大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

エプソンのビジネスプロジェクターが前年比2.5倍へ急成長した理由



 エプソンのビジネス向けプロジェクターである「オフィリオプロジェクター」の販売が好調だ。

 エプソンの調べによると、2009年度上期(4~9月)の量販店における同社のビジネスプロジェクターの市場シェアは約40%。これが2009年10月には65%にまでシェアが拡大。2009年度下期(10月~2010年3月)には70%を超えるシェアに達し、月によっては、75%のシェアを突破しており、4台に3台がエプソンという圧倒的ともいえる状況となっているのだ。そして、2010年4月以降も、65%を超えるシェアで推移している状況だ。

 エプソン販売によると、2009年度下期における同社のビジネスプロジェクターの販売台数は、実に前年同期比2.5倍以上という実績。月間1万台前後の出荷台数になっているという。

 エプソンが2009年度下期以降、シェアを拡大しているのは、2009年9月に投入したEB-S62やEB-S8、EB-X8、EB-W8といった10万円を切る価格帯の製品が好調な売れ行きを示している点が見逃せない。実際、6万円未満、10万円未満といった分野で、エプソンのシェアが一気に拡大。特に6万円未満の市場では、8割前後のシェアを獲得したという。

EB-S62EB-S8/X8/W8

 エプソン販売では、2009年秋から「ビジネス・ユーザビリティ」という言葉を使ってきた。

ビジネス・ユーザビリティの追求

 ビジネス・ユーザビリティの考え方は、「ハイスペックよりも、必要十分スペック」という言葉で示されるように、多機能や高機能化を追求するよりも、必要十分な機能とコスト面のバランスを重視した製品作りを意味する。

 必要とされる機能だけを確実に搭載し、その一方で不要な機能を搭載せずにコストを削減。企業において、購入しやすい価格帯の製品を提供するというもので、プロジェクターのほか、スキャナ、複合機などでも展開している。

 景気後退局面のなか、顧客ニーズの中心が、最先端機能よりも、コスト重視、合理化重視に移行していることを捉えた製品戦略ともいえ、その点では、オフィリオプロジェクターは、ビジネス・ユーザビリティ戦略を、最も具現化した製品であるといってもいいだろう。

 実は、エプソンの戦略的製品の投入は、ビジネスプロジェクター市場全体を拡大するという状況を生み出している。

 日本国内におけるビジネスプロジェクターの市場規模は、2009年度上期には前年同期比約15%減というマイナス成長となっていたものが、2009年度下期には前年同期比約35%増と、一転して市場拡大に転じているのだ。

 企業の設備投資が抑制される中で、プロジェクター市場が拡大しているのは異例ともいえよう。

エプソン販売株式会社 取締役 販売推進本部長 中野修義氏

 エプソン販売 取締役 販売推進本部長の中野修義氏は、その理由を次のように説明する。

 「企業におけるプロジェクターに対する認知度は80%に達しているが、プロジェクターの市場価格はいくらかという認識は、20万円前後の投資が必要というものであった。だが、エプソンでは、EB-S62では市場想定価格が49,800円と、5万円を切る価格で製品が購入でき、しかも、EB-W8では、すでに導入されているプロジェクターよりも解像度が高いWVGAを実現し、2,500ルーメンの明るさを達成している。プロジェクターにおける価格の認識を破壊し、企業における稟議決裁の壁を突破できる価格設定であったことが、売れ行きに大きく影響しているのではないか」と分析する。

 プロジェクターが10万円を切る価格で購入できるという訴求をTV、新聞、雑誌などを通じて行なったことで、量販店や販売店においてエプソン製品を指名購入する例が増加したこと効果も出ている。

 また、「デザイン性にも優れ、EB-W8、EB-S8などでは2.3kgという軽量化を達成していることから、これまで使用していたプロジェクターよりも小さく、オフィス内を持ち運んで利用することを視野に入れた購入も増えている」という。

