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iTunes Matchでビットレートロンダリング

 日本でもアップルによる「iTunes Match」のサービスが始まった。手元の楽曲とサービス側の楽曲をマッチングし、あらゆるデバイスから自分のライブラリを利用できるようになるというサービスだが、本来の趣旨とはちょっと違った使い方をしてみる。

 ちなみに、この顛末はTwitterの「@syohei」のアカウントで進捗をつぶやいている。こちらも併せてご覧いただきたい。

25,000曲上限に二の足を踏む

 米国では2011年に開始されていたiTunes Matchだが、日本では3年間遅れてしまう結果になった。サービスの開始は何の前触れもなく、ゴールデンウィークの合間、5月2日にいきなりアナウンスされ、即座にサービスが開始された。

 サービス仕様は、3,980円の年間登録料で、最大10台のデバイスでライブラリを共有できるというものだ。ライブラリの楽曲数上限は25,000曲、ただし、iTunesストアで購入した楽曲は別勘定となりカウントされない。iTunesによるコンピュータの認証は5台までなので、ちょっとした矛盾がある。

 サービス開始時点で、ぼくのiTunesライブラリは32,287曲あった。従って、このサービスを利用するにはライブラリをダイエットする必要がある。なんらかの基準で2つ以上のライブラリに分割しなければならないわけだ。

 個人的に、ライブラリは1つになっていなければ意味がないと思っている。大量の楽曲があって、それをうまくプレイリストやスマートプレイリストで抽出したり、並び替えや検索を駆使して楽曲を楽しみたいからだ。ライブラリを分割するのは簡単だが、個々のライブラリを楽しむための切り替えは面倒だし、ライブラリをまたいだ串刺しの抽出も難しい。

 32,287曲というのは、それなりの数に思えるが、コンパクトディスク(CD)の生産が始まったのが1982年で、その当時から32年間かけて買い続けてきたことを考えれば、特に多い方ではないと思う。平均10曲あるとして、CDの枚数は3,200枚程度だろうか。おおざっぱにいって1年間に100枚という計算になる。それに対してiTunesストアで購入した楽曲はたった8曲しかない。未だに楽曲購入のほとんどはCDだ。

「なんちゃって256」で不適格危機突破

 iTunes Matchで嬉しいのは、手元の楽曲とサービス側の楽曲がマッチした場合、サービス側の楽曲が使われるという点だ。というのも、ぼくのライブラリにはビットレート96kbpsの曲が大量にあるからだ。これは、2005年春頃に「iPod Photo」を使い始めた当時、手元の楽曲を1カ月ほどかけて一気にリッピングしたときのものだ。iPod Photoのストレージは60GBしかなく、ビットレートを落とさなければ全部入りきらなかったのだ。

 数えてみると96kbpsの曲は19,313曲あった。さらに、途中で128kbpsに切り替えてからのものがあり、サービス側が提供する256kbpsの楽曲に満たないビットレートの楽曲は、合計23,410曲あることが分かった。

 ならば、低ビットレートの楽曲を、現状で使っている256kbpsのものに変換する目的で、このサービスを使ってみようと考えた。その作業だけのためでも1年間分の登録料3,980円は決して高くない。大量のCDの再リッピングには膨大な時間と手間がかかることを考えると十分にリーズナブルだとも思う。

 そう考えてiTunes Matchサービスの利用を開始したのが、5月5日だった。決済は、iTunesストアにプリペイドしてある金額から充当した。このプリペイド分は2枚目半額キャンペーンのときに買いだめしておいたものなので、実質25%引きということになる。

 まず、32,387曲を含む既存のライブラリをそっくり別環境にコピーし、そこからビットレート200kbps以上の曲を全削除した結果、23,410曲のライブラリができた。この楽曲数ならサービスを利用できるので、この状態で、iTunes Matchをオンにした。

 20分ほどかかって情報集めが終わりマッチング処理が始まった。マッチしているかどうかは曲リストの項目でiCloudの状況を表示させれば曲ごとに分かる。観察していると、どうもビットレートが96kbpsの曲は「不適格」となるようだ。

 そこで、いったんマッチング処理を中止し、ビットレート96kbps以下の曲を全て、iTunes上で256kbpsに変換した。いわば「なんちゃって256」だ。iTunesのAAC変換では、再生回数なども引き継がれるのが嬉しい。もちろん「なんちゃって」なので、ビットレートを上げても音質がよくなるわけではない。ない音はないままなのだ。CDは全部手元にあるが、それをもう1度リッピングし直すなんて考えたくもない。

 再変換は1分あたり10曲程度のスピードで進んだ。そして、約30時間かかって変換作業が完了した。

 そして、もう1度マッチングを開始、期待した通り「なんちゃって256」の楽曲もマッチングの対象になる。そして、最終的にマッチしたのは13,993曲、つまり、約59%がマッチしたことになる。予想したよりはずっとマッチ率は高かった。

