大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

なぜ、Hewlett-PackardはPC事業を社内に留めたのか?
〜売却報道から一転した理由を日本HPの岡副社長に聞く



日本HP パーソナルシステムズ事業統括・岡隆史取締役副社長執行役員

 米Hewlett-Packard(以下、HP)は、PC事業部門であるパーソナルシステムズグループ(PSG)を、同社の一部として維持することを決定した。8月には事業売却や分社化を含む事業再編を検討すると発表していたが、9月に社長兼CEOに就任したメグ・ホイットマン氏のもとで、PSGの戦略的位置づけを検証。その結果、今回の維持、継続を決定した。なぜ、HPは、PSGの維持を決定したのか。そして、今後のPSGはどうなるのか。日本での今後の展開も気になるところだ。日本ヒューレット・パッカードで、PSGを担当する取締役副社長執行役員パーソナルシステムズ事業統括の岡隆史氏に話を聞いた。

−−事業売却や分社化まで視野に入れて再編を検討をするとしていたPC事業を、わすが3カ月後に、社内で維持、継続するとの決定を下した理由はなんですか?

岡 HPは、今年8月に、PC事業の今後の成長に向けて、パーソナルシステムズグループの分社化、あるいは売却の可能性を含めた検討を開始すると発表しました。PC事業の置かれた立場は厳しい中にある。その中でどう成長戦略を描くかを検討してきたわけです。

 その後、社内または社外のコンサルタント会社などの複数の企業が、全社事業への影響、財務面への影響、営業面への影響など、あらゆる角度から分析しました。日本法人に対しても、PC事業部門だけでなく、総務部門や人事部門などを対象にヒアリングを行ない、日本で分社化した際にはどんなメリットがあるのか、どんなデメリットがあるのか、法的にはどんな手続きが必要なのかといったことが検討されました。こうした活動は各国で行なわれました。これらの徹底した調査の結果、社内に維持、継続することが、お客様と株主への事業価値の最大化に貢献すると判断したわけです。

 では、具体的にどんなメリットがあるのか。1つは、サプライチェーンにおけるメリットです。HPは、グローバルで年間6,500万台規模のPCを出荷しており、世界最大のボリュームを持ちます。このボリュームは、サーバーやストレージ、ネットワーク製品の部品を調達する際にも有利に働くことになります。サーバーなどで使用されている部品はPCと共通のものも多く、もし、PC事業を分社化した場合には、HPはこのメリットを活かすことができなくなります。全社の調達力を支えているのがPC事業だというわけです。

 2つ目には、PCやサーバー、ソリューションビジネスを含めたフルレンジの製品、サービスを持つことで間口が広がるというメリットがあることです。特にPCは多くの顧客にアプローチできる製品ですから、新規顧客獲得の戦略的製品となります。プリンタ事業にとっても、PCと分離しているよりは、連携した提案を行なった方が効果があります。パートナーにとっても、1つの窓口ですべての製品が揃うことにメリットを感じていただいております。

 さらに、HP全体のブランド価値を高めることにもPCは大きく貢献しています。もし、PC事業を分社化した場合には、新たな費用として15億ドル(1,000億円強)の投資が必要になるでしょう。しかも新たなブランドを作るとしたら、その定着にも多くの時間がかかります。変化が激しい中で、あまりにもリスクが大きいと判断したわけです。その一方で、社内に維持することにより、シナジー効果が生まれ、10億ドルのプラス効果が出るとの試算ができる。こうした数値的な観点からも維持すべきだと判断を行なったわけです。

−−維持することによって、意思決定のスピードが遅れること、そして、HPの他の事業に比べて利益率が低いことが、分社化あるいは売却の理由の1つとしていましたね。

岡 じっくりと取り組むソリューションビジネスと、スピードが要求されるPCビジネスを分離した方が、PCの意思決定が速くなるというのは1つの判断だといえますが、その一方で、この部分は、我々の努力次第で改善できる部分ではないでしょうか。また、他の事業に比べて利益率が低いのは確かですが、PC事業だけで23億ドル(約1,800億円)の利益をあげており、その点での貢献度は大きいと言えます。また、競合他社に比べるとPC事業における5%台の利益率は極めて高いものだといえます。ソフトウェアやサービスとは「畑」が違うということを、経営陣が強く認識した結果だといえます。

