大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

エプソンダイレクトはどこを目指しているのか
~PC事業撤退という噂の真偽を聞く



エプソンダイレクト本社のあるエプソン村井事業所

 エプソンダイレクトがPC事業から撤退するのではないか……。こんな憶測が一部で囁かれている。

 理由はいくつかある。まず2009年6月からASUSTekのノートPCを取り扱いはじめたのに続き、2010年6月には日本ヒューレット・パッカード(日本HP)のノートPCの取り扱いを開始。さらに同社サイト「Epson Direct SHOP」が、従来からのPC直販サイトとしての色合いから、エプソン製品の総合直販サイトとしての位置づけが強まり、PC直販メーカーのイメージが薄れていることもその背景にある。

 そして、過去15年間に渡って運営してきた東京・秋葉原のアンテナショップ「エプソンダイレクトプラザ」を今年(2010年)7月に閉鎖。9月末の各社の秋冬モデルの新製品ラッシュの中でも、同社1社だけが静観する姿勢を見せていたことも噂に拍車をかけた。

 果たして、エプソンダイレクトは、PC事業をどうするつもりなのか。

 長野県松本市のエプソンダイレクトの本社を訪ねた。

【お詫びと訂正】初出時に一部日付を誤っておりました。お詫びして訂正させていただきます。

●PC事業をやめるつもりは、まったくない
エプソンダイレクト株式会社 取締役事業推進部部長 河合保治氏

 本社応接室で出迎えてくれたエプソンダイレクトの事業推進部部長 河合保治取締役は開口一番こう切り出した。

 「PC事業をやめる気は、サラサラありませんよ」。

 しかし、エプソンダイレクトの相次ぐ施策は、どうもPC事業の縮小路線のように我々の目に映る。それらの施策は縮小、撤退を意味するものではないのか。施策を1つずつ検証する必要がある。

 河合取締役は、「当社のこれまでの歴史的な流れを知っていただくことが、一連の取り組みにおいて、どんな狙いを持っていたのかという理解を深めてもらうことにつながるでしょう」と切り出した。

 創業から17年目を迎えたエプソンダイレクトの生い立ちは、本誌でも何度か紹介してきた。しかし、改めて同社の「肝」といえる部分を知っておく必要はあるだろう。

 河合取締役は、次のように語る。

 「エプソンダイレクトが創業時からずっと取り組んできたのは、お客様の近くでPCを販売するということ。どんなPCが欲しいのか、どんなサポートをして欲しいのかといったことを知り、それを製品やサービスに反映する。その姿勢はいまも変わっていない」。

 エプソンダイレクトの基本姿勢は、BTOによって、何億通りという多くの選択肢の中から、ユーザーに最適なPCを組み上げることができる点。そして、全製品を2営業日で納品できる点。さらに、日経ビジネス誌のアフターサポート満足度ランキングで、6年連続ナンバーワンを獲得した実績からも裏付けられる手厚いサポート体制の確立にある。

 エプソンダイレクトのPCには保証書が付属していないのは周知の通り。なぜなら、エプソンダイレクトではすべての購入者のデータベースを持っており、電話で問い合わても、データベースをもとにしたきめ細かい対応ができる。ダイレクト販売を機軸とした事業ならではの仕組みである。

 2010年9月20日。同社が創業以来積み重ねてきたアカウントIDの数が、なんと100万人を突破した。

 「100万人のユーザーが、どんなPCを利用しているのかということを知っている強みは、他社にはないものだと自負している。これらのユーザーに対して、次もエプソンの製品を使ってもらいたい、長くお付き合いをさせていただきたいというのが我々の基本姿勢。すべての施策は、この考え方をベースに展開している」とする。

 ASUSTeKのノートPC、日本HPのノートPCの取り扱いを開始したのも、実はこの基本姿勢を維持するためのものだという。

 「デスクトップPCでは、BTOの仕組みによって我々の特徴を生かした提案ができるが、ノートPCではそれが出来にくい。また、日本国内の事業を対象にしているだけに事業規模が限定され、ノートPCの領域において独自の製品ラインアップを幅広く展開することも難しい。しかし、その一方で、国内PC市場全体の76%を占めるノートPCのラインアップを揃えないというのでは、ユーザーとの長い期間のお付き合いが難しい。エプソンダイレクトが用意できない製品を補完的に品揃えし、他社のサイトに行かずに、エプソンダイレクトで長いお付き合いをしてもらうというのが、ASUSと日本HPの2社の製品を取り扱いはじめた理由だ。

 日本HPの製品には法人向けの製品として求められるセキュリティ機能などにおいて、当社と目指すものに近いところがあった。ASUSでは世界的な出荷実績を背景にした強みや、エプソンダイレクトではラインアップできないような製品を用意できるという点で補完するメリットがあった」と、河合取締役は語る。

 エプソンダイレクトが取り扱っている日本HPの製品は、ハイエンドノートPCとミニノートPC。ASUSの製品では、モバイルノートPCや、3D機能を搭載したコンシューマノートPCなどだ。いずれも自社製品を補完する領域の製品だ。

