大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

ソニーが長野に統合して初めて生まれた「VAIO Z」シリーズ
〜“究極のモバイルPC”はどうやって誕生したか



 ソニーが新たな「VAIO Z」シリーズを8月13日から発売する。2010年4月に、VAIO事業を担当するVAIO&Mobile事業本部が、長野県安曇野市のソニー長野ビジネスセンターに組織を統合してから1年3カ月を経過。その統合成果として、長野の地から生まれた最初のPCが、今回の新たなVAIO Zシリーズとなる。

2011年8月13日から出荷を開始する新たなVAIO Zシリーズ

 ソニー コンシューマプロダクツ&サービスグループ VAIO&Mobile事業本部・赤羽良介副本部長が、「長野に統合しなければ生まれなかった製品」と位置付ければ、開発を統括したソニー コンシューマプロダクツ&サービスグループ VAIO&Mobile事業本部VAIO第1事業部設計1部・林薫統括部長は、「開発、調達、生産、品質保証といったそれぞれの部門が、開発の初期段階から、これまでにないほど緊密な形で連携して開発した製品。だからこそ、思い切った発想を反映することができた」と、異口同音に長野への統合による成果を強調する。

 新たなVAIO Zシリーズはどうやって生まれたのか。その取り組みを、長野ビジネスセンターに直接出向いて探ってみた。

ソニーのVAIO&Mobile事業本部が本拠を構える長野県安曇野市のソニー長野ビジネスセンター

●長野への統合後、初の成果となるVAIO Zシリーズ

 新たなVAIO Zシリーズは、2011年8月13日から出荷されることになる。

 当初は7月30日からの出荷が予定されていたが、一部部品の見直しにより延期。だが、8月第1週からは長野県安曇野市のソニーイーエムシーエスの長野テックにおいて、すでに量産が開始されており、販売店向け出荷への準備は万全だ。

 「もし、長野に統合していなかったら、この製品は誕生していなかった。あるいは投入できたとしても、もっと時間がかかっていたかもしれない」と、ソニー コンシューマプロダクツ&サービスグループ VAIO&Mobile事業本部・赤羽良介副本部長は語る。

 長野県安曇野市のソニーイーエムシーエスの長野テクノロジーサイトは、ワークステーション「NEWS」や、ワープロ専用機「プロデュース」などの生産も行なってきた経緯があり、1997年に発売された初代VAIOシリーズである「VAIO NOTE 505」をはじめとするVAIOの歴代主要製品を生産してきた拠点でもある。

ソニー長野ビジネスセンターは、ソニーイーエムシーエス長野テクノロジーサイトと同じ場所にあり、「VAIOの里」とも呼ばれる ソニーイーエムシーエス長野テクノロジーサイトではSMC-70やNEWSも生産していた

 ソニーのVAIO&Mobile事業本部は、2010年4月に、ソニーイーエムシーエス長野テクノロジーサイトと同じ敷地内に、ソニー長野ビジネスセンターを新設。そこに設計、開発、品質保証などの部門を統合し、製品企画から生産までの機能を一本化した。

 そして、長野に統合した体制になって、一から開発した最初の製品が、今回の新VAIO Zシリーズということになる。

ソニー コンシューマプロダクツ&サービスグループ VAIO&Mobile事業本部・赤羽良介副本部長

 「これまでにも、設計チームが長野テクノロジーサイトに長期間出張して製品化したものもあった。しかし、昨年(2010年)4月の統合により、VAIO Zの製品化に携わるすべての社員が、開発の上流段階から着手することができた。ここまでの深い連携は、長期出張の取り組みでは実現できないものであり、長野に統合したことによって成しえたもの。いままでにない形状、いままでにない部品、いままでにない構造、いままでにない製造方法によって、いままでにない新たなVAIO Zは生まれた」と赤羽副本部長は胸を張る。

 例えば、設計段階から、生産部門のスタッフも一緒に会議に参加。今回の製品では、生産工程で使用する治具の開発まで、製品設計と同時進行で進められていったという。

 「従来の仕組みでは、設計が終わったものについて、生産部門が体制を作り上げるというもの。中には、生産部門がそれでは量産ができないという要望を出し、また設計し直すということが繰り返されることもあった。結果として、当初、設計したコンセプトが崩れることになり、市場への投入時期もさらに遅れるという悪循環に陥っていた」というわけだ。

