2.5インチポータブルHDDは、とても便利な製品だ。わずか数百gの重さしかなく、電源もUSBから直接取れる。取り扱いが簡単なので、ただのストレージとしてだけでなく、離れた場所へGBクラスの大容量データを輸送する手段としても便利だ。
しかし、HDDは構造的に衝撃に弱いメディアだ。たとえば、筆者が以前に試した例では、裸にした3.5インチHDDを15cmの高さからコンクリに落とすと、もうデータが読めなくなった。10cmがギリギリだろう。
ところが、ポータブルHDDの世界では、「70cm落下試験クリア」とか「耐衝撃ゴムバンパーにより、最大2.2mまでの衝撃耐性があります」などの売り文句が氾濫している。それが真実なのか試してみようじゃないかというのが、この記事のテーマだ。言ってみれば、大人の夏休み自由研究というわけである。
ターゲットに選んだのは、バッファローの「HD-PZU3」という製品だ。これを選んだ理由は、「米軍採用品の選定に用いられる米国MIL規格『MIL-STD-810F 516.5 procedure IV』に準拠しています」と、米軍調達規格まで引っ張ってきていることと、「当社が独自に行なった2.3mからの落下試験にも合格」と、かなりの高さからの落下に耐えると主張しているからだ。
というわけで、容量が500GBの「HD-PZ500U」を3台と、比較テスト用に一般的なポータブルHDDで耐衝撃だけど、MILほどではないものも3台用意した。
今回の検証に使うバッファロー「HD-PZU3」シリーズ | ケーブルは本体に収納できる | 手前のクリアな窓がアクセスランプ。このようにケーブルは外すことも可能 |
●メーカーテストより過激なテストを実行
バッファローのWebページでは、米軍のMIL規格(落下衝撃)に準拠していると謳う |
バッファローのWebページを見ると、HD-PZU3シリーズは、MIL規格準拠で、高さ1.2mであらゆる方向から鉄板(5~10mm)に26回落として、5台のうち1台が動作するという。さらにメーカー独自のテストでは、高さ2.3mからオフィスの床にしかれているインダストリアルカーペットに10回落としても動作するというのだ。
しかしMIL規格の“テストした5台のうち1台が生き残ればOK”という判定基準は実に微妙だ。また、メーカーが発表する頑強性の数値は、だいたいマージンが見込まれていて、もう少し手荒に衝撃を加えても大丈夫になっているのが世の常だ。それでもメーカーの注意書きには「同じ実験をして必ずしも動作する保証をするものではありません」と注意書きがある。それはなぜか?
HDDはその構造上、当たり所が悪いと、すぐに壊れてしまうからだ。2.5インチHDDは3.5インチHDDに比べれば、耐衝撃性能は高いとは言え、衝撃に弱いというHDDの構造上の特性からは逃れられない。
今回試すHD-PZU3は、衝撃吸収ケースに収められているだけでなく、内蔵の2.5インチHDD自体も750G(2ms)まで耐えられるレベルの高いものが入っている。これは、体重60kgの人なら土砂を限界まで積載した4tトラックに踏まれたようなものだ。ケースに入っている点も考慮して、ざっくり計算してみると、コンクリートに落としても約3mまではイケそうな感じだ。
ではさっそく、やってみよう。
■■注意■■・分解/改造を行なった場合、メーカーの保証は受けられなくなります。 |
【第1部:移動中の衝撃】
●試験1:高さ70cmの机からの落下衝撃に強いと謳っているポータブルHDDでも、当たり所が悪いと70cmから落としてもヘッドが折れてしまう |
まずは普通のポータブルドライブなら、SSDでなければ死亡する高さで試す。70cmとはいえ、この状況だとHDDの弱点とされる上面もしくは底面から落ちるので、HDDにとっては厳しい試験となる。方法としては、テーブルの端に置いたHDDに手を引っ掛けて、フローリングの床に落としてみた。
結果として、HD-PZU3は何事もなかったようにHDDとして認識され読み書きも問題なかった。しかし、ある程度衝撃に強いはずの比較製品は読めなくなってしまった。分解して中を見てみると、内部のヘッドが折れてしまっていた。当たりどころの差もあるが、やはり耐衝撃性能にも差があるということだ。
【動画】70cmからの落下 |
●試験2:階段からの落下
階段の下まで転がり落ちるのを期待していたが、4段で止まってしまった。他のHDDでも何回か試してみたが、車輪のようにコロコロと転がり落ちる確率は低いみたいだ |
