1カ月集中講座

今どきのタブレット/スマートフォン向けSoC 第2回

〜Qualcomm、Samsungの強さはどこにあるのか

 第2回は、Android搭載スマートフォン/タブレット向けの2大SoCベンダーと言っていいQualcommとSamsungについて、その生い立ちと戦略を説明したい。

LTEモデム統合で優位性を高めたQualcomm

 前回も紹介した通り、Qualcommは元々CDMA方式の通信規格の成立と、これを利用したモデムビジネスで大きくなったベンダーである。「cdmaOne」として知られる「IS-95」という通信規格も、元々はQualcommの社内プロジェクトの成果が元になっている。このあたりはUSBやPCI/PCI Expressといった規格がIntel社内プロジェクトを元に広まっていった経緯と良く似ている。

 もちろんQualcomm“だけ”でCDMAやこれに続くCDMA2000、さらにはLTEといった通信規格が作られたわけではなく、多くのベンダーやキャリアを巻き込んでの開発になったわけだが、やはり標準化作業を主導する立場を取れると、その後の製品開発で多少なりとも競合メーカーをリードできる。

 この結果として、同社はCDMA向けのモデムチップを開発し、これはCDMA方式を採用した携帯機器メーカーに広く受け入れられる事になる。当時のモデムはプロセス技術の問題で1チップで収まるものではなく、複数チップから構成されていたが、当時の携帯電話のサイズでは、それほど大きな問題とはならなかった。

 その後、同社は引き続き性能の改善や新技術(CDMA→CDMA2000→WCDMA)への対応、パッケージの小型化などに努める一方で、さまざまな要素技術を持つ会社の買収を進める。

 例えば2004年にはディスプレイ技術を持つIridigm Display Corporationを買収したり、2006年にはRF CMOSの技術を持つBerkana Wirelessを買収したり、といった具合だ。2009年にはAMDからImageonの資産を開発部隊ごと買収している。こうした地道な技術集積の結果として、モデムチップの「Gobi」が登場。そして、Gobiを内蔵したSoCである「Snapdragon S1」が2007年に投入されてから、話が色々と変わり始めた。

 元々Qualcommは、モデムビジネスで主要な携帯電話メーカーにがっちり食い込んでいた。これは前回もちょっと説明したが、なんと言ってもCDMA方式はQualcommが総本山だし、それ以外にもGPRS/EDGE/HSPAなどの方式に対応したモデムをラインナップしていたため、(アプリケーションプロセッサはともかく)モデムはQualcomm、と決めているメーカーが少なくなかった。その上でSnapdragonでアプリケーションプロセッサとモデムまで統合したSoCをリリースすると、仮にアプリケーションプロセッサの性能がほかと変わらなければ、実装面積や部品コストの観点で大きなメリットとなる。特に、Qualcommのモデム統合SoCの部品コストが、他社のアプリケーションプロセッサ+Qualcommを下回った瞬間に、これは大きなアドバンテージとなる。

 QualcommはQualcommで、モデム単体で売るより売り上げが増えるわけで、寡占化が進み始めるのはある意味当然である。Snapdragon S1の初期製品は、CPUがARM11の528MHz、GPUはなく2Dのフレームバッファ+α程度の機能しか持ち合わせていなかったが、2008年に投入された「MSM7227/7627」はCPUがARM11 800MHzにパワーアップし、GPUもAMDからImageonのライセンスを受けて作られたAdreno 200になり、他社製品に見劣りしなくなった。かくしてここからSnapdragonの市場制覇が始まってゆく事になる。

 しかも、ここで手を緩めないのがいかにもQualcommなのである。2005年にARMは「Cortex-A8」を発表し、TI(Texus Instruments)やSamsungなど主要なアプリケーションプロセッサベンダー(Qualcommにとっては競合ベンダー)は、こぞってCortex-A8の採用を決め、物理実装に入っていた。

 ところがQualcommはCortex-A8をお気に召さなかった(?)ようで、2007年のARM Developer ConferenceでScorpionコアを発表する。

Scorpionコアの概要。20〜25 FO4という高速動作を想定していないターゲットサイクルで設計されており、明らかに省電力向けとしている事が分かる

 パイプラインは整数演算で10〜12ステージ、ロード/ストアで13ステージなのでCortex-A8とあまり違いはないが、デコードが2命令/サイクル、命令発行が事実上3命令/サイクルというスーパースカラ/アウト・オブ・オーダー実装は、Cortex-A9に比する構造である。実際1GHz動作で2,100 DMIPS(2.1 DMIPS/MHz)という設計目標はCortex-A8の2 DMIPS/MHzを上回っている(Cortex-A9の2.5 DMIPS/MHzほどではないが)。

