山田祥平のRe:config.sys

クラウドをキャッシュせよ

 かつてのPCは、情報生産の道具としての役割を一手に引き受けていたが、それに加えて今、消費の道具としての役割をも引き受けようとしている。だが、飛行機の中のようにインターネットから隔離された場所では情報消費型のデバイスは無力だ。もちろん、あらかじめ音楽や映像、写真といったコンテンツを用意しておけばいいが、そのためには、ある程度生産的な作業が必要になるといったジレンマがある。

消費型デバイスにはクラウドが必須

 最近では飛行機でもWi-Fiが使えるようになるなど、インターネットから隔離されるのは離陸時と着陸時のわずかな時間のみという風にはなってきているが、そうはいっても、すべてのフライトが対応しているわけではない。また、飛行機の中でなくても、たまたま居合わせている空間が通信圏外ということもあるだろうし、旅行や出張で出掛けた外国で、適当な通信手段がないというケースもある。

 ネットワークから遮断されたデバイスで何ができるのだろうか。例えば、工場出荷状態のスマートフォンやタブレット、PCなどを、ネットワークが使えない場所で、いきなり渡されても、初期設定さえままならないのはご存じの通りだ。

 思いつくことといえば、ゼロから何かを作る行為。文章を作ったり、絵を描いたり、写真を撮ったりといったことだろうか。あるいはゲームがプリインストールされていれば、それで遊ぶか。いずれにしても、できることは、相当限られる。

 ゼロからものを創れるアーティストならともかく、ぼくらのように平凡な一般人にとっては、ネットワークにつながらないデバイスは、白紙のノートに過ぎないわけだ。これは怖ろしくつまらない。クラウドの向こう側に、無尽蔵なコンテンツがあるからこそ、消費型デバイスは成り立っているのだということを痛感する。

 今、パッケージ型のコンテンツは絶滅の危機に瀕しているわけで、本は書店、CDはミュージックショップで、DVDはレンタルショップでといった当たり前が、当たり前ではなくなりつつある。とにかく、つながっているうちに、つながっていない時の下準備をしておかなければ、各種のデバイスは、その能力を発揮できないし、携帯する意味が激減してしまうのだ。

自前を余儀なくされているクラウドのキャッシング

 かつて、これらのデバイスに必要なものは電力だった。例えば、新幹線で東京から大阪までを移動する時間に、バッテリの心配をすることなく使えればよしとされていた時代があった。通信のことなどおかまいなしだ。たまっているメールへの返信をせっせと書いて、目的地に着いてネットワークにつながった時点でまとめて送信するということが普通に行なわれていた。

 個人的にも、東京で新幹線に乗り込み、せっせと原稿を書き、名古屋駅での停車中にPHSでインターネットに接続し、発車までのわずかな時間に、いつ切れるかとハラハラしながらそれを送るといったことをやっていた。

 今、新幹線は座席ごとに電源コンセントが用意されているし、走行中の通信も容易になった。そんな時代になったが、その一方で、PCのバッテリは東京-大阪間くらいなら余裕で保つようになってしまっている。今や、心配すべきはスマートフォンのバッテリだったりするわけだ。つまり、情報を消費することに特化したデバイスであればあるほど、電力も消費するといったところだろうか。

 ともあれ、ネットワークから遮断された状態でも、何かしらのことができるようにするために、ぼくらはコンテンツをデバイスに入れておく。それは音楽データであったり、電子書籍だったり、動画データであったりするわけだ。そして、そのオーサリングやアレンジは、デバイス単体でもできるにせよ、PCのように処理性能が高く、使い勝手のいい環境があった方がやりやすい。

 言ってみれば、ネットワークに依存しないコンテンツの用意は、クラウドのキャッシングでもある。現金を意味するcashではなく隠し場としてのcacheなわけで、本当は、キャッシングがインテリジェントに機械任せで行なわれるのであれば、ぼくらが自身の手で自発的に目的のデータをキャッシュしておかなくても、ネットワークにつながっていようがいまいが、あたかもずっとつながっているかのように、コンテンツを消費できる。でも、まだ、そういう世の中ではない。だからこそ、自前で下準備をしておく必要があるわけだ。

未来を予測してキャッシュせよ

 ぼくのTwitterアカウント@syoheiは、たかだか200強のアカウントしかフォローしていないが、それでもミーティング中などで、1時間も見ないとタイムラインには100程度のつぶやきがたまる。ちなみに、リスト化しているニュース系アカウントのつぶやきも同じくらいの頻度で更新される。メールであればSPAMを除いて5本/時間程度といったところか。たぶん同業者の中では圧倒的に少ないとは思うが、飛行機で太平洋でも渡ろうものなら、結構な量の未読がたまる。

 その未読を読み進めるたびに、かつて、パソコン通信の時代に、せっせとBBSを巡回しながら未読を消化していたことを思い出す。とにかく読まねばならないという義務感的な気持ちさえあった。常時接続など夢の時代、あの頃の通信ソフトはログ機能が必須だったし、インターネットが一般的になったあとも、通信費の節約のためにサイトデータをキャッシュするソリューションは人気があった。

 本来は同期環境のコンテンツを非同期な環境で楽しむのだから、インタラクティブとはほど遠いのだが、今、スマートフォンなどでニュースサイトのデータを自動的にキャッシュしていたり、あとで読む系のアプリの使い勝手を体験すると、やっていることは、四半世紀前と何も変わらないのだなとも思ったりする。

 自前でのキャッシュと、自動キャッシュ。アプリごとではなく、デバイスごとでもなく、これらを複合的にマルチデバイスで使う個人の環境を、丸ごとインテリジェントにキャッシュしてくれればなと思う。クラウドにそのキャッシュを置き、さらに、それをそれぞれのデバイスが適当な頻度でダウンロードすればいいのだ。そのキャッシュの中に、予測された未来があればいい。冒頭の写真はGoogleの最初のサーバーラックだが、次のGoogleには、そんな未来を期待したいものだ。

 すでに、それに近いことはできている。インターネットから隔離されたわずかな時間を、有意義なものにするために、膨大な計算機リソースが使われるというのもロマンではないか。だが、そのロマンを定額通信の帯域制御が阻害してもいる。やっかいな時代だ。

(山田 祥平)