大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

エプソンが重要事業に位置付けるデジタル印刷機「SurePress」
~長野県のショールームで実機を見る



SurePress L-4033Aのショールームは長野県安曇野市豊科のセイコーエプソン事業所に設置されている

 エプソンは、産業用インクジェットデジタルラベル印刷機「SurePress(シュアプレス) L-4033A」を、10月から出荷する。それにあわせて、長野県安曇野市豊科に、同製品のショールームを開設。実機を設置し、隣接する技術部門と連動しながら、開発、営業一体型の顧客対応を行なっている。

 このほど、同ショールームを訪問する機会を得た。横幅4,922mm、重さ1,870kgという大型の筐体であることから、6月末に行なわれた製品発表の会場に現物が持ち込まれなかったため、実際の製品が取り上げられるのは今回が初めてである。SurePress L-4033Aの実機を紹介しながら、エプソンの産業分野向けの取り組みや、L-4033Aへのこだわりなどを追った。


 SurePress L-4033Aは、同社の長年に渡るインクジェットプリンタ事業の技術ノウハウを生かして、産業分野向けに展開する新事業領域の製品だ。

 同社では、「これまでのエプソンの印刷技術は、個人が利用するもの、楽しむためのものだったが、SurePress L-4033Aは、印刷されたものがそのまま商品として活用される、産業利用領域に本格的に参入していく商品になる」と位置づけている。

 あまり知られていないが、エプソンには、約25年に渡るロボット技術が蓄積されており、これまでにも産業分野向けにいくつかの製品を供給してきた。液晶パネル生産におけるカラーフィルタ技術においては、同社のインクジェット技術が採用されるといった実績もあり、ここでは80tという重量の産業機器を納めた経験も持つ。

 今回の製品開発には、進化した最新のインクジェット技術とともに、こうした産業分野向け技術の一部が採用されており、製品開発のプロジェクトチームには産業分野における技術者も参加している。

SurePress L-4033Aで印刷されたシールを使用した製品例

 SurePress L-4033Aの導入対象となるのは、ラベル印刷業者など。期間限定といったライフサイクルが短い商品や、バリエーションが広い商品など、多品種少量型の商品に使用されるラベルの印刷に適した製品だ。

 1台あたりの価格は2,500万円から3,000万円となり、大きさも横幅4,922mm、縦幅1,451mm、高さ1,996mm、重さ1,870kgという規模だ。

SurePress L-4033A。横幅4,922mm、重さ1,870kgという大きな筐体
SurePress L-4033Aの外形寸法SurePress L-4033Aの製品仕様SurePress L-4033Aの背面の様子
操作部はタッチパネルとなっているどんな媒体でも紙送りができるように細かい穴を開けるなどの工夫が凝らされている
印刷部の様子。80~330mmの幅をサポートしている印刷部の上部にはファンがついている。プラテンヒーターによる一次乾燥は45度の温度で定着させる

 現在ではラベル印刷の99%がアナログ方式となっており、小ロット印刷を行なう場合には、版の交換や色調整といった印刷準備、メンテナンス作業に時間を要するほか、印刷時に色を安定化するために専門のオペレーターが必要になるなどの課題があった。そのため、小ロット印刷では採算性が悪く、下請けのラベル印刷業者にとっては利益確保が難しいと仕事となっていた。

 SurePress L-4033Aは、デジタル方式を用いるとともに、エプソンの「マイクロピエゾテクノロジー」を搭載。これにより、アナログのラベル印刷機で問題となっていた小ロット、短納期の要望に対応できるようにしたのが特徴だ。

アナログ印刷ではこうしたフィルムが必要だった

 「従来のアナログ印刷工程では、1日10時間、印刷機を稼働させても、小ロット印刷の場合、次の印刷設定や色の調整に時間がかかるため、4~5ジョブが最大だったといえる。だが、SurePress L-4033Aであれば、8~10ジョブの稼働ができるようになる。またフィルムやプレート、薬品が不要であることから、印刷する版を変更する際にも、廃インクや損紙を、最小限に抑えることができる。水性顔料インクを採用しているため、インク毒性、強い臭気、可燃性への配慮が不要になるといった特性もある」(エプソン販売特販企画推進部・宮下正浩課長)という。

 実際、ショールームの中に入っても、インクが持つ独特の臭いなどは一切しない。SurePress L-4033Aが印刷所に設置されていても、臭いという点ではオフィスと同じような環境といえるだろう。