次の落下試験は、駅のホームに続く階段や歩道橋などを想定。取引先との打ち合わせ時刻が迫っていて、手に汗して握っていたHDDをポロリと落とすという、実際に起きたら手に汗どころか、全身から冷や汗が吹き出す状況だ。
このテストは、筆者宅のタイル製の外階段を使い、手に持っていたHDDはスベって落ちたものとして、最初に1段目めがげて軽く投げてみた。したがって最初に加わる衝撃は、およそ1mから落下させた程度となる。
ちなみにこの実験も比較製品で試したところ、PCで認識しなくなった。
【動画】コンクリート製階段への落下 |
●試験3:走行中の自転車からの落下
時速10km程度で走っている自転車で、高さ1m程度からの落下 |
これはおよそ1mからの落下に加え、自転車の速度が加わり、落ちた後も転がるため、あらゆる方向からの衝撃が加わりHDDにとっては相当厳しい試練だ。
結果は、まったく問題なく読み書きできる。思った以上に頑丈だ。
【動画】走行中の自転車から落下 |
●試験4:電車の網棚からの落下。しかも床はコンクリート
電車の床はたいてい特殊ゴム素材を使っているので、クッション性が高い。メーカーの実験しているカーペットへの落下と大差ないので、ここでは2.5mの高さからコンクリートの床に落下させてみた。これだけ無理なシチュエーションなら、そろそろ壊れてもおかしくない。
結果は、ここまでしても、傷ひとつ付いておらず、PCに接続しても、何もなかったかのように、読み書きできた。
犬も興味深そうに実験を見学。落ちた瞬間、これまでに聞いたことのない高い周波数のバキッ、 という音がして、犬もビックリして逃げたほどだ | これでも無傷だ |
【動画】2.5mからコンクリートに落下 |
●試験5:最後は5mからの落下
計算上は試験4で壊れる(?)予定だったのだが、急遽実験を追加し、倍の5mから落下させることにした
2階ベランダの手すりからとなっているが、ウチの場合は近くに川があり昔よく氾濫していたので、建物1Fの床は道路から1mほど高い位置になっている。ということで、5mからの落下というのは、鉄筋コンクリートのビルの2階手すりから落としたのと同等だ。
結果は、さすがに部品は飛び散り、分解する手間も省けるほどバラバラになった。しかも内蔵HDDを見てみると、筐体の一部が凹んでいる。
筆者宅の近所は氾濫に備えて道路から1mほど1階の床が高くなっている | 高さ5mからの落下に挑戦 |
今度はさすがに破壊された | 中のHDDにも衝撃が加わったようで、筐体の一部が凹んでいる |
【動画】5mからコンクリートに落下 |
しかしながら、ここまで壊れれば当然HDDとして認識されることもないだろうと思ったのだが、ダメ元でPCに接続してみると、認識されるではないか。
とはいえ、ファイルを読み込もうとすると、リードエラーが発生。さすがにMIL規格をパスした耐衝撃製HDDでも5mの落下には勝てないらしい。
しかし、一応CheckDiskを掛けてみると。なんと500GBのほぼ満杯に書き込んであったデータが復活した。とはいえ、インデックスやマスタファイルテーブル(FATやディレクトリ領域に相当)が破損していないだけで、実データは壊れている可能性はある。
ということで、独自にプログラムを書いて2,809個のファイルを元ファイルと比較テスト(要はベリファイ)したみたところ、途中で読めなくなったファイルは、たったの1個で、残り2,808個のファイルは1bitたりとも壊れていないという驚愕の結果を残した。
この状況でもHDDとしては認識 | さらにCheckDiskで、DummyDatasフォルダに入っていたファイルが全部復活した | 落下テスト前にあらかじめほぼ100%までデータを書き込んでおいた。これもほぼ生き残る結果となった |
ちなみに比較製品を5mから落としたところ、ケースがバラバラになることはなかったが、PCに接続しても認識せず、内蔵HDDの中を開けてみると、ヘッドが完全に破壊されていた。
かたやHD-PZU3シリーズは、自らのケースが粉々に壊れることでショックを吸収してデータは守り抜くという、さながら大統領のSPのような機能を果たしたようだ。
比較製品に使われているHDDでは、本来はこんな感じで4つのヘッドがあるハズだが…… | 一番下のヘッドが折れてしまって行方不明 |
【第2部:稼働中の衝撃】
