大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

レノボ、ロードリック・ラピン社長インタビュー
~オフィス移転後の現状と今後の戦略を聞く



レノボ・ジャパン ロードリック・ラピン社長

 レノボが日本における存在感を増している。2010年度第1四半期(4~6月)の業績は、レノボとなって初めてグローバルで10%のシェアを突破。今後、日本における2桁シェアの獲得に向けた取り組みが加速することになる。市場全体の成長率を上回るレノボの勢いは、日本の市場においてどんな存在感を発揮することになるのか。

 六本木ヒルズへの本社移転、大和研究所のみなとみらいへの移転と、ファシリティの観点からも変化の節目を迎えている。レノボ・ジャパンのロードリック・ラピン社長に、同社の日本における取り組みについて話を聞いた。

--最新四半期である2010年4~6月の業績は、全世界のPCメーカーの中でも高い成長率を記録しましたね。業績報告の中では日本の状況については触れていませんが、結果はどうでしたか。

ラピン ご指摘のように、第1四半期(2010年4~6月)には対前年同期比48%増の成長率を達成しており、レノボはPCメーカー上位5社の中で、3四半期連続で最も高い成長率を達成し、5期連続で市場の2倍の伸びを遂げています。また、世界市場シェアで初めて2桁のシェアとなる10.2%を達成した。そして、世界のさまざまな地域において、成長をさらに加速するための準備が整っています。

 一方、日本においても、いい結果が出ています。4期連続で業界ナンバーワンの成長率を達成しており、第1四半期は前年同期比65%増という高い伸び率となりました。業界全体が10%程度の成長率に対して、それを大幅に上回る伸びをみせています。これは、単に成長率が高いのではなく、コンシューマとコマーシャルの両方で成長しているという内容面でも評価できるものです。

 こうした高い成長率を遂げた結果、日本においても、製品、ブランド力、マーケティング施策、社内向けの各種施策に投資ができるようになってきました。

 日本で高い成長率を達成している背景には、いくつかの理由がありますが、中でも販売体制を明確にしたことが大きいといえます。従来は一部直販、一部間接販売となっており、顧客にも、パートナーにも、社員にも、レノボはどちらの方向に向かっていくのかがわかりにくかった。これを見直して、100%パートナーによる間接販売とした。法人でも直販をやらないと決めた。これがすべての施策の基盤となっています。パートナー事業への投資を拡充し、パートナー向けのウェブサイトの刷新や、関連IT投資の増加、パートナープログラムへの投資、パートナーとの協業に向けたマーケティング予算の増加などにも踏み出しています。

 そして、顧客の声に耳を傾けることにも力を注いだ。とくに、顧客からは納期や価格面に対する改善の声があがっていましたから、これに取り組んできました。もともとレノボの製品力にはすぐれたものがある。ThinkPadは日本でも高い評価を得ていますし、世界でも同様に評価が高い。そうしたことからも製品力の高さは裏付けられる。だが、そのまわりの仕組みには課題があった。これを改善することに力を注いだのです。

 社内の風土の改革にも力を注ぎました。日本では人とのつながりが重視されますから、なるべく社員の入れ替わりを防がなくてはならない。ですから、企業文化の醸成にフォーカスし、1年半前と比べて、社内の雰囲気を大きく変えました。前回のインタビューでも、私は、「Fun」というキーワードを打ち出し、楽しめる職場にすることを優先課題の1つにあげましたが、結果として、社員満足度が高まり、会社に対して誇りを持ち、それが離職率を大幅に下げることにつながり、パートナーとの信頼関係の向上にもつながっている。

 レノボは、普通の会社には甘んじたくない。これは楊元慶CEO自らが打ち出していることなのですが、会社は家族であり、社員には誇りを持ってもらいたい、帰属意識をもってもらいたいと考えている。今年(2010年)4月に六本木ヒルズに本社を移転したのも社員のモチベーションを高めるのに大きく役立っている。先日、社員とその家族をディズニーランドに招待しました。夕食会にはミッキーマウスも参加しましたよ(笑)。さらに、オフィスを開放してファミリーディを行ない、家族を対象に六本木ヒルズツアーを行ない、屋上庭園ツアーも行なった。もちろん、会社全体の業績だけでなく、個人の成績優秀者を評価する制度もある。こうした活動を通じて、会社が社員を大切にしていることを感じてもらい、レノボで長く働いてもらえる環境を作りたいと思っています。

