大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

「Surfaceはキーボードを軸にして開発したタブレット」

~米MS Surface担当のホールGMに聞くSurface戦略

米Microsoft ブライアン・ホール氏

 2013年3月15日、いよいよ日本でも「Surface RT」が発売となった。Surface RTは、CPUにTegra 3クアッドコアプロセッサを搭載。OSにはWindows RTを搭載した、Microsoftブランド初のピュアタブレットデバイスである。果たして、この製品はPC市場にどんなインパクトを与えるのだろうか。日本でのSurface RTの発売にあわせて来日した米Microsoft Surface担当のブライアン・ホール ジェネラルマネージャーに、Surface RTの開発の経緯およびマーケティング戦略について直撃した。

――Surfaceが2012年6月に米国で発表されたときに大きな話題となりました。Surfaceのチームはどんな形で発表、そして発売を迎えましたか。

ホール もともとMicrosoftは秘密が守ることができない会社なのですが(笑)、Surfaceに関しては、それをきっちりと守ることができた。これは驚くべきことです(笑)。2012年6月に、Microsoftが全世界に対して、Surfaceを発表したときには、本当に大きな感動がありました。そして、実際にSurfaceが発売になり、自分のお金を出してSurfaceを手に入れたいという人たちと直接触れることができ、さらにSurfaceを体験したファンの人たちが興奮気味にその良さを語ってくれたことが、Surfaceチームにとっては、大変な喜びでした。

 Surfaceの発売日は、Windows 8の発売日と同じでしたから、レドモンドの本社はWindows 8のお祝いで盛り上がりましたが、Surfaceのチームは、Windows 8発売の記念ケーキを食べながら、Surfaceの発売を祝っていましたよ(笑)。

――ハードウェアの開発チームはどんな雰囲気を持っているのですか。

ホール 非常にエキサイテイングなチームで、Surfaceの開発を楽しんでいます。ただ、Microsoftにとって、ハードウェアは新たに参入した領域ではなく、キーボードやマウスなどでは、長年の開発実績を持っています。キーボードに関しては、最初はPCのための製品開発が中心だったのですが、Xbox向けにもキーボードを開発し、さらに、Surface用のキーボードへと進化させました。工業デザイナーがいる部屋は、ビル・ゲイツでさえもロックダウンされる状況となっており、まるで金庫と同じような扱いですよ(笑)。

 ハイパフォーマンスコンピュータを使用した大規模なモデルリングを行ない、3Dプリンタを活用しながら、いかにディスプレイを薄くするか、カメラはもっと小さくできないのか、マグネットをもっと改良できないのか、マグネシウムのモールディングをいかに改良するか、そして、筐体内部の部品をジグソーパズルのように配置したりといったように、これまでにはないデザインに挑戦している人たちがいます。まるで、マッドサイエンテストが集まって仕事をしているような職場ですよ(笑)。Surfaceに対して、熱い情熱を持っている人たちが集まっているのは間違いないですね。Microsoftのソフトウェアの開発者は相当クレイジーだと言われますが、ハードウェアの開発者はもっとクレイジーかもしれません(笑)。

キーボードがなければSurfaceとはいえない

――Surfaceの開発に当たって、最も力を注いだところはどこですか。

ホール 一言でいえば、このキーボードです。このキーボードが無かったら、Surfaceとはいえません。Surfaceでは、「Touch Cover」と「Type Cover」という2種類のキーボード型のカバーを用意していますが、当初は、こんなに素晴らしいものができるとは思ってもみませんでした。これだけ薄くて、これだけ機能性が高いものが開発できたことで、Surfaceの方向性が一気に決まったともいえます。このキーボードを、どう活用するか、ということにチームが一丸となって取り組みました。最初は簡単な意思決定かと思いましたが、このキーボードがあるからこそ、カバーとしても使用でき、タブレットでありながらも仕事のシーンにも活用できるといった提案が可能になりました。またキーボードとして使うのならば、キックスタンドを用意した方が使いやすく、Officeも必要であろうというように要素が決まっていきました。

 キーボードの構想は、Surfaceの開発はかなり早い段階で決まっていたものです。SurfaceのプロジェクトリーダーであるPanos Panayは、このキーボードを、もっと薄くしなくてはいけないし、よりすばらしいものに仕上げなくてはならないと社内で宣言し、何度も何度も繰り返し改良を行ない、その結果、ようやく「Touch Cover」と「Type Cover」を完成させました。このキーボードを核にして、ワンチームでSurfaceを作り上げたといえます。

SurfaceのTouch Coverキーボード
発売記念レセプションでキーボードから外れたり落ちたりしないことをアピール

米国での経験を日本市場に活かす

――2012年10月に米国で発売したSurface RTの手応えを聞かせてください。

ホール Surfaceはまず米国およびカナダから販売を開始したわけですが、非常にいい手応えを感じています。ただ、その一方で、もっと学習をしなくてはならないことがあったのも事実です。日本でSurfaceを発売するにあたり、米国で学んだことを、反映させたいと考えました。その成果の1つが、Surfaceのターゲットとなる人たちに対して、的確にアプローチをしていきたいということでした。

 米国でのSurface発売後、最初に我々が行なったのは、どんな人がSurfaceを購入し、どんな人がSurfaceを愛してくれているのかをリサーチすることでした。その結果、Surfaceの購入者の特徴は、1日中タブレットを使うユーザーや、毎日タブレットを使うユーザー、そして、仕事でも、プラベートでもタブレットを使いたいというユーザーでした。1週間に2時間だけ使えればいいという人に対して提供する製品ではないということです。学生や中小企業の経営者、モバイルビジネスを行なっている人、忙しい親、クリエイターなどが、Surfaceのフォーカスの中に入っています。

