大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

インスタントOS開発メーカーDeviceVM CEOインタビュー



 米DeviceVMが開発し、話題を集めているのがSplashtopである。電源を入れると、瞬時に起動するLinux OS。同社では、これを活用することで、モバイルシーンにおけるメールの送受信、ネット閲覧といった使い方が極めて便利になるとする。すでに、ASUSTeKやレノボ、Hewlett-Packard(HP)、Acer、LG電子が、それぞれのPCにSplashtopを採用。日本でもソニーが「VAIO type N」に採用している。米DeviceVMのマーク・リーCEO兼プレジデントに、Splashtopの世界展開、そして日本における取り組みなどについて聞いた。


--最初にDeviceVMについて教えてください。

米DeviceVMのマーク・リーCEO兼プレジデント

リー氏 DeviceVMは2006年にスタートした会社です。私を含むボードメンバー5人のうち4人が、米OSA Technologyを設立したメンバーです。OSA Technologyは、その名の通り、もともとオープンソースソフトウェアの開発を目的に設立した企業ですが、サーバー管理のファームウェアで実績を持ち、2004年にAvocentに1億ドルで買収されました。それから2年後に、またこのメンバーが集まって、DeviceVMを設立したというわけです。

 残るボードメンバーの1人であるCSO(Chief Strategy Officer)のクリフ・ミラーは、日本でターボリナックスを創業して、CEOを務め、その後マウンテンビューデータを設立。日本や中国の市場にも精通している。DeviceVMを設立する前から情報交換をしており、アジアでのビジネスを強化する意味で参画してもらいました。

 本社は、米カリフォルニア州サンノゼで、そこには約20人の社員がいます。一方、開発拠点である中国や台湾には合計で240人の社員がいます。上海や杭州、台湾という、PC製造拠点のすぐ近くにありますから、製造メーカーと連携したBIOSのインテグレーションなどの作業にも大変便利な立地です。先頃、北京にも3人体制でマーケティング拠点を設置しました。

--日本にも拠点を置く考えですか。

リー氏 日本への拠点設置については、立案中です。基本的な役割は、日本のパートナー企業との連携を図る拠点となり、エンジニアを配置したとしても、日本の企業を技術的に支援するのためのフィールドエンジニアになります。開発拠点そのものを設置する予定はありません。

--現在、Splashtopを採用しているのは、日本のPCメーカーではソニーだけですね。これから採用メーカーが広がることになりますか。

リー氏 Splashtopのパートナーは、PCメーカーだけでなく、コンテンツホルダーやテレコムなどにも広がります。これから日本におけるパートナーが増えていくことになりますから、日本にはオフィスがなければいけないと考えています。現地法人にするか、出先事務所にするかはともかく、年内にはなんらかの形で日本に拠点を設置したいと考えています。

--Splashtopの特徴を改めて教えてください。

Splashtopの特徴は電源ボタンからわずか10秒でネットに接続できる点

リー氏 インターネットにすぐ接続できるOSがSplashtopです。ネットブックの出荷台数が増加するなか、インターネット利用はますます増加しています。そのなかで、PCを進化させることができるインスタントオン・プラットフォームの世界初の製品であるSplashtopには、多くの期待が集まっており、すでに、台湾ASUSのほかレノボ、HP、Acer、ソニー、LG電子の6社が、200機種以上のPCにSplashtopを搭載し、月に全世界200万本が出荷されています。Splashtopの機能は、ASUSでは「ExpressGate」、HPでは「VooDoo IOS」、レノボでは「Quick Start」、そして、ソニーでは「Quick Web Access」という名称で搭載されています。年内には、さらに2、3社、採用するPCメーカーが増える予定です。

 繰り返しになりますが、最大の特徴は短時間でPCを起動できるという点にあります。Windowsでは、起動を1分間近く待たなくてはならない。しかし、Splashtopは、メインボード上のフラッシュメモリに格納されており、電源を入れてから10秒以内にWebにアクセスができるようになっています。また、作業をやめる場合にも、すぐにPCを終了することできますから、書斎で作業をしていて、妻に呼ばれてもすぐに行くことができる(笑)。もう1つの特徴は、Webにアクセスするために最適化した仕様になっているという点です。多くのユーザーの利用環境を見ると、PCを使用している時間の8割ぐらいが、ネットに接続した使い方だと思います。とくにネットブックだとその比率が高い。