−−8月にPC事業の再編の取り組むと発表した際には、レオ・アポテカー氏がCEOであり、9月にはメグ・ホイットマン氏がCEOに新たに就任。その後、一転してPC事業の維持、継続を発表しましたね。これには、CEOの交代が大きく影響していますか。

岡 前々任のマーク・ハードはスケールを拡大することを目指し、アポテカーはソフトウェア、ソリューション事業を拡大することに力を注ぎました。それに対して、現任のホイットマンは、HPにとって、ハードウェアビジネスは重要であるということを明言し、その上で、PC事業をどうしていくべきかを考えています。ソリューション事業を推進する上でも、利用者との接点としてPCは重要な役割を果たすことになると判断しています。

−−この3カ月間は、PC事業売却の報道が先行し、市場に不安感を与えたのではないですか。

岡 確かにPC事業売却という言葉が先行し、パートナーやお客様にご心配をおかけしたという事実はあります。しかし、あの時点でPC事業に関して、分社化などを検討しているということをお伝えしなければ、その後のデータ収集、ヒアリングなどの社内外の活動において制限が発生すること、場合によっては、その動きをもとに憶測が飛び交う可能性もありました。本社経営陣は、秘密裏に活動を行なうことは無理だと判断したことが背景にあります。しかし、PC事業の売却という報道以降も、案件が先送りになったという例は世界的に見ても稀で、日本においてもそうした影響はまったくありません。そして、社内においては、PC事業に対する認識が変わったという想定しなかった効果もでているのではないでしょうか。

−−それはどんな点ですか。

岡 例えば、他の事業部門においては、PC事業は全社売上高の約3分の1を占める重要な事業であるという再認識が生まれたかもしれません。また、PCの間口の広さをうまく利用すれば、我々の事業を拡大できる武器になるという認識が広まったともいえます。全世界で社員数約30万人という大きな会社ですから、すべての社員が、他の事業の状況の詳細まで知ることがなかなかできない環境にあるとも言えます。PC事業の存在感というものを改めて認識したのではないでしょうか。

 また、PSGの社員に関していえば、我々はこのままではダメだということを強く認識したはずです。今回の一連の話の発端は、経営陣が、PC事業は改善していかなくてはこの市場で生き残れないという危機感から生まれたものです。そして、一連の報道や経営トップのコメントからも、そのすべてのメッセージに、PC事業は厳しい市場環境の中にあり、改革をしていく必要があるという内容が含まれていました。その危機感は、一部の社員は持っていたとしても、すべての社員が持っていたわけではなかった。この意識変化は大きいといえるのではないでしょうか。

 そして、HPが出した今回の結論は、あくまでもPC事業を成長させることができるという判断をもとにしたものです。一般的に、スマートフォンやタブレットによって、今後、PC市場は衰退するのではないかとの声もあります。しかし、よくよく考えてみると、現時点では世界人口の18%しかPCを利用していない。つまりまだまだ市場の拡大余地があるということです。また、18%のユーザーにおいても、もっと薄くて、もっと軽くて、もっと性能が高いPCを求めています。さらに、スマートシティのような新たなビジネスチャンスもある。ビジネス基盤はまだ拡大していくことになります。

−−社員の意識変化はどんな形で製品に反映されるのでしょうか。

岡 将来の製品については、具体的には言及できませんが、実は、今年8月に、PSGの組織を大きく変更しています。ここに大きなポイントがあります。

 従来は、コンシューマ(一般)向けノートブックPCおよびデスクトップPCのビジネスユニット、コマーシャル(企業)向けデスクトップPCビジネスユニット、コマーシャル向けノートブックPCビジネスユニット、ワークテーションビジネスユニット、デスクトップソリューションオーガニゼーション(DSO)といった製品ごとに6つの組織構成となっていましたが、これをコマーシャル製品のビジネスユニット、コンシューマ製品のビジネスユニットというように、顧客ごとのセグメントに切り分けました。

