大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

Surface RTは、コース上に現れたペースカーか、それともレースカーか?

~日本マイクロソフトがSurface RTにかける本気ぶりとは

Surface RT

 自動車レースのスタートラインに着いたクルマの横に、突然、見かけない1台のクルマが並んできた。果たして、このクルマは、レースカーなのか、それともペースカーなのか……?

 あるPCメーカーの幹部は、日本マイクロソフトが、いよいよ国内でも販売に踏み出すことになった「Surface RT」をこう表現する。もし、Surface RTが、Windows 8の方向性を示すための1つのハードウェアであり、出荷台数はある程度に抑え、レースそのものはPCメーカー同士で戦ってもらうという、これまでの環境を維持するのであれば、それは「ペースカー」である。しかし、日本マイクロソフトが本気になってハードウェア事業を推進するのであれば、Surface RTは、PCメーカーにとって、真っ向からレースで戦わなくてはならない「レースカー」となる。

 記者会見終了後、日本マイクロソフトの樋口泰行社長に、直接、この質問を投げかけてみた。

 「Surface RTは、ペースカーである」

 これが、樋口社長の回答であった。

Windows市場を盛り上げることが先決

 ペースカーと位置付ける理由は、会見での樋口社長のコメントからも明らかだ。「Surface RTは、日本マイクロソフトが、パートナーであるPCメーカーと競争するというよりも、Windows陣営と、そうでない陣営(Apple陣営やAndroid陣営)との競争がメインとなる。今は、トータルとしてWindowsを盛り上げていかなくてはならない時期にある」と前置きし、「Surface RTによって、お客様が店頭に足を運ぶことになり、売り場の盛り上げ材料の1つになればいい。店頭に来れば、Surface RTだけでなく、Windows 8を搭載した数多くのPCの中から、最適なものから選んでもらうことができるだろう。これによって、Windows陣営全体を盛り上げることになる」とする。

 そして、こうも語る。「日本では250機種以上のWindows 8搭載PCが製品化されており、今回発表したSurface RTは、SKUでもわずか4機種。たくさんあるPCの中の1つにすぎない。パートナーとのエコシステムはこれからも変わることはない。Windows 8を一緒に盛り上げたいという意味の製品である」。

 実際、販売店側からも歓迎の声が挙がる。Surface RTは、日本マイクロソフトの直販サイトであるMiicrosoft Storeのほか、ビックカメラ(グループ会社のコジマ、ソフマップを含む)、ヤマダ電機(グループ会社のベスト電器を含む)、ヨドバシカメラの合計約1,000店舗の店頭で販売される。

 会見に登場したビックカメラの宮嶋宏幸社長、ヤマダ電機の佐俣信一取締役兼執行役員常務、ヨドバシカメラの藤沢和則副社長は、異口同音に「待ちに待った製品」、「待望の製品」という言葉で、Surface RTの登場を歓迎。「店頭に来ていただき、Surface RTの性能の高さ、使い勝手の良さを確かめていただきたい」(ビックカメラ宮嶋社長)、「リアルの店舗を盛り上げることができる製品」(ヤマダ電機佐俣取締役兼執行役員常務)、「全店舗およびオンラインサイトでSurface RTの取り扱いを行ない、オプションも数多く取り揃える。その良さを店頭で体感していただける展示をしていく」(ヨドバシカメラ藤沢副社長)と、店頭への呼び水にできるとの期待感を示す。

日本マイクロソフトの樋口泰行社長
Surface RTは、量販店3社に限定して販売。(左から)日本マイクロソフトの樋口泰行社長、ビックカメラの宮嶋宏幸社長、ヤマダ電機の佐俣信一取締役兼執行役員常務、ヨドバシカメラの藤沢和則副社長、日本マイクロソフトコンシューマー&パートナーグループリテールビジネス統括本部長の横井伸好執行役

Surface RTを扱いたい販売店

 量販店には、Surface RTを押したい理由がある。今後、成長が期待されるタブレット市場において、最大シェアを誇るAppleのiPadは粗利率の低さが課題となっており、その粗利の低さを、利益率が高いサードパーティーのサプライで埋めていく構図になっている。だが、量販店としては、やはり本体で稼げるものが欲しいのが本音だ。

量販店にとってタブレットは重要な製品。売り場を拡張する店舗が多い(写真はヨドバシカメラマルチメディアAkiba)

 また、今回、Surface RTを取り扱う量販店3社の内、ヤマダ電機とヨドバシカメラは、AmazonのKindleを取り扱っておらず、その穴をSurface RTで埋めたいという目論見もあるだろう。

 一方で、量販店店頭では、こんな声も聞かれる。「ネットやTV CM、雑誌を見て、Windows 8のタッチ機能の使いやすさに惹かれ、タッチ機能搭載のPCを購入したいと思って、店頭を訪れた来店客が、予算にあった手軽な価格のPCを見つけても、それにはタッチ機能がついていないということが多い。するとその横に、ぐっと値段が下がったタッチ機能を搭載したAndroid端末が展示されている。タッチ機能の操作性の良さという点で、これでもいいのではないか、と考えて、Windows 8を購入しにきたのに、Androidの価格に惹かれてしまうケースがある」。

 49,800円からという価格設定となるWindows RTは、こうした受け皿に最適であるというわけだ。特に、Web閲覧、SNSといったカジュアルユースでの使用がほとんどで、たまにOfficeを利用できる環境が整えばいいというようなユーザーにとっては、Windows RTは十分な製品だといえる。

 カジュアルユースを前提とするユーザー層は、春商戦において、重要な購入層となる新入学、新入社員とも合致しそうだ。春商戦に向けて日本市場に投入したのはそうした層を取り込む狙いもある。