 先日、あるゲームメーカーを訪問しましたが、そこでは、いままではグラフィックを多用した「重たい」ゲームが人気だったが、最近ではカジュアルなWeb上のゲームが人気だという。これもネットブックの広がりと関連していると思います。Splashtopでは、メインメニュー上に、ブラウザやSkype、インスタントメッセンジャー、音楽、写真、オンラインゲームなどのアイコンを配置し、これらの機能をシンプルに利用できるようにしている。もちろん、どうしてもWindowsを使いたい場合には、Windowsのアイコンをクリックすれば、Windowsを立ち上げることができます。

--主に個人ユーザーでの利用を想定したものですか。

リー氏 いえ、個人ユーザーの市場だけが対象ではありません。法人ユーザーにとっても強力なプラットフォームだといえます。大手銀行や保険会社からは、「Splashtopはセキュアであり、コンピュータウイルスの心配が少ない」といった評価を得ています。また、省電力ですから環境の観点からも優れている。すぐに起動できるということは、こまめにPCの電源を切ることができるということでもありますから、そうした点でも環境配慮となります。Splashtopでは、シトリックス、シスコシステムズ、VMWareといったエンタープライズ関連企業とも連携して、アプリケーションが利用できる環境を整えている。仮想化環境でもアプリケーションが利用できるようにしています。また、各国の主要な携帯電話キャリアとの連携によって、3G環境を利用したビジネスモバイルの用途にも、最適化できるように活動を行なっています。

--ユーザーごとにインターネット利用に最適化した環境設定が可能であると。

リー氏 柔軟性は、Splashtopの大きな特徴でもあります。Splashtopで提供する壁紙は、OEMごとのブランディング戦略にあわせた展開が可能ですし、しかも、国や地域ごとに内容を変更することもできます。また、ユーザーが簡単にWebサイトやアプリケーションにアクセスできるように、画面下部のDocBarのなかに、アイコンを自由に設定することができる。子供向けには、フィルタリングソフトも設定できる。これをSceneという呼び方をしています。Splashtop 1.0では、OEMメーカーが設定したものしか利用できませんでしたが、Splashtop 2.0ではユーザーが自由に設定したり、当社が用意するサイトからアプリケーションやサービスをダウンロードして、設定することもできるようになります。当社が用意するインターネットのダウンロードストアは「クラウドストア」という名称になる予定です。

北米市場向けには、Yahoo!の検索ボックスをトップ画面に表示できる

 一方、9月からは電源ボタンを押すと、立ち上がった画面に検索サイトのサーチボックスが表示され、すぐに検索を開始することができるInstant Searchの機能を提供します。米国ではYahoo!、中国ではBaidu、ロシアではYandexとそれぞれ契約し、それぞれの国に最適化した検索サービスを提供しています。日本でも、検索サービスの会社と交渉をはじめている段階です。

--そもそも、Splashtopを開発したきっかけはどこにありますか。

リー氏 実は、私の妻のPCの使い方を見ていると、ネットに接続した使い方しかしていない。メールやネットショッピングばかりですね(笑)。使うアプリケーションはブラウザだけで、ほかのアプリケーションを使用するのを見たことがありません(笑)。実はこうした使い方をしているPCユーザーはかなりの数に上るはずです。それならば、インターネットをすぐに利用できるような仕組みがあればいいだろうと考えました。ネットブックにとって、Webブラウザはキラーアプリケシーョンです。これを起動後すぐに利用できるための仕組みがSplashtopというわけです

--つまり、自分の妻のために作ったと(笑)。

リー氏 そうですね。妻に感謝しています(笑)。それと、台湾に帰ると、父のPCのBIOSを直したり、設定するのにかなりの時間をとられていました。そうした手間をなくしたいという点もありましたね(笑)。自分の体験を踏まえて、そうしたものがあれば便利だろうと考え、Webブラウザを簡単にすぐに使える、セキュアな環境を実現できるツールを開発したのです。

--最初は、シンプルに、ウェブを立ち上げるというところからスタートしていますが、さまざまな機能が追加されてきましたね。クラウドストアへの展開といった広がりも出ています。これは当初から想定していたものですか。

リー氏 いえ、100%想定していたものではありません。ただ、すばやくインターネットに接続するという考え方が開発の柱になっている点には変わりがありません。その考え方の上で、ユーザーは何を求めているのかということを考えて機能やサービスを強化しています。30年前のPCは、起動させ、数分待ってから、アプリケーションソフトを探して、仕事をするという使い方です。しかし、現在の使い方は、PCを起動して、すばやくネットに接続して、コンテンツや各種サービス、コミュニティでどうやってインタラクションをするかといった使い方が中心となる。だから、いち早く、簡単にサービスやコンテンツにアクセスする必要がある。そのための進化を図っています。

