■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
エプソン「EC-01」 |
エプソンが、新たなビジネスモデルを採用したインクジェットプリンタ「EC-01」を、5月20日に発売してから約1カ月半を経過した。EC-01は、インク交換を不要にする大容量インクパックを採用。A4用紙で約8,000枚の印刷が可能となり、万が一、インク補充が必要になった場合には、インク補充サービスを活用。エプソンがプリンタ本体を回収し、インクを補充する仕組みとしている。
プリンタメーカーが収益の柱とするインクカートリッジの交換を不要とするこのビジネスモデルを採用した理由はどこにあるのか。エプソン販売株式会社 取締役 販売推進本部長の中野修義氏に聞いた。
エプソンが発売したEC-01は、A4用紙に対応した4色インクジェットプリンタ。“カートリッジレスインクジェットプリンタ”と呼ばれるように、本体内に大容量のインクパックを内蔵し、インクカートリッジを交換することなく、A4用紙で約8,000枚の印刷が可能となっている。
本体価格はオープンプライスで、市場想定価格は6万円台半ば。インクが無くなった際にインクを補充するサービスは 52,500円。また、EC-01本体とインク補充サービス2回、1年間の保守を加えた「インクおかわり2回パック EC-01PA」も用意しており、同パックの市場想定価格は12万円台後半となっている。
割高感が感じられる価格設定だが、1枚あたりのA4カラーの印刷コストは約8.2円。一度インク補充をすると約6.6円となり、一般的なビジネスインクジェットプリンタとほぼ同等のコストを実現することになる。
ちなみに、エプソン販売では、役員が社内の机の上に設置している1台のプリンタで、月に約100枚を印刷するという。
エプソン販売株式会社 取締役 販売推進本部長 中野修義氏 |
「プリンタメーカーの立場からも一般企業のビジネスマンと比べても、比較的印刷数量が多いだろう。それでも7~8年は持つ計算になる」と中野取締役は語る。
約8,000枚というと、少ないように聞こえるが、7年以上持つということを考えると、プリンタの買い換えサイクルから逆算しても、インクを使い切った時点が製品寿命という使い方を想定した製品ともいえそうだ。
その点で、これまでのプリンタビジネスが、プリンタ本体を安く提供して、インクカートリッジの販売によって収益を得るとスタイルであったのとは一線を画するものとなっている。
そして、EC-01は、環境の観点からも大きな特徴を持つとする。
カートリッジ交換式のインクジェットプリンタの場合、素材や製品製造、使用済みカートリッジの廃棄、リサイクルに関わるCO2排出量は8.4kgに達する。A4文書8,000枚を印字した場合には、実に91個のインクカートリッジが必要になる計算だ。これに対して、EC-01では内蔵したインクパックだけを使用することから、CO2排出量は0.3kg。実に96%もの排出量削減が達成されることになる。
EC-01の型番は、「イーシー・ゼロワン」と呼ぶが、「O」をオーに見立て、「エコワン」という呼び方もする。このビジネスモデルが環境配慮に最適化した仕組みだということを訴求するネーミングになっている。
一方で、カートリッジレスインクジェットプリンタの提案は、互換インクメーカーを排除する動きの1つと見る向きもあった。
だが、この点については、中野取締役は強く否定する。
「あくまでも利用者の利便性、環境配慮といった観点からの新たな提案」と、EC-01を位置づける。
もともとEC-01は、2008年2月に中国市場向けに発売されたのが最初だ。
主な用途は、特定の機器に組み込んでプリントアウトを行なうというバーチカル市場向けの展開。都市部から離れた地域で導入されても、インクカートリッジの交換作業を長期間行なわなくて済むというメンテナンスフリーの観点から重宝された。
2008年6月からは台湾市場向けに出荷を拡大。コンシューマ機器と連動した活用なども行なわれた。さらに2008年9月には欧州市場にも拡大し、一般企業にも販売を拡大。約2年間の成果を経て、2010年5月からいよいよ日本市場にも導入した。国内におけるこれまでの販売規模は数百台規模。「インクカートリッジの交換という手間がいらないこと、インクの買い置きが不要になり、ランニングコストの管理から解放されることなどが評価を得ている」という。
自治体や学校、企業などにおいて、消耗品の予算措置が柔軟に行なえない場合などにも適した製品となっているほか、インクカートリッジの購入場所が限定される地域での導入商談もあるという。