 マッチング処理が終わると、マッチしなかった楽曲ファイルがiCloudにアップロードされる。こちらは時速400曲くらいで、けっこう高速だ。

生まれ変わったライブラリ

 一方、マッチはしてもライブラリの楽曲がサービス側の楽曲と自動的に置き換わるわけではない。そこで、アップロードが終わったところで、マッチしている楽曲を、いったんライブラリから全削除する。全削除してもマッチの是非は保たれる。サービス側に楽曲データはあり、再生回数などもそこに記録されているはずだ。分かってはいるけれど、削除は勇気がいる。

 思い切って削除すると、曲はないのに曲がある状態になった。つまり、ローカルには楽曲ファイルがないが、サービス側は曲ファイルを持っているということだ。それらの曲を全選択し、ショートカットメニューからダウンロードを指示すると、ダウンロードが始まった。これまた期待通り、ファイルは256kbpsビットレートに生まれ変わっている。こちらは時速600曲程度でダウンロードが進んだようだ。

 最終結果として、

マッチ
13,922曲
購入した項目
8曲
アップロード
9,357曲
待機中
12曲
不適格
5曲
複製
44曲

となった。合計23,418曲で、原因は分からないが、なんだか曲が増えている。待機中、不適格、複製になっている曲を聴いてみると、ファイルが壊れているものがあるようだ。あるいはとても特殊な楽曲だったりする。

 例えば、19のセカンドアルバム「無限大」は、13曲目から18曲目まで無音のトラックが続き、19曲目にシークレットトラックとして「ベーゴマ」があり、それが終わってまた2曲の無音トラックが続く。こういうのもうまくいかないようだ。

 これで失われてしまう曲は縁がなかったものとして諦めることを決意、iTunes Matchをオフにして、元のライブラリからホームシェアリング経由で8,977曲をインポートした。これらの曲は、CDからiTunes Plus ステレオ256kbpsで取り込んだ楽曲で、再構成した低ビットレートの曲と合体させることで、新しいライブラリとして完成させる。再生回数はリセットされるが仕方がない。

 こうして、5月5日の10時30分にスタートしたロンダリングプロジェクトは丸5日間かかって完了した。25,000曲を超えているので、この環境ではもうiTunes Matchを利用することはできない。もともと157GBだったライブラリの総容量は、256GBまで膨れあがっている。この中にはマッチしなかった「なんちゃって256」も含まれるが、将来、サービスの仕様が変わり総曲数が増えたり、新たなレーベルの扱いが始まるようなことがあれば、再びチャレンジするだろうことを考えてそのままにしておくことにする。

iTunes Matchが生むエコシステム

 何をもってマッチしたとされるのかは謎だ。曲名やアルバム名のタグを解釈しているようにも見えない。波形で判断しているという情報もある。実際、1990年代に、クルマの中で聴くために、CD-Rにシングル曲だけを集めて焼き、iTunesライブラリの曲としては「トラック1」「トラック2」といったものになっている曲でさえ検証され、マッチした結果、正しい256kbpsビットレートファイルに置き換わっているものもたくさんある。置き換わったからといって、ファイル名はそのままだし、新たにタグが追記されるわけでもない。

 いずれにしても、約5日間かかって手に入ったのは高ビットレートに生まれ変わった楽曲13,993曲だ。1曲あたり0.28円。十分なコストパフォーマンスだ。とりあえずは、これでiTunes Matchを使うことは当面ないだろう。iPadなどでオンにしても、25,000曲という制限がある限り、新たに入手した曲を追加することができないからだ。

 肥大化したライブラリは、もうメモリカードなどには入りきらない。仕方がないのでバックアップとして、Googleドライブにアップロードした。ぼくの使っているプロバイダは、24時間で15GB以上の上りトラフィックが、ほかの顧客に影響を与えていることが判明すると警告等があるはずなのだが、ひやひやしながらやっていたところ、約40時間かけてアップロードが完了した。帯域制限もなかったようだ。

 手持ちの楽曲は、CDからリッピングしたものばかりで、正確には曲を聴く権利を購入したものだ。iTunes Matchを利用するユーザーは、自分の所有している楽曲を、ほかのデバイスで聴く際に、ストリーミングやダウンロードを選択できる。そのたびに、楽曲の権利を持つ著作者には、少しずつではあっても使用料が分配されるのだろう。また、購入した曲であっても、再ダウンロード時やストリーミング時には同様の分配があるかもしれない。この仕組みは、どんなに高値で売買されても著作者には1円の利益にもならない中古市場などで流通する著作物が、作った本人に再び益をもたらすというエコシステムを築くかもしれない。それはそれで大きな意味があるし、著作でメシを食う立場としてはうらやましい限りだ。

(山田 祥平)