光学式ドライブを内蔵する13.3型液晶搭載ノートPCとして世界最薄(2011年9月5日現在、富士通調べ)を実現した、富士通の「LIFEBOOK SH76/E」は、この2011年秋より登場している薄型ノート新カテゴリ「Ultrabook」にも負けない、大きな魅力を持つ本格モバイルノートへと進化した。今回、開発を担当した、富士通パーソナルビジネス本部 第一PC事業部 モバイルノート技術部の部長の藤井健一氏とマネージャーの嶋崎麻雄氏、神戸克仁氏、富士通パーソナルビジネス本部 第一PC事業部 PCデザイン技術部の青木伸次氏に話をお伺いする機会を得たので、どういった経緯で誕生することになったのか、ハード的にどのような特徴があり、それらをどのように実現したのか伺ってきた。
●世界最薄の実現は当初から決まっていた--従来モデルから大きく仕様が変更されましたが、その経緯を教えてください。
富士通 パーソナルビジネス本部 第一PC事業部 モバイルノート技術部 マネージャー、嶋崎麻雄氏 |
これまでSHシリーズは、プロユースに近い方が持たれるということで、A4ノートとは異なりプレミアムノート的な位置付けで開発を続けてきました。しかし、市場環境が変化して、ノートPCの価格が下がってきたこともあって、厚さや重さといったところを犠牲にしなければならないという状況が一時ありました。
ただ、お客様の声を聞くと、もっと薄く軽くという声が多く、富士通としても軽量モバイルを長年やってきたという自負もあって、原点回帰というわけではないですが、富士通の強みを活かした製品を作りたいという想いで、開発をスタートしました。
--BIBLO MGからLIFEBOOK SHに変わった時よりも大きな変更が加えられたように思いますが、やはりユーザーからの薄く軽くという声が、最も大きな要因だったのでしょうか。
ユーザー様からは、常に薄く軽くというご要望が強かったのですが、やはり富士通としての物作りを見せたいという思いの方が強かったです。
--今回の新SHは、かなり尖った仕様を実現しているように思います。ただ、従来はこのような尖った仕様の製品はLOOXシリーズが中心だったように思うのですが、今回はメインストリームのLIFEBOOKシリーズでの実現となっています。この点について議論はありましたか?
これだけの薄さ軽さを実現するために、多少コストが犠牲になる部分もあります。しかし、そこを上回る魅力でお客様に受け入れてもらえる仕様にしようということで、マーケティングも含め、1番を目指すべくスタートしました。確かに、最初の反応は“えっ?”というものもありましたが、最終的には一致団結して取り組めました。
--今回、新SHでは、光学式ドライブを内蔵する13.3型液晶搭載ノートとして世界最薄を実現していますが、この“世界最薄”という部分はどの段階で目指すことになったのでしょう。
それは、開発の最初の段階です。やはりナンバーワンを目指してこそ到達できるものがありますし、開発の初期では、その後何があるかわからないので、「このあたりでいい」と妥協していては、いろいろと行き詰まることが出てくるので、まずは究極の所を目指そうということでスタートしました。
ただ、最初にスペックを決めてやってきましたが、実は他社が発表した製品を見て、仕様を大きく見直した部分もあります。
--それは、どれぐらいのタイミングでのことだったのですか?
ちょうど開発期間の半ばぐらいだったと思います。カバーの金型のデータを出そうというタイミングで、それではダメだということになって、仕様を変更しました。
--この薄さを実現するために苦労した部分はどこですか?
富士通 パーソナルビジネス本部 第一PC事業部 PCデザイン技術部、青木伸次氏 |
それは、やはり内部も含めた構造ですね。まずはじめに、目指す薄さがありました。そして、それを実現するには、内部のパーツの配置を大きく見直す必要がありました。従来のSHでは、内部でユニットを重ねるような構造になっています。しかし、薄さを実現するには、ユニットを重ねることはできません。とはいっても、単に重ねないように配置するとサイズが大きくなります。そこで、メインボードを小さくして、空いた隙間に他のユニットを配置しています。
例えば、ExpressCardスロットは、従来は他のユニットと重なるように配置していましたが、今回は単独で配置しています。また、バッテリも同様でしたが、今回はボディ上部までバッテリが占有するような構造となっています。そして、メインボードは従来機種より25%小さくなっています。さらに、ボディは手前を薄くしたデザインにしたかったので、ユニットはできるだけ奥に配置するようにしています。このような、メインボードの小型化やユニットの配置に、非常に苦労しました。
--メイン基板を25%縮小すると、チップなどの実装がかなり難しくなると思いますが、何か特殊な実装方法などを採用しているのですか?