 新たなVAIO Zでは、筐体の厚みは16.65mmとなっている。従来のVAIO Zシリーズの厚みならば、本体とディスプレイ部を接続するヒンジ部のネジのためにネジ目を切ることができたが、それができないために、ネジを斜めに止めることでネジ目を切ることになっている。だが、量産工程で確実にネジを止めるのであれば、水平方向か、垂直方向から作業することが前提となる。もし、設計部門から一方的に斜めからネジを止めるという提案が出てきたら、生産部門は量産に課題が残るとして、差し戻しを提案することになり、開発に遅れが生じただろう。

 しかし、設計部門と生産部門が早い段階から連携し、しかも同じ場所で仕事をしているために、お互いのノウハウを共有。生産工程において、筐体を斜めにスライドし、作業者は垂直方向からネジ締めができる治具を早い段階に開発して試作を繰り返すことで、この課題を解決するといったことが行なわれた。

 薄い筐体に片面実装の基板を取り付けるために、ベースユニットのボトム側ではなく、キーボード側に部品を取り付け、裏返しのままに生産していくという組立方法も、VAIO Xシリーズでの実績をもとに進化させたものであり、これも早い段階から情報を共有することで成しえたものだった。

VAIO Zシリーズの生産ラインの様子 生産工程では、製品ごとに異なる部品を組み込むためにFeliCaを活用して確認する仕組みを導入
VAIO Zシリーズでは薄さを追求した結果、ヒンジ部の接続は斜めにネジを締める。工程では垂直方向からネジが締められるように、治具で筐体を斜めに傾ける
工程はひっくり返したままの状態で進む。ディスプレイ部の組み込みの際には、作業台の穴から下方向にディスプレイを入れるという方式になる 完成したVAIO Zシリーズ。設計段階から生産部門も参加することで効率的な量産体制を実現した

●モビリティとパフォーマンスの2つの究極を追求する

 「妥協しない究極のモバイルPCを作る」。

 赤羽副本部長が新たなVAIO Zの製品コンセプトは、この言葉に集約されている。

ソニー コンシューマプロダクツ&サービスグループ VAIO&Mobile事業本部VAIO第1事業部設計1部・林薫統括部長

 開発現場で陣頭指揮を執ったソニー コンシューマプロダクツ&サービスグループ VAIO&Mobile事業本部VAIO第1事業部設計1部・林薫統括部長は、この言葉を2つの要素に切り分けて考えた。

 それは、「最高のモビリティの実現」と「最高のパフォーマンスの実現」である。

 「これまでにも、この2つの要素を追求してきた経緯はある。だが、相反する要件を実現するには、高いレベルでバランスを取ることになり、どうしてもどこかで妥協する部分が出ていた。では、妥協せずにこの2つの要素を実現するにはどうするか。そこで発想を変え、パフォーマンスが求められるシーンと、モビリティが求められるシーンとを切り分けて、それぞれのシーンにおいて究極の形を考えることにした」(林統括部長)。

 オールインワンでの高いバランスを追求するというこれまでの発想を捨て、「切り分ける」という、まったく別の角度からアプローチを開始したのが新たなVAIO Zなのである。

 その新たな発想をもとに行き着いたのが、Power Media Dockであった。

 Power Media Dockは、本体とは別に外付けの形で、光学ドライブとGPU(Radeon HD 6650M)を搭載。これを本体に接続することで、GPUをフルに活用することができ、高速なグラフィクス描画が実現されるというものだ。つまり、パフォーマンスが求められるシーンでは、Power Media Dockを接続して利用。モビリティを優先する使い方では、Power Media Dockを切り離して、薄さと軽量化を実現した本体だけを持ち運ぶという提案だ。

 「従来のVAIO Zでは、本体に搭載した『スタミナスピードスイッチ』の切り替えによって、パフォーマンスとモビリティのどちらを優先するかを選択できたが、その考え方をさらに推し進めたのが、Power Media Dockといえる」(林統括部長)。

 これを実現した背景には、Intelが開発した次世代光インターフェイス技術「LightPeak」を採用し、本体とPower Media Dock間において、高速転送を可能にした点が見逃せない。さらにPower Media Dockの製造工程では、端子部分の接続を作業者が行ないやすいように、組立工程への部品投入時の形態にも工夫を凝らしており、歩留まりを落とさないようなモノづくりが、商品設計段階から行なわれていたことも製品化を後押しした。