 その点では、長年に渡ってのお付き合いのためのラインアップという言葉は的を射ている。

エプソンダイレクトで販売された、ASUSTeK製の15.6型ワイドノートPC「ASUS F52A」同じく、日本HP製のモバイルワークステーション「HP LiteBook 8540w Mobile Workstation」企業用途に対応したミニノート「HP Mini 5102 Notebook PC」

 だがその一方で、エプソンダイレクトを通じて販売されるPCのほとんどが、いまでも自社製のEndeavorブランド製品であり、2社の製品の販売比率は、わずか数%というのが実態だ。

 この販売構成比をみれば、エプソンダイレクトが他社のPCを中心的に取り扱うという状況ではないことがわかる。

 「今後、ノートPCのすべてを他社製品に移行させるということは考えていない。また、デスクトップPCでも他社製PCを取り扱う予定はない。さらに今後継続的に他社のPC製品を取り扱っていくかどうも検討していく必要がある」とする。

 ユーザーニーズを補完するための製品として用意したものが、意外にも成果が発揮されていないともいえよう。

 当初はASUS製品に対して、エプソンダイレクトのサポートをそのまま利用できるというメリットがあったが、それも2009年の段階で終了しており、自社サポートに切り換えられている。現在は、短期間での納期を求める場合に、エプソンダイレクトの仕組みを活用した方がメリットがあるといった程度に留まっている。

 他社製品の取り扱いは、PC事業からの撤退を裏付ける要素にはならないといえよう。

●エプソン全体の直販サイトか、PCの販売サイトか
エプソンダイレクトのトップページ。PCよりもプロジェクターやプリンタが上に配置されている

 2つ目は、エプソンダイレクトのサイトが、PC直販サイトから、エプソングループの総合直販サイトへと移行しはじめている点だ。トップページをみても、インクジェットプリンタ「カラリオ」の文字が踊り、エプソンブランドのプロジェクターなどの取り扱いも明記されている。

 この点については、河合取締役は、その方向性を明確に認める。

 「エプソングループの直販サイトという方向性はこれからも加速するのは明らか。5年、10年という長い視点で捉えれば、PCとプリンタの販売比率が5対5といった状況になるかもしれない」とする。

 だが、その言葉からもわかるように、現時点では、まだまだPCの販売比率が高く、数字上で見れば、PC直販サイトという言い方こそが適しているともいえる。

 河合取締役は、「エプソンの製品の中で、直接ユーザーとコンタクトを取りながら販売しているのがエプソンダイレクト。この強みを生かしながら、情報通信機器の中核製品であるPCを切り口に、プリンタ、プロジェクターといった製品の販売増加へと繋げていく狙いがある」とする。

 「ドアノック・ツール」。社内では、EndeavorブランドのPCをそう表現する。

 エプソンダイレクトのサイトをエプソングループの直販サイトとする理由もここにある。

 PC、プリンタ、周辺機器、サービスといったエプソンのすべての情報通信機器を拡販するための商材と、それをワンストップで提供する仕組みが、エプソンダイレクトの直販サイトである「Epson Direct SHOP」ということになるからだ。

●秋葉原の変貌がダイレクトプラザ閉鎖につながった

閉店を告げるダイレクトプラザ店頭の告知(Akiba PC Hotlineより)

 3つ目の観点が、東京・秋葉原のエプソンダイレクトプラザを、2010年7月に閉鎖したことだ。

 約15年に渡って展開してきた店舗を閉鎖する理由はなんだったのだろうか。

 「エプソンダイレクトプラザを開設した当初の目的は、Web直販の製品であるために、直接触れていただく場を提供するという役割が必要だったこと。そして、コアなユーザーを中心に、ユーザーの声を直接聞く場としての役割だった。だが、秋葉原という街自体が、この15年で大きく変化し、コアなユーザーの声を聞く場としては相応しい場所ではなくなってきた。また、量販店店頭でも製品に直接触れることができる場が用意され、その点でもエプソンダイレクトプラザの役割が減ってきた」。

 秋葉原の街の変化は、あえて触れる必要はないだろう。その変化に伴って、エプソンダイレクトが目的としていたコアユーザーの声を聞くという役割が果たせなくなってきたのは頷ける。

 また、エディオングループの店舗を中心にエプソンダイレクトの製品を直接触れる場が、東名阪を中心に拡大しはじめ、2010年9月からは、ビックカメラの有楽町店本館および池袋本店PC館に、エプソンダイレクトのPCをカスタマイズして購入できる「エプソンダイレクトPC」コーナーが設置された。

 現在では実に約50店舗で、エプソンダイレクトの製品を見ることができる環境が整っている。この点でもエプソンダイレクトプラザの役割は大きく減少することになる。

 「もし、コアユーザーが集まる街があるならば、そこに再度出店することも検討したい」と、河合取締役は前向きな姿勢をみせる。エプソンダイレクトプラザの閉鎖は決して後ろ向きな閉鎖ではないことを改めて強調する。

