大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

「出雲の国」から世界へ挑戦する島根富士通の大変革の全貌



 富士通は、2011年度以降、年間1,000万台のPCの出荷を目指している。そこで中核的な役割を果たすのが、ノートPCの国内一貫生産を行なう島根富士通の存在だ。世界的にノートPCの需要が増加する中、ノートPCの販売台数の拡大が、1,000万台の出荷計画の大きな鍵となるのは明らかだ。

島根富士通の宇佐美隆一社長

 島根富士通は、国内生産による高い品質の維持を切り札とする一方、成長が著しい新興国市場や普及価格帯のノートPCのマザー工場としての役割を担うことになる。島根富士通の宇佐美隆一社長に、富士通の成長戦略のなかで、島根富士通が果たす役割、そして、それに向けた島根富士通の変化について聞いた。
●PC事業1,000万台の大きな目標

今年12月に設立20周年を迎える島根富士通

 富士通は、2009年7月23日、2011年度を最終年度とする新中期経営計画を発表。その中で、富士通の野副州旦社長は、「PC事業、1,000万台」という数字に初めて触れた。

 具体的な目標値として野副社長が言及したわけではないが、「PCや携帯電話は、富士通にとって顧客との接点になる製品であり、富士通のブランドを浸透させる役割を持っている」と前置きし、「PC事業は、構造改革の必要はあるが、2~3%の利益を確保でき、赤字にならなければいいと考えている。1,000万台規模の出荷台数になれば黒字化しやすい環境が整うだろう」などと語った。

 だが、本コラムでも紹介したように、PC事業を担当するパーソナルビジネス本部では、すでに1,000万台の出荷計画が、共通の目標としてオーソライズされている。

 2009年度の出荷計画は前年比12%減の650万台を想定していることから逆算すると、1,000万台の計画は、約2年間で1.5倍規模にまで拡大する意欲的な計画となる。富士通は、IAサーバー事業においても、2年後には、全世界で1.8倍となる年間50万台、国内では2倍以上となる20万台の出荷を目指す方針を掲げており、PCおよびサーバーといったプロダクト事業で、大幅な事業拡大に乗り出すことになる。

●IAサーバーはドイツ、PCは日本から

島根富士通は、米国に続き、欧州への完成品出荷を開始することになる

 IAサーバー事業は、4月1日付けで100%子会社化した富士通テクノロジー・ソリューションズ(旧・富士通シーメンス・コンピューターズ)に、開発、生産などを集約。ドイツ・アウグスブルグから、世界戦略を推進することになる。

 これに対して、PC事業の場合は、開発、設計が川崎工場、営業・マーケティングは東京・汐留の本社、そして生産に関しては、ノートPCに関しては島根富士通での一貫生産、デスクトップPCのアセンブリは福島県の富士通アイソテックで行なう体制とする。欧州で行なっていたノートPCの生産も基本的には島根富士通を中心とした体制にし、ODMを活用した普及価格帯のノートPC以外は、基本的には島根から全世界へノートPCが供給されることになる。

 IAサーバーがドイツを中心に事業を展開するのに対して、PCは日本を中心とした体制で事業を推進することになる。

 そうした意味でも、ネットブックをはじめとして、世界的にノートPCの需要が拡大するなか、一貫生産体制を敷く島根富士通のマザー工場としての役割は、これまで以上に重要になってくるのは明らかだ。

 島根富士通の宇佐美隆一社長は、「年間1,000万台を目指すなかで、島根富士通は、ノートPCの供給拠点として、主導的な役割を担うことになる」と語る。

 「主導的」とは、富士通製PCの生産数量において最大規模を維持すること、そして、製品品質や生産工程といったモノづくりにおいて、標準となる仕組みを構築し、これを中国のODMによるサテライト拠点に展開し、全体的な品質レベル、モノづくりレベルを引き上げることなどを意味する。

 現在、島根富士通で生産しているノートPCは年間200万台。これを2011年度には年間400万台規模へと生産量を倍増し、全世界へ供給する考えだ。

 「本音をいえば、ノートPCのすべての生産を島根富士通でやりたいという気持ちもあるが、サテライトを活用した方がいい場合もある。ただし、サテライト拠点に対しても、島根富士通のモノづくりを徹底していくことになる」と宇佐美社長は語る。

●「3.2.2」を目標に掲げる大改革

 1,000万台という意欲的な目標に向けて、島根富士通はすでに体制づくりに入っている。

 それは世界で戦える生産拠点への改革だといっていい。安い人件費を武器に低コスト生産を行なう中国、大量生産による調達/生産メリットを打ち出す、台湾や米国のPCメーカーと競争しても負けない体制づくりだ。

 世界で戦う生産拠点への改革に向けて、具体的な指標として、宇佐美社長が掲げるのが、「3.2.2」である。

 「製品品質3倍、回転率2倍、生産台数2倍。2010年度下期から2011年度での達成を目指す」というのが、「3.2.2」の意味だ。回転率2倍の達成に向けては、リードタイム半減、棚残半減という目標も同時に掲げ、さらに、工場のスペース、人員も現状を維持しながら、生産台数倍増を実現することも大きな目標となる。

 島根富士通は、トヨタ生産方式を採用し、年率10%強の生産性の効率改善を実現してきた。世界で戦うには、これをさらに加速させなくてはならない。そのためには、これまでの発想の延長線上では、改革は成しえないのは明らか。そこで、これまでの発想とは異なる施策を開始している。

 1つは、3倍を目標とする製品品質の向上である。製品品質とは、設計品質、購入品(部品)品質、製造品質で構成される。中でも、宇佐美社長がメスを入れようとしているのが購入品品質の領域だ。