●乱気流の中でも壊れないHDDのヘッドは電源を切ると、シッピングゾーンと呼ばれるオレンジ色の部品のところに移動し、衝撃から守るようになっている |
さてここまでの実験は、あくまでもPCにつないでいないときの衝撃実験だ。HDDが停止しているときのヘッドは、シッピングゾーンと呼ばれるヘッド保護&ロック領域に移動しているので、5mの高さから空中をダイブしてもまだ壊れないほど強かった。
しかしPCに接続し、HDDが読み書きを行っている最中はヘッドがディスク(プラッタ)の上に移動し、その隙間は極わずかなので衝撃に弱い。ただPCとはUSBケーブルで接続されているので、70cmの高さから床に落ちるということはまずない。
あるとすれば、次のようなシーンだろう。
・机のチョットした段差から落ちてしまった
・飛行機でPCを使っていたら乱気流に巻き込まれた
これらの状況を再現し、衝撃を与えながらHDDの読み書きをしても問題ないかを調べるため、次のような実験装置を作ってみた。
これはソレノイドと呼ばれる電磁石とバネを使って、プログラム制御して1秒間に5.8回の衝撃を与える装置だ。Gセンサーで測定してみるとほぼ4~5Gの衝撃を加えられる。
即席で作った割には、結構いい仕事してくれる打撃マシーン | Gセンサーで調べたところ4~5Gの衝撃をHDDに与えられる |
【動画】4~5Gの衝撃中の読み書き |
まず衝撃を与えない状態でベンチマーク(100MBのシーケンシャルファイルの読み書きを5回)を実行すると、読み書きの速度は次のようになった。
次に常に4~5Gの衝撃を与えながら同様にベンチマークを実行すると、読み込みはおよそ半分の速度に、書き込みは1/5程度の速度まで落ち込んだ。これは明らかに読み書き中にエラーが発生しているのが原因だ。
CrystalDiskMarkで100MBのシーケンシャルファイルを読み書きして、振動のありなしでエラーが発生したり、読み書きの速度に変化がないかをチェック。USB 2.0のHDDとしては、標準的な速度が出ている | 振動を加えながらの読み書きは、転送速度が明らかに遅くなっている。エラーが発生して何度もリトライしているためだろう |
そこでHDDのステータスを保持している、S.M.A.R.Tのパラメータを実験前後で見比べてみると、リードエラーレート、衝撃によって発生したエラーレート、ハードウェアECC検知エラー回数に変化が見られた。いずれの値も「しきい値」に近いほうがダメージが大きいことを示しているが、実験前は252だった値が、衝撃を与えて読み書きを行なった後では100となっている。
一応Windowsでは読み書き時にエラーは発生しなかったが、念のため全セクターにチェックディスクをかけてみたとことろ、バッドセクターはなく、ヘッドがプラッタに触れてデータ破損した形跡はなかった。
どうやら、HD-PZU3は、読み書き中の衝撃にも強いようだ。
振動中の読み書き実験をする前のS.M.A.R.Tのパラメータ | 実験後のS.M.A.R.Tのパラメータ。リードエラーレート、衝撃によって発生したエラーレート、ハードウェアECC検知エラー回数に変化がある | バッドセクターは見つからず。HD-PZU3は読み書き中の5Gの衝撃に耐えた |
【第3部:論理的防衛】
●暗号化記録で、論理的にも頑強にユーティリティを使うと、書き込むデータをすべて暗号化してディスクに書き込める。論理的にも頑強だ |
HD-PZU3も、最後は壊れたわけだが。メーカー発表以上の5mからコンクリートへの落下でも、破損したデータは2,809ファイルのうちたった1つだけという物理的な頑強性を示した。
しかしそこには落とし穴がある。というのは、これだけ衝撃に強いと、もし街中で知らないうちに落としてしまっても中身が壊れないため、拾った誰かにデータを盗み見られる可能性が高くなるというデメリットがあるからだ。
だが、そういう事態も想定されている。付属のユーティリティを使いパスワードを設定することで、データを暗号化して記録できるのだ。単なるパスワード設定であれば、Windowsのファイルシステムではなく、最下層のセクター単位でデータを読み込むセクターリードを使えばパスワードなどないも同然。しかし、このユーティリティは記録するデータを暗号化するので、セクターリードでデータを読み込んでも内容を解読できないようになっている。
【第4部:内部構造】
