情報ストレージ研究推進機構技術報告会レポート
~2.5インチの磁気ディスク両面で6TBの超大容量を格納へ

SRC技術報告会の講演スライド

11月17日 開催



 産学共同の磁気記録技術研究組織である情報ストレージ研究推進機構(SRC:Storage Research Consortium)は17日、東京で技術報告会を開催した。

 SRCはハード・ディスク装置(HDD)の大容量化技術を産学共同で研究する非営利団体であり、2008年5月には磁気記録密度(単位面積当たりの記録密度)で1Tbit(1,024Gbit)/平方インチの面記録密度を達成できる目処がついたと発表していた。その後、SRCは2倍の面記録密度である2Tbit/平方インチを達成すべく技術研究を続けていた。研究期間の完了時期は2010年6月である。

 技術報告会では始めにSRC運営委員会の委員長を務める武藤弘氏(日立グローバルストレージテクノロジーズ)が挨拶し、SRCの設立経緯と組織概要を紹介した。

 SRCは'95年に、HDD産業の活性化を目的に設立された。2009年の今年は設立後14年になる。これまでに半年に1回の頻度で技術報告会を開催してきた。今回の技術報告会は28回目となる。

 SRCの重要な活動に、HDDの技術ロードマップ策定がある。HDD産業で共通の技術ロードマップを策定することにより、見込みの薄い要素技術の開発を避け、開発リスクを軽減するとともに、開発リソースの有効活用を図ってきた。

 また大学/大学院への研究助成を実施してきた。2009年の助成金額は合計で8,700万円である。助成金とは別に、大学院博士課程に在学してHDD技術の研究に携わる学生への奨学金制度も設けており、2009年は合計で780万円の奨学金を出資している。

 加えて米国の産官学HDD研究コンソーシアム「INSIC(Information Storage Industry Consortium)」とSRCは不定期に会合を開催してきた。2003年には米国で、2007年には日本でジョイントミーティングを実施した。このほか電話会議も随時に設けており、この9月には次世代磁気記録技術をテーマに開催された。

 運営資金は会員企業の出資による基金(ファンド)で賄われている。'95年~2009年の累計出資額は21億5,000万円に達する。なお会員企業はWestern Digital、サムスン横浜研究所、Seagate Technology、昭和電工、信越化学工業、TDK、東芝、日立グローバルストレージテクノロジーズ、富士電機デバイステクノロジー、HOYA、マーベルジャパンの11社である。内訳は5社がHDD開発企業、6社が磁気ヘッドや磁気メディア、HDDコントローラなどの開発企業となっている。

 SRCの組織は大別すると技術委員会と運営委員会で構成されている。技術委員会が要素技術別の部会に分かれて技術研究を実施し、技術ロードマップ(HDDの具体的な設計仕様)を策定してきた。

情報ストレージ研究推進機構(SRC)の概要SRCの会員企業一覧。右半分の空白は「新規加入企業のために用意したスペース」(武藤運営委員長)

●1TBの730億倍が2020年のデジタル情報量

 続いて技術委員会の委員長を務める城石芳博氏(日立製作所)が、技術委員会の活動概要を報告した。城石氏は始めに、社会にどのくらいのデジタル情報が存在しているかを示した。

社会に存在するデジタル情報の総容量と情報ストレージ機器の記録容量の推移

 2009年の現在、社会に存在しているデジタル情報の総量はオリジナルやコピーなどを含めると1,000EB(エクサバイト:1エクサバイトは10の18乗バイト)近くに達する。これに対してHDDや光ディスク装置、フラッシュメモリなどに保存されている情報の容量は合計で約500EBであり、かなりの割合のデジタル情報が一時的な存在にとどまっている。

 この情報容量のギャップは、毎年拡大していく傾向にある。オリジナル情報に対して情報を複製(コピー)したり、取り込んだり(キャプチャしたり)する頻度が増加していくため、社会に存在するデジタル情報の容量は加速度的に増大していくからだ。およそ10年後の2020年には、社会に存在するデジタル情報の総量は73ZB(ゼッタバイト)に達するとみられる。1ZBは10の21乗バイトを意味する単位だ。1TBの約10億倍が1ZBに相当する。気が遠くなるような膨大な容量である。

 この膨大なデジタル情報を保存するストレージ機器は海水に浮かぶ巨大な氷山のようなもので、フラッシュメモリは海上に見える氷山の一部であり、海水中に存在する氷山の大半を担うのがHDDだと城石氏は説明した。

SRC技術委員会が策定してきたロードマップの歩み。現在は第4期のフェーズ2に入っており、来年(2010年)の6月までに2Tbit/平方インチを達成する目処をつける予定