 そして、それらの組織と並行する形で、プレミアムプロダクトのビジネスユニットを新設しました。このビジネスユニットは、一言で言えば、「面白いPCを作ろう」、「楽しいPCを作ろう」ということになる。これまでのHPにはなかったようなプレミアムなPCを作り出すことを目的としたものです。

−−これはアポテカー氏のCEO時代に生まれた組織ですよね。今後、変更はありませんか。

岡 プレミアムプロダクトビジネスユニットは、PC事業の分社化の検討とは別の流れの中で生まれたものです。PC事業を統括するエグゼクティブバイスプレジデントのトッド・ブラッドリーの意思が強く反映されたものであり、HPから市場が驚くようなPCを誕生させるんだという想いが込められたものだといえます。この組織の存在については、まだほとんど公にはなっていませんし、日本でもまだ専任部隊があるわけではありません。しかし、PC事業に対してこれまでにない新たな姿勢で取り組んでいくことの証だと捉えていただいて構いません。今後、このビジネスユニットから誕生するPCにはぜひ期待をしていただきたいと思います。

−−今回の一連の発表と前後して、PSGの最高技術責任者(CTO)であるフィル・マッキニー氏が、年内で退任するという発表がありました。これは、今後のPC作りに何か影響しませんか。

岡 確かにフィルが、技術面では対外的な「顔」としての役割を担っていましたから、その点で影響を懸念する声もあるでしょう。しかし、彼は取りまとめとしての役割が中心となっていましたし、下の技術者たちも育ってきています。今後のモノづくりにおいては影響はないと考えています。

−−一方で、webOSの事業に関してはどうなりますか。

岡 webOSに関しては、本社側でもまだ正式な見解は出していません。ただ、webOSの事業は最も成長が期待できる分野であり、それをHPの事業に最も効果的に貢献する方法を考えているところです。11月21日には米国で決算が発表されますが、ここでは、まだ詳細は発表されないのではないでしょうか。webOSに関する公式な方針は、今後2カ月以内に決定するとしています。年内をメドになにかしらの発表があると考えてください。

−−日本のPC事業は今後どんな成長戦略を描きますか。

岡 私見をいえば、PC事業が維持・継続されても、あるいは分社化しても、日本市場においては、それほど変化はないと考えていました。もちろん、売却となれば話は違いますが(笑)、その可能性は低いと考えていました。これまでの戦略を立ち止まらずに進めていくという点では変化はありません。

 その中で、東京生産の体制をさらに強化していく考えです。東京生産は、すべての製品の適用していきたいと考えており、このほど、デスクトップPCに加えて、いよいよノートPCも本格的に東京生産を開始できる準備が整いました。土台を固めたという環境にあります。東京生産により、安定した品質の製品を短納期で提供し、しかもカスタマイズにも柔軟に対応できるようになります。これが強い切り札になります。以前はデスクトップPCは対応できるが、ノートPCはできないというだけで、東京生産のメリットが半減以下になっていた。「できない」というイメージが全体的に先行してしまうからです。それが解消できた点は大きい。

AKB48を起用したプロモーション

 今後は、キャリアさんとの連携などにも歩を進め、ネットワークを含めた部分までより細かい設定までできるように進化させたい。コマーシャル向けのシェアは15%だが、コンシューマPC市場では4%のシェア。それに対して、グローバル市場のシェアは18%。コマーシャルもコンシューマも、少なくともそこまでシェアを引き上げないと、グローバルの会議で「日本が足を引っ張っている」と言われかねない(笑)。そのためには、とくにコンシューマ向けPCに力を注ぎたいと考えています。

 今、日本HPがPC事業において、最も力を入れているのがコンシューマPCです。それはAKB48を起用した広告展開1つをとっても理解していただけるのではないでしょうか。ただ、これも短期的な勝負ではなく、中期的な視点でシェアを高めていくつもりです。今回の一連の報道によって、日本において、HPの認知度が高まる方向に動いてくれたらありがたいですね(笑)。そして、PC事業を継続・維持し、新たなPCづくりにも挑戦していることを改めて知っていただきたいと考えています。