 そして、「切り分けるという発想は、今だからこそ実現できたものだ」とも林統括部長は語る。

 技術的な観点からいえば、本体とPower Media Dockを接続するLightPeak技術の採用や、SandyBridgeの登場によって、CPU本体でのグラフィック性能が向上したことも見逃せない。一方で、モビリティ環境で利用するユーザーのうち、内蔵オプティカルドライブを利用しているユーザーの比率が極めて低いといった調査結果からも明らかなように、モバイルユーザーの利用環境の変化もある。クラウド・コンピューティングの浸透をはじめ、インターネットを活用した各種サービスの増加がこれを後押ししているようだ。

 「もちろん、モバイル環境において、オプティカルドライブやGPUのパワーを求めるユーザーもいる。だが、流れは切り分けるという発想が受け入れられる時代へと向かっている」

 これが究極のモバイルPCを実現できた根底にある。

●通常電圧版や8GBメモリの搭載にこだわる

 パフォーマンスの追求は、Power Media Dockだけに留まらない。

 CPUには、店頭モデルではCorei5-2410M(2.30GHz)を搭載。VAIOオーナーメードモデルでは、Corei7-2620M(2.70GHz)なども搭載できる。いずれも通常電圧版の第2世代Core iシリーズとしているのだ。

 「最初から通常電圧版を搭載することを前提に開発したのが新たなVAIO Z。薄型の筐体で、通常電圧版のCPUを搭載するために、熱処理を担当するエンジニアは、やや先行する形で開発に着手していた。薄さが20mmを大きく切ることは担当部門との共通認識。これまでの延長線上の考え方では通用しないことはわかっていたため、非連続の発想の中で、改良を繰り返していた」という。

 新たなVAIO Zシリーズでは、レイアウトが制限される限られたスペースの中で、最も効率的な冷却を実現するために、デュアルファン方式を採用。あわせてファンそのものの小型化にも取り組んだ。

 「デュアルファンは、8年近い取引があるサプライヤーとの協力関係によって実現できたもの。我々がこうしたものを作りたいんだという強い思いと、サプライヤーが持つノウハウとが組み合わさることによって完成した。これも、長野に統合したことによって生まれた成果の1つ」と林統括部長は語る。

 また、パフォーマンスを生かすために最大8GBのメモリを搭載することを前提に設計。しかし、新VAIO Zのために開発した基板では、一般的なメモリモジュールが搭載できないために、独自形状のメモリモジュールを開発し、これを採用したことも大きなこだわりだったといえる。

VAIO Zシリーズに搭載される基板。メモリは専用モジュールとなっている 効率的な冷却を実現するデュアルファン方式を採用

 そして、SSDを採用するとともに、VAIOオーダーメイドでは、第3世代SSD RAIDの搭載も可能にし、Quick Boot機能では、電源オフの状態から約13秒という高速起動を実現。従来製品に比べて約半分の時間で起動させることに成功した。

 さらに、堅牢性の追求にも余念がない。VAIO Sシリーズでも採用されていた「ヘキサシェル」デザインを採用し、素材の折り曲げ角度と、素材同士の組み合わせによって強度を実現。カーボン素材を天板と底面に採用し、アルミニウムを挟み込む3層構造とすることで剛性を実現した。

 「鞄からの出し入れなどを考えれば、天板はフラットである方がいいというのがソニーの考え方。その形状で剛性を高めるには強い素材の採用と形状の工夫が必要。かつてのGシリーズで堅牢性のノウハウが飛躍的に蓄積できた。そのノウハウがふんだんに生かされており、新たなVAIO Zシリーズでは、Gシリーズと同等の堅牢性を実現している」という。

 新たなVAIO Zでは、落下テストや加圧振動試験などを実施。新たに片持ち振動試験を追加し、堅牢性を高めている。片持ち振動試験はパームレストの片側を持ちながら振動を加えるというもので、16.65mmの薄さ、1.15kgの軽量化により想定される、片手でパームレス部分を持ちながら移動するという使い方に対応した試験となっている。

 一方、モビリティの追求では、リチウムポリマー電池を採用し、9時間の連続駆動時間を実現。底面に装着する拡張シートバッテリにより、最大約17.5時間の連続駆動が可能だ。

 また、本体にUSB 2.0およびUSB 3.0コネクタのほか、HDMI出力、アナログRGB出力などを搭載。Power Media Dockを使わずに済むだけのインターフェイスを備えており、「持ち運んでプレゼンテーションするシーンは、多くのVAIO Zユーザーで想定できるもの。そうしたビジネスモビリティユースでも十分に使用できるだけのインターフェイスを用意している」というのも、究極のモビリティの実現には必要条件だった。