 ベンチャー企業は、ビジネスを拡大するに従い、事業の目的や製品、サービスが設立当時の目標から逸脱する場合がある。OSA Technologyもオープンソースのビジネスばかりをやって来られたわけではなかった。しかし、DeviceVMは、当初の目的通りにビジネスを推進しているという点では、現状は大変いいものだと考えています。

--Splashtopは、Windowsを置き換えようとするOSですか、それともWindowsと共存するものなのでしょうか。

リー氏 Windowsのリプレースを狙うOSではありません。「Usage Model」という言い方もできるかもしれませんし、多くのユーザーに対して選択肢を提供するものだ、ということもできます。Splashtopで目指しているのは、すべてのアプリケーションを動作させるというものではなく、インターネット利用を快適に行なうという点です。共存することが前提ですから、現在、Splashtopが搭載されているPCの95%以上に、Windowsが搭載されています。Windows 7の出荷後に関しても、Windows 7とSplashtopを一緒に搭載して出荷するPCがすでに決定しています。Splashtopのコストはわずかなものですから、これによって、PCの最終価格の設定に影響することはありません。

 ただ今後は、CPU、メモリが少なく、Windowsに向いていないデバイスには、Splashtopが単独で搭載されるという例も出てくるでしょう。また、法人では、セキュリティの観点から、WindowsやWindows対応アプリケーションを使いたくないというケースもありますから、そうした利用環境においては、Splashtopが適しています。これからはSplashtop単独で搭載されるものが増えると考えています。

--OSのロイヤリティだけで経営が成り立つのですか。

リー氏 Splashtopは、累計1,000万台以上の出荷実績があります。ロイヤリティは極めて小さなものですが、もともと規模が小さい会社ですから、わずかなロイヤリティでも収益をあげることができる。しかし、これから、ビジネスモデルは多少変わっていくことになります。コンテンツの販売手数料収入や、広告モデル、オンラインゲームでの関連製品の販売による収益を得ることができると考えています。

--一方で、Googleから「Chrome OS」の開発計画が発表されました。一部、Splashtopのコンセプトと似ているところがありますね。

リー氏 インスタントオンという点で、Chrome OSは同様のコンセプトだといえます。しかし、Chrome OSが登場するのは、まだ先の話です。いまのビジネスに対して、マイナスの影響はないと考えています。むしろ、当社にとっては、いい方向であると考えているほどです。実は、GoogleがChrome OSを発表したことで、インスタントオンに対する関心が高まっている。インターネットデバイスには、インスタントオンの考え方が必要であることを、Googleが認めたともいえ、当社が交渉しているOEMベンダーの間でも、この発表以降、Splashtopの搭載を前向きに考えるようになった。ただ、インスタントオンのOSには、BIOSからアプリケーションの起動までの検証が必要であり、検索ビジネスがメインのGoogleにはそうしたノウハウがない。その点では、当社には豊富な経験があるという点で大きな差があります。また、Chrome OSは、Chrome ブラウザやYouTubeとの親和性を考えたものになるが、その一方で、Yahoo!やFacebookのように、Googleと競合している企業との親和性には課題が出てくるだろう。その点、独立系であり、どことでも対等につき合えるメリットが当社にはあります。

--一方で、Chrome OSの開発のなかに、DeviceVMが参画していく可能性はありますか。

リー氏 確かに、Googleとは、さまざまなところで接点があり、検索サービスやLinuxに関する技術において、協力関係にもあります。ただ、現時点では、Chrome OSに関してはどこまで一緒に仕事ができるのかはわかりません。

--今後、Splashtopはどんな発展をしていきますか。

リー氏 Splashtopは、ユーザーに多くの選択肢を提供することを目的に開発したものであり、DeviceVMの基本的な経営方針もそこにあります。現在、日本語をはじめ、27カ国語に対応しており、それぞれの国にあわせた対応が可能になっています。壁紙だけでなく、アプリケーションの設定も、各社ごと、各国ごとにできる。そして、半年後を目標にクラウドストアを開設し、ダウンロードサービスも行なえるようにする。今後の取り組みについて、具体的なものは現時点ではお話しできませんが、アイデアはいろいろありますので、ぜひ楽しみにしていてください。

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(2009年 8月 25日)

[Text by 大河原 克行]