 5,000枚以下の小ロットラベル印刷に柔軟に対応できるという点では最適なものだといえる。

●設計図を一から見直し大幅に遅れる

 エプソンでは、2007年に東京・有明のビッグサイトで開かれたIGAS(国際総合印刷機材展)に、ラベル印刷機の試作機を参考展示した。

 「まだこの時点では機械が動いたというレベル。来場者の間からも上質紙への黒濃度不足、特色対応への不安、耐擦への不安などがあがっていた」という。

2007年9月に開かれたIGAS 2007に参考出展された試作機

 そこで改良を加えた2008年モデルでは、マットブラックの採用や、ブラック、イエロー、マゼンダ、シアンに加えて、オレンジおよびグリーンを含めた6色対応とすること、インクにOP液(オーバープリントリキッド:SurePress AQ inkを構成。上質紙における定着性の向上、コート紙やキャスト紙といった印刷本紙への記録品質を確保)を採用することで耐擦性を向上させることに成功した。

セイコーエプソンIプロジェクト・村山嘉明部長

 しかし、開発チームはここで大きな課題にぶつかることになる。導入ターゲットとなる国内外の印刷業者から数々の意見が寄せられ、大幅な設計の修正を余儀なくされたのだ。

 「紙とヘッドの双方が動く、ラテラルスキャン方針という基本的な仕組みには変更がない。しかし、より印刷精度を高めるため、インクを改良し、使用するヘッドの数も見直した。さらに印刷部の位置が悪いために作業性に問題があること、紙送り精度の問題や印刷スピードの改善などを図った。結果として、構造をすべて見直し、設計図を一から引き直した」(セイコーエプソンIプロジェクト・村山嘉明部長)という。

 それまでの試作機からデザインを一新させることで操作性を向上。ヒートアシスト機構により、さまざまなラベル用紙への印刷を短時間で可能にし、オートステアリング機構の採用により、紙送り精度を向上させた。

 「紙ロールの繰り出し機、巻き取り機を搭載し、搬送できるロールを1,000mまで対応することで、欧州などの需要にも対応できるようにした」という。

紙ロールの繰り出し機。搬送できるロールを1,000mまで対応できる最終工程となる巻き取り機の様子

 6色による新開発の水性顔料インク「SurePress AQ ink」を採用するとともに、印刷時にプラテンヒーターによる1次乾燥を行ない、印刷後に乾燥炉で2次乾燥を行なうヒートアシスト機構も搭載。これにより、印刷精度の向上とインクの定着性を高め、印刷速度の向上が図られた。

1次乾燥が終わり、2次乾燥に入るところ温風を送り込りこむ温風発生機
印刷後に2次乾燥を行なうヒートアシスト機構の乾燥炉。後ろから温風発生機で温風を送り込み、75℃で定着させる

セイコーエプソン機器営業統括センターNP営業部・桑田智彰部長

 もちろん、大幅な設計変更を余儀なくされたことで、製品化に向けては当初の予定よりも遅れが生じた点は否めない。だが、花岡清二会長、碓井稔社長が、プリンタ事業出身という背景もあり、この事業の重要性を理解していたことは見逃せない。インクジェットプリンタにおける産業利用の拡大は最優先課題の1つに掲げられており、「この事業を立ち上げることは、今後のエプソンにとって避けては通れないという認識が社内にあった。SurePress L-4033Aの製品化に向けては、産業機器の技術者の増員を図るなどの組織の強化が進められ、これが2010年の製品化につながった」(セイコーエプソン機器営業統括センターNP営業部・桑田智彰部長)という。

●インクジェット技術とロボット技術を融合

 産業機器の経験は、随所に生かされている。

 例えば、マイクロピエゾヘッドを搭載したマルチヘッドを、適切な位置にブレることになく移動させ、印字の際には等速で動作させるという加減速制御技術が、この製品には求められる。

 「直線的に止めてしまうと残留振動が発生し、精度の高い印刷ができなくなる。そうした点の改善に当社のロボット技術を活用した。産業利用における信頼性を確保するという点でも、この技術はキーになっている」(セイコーエプソンIプロジェクト・村山嘉明部長)とする。

 SurePress L-4033Aに搭載されている最新のマイクロピエゾヘッドは、1個あたり1,440ノズルを持ち、これを15個搭載。21,600個のマルチノズル化により、高速で、高画質な印刷を可能としている。インクジェットの非接触という特徴を生かして、インクジェットコート紙だけでなく、上質紙、キャスト紙、アート紙などのほか、合成紙やPETなどのフィルムへの印刷も可能となる。また、80~330mmの幅をサポートし、自動面付け機能により生産効率を高めている。