 2007年といえばARMもCortex-A9を発表した年であるが、競合メーカーはそこからライセンスを受けて実装に入るのに対し、すでにQualcommは、この時点で論理設計はおろか物理設計もほぼ済ませていた。結果、ほかのアプリケーションプロセッサベンダーは2009年に入ってからCortex-A9搭載SoCのアナウンスを始めたのに対し、Qualcommは2008年中にこのScorpionコアを搭載した「QSD82500/8650」の出荷を開始している。つまり、ここでもう一度、他社製品との差別化が可能になり、これがSnapdragonの寡占化に一層拍車を掛けることになったわけだ。

 この構図はLTE世代で再び繰り返される事になった。Qualcommは第4世代のGobiでLTEへの対応を行なった。この時点でまともなLTE対応モデムはQualcomm、NTTドコモと国内メーカーが共同開発した通称「さくらチップ」しかなく、しかもさくらチップは対応周波数が日本向けだったから、結局、全世界に対応できるものは事実上Gobiしかなかった。これに合わせ、Qualcommは新たに「Krait」コアを開発、これを搭載した「Snapdragon S4」のサンプル出荷を2011年中旬から開始する。

 Kraitコアそのものの内部構造は、パイプラインが11ステージほどに短縮され、デコードが3命令/サイクル、発行が4命令/サイクルとなる、やはりスーパースカラ/アウト・オブ・オーダー実装で、構成的にはCortex-A15に近い。Kraitもいくつかのバージョンがあり、性能は初代Kraitが3.3 DMIPS/MHz程度、最新のKrait 450が3.51 DMIPS/MHzほどとされる。Cortex-A15が3.5 DMIPS/MHzだから、同等と考えて良いだろう。同等でないのは投入時期で、Cortex-A15を最初に実装したSamsungの「Exynos 5」のサンプル出荷が2012年後半であるのに対し、そのほぼ1年前にCortex-A15とほぼ同等のコアを集積したSoCを、モデム込みで提供できたのである。こうなると、Qualcommを使わない理由を探す方がむしろ難しいぐらいだ。

 つまりQualcommは、

  • 先端の通信方式に対応したモデムを、キャリア認証を取得した形で、しかもSoC統合として提供できる。
  • CPUコアやGPUコアは、競合製品と比較して性能が高いわけではない。プロセスが同じで消費電力枠も同じだと、アーキテクチャを工夫したからといってそう性能差が出るわけではない。ただし、それを競合製品よりも早期に提供できる。

という2点に大きな価値を持っているわけだ。

手持ちのNexus 4で規制情報を表示すると、ヨーロッパ/アメリカ/韓国/オーストラリア/ニュージーランド/フィリピン/ロシア/メキシコ/カザフスタン/インド/日本の国別の認証マークがずらずらと示される

 ここでこのキャリア認証について、もう少し説明しておく。「キャリア認証」という言葉はさまざまなシーンで使われており、しかも別の意味だったりする(通信キャリアによる本人認証まで「キャリア認証」といわれていたりする)が、ここで言っているのは「Carrier Certification」の事である。

 一般に携帯電話の場合、まずは一般的に通信規格や標準に合致しているかどうかの認証を、その国の機関から受ける必要がある。日本で言えば、総務省から技術基準適合証明等マーク(通称技適マーク)を受けないと、そもそもその国内での利用ができないのはご存知の通り。

 これを取得するのも一苦労なのだが、まだ序の口。あくまでも、発信する電波がその国の規制に従っているかどうかを示すだけで、通信できることを保証しているわけではない。国内であればNTTドコモ、au(KDDI)、ソフトバンクモバイルなどの各通信キャリアごとに、そのキャリアで問題なく通信できるかを個別に確認する必要がある。厄介なのは、キャリアごとに基地局の機材も違うし、通信方式(電波レベルに加え、その上のハンドシェイク層とか、もっと上のプロトコル層とかも含めて)にカスタマイズが施されているケースもあるので、それらを踏まえてちゃんと通信できることを確認しなければならない。

 これが完了して、通信キャリアから「この携帯電話はちゃんとウチと通信できるもの」というお墨付きをもらうのがキャリア認証である。これは国別ではなく、通信キャリア別なのが面倒なところで、LTEともなると取得するための手間と金額が馬鹿にならない。