特殊と言うよりは、考え方を変えたと言った方がいいかもしれません。従来はコスト優先でパーツを選択していました。しかし今回は薄型を極めていますので、高さ制限が発生します。そこで、多少コストが上がってでも薄いものを採用したり、コンデンサなども従来1個だったところを2個配置するといったことで、25%の小型化を実現しながら、薄型化も実現しています。ただ、専用パーツを開発して採用すると、コストが大きく跳ね上がってしまいますので、できるだけ汎用品の中で薄いものを選ぶようにしています。CPUに関しては、従来はソケットタイプを採用していましたが、今回はBGAタイプを採用しています。
そのほかには、基板をいかに容易に製造できるか、製造不良が発生した時に試験や修理が容易にできるかといった点も重要になりますが、我々は島根にノートPCの製造工場を持っていまして、開発当初から工場と相談し、製品のコンセプトを具現化するには製造にも協力してもらいたいというお願いをしながら、設計と製造が一体となって実現していきました。
--基板の面積が縮小されたことで、実装されるチップ数は従来から変わっていますか?
従来は、1つのメイン基板で、一般向けと企業向け双方に対応できるよう、それぞれに要求されるチップの実装場所を確保したうえで作られていました。ただ今回は25%縮小する必要がありますので、一般向けのみの基板として考えて、企業向けの部分は削除しています。これによって、かなり大きく面積が削減できています。
基板やデバイスが重ならないように配置されている | 基板は、従来モデルから25%縮小された | コネクタを斜めに実装するなどの工夫も見られる |
--このような尖った仕様のノートPCは、多少高くても売れる可能性があると思うのですが、もう少しコストがかかってもいいのでは、という考え方はなかったですか。
これまでも、すごく薄くして20mmを切るようなノートを高い値段で出したことがありますが、実際には薄いだけで高い対価をいただくというのが厳しいというのが市場のデータとしてある程度わかっていました。ですので、プライスポイントはある程度の所に必ず持ってこなければならないということで開発しています。その中でもこの製品は、かなり大胆なチャレンジをしていますので、いいプライスレンジに収まったと思っています。
--基板以外で薄型化のポイントとなるのは、やはりボディでしょうか。
そうですね。従来のSHはボディ材料にプラスチックを使っていました。しかしプラスチックではどうしても厚くなりますので、同等の強度を保ったまま薄くするには金属を使うのが1番ということで、今回は液晶面はプラスチックですが、天板と底面、パームレストにマグネシウム合金を使っています(下位のSH54/Eはパームレストのみアルミニウム合金)。また、液晶面のプラスチックも薄くしています。ですので、ボディ全面が薄くなっています。
--ボディは、薄いという点以外の特徴はありますか。例えば、強度を高めるための特殊な構造のようなものなど。
強度を高める特殊な構造というものは、特に採用していません。しかし、過去のノウハウや解析によって、問題のない強度が確保されることを確認した上で作っています。そして、実際の評価でも十分な強度を確認しています。従来より強くなっているというわけではありませんが、同等の強度が実現されています。
作ってみてダメだった、ということでは開発期間に大きく影響します。そこで我々は、「物を作らない物作り」ということで、シミュレーションを多く取り入れるようにしています。それによって、ある程度“いける”というポイントを見つけたうえで作り始めますので、その段階でかなり自信が持てていました。
--薄型化を実現すると排熱も厳しくなると思いますが、排熱の構造は何か変わっていたりしますか?
今回は従来より側面が地面から浮いているので、吸気がしやすくなっています。また、ボディに金属を使っていますので、熱は拡散しやすくなっています。ただ、触った時に熱く感じるとダメですので、パームレストの下には高発熱のパーツを置かないようにしています。HDDはパームレストの下に入っていますが、空間を確保して熱が伝わりにくいようにしています。同様に、CPUクーラーのヒートシンクとケースの間にも空間を用意して、空気の流れを確保して熱がケースに伝わりにくいようにしています。CPUクーラーのファンはもっと薄いものを使いたかったのですが、それでは放熱が間に合わないということで、薄型のものは使っていません。
--今回特に驚いたのが、この薄さを実現しながら、従来同様モバイル・マルチベイが用意されているという点です。ここもかなり苦労したように思いますが。
この点に付いては、開発当初かなり議論がありました。薄さや軽さを追求したいので、ベイ構造はやめようという意見と、これまで10年近く我々の製品の特徴としてきたベイを薄く軽くしたからといって諦められるのか、という意見とで、かなり議論を重ねました。新しいことを実現するために、これまでやってきたことを捨てるというのは簡単です。しかし、継続することを期待されているお客様も多数いらっしゃいます。この特徴がなくなることで、お客様が他社製品に乗り換える可能性もありますし、我々としてはベイはこだわって付けてきたものですから、今回もきちんとやっていこうということに決めました。
もちろん、ベイを付けることで重量や厚さという点では不利になります。また、強度が問題になるのではないかとも考えました。しかし、強度を落とさないように補強しながら、なんとか実現しました。
富士通 パーソナルビジネス本部 第一PC事業部 モバイルノート技術部、神戸克仁氏 | 薄型化を実現しながら、従来同様モバイル・マルチベイも搭載 |