六本木ヒルズのレノボ・ジャパン本社。ロビーはThinkPadをイメージしていることがわかる六本木ヒルズの本社にあるThinkPadと呼ばれる部屋。製品ロードショーなど、パートナー支援にも使われるこうしたセミナールームも用意されている

--ところで、グローバルでは10%のシェアを獲得しましたが、日本ではそこまでに至っていません。日本での10%シェアへの到達はいつになりますか。

ラピン 10%のシェアは、ぜひとも達成したい目標ですね。ここ1年でもレノボの日本における市場シェアは倍増しています。これからもその延長線上で10%のシェア獲得を目指したい。勢いがついているので、その方向には確実に向かっています。

 ただ、日本のPC業界は変化が激しい。例えば、政府が景気刺激策を展開すると、公共向けのビジネスが拡大し、その分野に強い国内PCメーカーのシェアが上昇するという傾向もある。ですから時期をいつまでに、ということはなかなか言いにくい。しかし、これは重要な目標ですから、私が日本にいる間には達成したいと思っています。

 PC産業は自己満足しては終わりです。とにかく毎週自らに課題を課すことが大切。パートナーが求めていることに応えていくことが必要です。レノボ・ジャパンでは、毎週水曜日に重要な会議を行なっています。そこでは、前週の数値がどうだったのか、パートナーからどんな声が出ているのかといったことを共有し、レノボは何を変えたらいいのかを考える。社員からの要望もここで改善しています。

 今レノボにとっての課題をあげるとすれば、それは、ブランドへの投資ということになります。レノボのブランドはまだまだ認知度が低い。グローバルでもその認識があり、CMOとして着任したデイビット・ローマンが、積極的なブランドマーケティング戦略をグローバル規模で展開しています。これを日本でも加速していきます。

--製品戦略ではどんなことを考えていますか。

ラピン 日本市場の特性を理解した製品を投入していくことが大切だと思っています。日本の市場はノートPCが牽引している。シェアを拡大するには、ここが鍵になる。具体的には、小型・軽量ながら、フル機能を搭載したノートPCでいかに成功させるかが重要だと捉えています。このほど投入したThinkPad Edge 11"はその点でも極めて重要な意味を持つ製品です。

 ミニノートはこの半年間で市場が半減しています。しかし、レノボではノートPCを幅広く取り揃えていく姿勢は変わらない。技術的にも妥協せず、日本市場で存在感を発揮できる製品が必要です。日本の顧客は高いスペックを求める傾向がありますから、小型・軽量のフォームファクターはグローバルでは統一したものにしても、日本の市場に向けてはスペックを強化したものを投入するという形になります。また、日本の市場はデスクトップPCにおいてはオールインワンの比率が高い。そこで、コンシューマ向けのオールインワン製品の投入に留まらず、コマーシャル市場向けに、日本初のオールインワン製品を投入してきた。

 レノボは、日本でどんな製品を投入するかといったことを常に考えています。これからも、日本からの要求を吸い上げて、製品づくりに反映させていきたい。

--スレートPCを、中国市場向けに年内に投入するという発表がありました。これは日本ではどうなりますか。また、3Dパソコンはどうするのか。そして、スマートフォンの日本市場への投入はどうなるのか。加えて、中国市場におけるゲーム専用機「e-box」を開発するという報道があります。この4つの製品群に対する姿勢を聞かせてください。

ラピン レノボが日本の市場でどんなものが求められるのかを検討する中で、スレートPCは非常に興味深いものになってくると思います。クラウド・コンピューティングの広がりにあわせて、法人でもスレートPCを活用したいという動きが広がっていくのではないでしょうか。中国では2010年第4四半期の投入が明らかにされていますが、日本市場の投入に関しては現在、検討中ですが、早いタイミングで投入したいと考えています。

 レノボが新たな製品を開発する際には、全世界のデザインエンジニアの知恵を結集する仕組みができています。スレートPCの開発も同様の体制で取り組んでいます。

 スマートフォンですが、すでに中国では事業を開始しています。ターゲットとしているのはプレミアムスマートフォン市場であり、その市場に12%のシェアを持っています。今のところ、全社方針として、中国市場では力を入れることを明らかにしていますが、その他の市場での展開は検討中です。ただ、日本市場での展開は今のところ考えていません。