ロボットコントローラ。I/0制御なども行なう。エプソン製のものだ無停電電源装置を搭載しているデータコントローラは市販のタワー型PCを利用している
SurePress L-4033Aに搭載されたマイクロピエゾヘッド1個あたり1,440ノズルを持ち、これを15個搭載。21,600個のマルチノズルにより高速、高画質な印刷を可能としている

 「プレコートなしで印刷本紙に印刷できることも大きな特徴。インクジェット専用紙にだけ印刷するのであれば設計も簡単だが、多くの媒体に印刷できることが、ユーザーの声を反映することにつながる。日米欧で標準的に利用されている媒体を5種類ずつ検査するなど、まずは18種類の媒体で印刷できるようにした。あとは実際にユーザーが利用している紙などを持ち込んでもらい、それを1つずつ検査し、改良している」(セイコーエプソンIプロジェクト・村山嘉明部長)という。

 このようにコンシューマ向けのインクジェットプリンタ技術と、産業機器のノウハウが融合したのが、SurePress L-4033Aというわけだ。

 さらに、タッチスクリーンパネルを採用することでシンプルな操作性を実現。印刷技術の専門家を必要とせず、小ロット、短納期、低コストを求めるニーズに応えられるのが特徴だといえる。

ここにインクが入っているインクタンクは予備を含めて同色が2本ずつ搭載されている上のランプが点灯しているのが使用中のインク。点滅するとインクが少なくなったことを警告
液晶パネルでもインク残量を確認できる。これは一般的なインクジェットプリンタと同じインク価格は1本あたり2万円台中盤が見込まれている

●海外のショールーム展開も

 6月30日に製品を発表してから、7月22~23日に東京・汐留のベルサール汐留で開催されたラベル印刷業者向けの展示会「ラベルフォーラムジャパン2010」に出展し、ここで来場者の反応を見た。

 約2,200人の来場者のうち、10%にあたる来場者が同社ブースでアンケートに回答し、製品導入の検討に前向きな姿勢をみせたという。

エプソン販売特販企画推進部・宮下正浩課長

 「新たなビジネスとして小ロットのデジタル印刷に乗り出したいとする小規模のラベル印刷会社や、小ロットのラベル印刷を外注していた大手・中堅の印刷会社が内製化により、コストダウンを図りたいという需要が目立つ。まずは後者のようなケースでの導入が先行しそうだ」と、エプソン販売特販企画推進部・宮下正浩課長は語る。

 続けて、「すでに数社のユーザーがショールームを訪れ、実際にSurePress L-4033Aを動作させたり、アナログ印刷機との印刷の差を比較したりといったことも行なっている。具体的な用途を前提に、活用してもらう形態としているのが、このショールーム。明確な顧客ターゲットに対して、開発、生産を行なっている事業所の近くで、製品を見ていただく。手応えは十分。9月下旬には第1号ユーザーへの導入が始まることになるだろう」とする。

 同様のショールームは、海外にも展開していく予定で、米ロサンゼルスの拠点では8月から稼働、独デュッセルドルフにも10月以降、新たに設置することになる。設立当初は日本の技術者が常駐してサポートし、その後は、日本の技術スタッフがTV会議システムなどを活用して支援することになる。

さまざまなロールを検証している。顧客から持ち込まれたものもあるオプションで抜き機も提供するショールームは日米欧の3か所に設置する計画

 「産業用機器は、技術的な観点から納得していただくことが大切。ショールームでありながら、評価ルームであり、商談ルームである」と、村山部長は位置づける。

 今後は、ショールームで得たユーザーの声を聞きながら、次期製品の開発にもつなげたい考えだ。

 「ラベル用紙だけではなく、さまざまな媒体を小ロットで印刷したいという要求もある。さらに薄い紙などを印字するといったことも、視野に入れる必要もあるだろう。また、製品を作るメーカーがラベルシールを内製化するために導入するといった用途や、型抜き機と連動した提案も必要になるだろう。こうした声をベースに製品ラインアップを広げたい」とする。

 同社では、ユーザー会を設置して、ユーザー同士が情報交換できる仕組みも将来的には作りたいという。

 エプソンにとっても、こうした形でショールームを設置するのは稀な取り組みだといえる。

 技術部門と直結した長野県安曇野市豊科のショールームを戦略拠点として、SurePress L-4033Aを拡大。同社の重点事業であC&I(コマーシャル&インダストリー)事業の拡大にも弾みをつける考えだ。