 また、Surfaceの展開には、量販店との協業も非常に重要です。Surfaceの良さは、実際に使ってもらわないとわかりません。Surfaceのキーボードの打鍵性、カバーの開閉の質感、そして、タブレットでありながら、Windowsが快適に動作している点。これは実際に触ってもらって、初めて信用してもらえるものだといえます。こうした環境を作り上げた上で、日本にSurfaceを投入できたことは最適なタイミングだったといえます。

――日本での投入が5カ月遅れとなった理由は何ですか。

ホール むしろSurface RTは、日本市場に最適なタイミングで投入できたと考えています。日本の市場向けに出荷したSurface RTには、最初から最新Officeが搭載されており、Windows 8用のアプリが数多く出揃っているという中での発売となりました。日本の進入学需要にあわせて、学生をはじめとするSurface RTの利用層に合致した展開が行ないやすいと考えています。

Surface Proはきちんと競合できる製品に

――米国では、10月からSurface RTを発売し、今年2月からはSurface Proを発売しています。購入層には違いがありますか。

ホール Surface RTの購入者の多くは、タブレット端末としての可能性に魅力を感じて購入しているようです。また、Surface RTは、パーソナルデバイスではあるが、仕事でも利用できるという特徴を持っています。この点が、iPadと比較して、大きな違いであると認識して、Surface RTを購入しているようです。一方で、Surface Proの場合は、タブレット端末として購入するよりも、ノートPCとしての位置付けで購入している人が多いようですね。Macintoshや他のWindows 8搭載PCではなく、自分はSurface Proを購入したいという意識を持って購入している人が多い。Surface Proは、ワークデバイスとして購入し、それを自分の生活の中で利用したいと考えているユーザーが多い点で、Surface RTの購入層とは異なるといえるでしょう。

――これは最初からターゲットを切り分けていたということですか。

ホール そうです。プロダクトの仕様や価格などが異なりますので、それぞれに特徴を出す形でマーケティングを展開しています。Surface Proは、Windows PCとして非常に高速であり、世の中に出ているWindows PCと、きちんと競合できる製品にしなければならないと考えています。

――日本でのSurface Proの投入はいつになりますか。

ホール その時が来たときにお話しすることになります。

プライマリーデバイスとしての定着を狙う

――Microsoftにとって、Surfaceの成功条件は何になりますか。

ホール これまでにSurfaceを購入した人は、Surfaceのことが大好きであり、Microsoftの熱烈的なファンであるといえます。Surfaceによって、Microsoftの熱烈なファンをもっと増やしたいと考えています。

 また、Surfaceを「プライマリーデバイス」(最優先の機器)として活用している人がどんどん増えています。これまでのタブレットでは、プライマリーデバイスとして使える状況にはなっていませんでした。多くのユーザーが、万が一のために、ノートPCを携帯しながら、タブレットを利用しているという状況であり、キーボードを使わなければならない、あるいは印刷をしなくてはならないという場合に備えて、2台を所持していたのです。

 私自身も出張の際には、5台ものデバイスを持っていました。しかし、これからはSurfaceだけで済みます。私のビジネスバッグは、かなり大きなものとなっていますから、これからもっと小さなものに買い替えなくてはならないですね。ビジネスバッグ業界にも、Surfaceは貢献しそうです(笑)。プライマリーデバイスとして、Surfaceを利用するユーザーが増えることが、Surfaceの成功につながると考えています。

――Surfaceは、米国での発売前にもティザー広告を行ない、今回の日本での発売前にもティザー広告を展開しました。またTV CMも積極化しています。これらの一連の展開にはどんな狙いがありますか?

ホール Microsoftが展開した一連のマーケティング施策により、ユーザーの間には、大きな興奮が生まれているのではないでしょうか。TV CMも、素晴らしいダンスを通じて、Surfaceの良さや特徴をお伝えできていると感じますし、「もっとSurfaceにハマろう」というメッセージも伝わっていると思います。今後のマーケティング活動では、Surfaceを直接体験していただくことに力を注ぎたいと考えています。量販店店頭で体験していただくという場の提供は重要にものになると考えています。

 Microsoftでは、「Surfaceで、もっとできる!」というメッセージを世界共通で発信しています。人々の24時間の生活の中で、さまざまな目的に対して、1台で応えることができるのはSurfaceしかないということを伝えていきたい。また、Surfaceで、こういうことをやりたい、Surfaceならばこんなことができるという声が出てくるような環境も作り上げたいですね。そのためには、Microsoftから、一貫性を持ったストーリー、納得してもらえるストーリー、伝えられるストーリーを提供していくことが重要です。Surfaceの広告を担当するアーティストが知恵を絞ってストーリーを考えています。それがTV CMなどにも反映されているというわけです。

数百万人が利用するタブレット目指す

――あえて、現時点で、Surfaceの課題を挙げると何でしょうか。

ホール Surfaceは非常に完成度が高く、競争力がある製品となりました。ですから、これをもっとたくさんの人に紹介したい。Appleの場合は、何百万人ものデモンストレーターが世界中にいて、友人にiPadを勧めるといった環境が整っています。Microsoftはこの市場にまだ参入したばかりですから、そうした環境にはなっていません。しかし、我々も同様の環境を作りたい。何百万人もの人たちを獲得したいと考えています。

――いつ頃までに、数百万人のユーザーを獲得しますか。

ホール すぐに到達しますよ(笑)。

――最後に日本のユーザーにメッセージを。

ホール Surfaceは、プレミアムタブレットです。本当のOfficeを使え、キーボードを備え、Windowsの素晴らしい体験ができるデバイスです。ぜひ、すぐに量販店に出向いていただき、ご自身の手で確かめてください。きっと、本当の素晴らしさとは「これなんだ」ということを感じていただけるはずです。

(大河原 克行)