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今年後半の薄型ノートやタブレットは音質が大きく向上(するかもしれない)

 「プレミアム価格帯のノートPCやタブレット、2in1を購入して、動画や音楽を楽しもうと思ったが、音質がイマイチでちょっとがっかりした」経験はないだろうか。その状況は今年(2016年)後半に登場する製品で大きく変わるかもしれない。というのも、Intelが昨年(2015年)に開いたIDFでのテクニカルセッションで、OEMメーカーに対してをオーディオの部分を改善するよう求めたからだ。

 現代的なPCにとってオーディオは重要な位置を占める。スピーカーはディスプレイと並んでユーザーインターフェイスの1つであるのは言うまでもないが、近年SiriやCortanaといったオーディオをベースとしたパーソナルアシスタントの登場で、オーディオはナチュラルインターフェイスの一環として定着したからだ。加えて、オーディオはIntelが推し進めるノーワイヤー(無線)、ノーパスワードといったユーザー体験向上戦略のキーテクノロジともなっている。

スピーカーの改善

 MacBook Air登場以来、モバイル製品は薄型化の一途を辿っており、そのためスピーカーに与えられたスペースは制限されつつある。しかしIntelは、ノートまたは2in1におけるスピーカーの要求基準を、50cm離れたところで音圧レベル85dB、低音の-3dB減衰点を180Hzという、厳しいポイントに定めた。

Intelが定めたノートPCの音質への要求
2016年の製品は、-3dBの減衰点を180Hz以下に抑える

 一般論として、スピーカーの音量や低音の豊富さはエンクロージャ(スピーカーを封じ込めた箱)の容積に依存する。エンクロージャの容積が大きければ大きいほど大音量は重低音を実現しやすく、小さければ小さいほど実現が難しい。しかし先述の通りモバイル製品は薄型化が進んでいるため、これらの要素の実現は難しくなる。そこでIntelはいくつかの解決方法を提示した。

・ケース・アタッチド・トランスデューサ

 一般的なノートPCスピーカーは、ドライバとエンクロージャが一体となったモジュールとして提供される。一方Intelは、スピーカーとして使える空間を壁で隔離し、ケース・アタッチド・トランスデューサ(CAT)と呼ばれるモジュールを貼り付けて、筐体を振動させることで音を鳴らしつつ、壁で囲まれた空間をエンクロージャ代わりに使う手法を提案した。

 これにより限られた空間を最大限にエンクロージャとして活用でき、なおかつCATのドライバは大型化できるため、音量や低音を強めることができる。加えて、ケース設計時にCATモジュールの装着を考慮した設計を用いれば、ゴム製Oリングで容易に気密性を高めた構造を実現でき、組み立て時に接着剤を使うことを最小限に抑えられる。

11.6型の例。従来のスピーカーを採用した場合、エンクロージャの容積が4.2ccと3ccとなる
CATを採用し、筐体に壁を設けエンクロージャとして機能させることで、容積を11.4ccと5.8ccに向上させられる
Oリングでガスケット(密閉)構造を採用
筐体に嵌め込む構造を採用することで、接着剤の使用を抑えられる

・デジタルアンプ

 現在一般的なアナログアンプは、DSPで処理された信号をアナログに変換し、ローパスフィルタを経てアンプ駆動させた後出力される。DSPとD/Aコンバータ、アンプではそれぞれ駆動電圧(1.8V~20V)が異なるため、それぞれのチップに電源を生成する必要があり、変換回路におけるロスも問題になる。

 そこでIntelは、2012年に投資を発表したTrigenceのDnote技術を提案した。Trigenceはデジタルドライブスピーカーを開発している会社だが、DnoteはDSPやほかの汎用回路と同じ1.8V~5V程度の電圧で駆動できるため電源の変換ロスが少なく、特にノートPCにおいては有利だとする。ただしその実現には当然スピーカーもデジタル化する必要がある。