 これまではサプライヤーから入荷した部品を、島根富士通で検査し、その後生産ラインに投入する仕組みとしていたが、サプライヤーの段階で部品の品質を徹底的に管理。これにより、入庫したものを直接ラインに投入する仕組みへと変革するという考え方だ。

エージング工程の様子。約40台のPCが1時間30分に渡って入れ替わりながら作業されている。このラインの短縮が鍵になるのか

 高い品質を保証した上での部品の調達は、リードタイムの短縮、品質検査に対する重複投資の削減、そして部品在庫の削減にもつながる仕組みとなる。

 同様に、島根富士通で行なっているノートPC用のプリント基板の製造に関しても、現在、製造ライン上で実施している検査工程が過剰となっていることに着目。新たな装置や技術の採用などにより、検査工程を削減しながらも品質を向上させる取り組みを開始した。実際、「この1年でプリント基板の不良率は半分にまで減少している」(宇佐美社長)という。

 2008年、島根富士通では富士通製携帯電話用のプリント基板の製造を請け負った経緯がある。「ノートPCとは求められるものが異なり、カルチャーショックといえる部分もあった。だが、このノウハウを吸収できたことが、今後の基板製造には大きなプラスとなる」(宇佐美社長)。

 さらに、組立工程においても、現在、1時間30分ほどかかっているエージングおよびソフトインストール工程の短縮化を図ることで、製造リードタイムの短縮や仕掛かり品の削減、製造ライン長の削減などにつなげる。

 「ノートPCが完成するまでに要する時間は約2時間。そのうちのほとんどがエージングとインストールに費やされている。製造リードタイムの短縮という点では、この部分の改善が課題といえる」とする。

 また、「ラインあたりの作業員数は減らせる余地がある」として、労働集約型の生産工程部分や検査工程においても、人が少なくても作れる仕組みを導入する考えだ。現在13人が稼働しているラインあたりの作業者数を削減することで、現在の人員数を維持しながら、生産量を拡大できるというわけだ。

 こうした取り組みにより、50m以上あるラインの長さを3割程度削減する一方、空いたスペースを利用して、現在20ラインある組立工程を最大1.5倍規模にまで拡大し、2倍の生産量に対応できる体制を作る。

 現在、プリント基板製造ラインは20時間の稼働となっているが、ノートPC組立ラインは昼間だけの稼働のため、夜間の稼働による生産量の拡大といった手も打てるという。

●開発部門との人的交流を開始
宇佐美隆一社長

 富士通が世界戦略を加速する上では、これまで同社が得意とした付加価値モデルだけに留まらず、ボリュームをにらんだグローバル統一モデル戦略も本格化することになろう。

 そうしたコスト追求型製品への生産対応も島根富士通の新たな課題といえ、同時に、それでいて、日本で生産するメリットを維持しなくてはならない。

 島根富士通では、これまで欧州市場向けには、半完成品を出荷し、富士通テクノロジー・ソリューションズにおいて、最終組立を行なって出荷していた。これを下期以降、ダイレクトシップモデルを採用し、完成品を直接欧州市場に輸出することになる。すでに米国市場向けには、ダイレクトシップモデルを採用しており、島根富士通が居を構える「出雲の国」で生産されたノートPCが、全世界に展開されることになる。

 一方で、世界戦略を推進する上で、日本に生産拠点があるメリットを生かすには、設計、開発部門である川崎工場との連携を強化する必要がある。

 そこで、島根富士通では、開発部門やものづくり推進本部などに、20代の同社社員5人を、約2年間に渡り出向させるプログラムを開始した。開発現場に生産拠点の考え方を伝授するとともに、生産現場に対して、開発側の考え方を浸透させることを狙った中長期的な取り組みである。

 「常に10人程度を送り込むような体制を作りたい。生産現場と開発現場が緊密に連携することで、競争力がある製品を市場に投入できることになる」(宇佐美社長)というわけだ。

●世界をリードする製造会社への挑戦

島根富士通は「世界をリードする製造会社への挑戦」を打ち出す

 生産拠点においては、Q(クオリティ)、C(コスト)、D(デリバリー)の3つの観点からの改善がポイントとなっている。

 そのQCDの考え方において、島根富士通は、世界を意識した標語を採用している。

 Qでは、「世界トップ品質の提供による顧客満足度の向上」、Cでは「中国・台湾に対抗できるコスト競争力の強化」、Dでは「スピーディでフレキシブルな製品供給体制の強化」である。

 Qで使った「世界」、Cで含まれた「中国・台湾」という言葉からも、島根富士通が世界を意識しているのは明らかだ。Dの標語では、「世界」といった直接的な言葉は使っていないが、日本ならではの付加価値で世界に対抗するという姿勢が明確に伝わってくる。

 数年前から島根富士通は、「製造不良ゼロへの挑戦」という言葉に加えて、「世界をリードする製造会社への挑戦」という言葉を積極的に使い始めた。5年以上に渡り、毎年、島根富士通を取材している立場からみると、この変化は極めて大きい。

 宇佐美社長は、「今年から、本当の意味で、世界をリードする製造会社への挑戦が始まる。品質、製造技術、そして人において、世界をリードする製造会社であることが、島根富士通の生きる道になる」と語る。

 田園地帯の中に居を構え、出雲の国でノートPCを生産する島根富士通が、いよいよ世界で戦う生産拠点へと脱皮できるかどうかへの挑戦が、富士通の1,000万台の出荷計画とともに、本当の意味で始まったといえる。

 島根富士通は今年12月には設立20周年を、来年10月には操業20周年を迎える。節目の年に大きな挑戦が始まった。

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(2009年 8月 20日)

[Text by 大河原 克行]