同社は、今回の製品に関しては、まったくといっていいほど、告知を行なっていない。新たなビジネスモデルの提案にも関わらず、記者会見を行なわず、ニュースリリースは、報道各社に送付するだけで完了した。
「告知をしていないのに関わらず、この数字はほぼ想定通りのもの。実は、具体的な販売目標も設定はしていない」と語る。ニュースリリースには年間2,000台という数字を記載しているが、その数字にはあまり意味がないようだ。
では、なぜ同社ではこの製品の告知を積極化しないのだろうか。
中野取締役は、「この製品は第1弾。果たして、このビジネスモデルが受け入れられるのかどうか。その動向を知るとともに、まだまだ改善する余地がある点を見つけだすことが優先課題。販売量を拡大し、これで収益をあげるよりも、まずは利用者の意見を聞き、このビジネスモデルの上で、どんなことを求めているのかを把握し、それを次に生かしていきたい」とする。
本体価格や販売方法、インク交換費用や交換スキーム、インクの容量設定、そして、プリンタの耐久性やデザインなども検討すべき課題だといえる。
「本体価格6万円台、インク交換費用で5万円台という価格設定についても意見を聞いて改善する必要があるだろう。また、インク容量がA4で8,000枚という分量が最適なのか、トレイ式ではなく、大量の紙がストックできるモデルが必要なのか、ネットワーク機能やカウンター機能を搭載することがいいのか、ということも検証する必要がある。新たなビジネスモデルのなかで、どんなことができるのか、どんな仕様が求められるのか。それを考えるための根拠を導きだし、検討していく必要がある」とする。
EC-01は、最新のプリンタヘッドを用いたものではない。正確には4年前のインクジェットプリンタをベースに製品化したもので、基本技術や製品デザインはそれをベースにしている。
「カートリッジレスインクジェットプリンタとして、本体そのものを改善する余地はかなりあると考えている。収益性は、既存のインクジェットプリンタビジネスに比べると明らかに悪い。しかし、本体設計の改善やサービスモデルの改善によって、収益率を高めることもできるだろう。その点も検証すべきテーマの1つになっている」。
エプソンが開発したマイクロピエゾヘッドは、耐久性に優れているという点で他社を凌駕する。これも、エプソンがいち早く、このビジスネモデルの検証に乗り出すことができた隠れた要素の1つとなっている。
もう1つ、EC-01に課せられたテーマは、将来のプリンタビジネスの可能性を探ることにある。
「クラウド時代を迎えて、サーバー、ストレージ、アプリケーションを、所有から使用へとシフトする動きが出始めている。そうした時代において、プリンタも使用という観点から捉えたいという動きが出てくる可能性がある。また、レンタル事業者が、これを活用した新たなビジネスを行なうという提案が可能になるかもしれない。ハードウェアは所有せずに、保守サービスの費用も支払わない。印刷した枚数だけカウントして、それに対してのみ、費用を支払うというビジネスが創出される可能性があるだろう。期間限定、枚数限定というサービス中心型の価格を設定したビジネスモデルがあるかもしれない。クラウド時代において、なぜ、プリンタは買わなくちゃいけないのか、という流れが出たときに、いまから準備をしておく必要がある」というわけだ。
だが、エプソンでは、このビジネスモデルが主流になるとは思っていない。まずは、あくまでも一部の企業ユーザーが対象になると見ている。
EC-01は、エプソンのプリンタを取り扱う販売店を通じて販売されるが、基本は企業ユーザーとターゲットに捉え、製品はビジネスインクジェットのカテゴリに含めている。
「個人向けのカラリオには、このモデルを持ち込むことは考えていない。コンシューマユーザーは、インクを使用する量が個人ごとに大きく異なり、印刷する用途も幅広い。このビジネスモデルでは、個人ユースの幅広い用途に対応していくのは難しいと判断している」というのがその理由だ。
あくまでもビジネス用途と限定しているのが、EC-01によって開始した新たなビジネスモデルに対する同社の基本スタンスだ。
エプソンでは、長期的視点でこのビジネスを捉えている。
「まずはEC-01によって、1年間はこの提案を続けてみる。その上で、1個、1個課題を検証し、2011年度以降、どんな提案をするべきかを考えていくことになる」とする。
エプソンがプリンタ市場に投げかけた新たなビジネスモデルの提案は、静かに動き出している。