樹脂の取り付けが完成した天板は、塗装工程へと運び込まれる塗装工程はクリーンルーム化されているLIFEBOOK UH75/Hの塗装の様子(モニターからの撮影)
LIFEBOOK UH75/Hの塗装の様子これがLIFEBOOK UH75/Hの塗装の順番(右から左へ)。プラックのプライマ部分は2回塗るため、全部で5層の塗装が行なわれている右側が3層目を塗った状態。普段は見ることができないものだ。左は完成品
乾燥工程の様子。122mのラインを、約40分かけて乾燥させるキーボードカバー部にも塗装が行なわれている塗装後には組立工程に運び込まれる
ボトムケース部に必要な部品を取り付ける目視でチェックしながら作業が行なわれる富士通のロゴマークを貼り付ける作業
これが貼り付けに使われる富士通のロゴマークシール完成した天板部分。塗装によって樹脂との接合部の境目が見えないキーボード部にはシートが貼られる
シートを固定している様子ここでは細かい部品の取り付けが行なわれる細かい部品の取り付け作業には専用の道具を使用する
独自に開発した治具を使い、熱カシメによって固定する完成すると1枚ずつ梱包する完成した状況。これでいよいよノートPCの組立を行なう島根富士通に向けての出荷が整う
ダンボールに梱包されて出荷準備が完了島根富士通に向けてトラックで出荷されるこちらはLIFEBOOK UH75/Hでは行なわれていないインモールド成形
インモールド成形は射出成形した樹脂に模様が描かれたフィルムを転写する工法。黒い部分がフィルムインモールド成形で使われる模様を描いたフィルム。これを金型に挟み込む成形が終わり機械から運び出される天板
この天板はUV加工も行なわれる裏部分の不要な突起を切り落とすインモールド成形で完成した天板の様子
1枚ずつ手作業で梱包して出荷するダンボールに梱包された出荷直前の様子こちらは樹脂成形の工程の様子
取材時にはサーバーのボトムケースが生産されていた上の部分は成形時についていたもので、これを切り離す成形された樹脂が機械によって運ばれる
樹脂部分に金属部を取り付ける作業もここで行なわれている金属部は外部の工場で生産されたもの完成したケースは1枚ずつ手作業で梱包されて出荷される

●高まる「筐体屋」の存在感

 富士通化成の板東社長は、3つの方向性をあげる。

 1つは、「外観の競争力は富士通化成が作る」という方針だ。

 「ノートPCは、外観がますます重視される。それは富士通製品の顔ともいえる部分であり、これをモノづくりの観点から担っているのが富士通化成である」とする。

 板東社長は富士通化成を、「筐体屋」と表現する。

 だが、その筐体には、すます存在感が生まれており、そこに付加価値の源泉がある。

 板東社長は、「富士通のパーソナルビジネス本部およびデザインを担当する富士通デザインと連携して、テザイナーが作ってほしいというものをどこまで実現できるかが筐体屋の役割。当社が持つ素材、設計技術、加工技術、塗装技術を通じて、デザイナーが求める姿を作り上げることが、富士通化成には求められている」とする。

 富士通化成の竹田部長も、「PCを購入して、最初にユーザーが目にするのが筐体。まず、そこで感動を与えたい」と異口同音に語る。

 板東社長が掲げる2つ目の方向性が、「開発から量産までの一貫体制を持つ」ということだ。

 従来は図面が完成してから意見を言ったり、言われたままにそれに量産を行なうという役割が中心だったが、現在では、パーソナルビジネス本部と一体化して、開発段階から一緒に取り組む体制が整っている。月1回の連絡会議も行ない、緊密な関係で情報共有が行なわれているのも、その一例だ。

 「開発段階から参加し、開発の進捗にあわせて金型などを同時並行で開発することで、ロスが少なくなり、リードタイムが短縮できるというメリットがある。成形での試打ちの数が少なくなれば、それだけメリットは大きい。ざっと3割はリードタイムが短縮しているのではないか」と板東社長は語る。そして、「パーソナルビジネス本部との緊密な連携体制により、新たなもの、ユニークなものにも挑戦できる土壌が出来上がっている」とも語る。

 LIFEBOOK UH75/Hで実現した15.6mmという薄さは、こうした体制なしにはできなかったものであり、板東社長が言う「新たなもの、ユニークなもの」の代表例となる。

 そして、3つめが「継続的なコスト削減への取り組み」である。

 富士通グループの他の生産拠点と同様に、富士通化成でもトヨタ生産方式を導入し、コスト削減活動に取り組んでいるが、大型製造装置が数多く導入されている同社での主な取り組みは、段取り替えをいかに短縮化するか、また歩留まりをいかに上げるか、そして、量産開始からいかに短期間で目標コストに到達させ、生産終了時の黒字幅を確保できるかといった点に尽きる。

 また、生産量の拡大に向けては、中国のパートナー会社への生産委託を一部開始するなど、「中国の価格で、富士通化成の品質の筐体をつくる」といったことへの挑戦も開始している。

 板東社長によると、2012年度は約2割が中国生産になるというが、将来的には、3分の2が中国生産になる可能性も示唆する。

 富士通パーソナルビジネス本部との緊密な関係を維持しながらも、グローバル化を推進するPC事業の流れを捉え、コスト削減への取り組みも加速する考えだ。

 こうしてみると、富士通化成は、これまであまり表面には出てこなかった企業であったが、富士通のPC事業において、極めて重要な役割を果たしている企業であることがわかる。

 そして、LIFEBOOK UH75/Hの製品化を支えている企業の1つでもある。

 川崎の開発拠点、島根の生産拠点とともに、富士通化成は、筐体生産という役割を担うノートPCの重要な拠点である。