 ここでQualcommの強みが出てくる。QualcommのGobiを使う限り、このキャリア認証の手続きが非常に楽なのだ。というのはGobiそのものが各通信キャリアから認証を取得済みなので、搭載デバイスはキャリア認証を取るためのテストをやり直す手間が原則として不要だからだ。現在、LTEモデムのほとんどがQualcomm製である最大の要因であり、他社が追従できない部分でもある。実際ある半導体ベンダーは「もちろん技術的にLTEモデムを提供することは可能だが、キャリア認証に要する手間とコストを考えると、後発組はビジネスとしてすでに成立しない」と語っていた。当然ながらQualcommも同じ手間とコストを支払ったわけだが、それはGobiがマーケットをほぼ占有することで十分に償却できた。ところが後発組は同じコストをかけても、やっとGobiと同列に並ぶレベルなのであって、そこからコストを償却できるほどの売り上げを立たせるための武器にはならない、ということだそうだ。

 では、このままQualcommが市場を寡占化し続けるのか? という疑問については、長期的には不明瞭である。

 1つ目の問題がモデムである。確かに現時点でLTEモデムを提供しているベンダーは少ないが、長期的にはかつての2G/3G/3.5G同様に、LTEの技術そのものが一般的になっていき、提供するベンダーが増えてくることは想像できる。そうした状況におけるQualcommの切り札は、通信関係で多くの特許技術を押さえているところだが、例えばGoogleはMotorola Mobilityを買収して対抗する特許技術を確保しているから、「Androidを使う限り(Googleの保有する特許と相殺する形で)Qualcommからライセンスを受けなくても使える」といった抜け道が今後出てくる可能性は強い。そもそもLTEの仕様を策定している3GPP自身が“LTEの普及のためには各社が持っている特許がネックになる”と認識し、低価格な特許で利用できるような技術開発を推進している状態である。

 こうなってくると、将来に渡ってGobiで市場を占有できるとは限らない。Qualcommもこれが判っているからこそ、今年、いち早く次世代規格のLTE Advancedへの対応を表明したわけだが、その後のLTE-Advanced Evolution(LTE-B)やLTE-Xに関してはまだ動向がハッキリしていない。仮にこうした新技術が途絶えてしまうと、Qualcommの優位性は次第に薄れてゆくことになる。

 2つ目の問題は、同社がファブレスであることだ。この結果、ファウンダリの生産状況の影響を多大に受ける事になる。実際、2012〜2013年頭にかけてSnapdragonの供給が非常に逼迫し、携帯機器メーカーがやむなくSnapdragon以外のチップを探すといった形になったのは記憶に新しい。これは、当時、TSMCの28nmプロセスの供給能力が業界の需要に全く対応できないほど低かったことに起因したが、今後もこうしたことが繰り返される可能性は少なくないだろう。

 3つ目の問題は、製品がどちらかというと高価格帯寄りなことだ。Scorpion/KraitはどちらもARMからアーキテクチャライセンスを取得して自社でインプリメントを行なっているから、これにかかるエンジニアリングコストは莫大なものであろう。またGobiモデムの開発費(その半分は専らキャリア認証や国別認証に掛かるコストだが)も決して安くはない。これらの開発費が上乗せされている分、SnapdragonのSoC価格は高めである。例えばローエンドのSnapdragon 200を使っても、100ドルクラスのスマートフォンを作るのは非常に難しいとのこと(筆者が話を聞いたあるメーカーの担当者曰く「無理」)で、今後こちらのマーケットをどう攻略するかに関しての明確なロードマップは、今のところ同社からは提示されていない。

 ちなみに、Kraitコアの賞味期限はそろそろ終わりが近いようだ。先月、ハイエンドとなる2.5GHz駆動のKrait 450を搭載したSnapdragon 805を発表したが、これは現行の28nmプロセスではほぼギリギリのところだろう。これに続くものとして、同社は現在、64bit CPUへの移行を進めていることは間違いないようだ。関係者は明確には述べなかったが、ARM v8のアーキテクチャライセンスとCortex-A50シリーズ(おそらくA53)のプロセッサライセンスはすでに取得済みの模様だ。

 元々Scorpion/Kraitは、その時点でのハイエンド系列(Cortex-A9/A15)に互する性能を持つ独自コアを狙っているから、ローエンド向けには動作周波数を減らしてもまだオーバースペック気味である。だから、Snapdragonでもローエンド系列はCortex-A5(MSM7627A/MSM7227Aなど)やCortex-A7(8926/8612など)を搭載している。これに倣って、ローエンド向けはCortex-A53コア、ハイエンド向けは独自コア(おそらくCortex-A57と同等以上の性能を狙ったもの)を投入する方向になると思われる。