--ベイに取り付けられる光学式ドライブなどは、従来と同じですか? それとも軽量化などの工夫が施されたあたらしいものでしょうか。
今回は、諸事情で従来とドライブ自体は同じとなっています。(編集部注:なお、従来のモバイル・マルチベイ対応オプションはカバー形状が異なるため、今回のSHには使用できない)。あまりにも調達性が悪かったり、コストが高くなるようなものは、できるだけ使いたくなかったということもあります。
--ということは、軽量化の余地はまだ残されているということにもなりますね。
そうですね。お客様が購入できる値段から外れてもいいのであれば、もっとできることはあります。ただ、できる範囲ということでは、現時点ではこれが限界と考えています。他の製品でも同じですが、ボリュームゾーンの価格を外れてしまうと、多くのお客様に喜んでいただけなくなりますので。
アイソレーションタイプのキーボードは、キートップのサイズを大きくし、角度も床に平行になるよう斜めにするなどして使い勝手を高めている |
--ところで、従来は通常型キーボードとアイソレーション型キーボードを選択できるようになっていましたが、今回はアイソレーション型のみになっています。これはなぜでしょう。薄型化のために必要だったのでしょうか。
薄型化のためにアイソレーション型キーボードを採用したというわけではありません。我々の考えとして、デザイン性を重要視されるお客様が多くいらっしゃいまして、アイソレーション型のほうがお客様の価値観に近いと考えて、こちらのみを採用しています。
我々は、従来型のキーボードのキートップにこだわって作っていました。そこで、今回のアイソレーション型も、こだわった形状を採用しています。例えば、入力しやすいようにキートップは広く確保しています。また、キートップが床に対してほぼ平行になるようにキーを傾けています。また、キートップもわずかに球面となっていますので、指への吸い付きが良くて、上下への指の移動もやりやすくなっています。
見た目という点では、2色成型キートップということで、キートップと側面を2色に塗り分けています。これでデザイン性を高めています。特に白モデル(SH54/E)では側面が蛍光の緑となっていて、かなり目立つようになっています。
--また、仕様の中で気になったのが「クイックスタート」というものですが、これはどのように実現しているのでしょうか。
一言で言うと、ログオフしてスリープする、というものです。これによって、アプリケーションなどが利用しているメモリが解放されて、次回復帰させた時にはログオンから始まりますので、メモリにゴミがないという状態となります。そのため、OSが安定している限りは、毎回快適に使っていただけるものとなっています。また、「エコクイック」という機能もありまして、そちらはログオフして休止するようになっています。
実は、多くのお客様が終了時にシャットダウンされているのです。ノートPCを使い込まれている方ほどスリープを使っているのですが、そうではない人もかなりいらっしゃいます。また、立ち上がった時に初期状態になっていて欲しいというお客様も多いので、このクイックスタートという手法はかなり有効だと思っています。
--BIOSをいじったり、起動時のサービスの呼び出しを遅らせるなどして高速起動を実現している(他社)製品もあります。
実は、それと同じトライを別の機種でやったのですが、SSDを利用しても10秒後半です。また、お客様がいろいろなソフトを入れるとどんどん遅くなっていきます。30秒かかっていたのが20秒になると言われても、あまり嬉しくないかもしれません。それなら、ドラステックにやってしまってもいいだろう、と判断しました。クイックスタートは最速6秒で起動しますので、非常に速いと感じるはずです。
ちなみに、通常スリープでは、シャットダウン時に自動実行されるWindowsアップデートが実行されないという問題があります。しかしクイックスタートでは、Windowsアップデートの存在を確認すると、その場合はシャットダウンするようにして、Windowsアップデートがきちんと実行されるように考慮してあります。その場合は通常のリブートとなりますが、Windowsアップデートをきちんと実行するために、そういう仕組みにしてあります。
--これだけ薄いボディながら、約13.7時間と長時間のバッテリ駆動を実現していますが、そこもこだわった部分でしょうか。
もちろんです。薄型、軽量というコンセプトに加えて、はじめから長時間駆動というコンセプトもありました。回路の細かな抵抗値を見直したり、バッテリ容量を従来より増やすことによって、従来よりも長い駆動時間を実現しています。ただ、省電力に関する仕組みについては、従来から大きく変わっていません。ドラスティックに消費電力を落とす技術は現在のところありませんので、細かな事の積み重ねなのです。使っていない部分の電源を落としたり、抵抗値を見直すといった従来からの取り組みを継承し、省電力性を高めています。
--バッテリ駆動が短くてもいいので、小容量の軽いバッテリが欲しいという声もあるとは思いますが。
ただ、ユーザーの声などを見ると、そいういう意見は意外と少ないのです。オプションで売って欲しいという声もありますが、圧倒的に現状の長時間使える方がいいという方が多いのです。また、今回はベイ構造で光学式ドライブを外してカバーを取り付けると100g以上軽量化できます。バッテリのセルを減らすのと同じような軽量化が可能ですので、そちらで対応していただければと思います。
●薄型軽量の新型液晶パネルを採用、高解像度化も今後検討--液晶パネルは何か変わっていますか?