 樋口社長も「最新のWord、Excel、PowerPoint、OneNoteを標準搭載しながらも、49,800円からという価格を実現した。価格競争力を持ち、比較にならないほど高いバリューがある」と自信をみせる。

Surface RTが持つ課題とは

 しかし、Surface RTにも、いくつかの課題がある。最大のポイントは、Windows RTとWindows 8のソフトウェアの互換性の問題だ。

 Windows RTでは、x86デスクトップアプリは動作せず、Windowsストアからインストールされたアプリだけが動作する。Windows 8に比べると、動作するアプリが限定的であるというのが実態だ。店頭でもこのあたりをしっかりと説明できるかどうかが課題となるであろう。

春商戦では、Windows 8に比重を置きながらもSurface RTのマーケティング予算も計上。投資額はあわせて過去最大規模になる

 懸念材料は、マーケティングの観点からも挙げられる。今回のSurface RTが、量販店3社の販売に限定されたことで、業界3位のエディオンや業界4位のケーズデンキ、業界6位の上新電機といった大手量販店は、取り扱いができない。

 Surface RTを取り扱う3社の年間売上高は3兆円を突破する規模に達しており、家電量販店市場全体の6割以上を占めるとみられる。だが、日本マイクロソフトが、販売ルートをこうした形で限定したのは初めてのことだ。

 「これまでのWindows製品、Office製品は、すでに市場に受け入れられた製品であり、広い足場で展開する必要がある。だが、Surface RTは新たな製品。新たな製品は、まずは機種数も絞り、販売チャネルも絞り、一点突破でやっていくのが常套手段」と、樋口社長は語る。

 だが、ある業界関係者は、「この措置が、Windows全体のマーケティング施策にも悪い影響を及ぼす可能性がある」と指摘する。Windowsのマーケティング施策の実行において、量販店各社の足並みが揃わなければ、「この春商戦には、過去最大のマーケティング予算を投じる」(樋口社長)という効果も最大限には発揮できないからだ。

法人向けルートへ展開する可能性を示唆する意味とは

 Surface RTは、「ペースカー」だという位置付けは、樋口社長のコメントを信じるとしよう。そして、Windows RTのソフトウェア互換性の問題からも、決して、爆発的に売れる製品ではないと考えられる。その点では、「ペースカー」と捉えることもできる。

 だが、マイクロソフトにはもう1台の「クルマ」がある。それがWindows 8 Pro搭載の「Surface Pro」である。

 すでに米国およびカナダで、2月9日から発売したSurface Proは、64GBモデルが 899ドルという価格設定。CPUには、Core i5プロセッサを採用し、Windows 8 Proのフル機能を搭載したタブレットである。ソフトウェアの互換性など、Surface RTの課題を解決する製品となる。多くの人が感じるように、「本命」はこちらである。

 Surface Proの投入については、「時期が来たときにお話ししたい」と樋口社長は明言を避けたが、社内で前向きに投入を検討しているのは明らかである。そして、その時には、Surface RT以上の大きな仕掛けが見込まれることになる。

 樋口社長は、Surfaceの販売ルートに関して、「将来的には、システムインテグレータなどの法人向け販売ルートでの取り扱いも行なっていきたい」と語る。

 樋口社長は、「従来のWindowsアプリケーションをヘビーに走らせるとか、基幹システムにつなげるということがなければSurface RTで十分」とするが、これは裏を返せば、法人向けには、Windows 8 Proでなくては難しいということを示すものだとも言える。実際、Windows RT では、x86系のアプリケーションが動作しないこと、Windows Active Directoryに対応しないことなど、ビジネスユースで使用するには制限が多い。

 つまり、樋口社長のコメントと、Windows RTの制限を勘案しながら、法人向けの販売体制構築を検討していることは、Surface Proの投入を検討していることの証左だともいえる。

 問題は、Surface Proが、Surface RT同様、「ペースカー」でいられるかという点である。

 Surface RTでは、PC市場において約51%の販売構成比を占める法人向けルートを完全に封印しているが、Surface Pro発売時に、それが解禁されれば、市場カバー率が大きく広がることになる。そして、ハードメーカーとして求められるハード製品に関する電話やネットでのサポート体制および、故障時の修理体制などについても、Surface RTで助走しながら、着実に体制を整えようとしている動きも気になる。

 こうした環境整備は、システムインテグレータが本気になってSurfaceを扱うための重要な条件となるからだ。同社によると、Xboxで培ったノウハウやロジスティクスの仕組みを用いながら、修理用の部品も在庫して、短期間で修理が行なえる体制を日本で構築する考えだ。Surface RTでも、90日間の無償テクニカルサポート、1年間のハードウェア保証を付属させている。

レースカーに豹変する可能性を持つもう1台の「クルマ」

 日本マイクロソフト社内には、現時点で、Surfaceの冠をつけた組織はない。Surfaceは、米本社のWindows部門が、全世界を統括する形で主導しているが、日本のビジネスに関しては、Windows製品全体を束ねるWindows本部、量販店ルートを担当するリテールビジネス統括本部、サポートを行なうカスタマーサービス&サポート部門が関与。今後、法人向け領域にビジネス範囲を拡張すれば、パートナー向けビジネスを担当するパートナー ソリューション営業統括本部や中小企業を担当するSMB営業統括本部、公共向けビジネスを担当するパブリックセクター統括本部なども関与する可能性が高い。

 つまり、見方を変えれば、日本マイクロソフト全社のあらゆる部門がSurfaceに取り組むことになる可能性が高いのだ。そうなった場合、Surfaceは「ペースカー」でいられるのか。

 やはり、既存のPCメーカーと競合する「レースカー」へと豹変する可能性は捨てきれないだろう。

(大河原 克行)