 さらに、ワイヤレスWANにも対応。FOMAハイスピード対応に加え、8月下旬からはNTTドコモのLTEサービス「Xi」にも対応することになる。

 「LTEサービスを利用できるようになることで、モビリティでの快適性がさらに進化する。シートバッテリーとの組み合わせで、ブロードバンド環境を実現しながら、1日中外で利用することができるようになる」(赤羽副本部長)というのも、究極のモバイルPCを実現するには必要な要素だ。

●なぜ「X」ではなく、「Z」なのか?

 これまでのVAIOシリーズにおいては、薄さを追求した製品には「X」のブランドがつけられていた。

 その流れを考えれば、今回の16.65mmという驚くべき薄さを実現した製品には、Xシリーズのブランドを与えることもできただろう。実際、マーケティング部門ではそうした議論もあったようだ。

 だが、ソニーは今回の製品に「Z」の冠をつけた。ここに同社VAIO&Mobile事業本部の強い思い入れがある。

 これまでにSZシリーズ、Xシリーズの開発にも携わってきた、林統括部長は次のように語る。

 「初代Zシリーズから追求してきたコンセプトは、究極のノートPC。Zを利用することで、仕事のパフォーマンスが1.2倍にも、1.3倍にもあがると感じてもらえるPCであり、他社製品との違いを明確に感じてもらえるPC。言い方を変えれば、いい仕事をするためには、いいツールが必要だと思っている人たちに満足してもらえる製品である。その点で、今回の新たなVAIO Zは、Zシリーズの正常進化だと捉えている」

 林統括部長は、「使う人が気持ちよくなれるPC」、「存在感があって格好良く持てるPC」という表現も使う。そして、それを実現することができたと、新たなVAIO Zシリーズに合格点を与える。

 赤羽副本部長も「100点満点の出来映えである」と自信をみせる。

 薄さだけではなく、パフォーマンスとモビリティを究極の形で実現できたからこそ与えられた「Z」の冠。長野統合後初の製品は、まさにソニーらしさを表現できる製品に仕上がったといえよう。

●第1四半期は前年割れからの厳しいスタート

 だが、ビジネスという観点から気になるのは、2011年度第1四半期(4〜6月)の同社PC事業が前年割れでスタートしたことだ。

 同四半期のPCの出荷実績は180万台。前年同期実績の190万台を下回る形となった。

 2011年度通期の出荷計画は同社初となる年間1,000万台。前年実績の870万台を大きく上回る計画だ。その点でも第1四半期の前年割れの実績は、計画達成に向けて厳しい出足となったことは明らかだ。

赤羽副本部長

 赤羽副本部長は、「欧米での市場の低迷、東日本大震災の影響で夏モデルの一部で発売時期が後ろ倒しになったり、部品不足により予定数量が生産できなかったことが要因」とする。

 一部には調達可能な部品を使用して生産量を確保するために設計変更に取り組んだ機種もあったという。

 しかし、欧米での市況の低迷は依然として続くなど、第2四半期も厳しい状況が続くと判断。「上期は厳しい状況には変わりがない」と、上期は前年実績の維持が当面の目標となりそうだ。

 だが、2011年度のVAIO事業の基本方針はプレミアム戦略の推進である。出足が遅れた2011年度の1,000万台の計画を達成するためには、方針転換をして、昨年同様に普及価格帯の製品の成長に力をそそぐことも考えらそうだが、赤羽副本部長はそれを真っ向から否定する。

 「PC事業の成長にはBRICs、東欧、中近東、南米市場での事業拡大がひとつの鍵になり、その点では普及価格帯の製品も重要な役割を果たす。しかし、2011年度の事業成長の主軸は、あくまでもプレミアム製品。すでに投入しているSシリーズ、今回投入したZシリーズに加えて、追加する形でプレミアム製品を投入し、これが成長をドライブしていく計画には変更がない」とする。

 秋冬モデルにおいてもプレミアム製品を中心とした製品戦略を維持する姿勢を改めて強調した格好だ。

 黒字化は前提とはいえるが、年間出荷1,000万台という数字の達成よりも、2011年度はプレミアム製品の投入によって、「ソニーらしさ」を実現する製品を投入し、ユーザーからのVAIOに対する評価を高めることが、最優先課題といえそうだ。