富士通 パーソナルビジネス本部 第一PC事業部 モバイルノート技術部 部長、藤井健一氏 |
上位モデルで採用している液晶パネルは新作です。我々としては薄いパネルが欲しいということで、LCDベンダーさんにいろいろと要求して実現しました。もちろん、LCDベンダーさんにも都合がありますので、そういった中でどのようにこの薄さと軽さ、開発スケジュール、コスト、品質などを実現するのかというところでかなり苦労しました。
従来との違いは、とにかく薄くて明るいという点です。完璧とは言いませんが、輝度が高いので、モバイルに優れた液晶だと思います。
また、パネルの実現だけでなく、パネルの実装にも苦労しました。本体の薄型化を実現するということで、従来の方法では搭載できなかったのです。そこで、従来とは異なる固定方法を採用しているのですが、そこに行き着くのはかなり大変でした。ただ、最終的にはしっかりとした強度を保ちつつ、実装できています。薄いですが、約35kgfの天板からの点加圧試験に耐えられることを確認しています。
--液晶パネルの解像度は、もう1段高いほうがいいという声はありませんか?
スペックを決める時には、液晶解像度も考慮するのですが、13.3型というサイズで解像度を高めると、見えにくくなると思います。13.3型では1,366×768ドットが最も見やすい解像度だと考えて決めました。もちろん、他社対抗ということや、高価格帯に持って行くために、高解像度液晶についても考えてはいますが、今回はこれで行くということにしました。
また、この製品のコンセプトが、幅広い年齢層をターゲットとしています。高年齢層では、これ以上解像度を高めると文字が見えないという声も出てくる可能性があります。オールレンジをカバーするためには、やはり13.3型だと1,366×768ドットがベストだと判断しました。
--オンラインモデルで高解像度液晶を選択できるといいとは思うのですが。
実は、ライターさんからの要求が非常に多いんです(笑)。やはり、表示領域が広いと、作業もやりやすいですから。そういう声も認識はしていますので、引き続き、コストとバランスを踏まえて考慮したいと思います。ただ、オンラインモデル限定ということになると、数が非常に少なくなってしまいますので、かなり難しいのも事実です。また、高解像度液晶を搭載すると話題にはなると思いますが、話題になったからといって売れるとは限らないんです。やはり価格が高くなると、なかなか売れなくなりますし。ただ、エンジニアとしては、フルHD液晶もやりたいと考えています。
実は、店頭モデルとオンラインモデルでは、販売数が異なります。多くのお客様は、まだ量販店で購入されています。こだわられている方は、Web直販でベストフィットする機種を探して購入しているのですが、その数はかなり少ないのが現状です。ですので、大多数の店頭で購入されるお客様に対して満足していただける製品を作らなければなりませんので、どうしても標準的な解像度のものが先になってしまいます。ただ、最近はタブレットデバイスやスマートフォンなど、情報端末の使われ方が変わってきていて、より高解像度を要求されるお客様も増えてくると思われますので、将来はそういった所にもきちんとケアできるようなコンセプトを考えていきたいと思っています。
--最後に、薄型軽量ノートの新カテゴリとしてインテルが提唱する「Ultrabook」準拠の製品がいくつか登場していますが、SHにとってUltrabookは脅威になりますか?
Ultrabookに関しては、当社としても検討はしています。ただ、SHはUltrabookとは異なるコンセプトで作っています。Ultrabookは、あくまでも2台目のPCという位置付けと考えますが、こちらはメインとして使っていただけるPCです。また、Ultrabookに関しては、値段が安いという点が先行していますが、実際の売価はそれほど安いというものでもありません。もちろん影響はあると思いますが、Ultrabookとは別の軸で競っていこうと思っていますので、きちんとお客様に違いを認識していただけると思っています。
また、Ultrabookは薄い代わりに搭載されるバッテリ容量が少ないので、駆動時間が少なくなりますし、当初登場するUltrabookはどれもバッテリが交換できません。それに対してSHは、拡張ベイでバッテリを増設できますし、バッテリを交換できますので、長時間駆動が可能です。そういう点でも、SHは有利と考えます。
(2011年 11月 16日)
[Reported by 平澤 寿康]