●BTOと固定仕様の組み合わせ

 4つ目の観点は、長野でのPC生産にこだわっていたEndeavorシリーズにおいて、2008年に投入したネットブックの「Endeavor Na01mini」以降、長野で生産しない製品が増加していることも、PC事業撤退の憶測理由の1つになりうる。

 現在でも、ネットブックの「Endeavor Na03mini」、デスクトップPCの「Endeavor AY301」、ネットトップの「Endeavor NP12/NP11」が、中国のODMで生産されたのちに、長野でのカスタマイズや検査が行なわれず、そのままユーザーのもとに出荷されている。

 「これらのPCについては、コストパフォーマンスを優先したものであり、むしろカスタマイズ対応が難しい製品となっている。中国のODMでは当社の社員が品質確保のための取り組みを行ない、エプソンダイレクトの品質基準に基づいて検査したのちに出荷している。品質には自信を持っている」と語る。

 PCのコモディティ化によって、市場ニーズが変化。低価格でPCを導入したいというユーザーが増加している。エプソンダイレクトでは、それにあわせた製品ラインアップとして、これらの製品を用意している。

 「長野県内での生産をやめるつもりはまったくない。Endeavor ProシリーズやEndeavor MRシリーズなど当社の特徴が発揮できる製品は、BTOによる数多くの選択肢を用意し、長野で生産する体制を継続していく」とする。

 こだわりの製品は長野での生産を継続し、コストパフォーマンスを優先する製品は、品質を維持しながら低価格で製品供給を図るという2つの仕組みを用意した。これは需要変化に応じた柔軟な対応だといっていいだろう。

デスクトップPCの販売ページ。NP/AY/ATなどのコスト優先機種と、パフォーマンス優先のMR/Proに分かれているノートPCの販売ページ。バリエーションが少ない印象を受ける

●PCはキー商材、事業からの撤退はありえない
エプソン全体の中で、PC事業はごくわずかな比率にすぎない(エプソン第1四半期決算資料より)

 エプソンダイレクトのPC事業は、黒字を継続している。これも同社がPC事業から撤退しない理由の1つだ。

 セイコーエプソンの2010年度第1四半期(4~6月)における情報関連機器セグメントの売上高は1,701億円。そのうち、プリンタが1,369億円と80.5%の構成比を占めるのに対して、PC・その他事業は48億円と、わずか2.8%に留まる。電子デバイス事業や精密機器事業を加えた全社売上高で見れば、2.0%の構成比だ。

 事業セグメントの切り分け方の違いで直接比較はできないが、NECのPCその他事業が全社売上高の17.1%、富士通のPC/携帯電話事業が19.4%、東芝のPC事業が15.8%(いずれも第1四半期)ということと比べても、その差は歴然だ。

 それでもエプソンがPC事業を継続するのは、PCが情報通信機器事業において、重要な役割を果たすと考えているらだ。

 プリンタを活用する際にも、PCは不可欠なツールであり、情報機器の中心を占めるキー商材の位置にある。その状況が続く限り、エプソンはPC事業を継続することになるという。

●Sandy Bridgeでは期待してほしい

 では、今後、エプソンダイレクトはどんな点で強みを発揮しようと考えているのだろうか。

 河合取締役は、「ユーザーと長いお付き合いをしていくという姿勢には変わりはない。また、ユーザーの顔が見えるビジネスを継続するという点でも変化はない。そして、一日修理や短期間での点検サービスを実施するという『迅速』な体制も差別化の1つとして、さらに追求していきたい。個人事業主やSOHO、小規模企業の用途に適した幅広いBTO対応ができる体制もエプソンダイレクトの強みになる。目指しているのは、次もまたエプソンを選んでいただけること。ここにエプソンダイレクトの強みを持ちたい」とする。

 100万人の顧客ベースの実績は、次もエプソンを選んでもらうという繰り返しによって成しえたものだ。

 だが、外から見ていると、エプソンダイレクトの事業展開に、ややアグレッシブさが欠けていると感じる部分が、正直なところある。

 ネットトップは国内市場にいち早く投入したものの、その前のネットブックでは製品投入が台湾勢に比べて出遅れ、さらに次のトレンドとして注目されているスレートPCでも、投入の動きはない。積極的に先陣争いをしていた時期を知っている、コアなエプソンダイレクトユーザーであれば、この出遅れ感に不満を感じるだろう。また、主要PCメーカー各社が、9月下旬にかけて相次ぎ秋冬モデルの新製品を投入したのに対して、エプソンダイレクトの動きが静かだったことも気になるところだ。

 「技術的な進歩をいち早く取り込んでいくという姿勢は、これからも変わらない。今は、(Intelの)Sandy Bridgeをターゲットに仕込みをしている段階。次をぜひ楽しみにしていてほしい」と河合取締役は語る。

 アグレッシブなエプソンダイレクトが復活すれば、PC事業からの撤退というような憶測も払拭されて、余りあるだろう。年初とみられるSandy Bridgeが登場する。来期の活動に期待したい。

【お詫びと訂正】初出時にSandy Bridgeのスペルを誤っておりました。お詫びして訂正させていただきます。