 一方で、エプソンが想定していなかった新たな需要も創出している。

 実は、個人ユーザーがホームシアター用のプロジェクターとして、エプソンのビジネスプロジェクターを購入するといったケースが、全体の約2割にまで上昇しているのだ。

 ビジネスプロシェクターは、比較的明るい部屋でも投射できるように工夫が加えられており、同社製品でも、エントリークラスで2,500ルーメンという明るさを持つ。上位機機種では、4,000ルーメンといったモデルのほか、据え置き型で6,000ルーメン、7,000ルーメンというモデルも用意されている。

 明るい部屋でも投射できるビジネスプロジェクターならではの特徴が評価され、しかも、エントリークラスでは、一般的なホームシアター向けプロジェクターよりも低価格で購入できるという点も、個人ユーザーがオフイリオプロジェクターを選択する理由となっている。

 エプソンでは、同シリーズの用途をビジネスに特化していため、当然のことながらシアターモードなどの機能は搭載していない。まさに、予想外の需要獲得に驚きを隠せないといったところだ。

 エプソンは、2010年度上期に関しても、ビジネスプロジェクター市場の拡大とシェア獲得に向けて、この勢いを維持したいとしている。

 「マス広告展開を通じて、価格面での強みだけでなく、形状やデザイン性の高さについても訴求していく。一方で、プロジェクター市場全体の2割を占める教育市場に対しては超短焦点モデルの提案を、企業や会議施設などに対しては、映像特機系の販売店を通じた高光束モデルの販売増加にも拍車をかけたい」としている。

 さらに、教育分野や企業においては、投射面に文字や図形を書き込むことができるインタラクティブ型ホワイトボード機能を持った製品の需要掘り起こしにも力を注ぐほか、プロジェクターを活用したTV会議の提案などにも力を注ぐ考えを示している。

 中野取締役は、「上期は前年同期比2倍の販売台数の増加を目標とし、下期は前年同期比20~30%増の販売増加を見込む。年間を通じて、前年比1.4倍から1.5倍の販売台数の増加を計画している」と意気込む。

EB-460

 教育分野向けには3月に発表したEB-460TやEB-450WTといった製品が今後の主力となるが、例年の投入時期である秋にも企業向けの新製品が追加される可能性が高く、これにより、下期の販売拡大にも拍車をかける考えだ。

 一方、エプソンでは5月から、鈴木京香さんを起用したプロモーション展開を開始している。

 これは、ビジネスプロジェクターのほか、ビジネスインクジェットプリンタやページプリンタ、大判インクジェットプリンタ、会計ソフトウェアなどの企業向け製品を対象に行なっているものだ。

 「実際問題。」とするこのプロモーションでは、企業が抱える課題をTCOなどの観点から解決する提案を行なっていくのが狙いで、年間を通じたシリーズ展開を予定している。

 現在は、「高コスト体質。古いプリンターも原因?」、「それって、買い控え損では?」として、5年前のプリンタと比べて5年間のランニングコストが約18%オフになることから、長い目で考えれば新たなプリンタに買い換えたほうがトータルでは得であるという提案や、「エコロジーは大事。でも、エコノミーもゆずれない?」として、ビジネスインクジェットプリンタが低消費電力と低コスト印刷を実現していることを訴求する展開を開始している。

鈴木京香さんを起用し、「実際問題。」を掲げたプロモーション展開

 ビジネスプロジェクターにおいては、「毎回、会議がまとまらないのは、なぜ?」というメッセージで、プロジェクターを活用した会議の効率化を提案。15年連続トップシェアの実績とともに、エプソンのビジネスプロジェクターの強みを紹介している。

 今後、「実際問題。」のプロモーションによって、企業が抱える高コスト体質の改善、効率化への取り組み提案といった観点から、エプソンの強みを訴求していく考えであり、これによってビジネスプロジェクターやビジネスインクジェットプリンタ、ページプリンタといったビジネス向け製品事業拡大につなげていくことになる。

 ビジネス・ユーザビリティをベースにして戦略的製品の投入と、積極的な広告展開によって、エプソンの市場における存在感は高まっていくことになりそうだ。