 ……という原稿を編集部へ提出した翌日の12月10日に、Qualcommは64bit対応の「Snapdragon 410」を発表した。410という型番から分かる通りこれはミドルレンジの下の方で、実売価格150ドル前後のスマートフォンがターゲットとされる。リリースには明記されていないが、既存のSnapdragon 400シリーズがKraitを搭載するものとCortex-A7を搭載するものとが混在していることから考えて、Snapdragon 410はCortex-A53を搭載していると想像される。当面はこのSnapdragon 410を64bit移行への足がかりとして、本格的に64bitにシフトするのは現在開発中の独自64bitコアの投入待ちとなるだろう。

自社製品、自社ファウンダリが強味のSamsung

 Qualcommとはまた異なった戦略でスマートフォン/タブレット向けSoC市場で大きな存在感を維持しているのがSamsungである。

 元々Samsungは古くからのARMのパートナー企業であり、ARM7TDMIやARM9コアをベースに、組み込み用途向けに多くの製品をリリースしている。また、アプリケーションプロセッサのマーケットにも、ARMコアをベースとした製品を早くから送り出している。現在もARM9ベースARM11ベースのアプリケーションプロセッサをラインナップしているところはさすがである。

S3C6400

 実はこのARM11ベースの「S3C6410」の前モデルであった「S3C6400」は、初代iPhoneのアプリケーションプロセッサのベースになったものと見られる。このS3C6400は、POP(Package On Package)オプションが用意されており、これを使って同社のMobile DDR SDRAMを実装したものが初代iPhoneのプロセッサとして採用された。このS3C6400ベースの独自プロセッサは、その後若干仕様を変えてiPhone 3Gにも採用されるに至る。

 Samsungはこれに続く世代として、ARMからCortex-A8コアのプロセッサライセンスを受け、これを搭載した製品を新しく「Exynos」という名称でラインナップする。

 初代は同社の45nmプロセスを使ったCortex-A8シングルコアの「Exynos 3」であるが、続いて、45nmのままCortex-A9 MP(マルチコア)に切り替えた製品を「Exynos 4」として投入。後追いで、同社の32nm HKMGプロセスを使うとともにクアッドコアの製品も投入する。2012年には業界に先駆けて、Cortex-A15をベースにした「Exynos 5」をまず投入、後追いで28nm HKMGプロセスに切り替えた製品を投入している。

 このパターン、どこか見覚えはないだろうか。まるっきりIntelのTick-Tockモデルそのものである。これを可能にするためには、先端プロセスを利用できるファウンダリと、大量製造を支える需要の両方が必要であり、Samsungはこの両方を保有している。TSMCやGLOBALFOUNDRIESに比べるとあまり目立たないが、Samsungも自社でファウンダリビジネスを行なっており、現在は28nmのHKMGプロセスが提供されているが、同社はCommon Platformの一員であり、このあと20nmプロセスや14nm FinFETプロセスを提供していくことを今年のCommon Platform Technology Forumで明らかにしている。こうした最新プロセスを常に使えることが同社の大きな強みである。

 もう1つの需要面は、もはや言うまでもない。Samsungの「Galaxy」シリーズの膨大なラインナップとその売り上げ台数の多さは、読者諸兄もご存知であろう。このGalaxyシリーズの大半にExynosが搭載されているという時点で、需要もまた膨大なことは容易に想像できる。Tick-Tockのように複数のプロセスノードにまたがる形で先端SoCを作るという作業は、その初期費用(設計費用や生産のためのマスクコストなど)の高さから、ファブレス企業ではなかなか手が出ない方法である。ところがSamsungの場合は、Galaxyシリーズのお陰でこのハードルを乗り越えることが出来たわけだ。

Galaxy Note 3
Galaxy S4

 一方、“SoCの中身”という観点で言えばこれといって特徴のないものである。例えば最新のExynos 5の場合

CPUコア: Cortex-A15 Dual/Cortex-A15 Quad+Cortex-A7 Quad(big.LITTLE)
GPUコア: Mali-T600シリーズまたはPowerVR SGX

で、これに動画エンコーダ/デコーダやカメラ用のISPなどを組み合わせただけだ。ARMのIPのサンプルのような作りといっても差し支えない。実はこれこそがSamsungの価値と言ってもいい。