--日本でスマートフォンの投入を見送る理由はなんですか。

ラピン 日本のテレコム市場には多くのプレイヤーが林立している。そうした市場において、これまで実績がない当社が一からやるよりも、むしろ既存の当社が強い製品分野に投資していくほうがいいと判断しているからです。

 3Dパソコンについては、すでにIdeaPad Y560として、中国および一部新興国、米国において6月から発売していますが、日本では投入を検討している段階にあるものの、まだ市場が立ち上がっていないため、すぐに投入するということは考えていません。今後の市場の動向をみながら、投入の可能性と時期を決める予定です。一方、ゲーム専用機はまずは中国市場専用ということになると思います。これに関しては、日本では検討はまったく行なわれていません。

 中国市場では連続して市場を上回る高い成長率を達成していますし、ブランド認知度も高く、市場シェアも高い。そうした基盤を生かして、ニッチ市場にも投資することができる。日本ではそこまで手が届いていません。基盤があるPC領域において、まずは10%のシェア獲得することが優先されます。

--大和の研究開発チームが、横浜のみなとみらいに移転しますが、この理由はなんですか。

ラピン 大和研究所は、1992年からThinkPadの研究開発拠点としてスタートして、多くの成果をあげてきた。実は、大和研究所も、過去においては、コストの観点から中国へ移転させるという選択肢がなかったわけではない。だが、これまでの伝統や、多くの知的財産、技術ノウハウもある。そこで日本に留め、投資を続けてきた。これからも引き続き投資するという姿勢は変わりません。これまで20年間続いたように、今後20年以上も続いていく研究開発拠点にしたい。

 みなとみらいに移転する一番の理由は賃貸契約が切れたということです。会社の将来を考えると、もっと現代的な設備に変わったほうがいいと考えた。候補は東京を含めて考えたが、横浜市も協力的であったこと、新築の施設であり、社員のモチベーションが高まること、顧客にお見せするといった対外的な活動における立地条件や、今後、最新の設備投資を行なうという意味でも、最適な場所だと考えた。

 大和研究所が、みなとみらいに移転しても、基本的な役割はなんら変更はありません。内藤在正副社長率いる体制にも変化がない。ThinkPadという高品質、堅牢性がある製品を開発し続けること、革新的な新たな製品開発は、これまで通りに続けていくことになります。変化があるとすれば、これまでよりも行きやすくなることでしょうか(笑)。もちろん削るところは削る。しかし、革新や成果には妥協しないという姿勢も変わりません。

--「大和」は言いやすいですが、「みなとみらい」となるとちょっと言いにくいですね(笑)。社内ではなんて呼びますか。

ラピン 移転後の「大和」の呼称がどうなるかはまだ決まっていません。これからいい呼称を考えなくてはなりませんね。

--一方で、今年4月に本社を六本木ヒルズに移転したメリットはどんな点で出ていますか。

ラピン 製品展示を行なったり、パートナーにエンドユーザーを連れてきていただき、当社の製品担当者から直接説明をするといった場としても活用してもらえる。レノボは、パートナーを、同じ会社の一部だと考えている。本社移転にあわせて開いたパーティーでも、パートナーを招待したのはそのためです。「Fun」という言葉は、パートナーにも波及しているといえます。パートナーを重視しているのは日本だけでなく、レノボ全体で取り組んでいることです。この姿勢はこれからも変わりません。

--年初にパーフェクト10を目指すといっていましたが、9カ月を経過し、その目標に対する進捗はどうでしょうか。

ラピン パーフェクト10に向けて、いろいろな手を打っています。また、良い意味で変化が生まれているところもある。しかし、10点満点ではない。どんなにうまくいっても、そこで満足していては成長がありません。常に厳しく状況をみていく必要がありますし、実際に、まだまだ改善する余地がある。パートナー、顧客の声に、もっと耳を傾けていきたいですね。仮に、あえて点数をつけるとすれば、7~8点、もう少し上といったところでしょうか。パーフェクト10は永遠の目標です。