Trigenceのデジタルアンプを使用すれば、アナログアンプのように昇圧させる必要がなくなる
デジタルアンプの特徴

・アンプもDSPもCATに統合

 上記に述べたCATやデジタルアンプなどの仕組みは一から開発すると大変なので、IntelとしてはCATとDSP、アンプを含めて1モジュールで提供することを考えているようだ。そのためのサンプルも用意している。

 一方、対応するHD AudioコーデックとしてはRealtekのALC298、DSPとしてはALC5677とALC5676、アンプとしてはALC1006/ALC1305/ALC1307などがあるとした。

DSPやアンプをスピーカーに統合したモジュール
デジタルスピーカーモジュールの一例
Realtekの対応製品の一例

・デジタルスピーカー

 ではそもそもデジタルスピーカーはどういう仕組みなのかというと、複数のコイルで構成されたスピーカーである。3本または4本、6本のボイスコイルで構成され、電流を流すコイルをデジタル的に決めることで音を鳴らす仕組みのようだ。

 当然従来のスピーカーと比較するとピン数が多く、製造工程も複雑になるため製造できるメーカーが限られるのだが、そこは先ほど述べたようなモジュール化で解決できるという。また、コイル1本当たりの消費電流も少なく済むため、効率にも優れるという。

デジタルスピーカーの仕組みと特徴

マイクの改善

 マイクについては、CortanaやGoogle Nowといったエージェントの使用を考慮し、“ヘッドセットを用いずともボイスコントロールできる”ことを目指し、マイクのSNR比および配置についてアドバイスされている。

 マイクについては全てのフォームファクタで65~67dBのSNR比を、感度についてはノートPCやコンバーチブルでは26dB、ドックや一体型では24dBを推奨している。概ね2~4個を角に配置するなど、マルチ構成を推奨。加えて、鳴りやすいコンデンサやHDD、およびファンからできるだけ遠ざけるよう指示している。

 音声を拾う範囲としては、前方2フィート(約61cm)でエラーレート10%以下を最小限とし、さらにユーザー体験を向上させるためには半径15フィート(約4.6m)の円範囲内でノイズが加わってもエラーレート15%以下を目指すようアドバイスされている。

 複数のノイズが存在する環境下で確実にユーザーのボイスコントロールコマンドを拾うために、CONEXANTが開発した「AudioSmart 2.0」エコーキャンセルアルゴリズムを推奨。また、常時ユーザーのボイスコントロールを応答させるために、Skylake世代で導入した「Smart Sound Technology」を用いて、処理をオフロードさせることで実現できるとした。

マイクの要求スペック
マイク配置の一例
ノイズがある環境下でも15%以下のエラーレートを目指す
ユーザーが遠くにいる場合でも音声認識できるようにする

インターフェイスの進化

 このように、2016年後半のオーディオの出力部はデジタル化、入力部はマイクの多重化されるので、一番進化するのはオーディオのハードウェア(チップ)だ。レガシーOSをサポートするためのデジタルマイク入力に加え、従来のI2SやI2Cインターフェイスを残す。その一方で新たに取り込まれるのが、「SoundWire」というインターフェイスである。

 SoundWireは、MIPI Allianceというモバイル機器のカメラやディスプレイなどさまざまなインターフェイスを策定する団体が策定した、オーディオ向けのシリアルバス規格。わずか2つのピンを使用し、低周波数でDDRデータ転送することで、1つのマスターデバイスに対して11個のスレーブをぶら下げ制御できるようにする。言い換えれば実装面積が小さく、消費電力も少なく、なおかつ複数のデバイスを制御できるわけだ。

 IntelではこのSoundWireを用いることで、デジタルスピーカーや複数マイクの実現が可能になるとしている。

SoundWireの特徴
2016年のオーディオハードウェアの進化

 以上のように、IntelはOEMメーカー各社にオーディオを改善するよう働きかけている。もちろん、この案を採用するかどうかメーカー次第だが、もしこの案に賛同して2015年中に開発に着手したとすれば、2016年後半に出てくるモバイルノートPCやタブレット、そして2in1では、スピーカーの音質やマイクの音声認識入力精度など、オーディオを取り巻く環境が大きく改善されている可能性はあると言えるだろう。

(劉 尭)