●バラしてみる最後に、そんなに衝撃に強いHDDの中身はどうなっているのか非常に気になる。ちょうど5mから落下させたHDDがバラバラになったので中身を見ると、HDD本体が、ケースの中で宙に浮いている構造となってた。
また静かな部屋で耳を澄ませていると、読み書きが終わるたびにヘッドをシッピングゾーンまで戻しているのも分かった。さらに付属のユーティリティを使うと、スピンドルも回転を停止できるので、より安全性を求めたい場合や、ノートPCのバッテリを節約したい時に使うといいだろう。
●結論:ボディの差で耐衝撃力は決まる
似たような製品ばかりに見えるポータブルHDDだが、耐衝撃性能については、ボディ構造により差があることが分かった。特に耐衝撃性能にこだわった製品であれば、日常的に遭遇するようなシーンであれば、かなり高い確率でデータを保持できる。
さすがに、自動車で轢くとか、引火までいくと別だし、落ち方によって差が出ることも予想できるが、本製品の堅牢性がかなり高い水準にあることは確かだ。
HDDが保持するデータについては、バックアップを取るのが基本だが、いつもそれができるわけではない。数千円の差額で、データの安全性が高まるのであれば、それは良い選択だと思う。
●おまけ:MIL-STD-810F 516.5 procedure IVって何
おまけとして、たびたび登場している「MIL規格」にも少し触れておこう。バッファローのWebページでは「MIL-STD-810F 516.5 procedure IV準拠」と大々的に謳われており、最近ではスマートフォンでもこれを謳い文句にしているものがある。
米国防総省のデータベースにアクセスして、この文書を入手したところ、STD-810は米軍に納品する機器の「環境/技術に関する検討事項と研究所においてのテスト」という題名の539ページに渡る公文書となっていた(もちろん全部英語)。現在は2008年にリリースされたRevision G(804ページ)が最新版だが、こちらはダウンロードできず(まだ情報公開されていない?)、2000年リリースのRevision Fと改定差分3文書(最終リリースが2003年でおよそ250ページ分)がダウンロードできる。
国防総省の発行する文書を検索するサイトで「Document ID」に「MIL-STD-810」と入力 | MIL-STD-810に関する文書一覧が表示されるので、ここからPDFのダウンロードが可能 | MIL-STD-810FのPDF。全文英語だが、PCのマニュアルと同じで難しい言い回しがないので、さほど難しくないだろう(出典:MIL-STD-810F) |
このMIL-STD-810には、米軍に納めるあらゆる機器が、高高度や高温度、雨、高湿度、直射日光などなどの環境下において正常動作するかを検査する項目が並んでいる。
その中の「516.5」は、耐ショック(衝撃)に対する規定で、「Procedure IV」は輸送時の落下に関する規定だ。ここにはテスト手順やテストに使用する測定器、検査対象の制御方法(落とし方などの方法)、測定器や検査対象のキャリブレーション(調整)、データ解析方法と合格規準のパラメーターが記載されている。
また同規定は、「軍人が携帯する機器が戦闘状態においても正しく動作する」ことを想定し、HDDの小型機器はストラップで首からかけたり、胸ポケットに入れた状態で落としてしまった場合なども検査するという。「高さ1.2mであらゆる方向から鉄板(5~10mm)に26回落として、5台のうち1台が動作する」というテスト方法を先に書いたが、5~10mmの鉄板とは、おそらく装甲車などの上に落とした場合を想定しているのだろう。
ちなみにProcedure IVでは、空母からカタパルトで射出したときと、アレスティングワイヤー(航空機に急制動をかける機構)を使っての着艦時の規定があるので、興味のある人はぜひ読んでみるといい。
MIL-STD-810F 516.5 procedure IV(出典:MIL-STD-810F) | 「こういったテスト台を作ってテストを行なう」とある(出典:MIL-STD-810F) | 「空母に着艦するときには、航空機の上下と前後に10Gもかかる」という発見も。ちなみにカタパルトからの射出は5G程度なので、ジェットコースターの最高Gと同程度(出典:MIL-STD-810F) |
(2012年 8月 9日)
[Reported by 藤山 哲人]