 誤解を恐れずに言えば、Samsungには自社でCPUやGPUを設計する能力がない。ここで言う“設計”とは、ASICなどの設計で言うところの上流設計、つまり論理レベルのデザイン能力を指す。実際、Samsungは独自アーキテクチャのCPUを全く持っていない。強いて言えば今年IXYS Corporationに売却した4/8bit MCUの「S3」シリーズがあるが、大元はというと「Z8」アーキテクチャベースの「SAM8/SAM88」コアを利用したもので、周辺回路はともかくコアアーキテクチャをゼロから起こしたものではない。またSamsungが旧DECと共同で興したAPI Networks(旧名はAPI:Alpha Processor Inc.)もあまり成果を生み出せないまま解散しており、しかもこの解散に当たってほとんどのエンジニアはAMDに移籍してHyperTransport Linkの開発に従事してしまった結果、Samsung側に(Alphaのライセンスこそ取得したものの)あまり設計リソースは残らなかったようだ。

 その反面、物理設計に関しては豊富なリソースとデザイナーが揃っている。そうでなければAppleの歴代プロセッサを製造することなど無理だっただろう。そもそも先述の福田氏のレポートにもあるように、GLOBALFOUNDRIESとほとんど同規模の売り上げ(2012年には世界3位の43億3千万ドル)を立てている以上、物理設計能力がないというのはありえない。先にARMのサンプルがSamsungの価値と説明したのはこの点である。

 同社はファウンダリであるから、論理IPそのものの品揃え能力には欠ける。ただこれはARMのエコシステムに加わっていれば容易に手に入るものである。その一方で物理設計は得意だから、IPさえあればそれをチップに仕立て上げるのはたやすい。SamsungがExynos 5で他社に先駆けてCortex-A15を実装して出荷を開始できたのは、価値あるものと言えるだろう。

 加えて言えば、こうした方法はユーザー(ここではSoCを使ってスマートフォン/タブレットなどを作るベンダー)にとってもメリットがある。メーカーが独自に論理設計を行なったケースでは、そのメーカーがドキュメントやSDK、ドライバなどを用意してくれるまで、事実上自分の設計を開始できない。あるいはシミュレーション用のモデルなどもそうで、単にSoCのチップのみを提供されても困ってしまうわけだ。この点、既存のIPをそのまま使ったケースでは、こうしたものの大半はIP供給元から供給される。Samsungが自社で用意すべきものがないわけではないが、少なくともQualcommに比べるとずっと少ないだろう。これは最終的には開発期間短縮に繋がることになるわけで、これを価値と見ることもできるだろう。

Exynos 4 Quad
Exynos 5 Octa

 搭載端末の差別化という視点では、癖のないARMベースのSoCでの差別化は難しいが、そもそも最終製品の差別化をSoCでやろうと思うことがナンセンスである。ExynosにせよSnapdragonにせよ、これを採用した最終製品は世の中に山ほどあり、差別化はSoC以外で行なわざるを得ない。ならば、SoCそのものは素直で作りやすい方がむしろありがたいとも言える。いろいろな独自機能などが入っていると、むしろ使いこなしに苦労することも考えられる。

 強いて言えば、このほかにも、自社のファウンダリで製造しているが故に、生産の優先度が高いのも副次的なメリットになるだろう。TSMCなど外部のファウンダリに製造を委託している場合は、他社のSoCなどと混載になって、なかなか製品が入手出来ないというケースも考えられる。実際2012年はそういう状況だった。

 一方で、Samsungはメリットと表裏一体の問題も抱えている。まず、Tick-Tockを成立させている原動力が自社のGalaxyシリーズによる大量購入であり、同製品の売れ行きが失速すると、この構図も崩れることになる。実際に、そうした兆しも見え始めているだけに、今後は注意が必要だ。

 また、ファウンダリ側の先端プロセスが予定通りに微細化されていけばいいが、なんらかの理由で微細化が停まると、Samsungの強みが大きく損なわれることになる。これは同じTick-TockモデルのIntelとも共通する話だ。よってSamsungは先端プロセスに投資を続けざるを得ない。これは結果としてコストに上乗せされてくるわけで、結果、どうしてもSoCの価格が高止まりするのはQualcommと同じ問題である。

 ちなみに、Samsungもまた、64bitへのシフトを進めている。次の「Exynos 6」シリーズはCortex-A57 QuadとCortex-A53 Quadによるbig.LITTLE構成になるのはほぼ確定事項であり、あとはいつ出てくるか、だけが注目点である。Samsungとしては意地でも一番乗りを目指していると思われるが、果たして無事にサンプル出荷を開始できるか、注視している。

(大原 雄介)