 限界を知らないデジタル情報の増加に対応すべく、SRCの技術委員会は過去、HDDの技術ロードマップを策定してきた。現在はその第4期に相当する。第1期は2000年に活動を完了し、20Gbit/平方インチの面記録密度を達成する目処をつけた。続く第2期は2003年に活動を完了し、第1期の10倍に相当する200Gbit/平方インチの面記録密度を実現できる見通しを得た。第3期は2005年に活動を完了し、第2期の3倍に相当する600Gbit/平方インチを達成できる目処をつけた。

 第4期はフェーズ1とフェーズ2に分かれており、フェーズ1では2008年5月に1Tbit/平方インチを実現できる技術的な見通しを得た。今、まさに活動中のフェーズ2では、2010年6月までに2Tbit/平方インチを達成する目処をつける計画である。

●1Tbit/平方インチと2Tbit/平方インチの間に存在する壁

 フェーズ1では、既存技術である垂直磁気記録技術の延長で1Tbit/平方インチを実現できることが確かめられた。しかしフェーズ2の2Tbit/平方インチを達成するには、乗り越えなければならない壁が存在する。このためには新技術の導入が必要だというのが現在の考え方である。

 磁気メディア(磁気媒体)は磁性体の微細な結晶粒(グレイン)の集まりで構成されている。磁性体は異方性(異方性の強さは「磁気異方性定数Ku」で表現する)を有しており、異方性が強いほど安定に情報(ビット)を記録できる。記録領域(単磁区)は、複数のグレインで構成されており、磁区内のグレインで磁化の方向をそろえることで情報を記録する。

 記録後に磁化の方向を乱す最大の要因は熱エネルギー(磁気メディア自体の温度によるエネルギー)である。したがって磁化のエネルギーは、熱エネルギーを上回らなければならない。ここで面記録密度を高めることは、単純には結晶粒の体積と磁区の体積を縮小することであり、磁化のエネルギーポテンシャル(磁気異方性×体積)を小さくすることに相当する。すると熱エネルギーによって時間経過とともに磁化が乱されてしまう。

 面記録密度を高めながら磁化のエネルギーポテンシャルを維持するには、大別すると2つの方法がある。1つは、形状と大きさが等しい微小な単磁区のアレイを磁気メディアに形成することだ。この技術は「ビット・パターン・メディア(BPM)」と呼ばれている。従来の磁気メディアは、隣接する記録ビット間の干渉を避けるための領域が設けられているのだが、結晶粒の大きさのばらつきによって隣接する記録ビットの間隔にもばらつきが生じてしまう。これに対してBMPでは人工的にパターンを形成するので隣接ビット間の干渉を避けるための領域は一定の大きさであり、結果として高い記録密度を実現できる。

 BPMの大きな利点は、記録ヘッドに従来のものが利用できることだ。課題は、1bitごとのパターンを磁気メディアに正確に形成することと、形成済みのビット・パターンに正確に同期してビットを記録することである。

 もう1つの方法は、磁気メディアに磁気異方性の強い材料を使うことだ。磁気メディアの構造は従来と同じで、材料だけが変わる。磁気メディアの開発負担はBPMに比べるとずっと少ない。ただし、記録ヘッドを大きく変更する必要がある。磁気異方性の高い材料は高い書き込み磁界を必要とする。従来の記録ヘッドでは発生磁界が足りず、書き込みが難しいからだ。

 記録ヘッドの変更手段としては、何らかのエネルギーを磁気メディアの記録ビットに与えて書き込みを容易にする方式(エネルギー・アシスト方式)が考えられている。その代表が「熱アシスト磁気記録」である。レーザー光で磁気メディアを局所的に加熱し、記録に必要な磁界を下げる。もう1つの方式が「マイクロ波アシスト記録」である。磁気メディアの面内方向に高周波磁界を与えて磁化反転をしやすくし、記録に必要な磁界を下げる。

 最近になって脚光を浴びているのが「シングル・ライト記録」技術である。磁気メディアと記録ヘッドがともに従来方式でありながら、面記録密度を高められるという利点を有する。

 シングル・ライト記録で大きく変わるのは、磁気記録のアーキテクチャである。磁気トラック(記録ビットの列)を少しずつ重ねながら上書きしていくというものだ。従来の磁気記録アーキテクチャに比べると隣接トラックのピッチが狭くなり、記録ビットを詰められる。ただしランダム書き込みではなく、追記型の書き込み方式となるので、書き込みおよび読み出しのスループットが低下する恐れがある。

 SRCはこれら4つの方式を2Tbit/平方インチを実現する候補と考え、達成が可能かどうかを第4期のフェーズ2で探ってきた。具体的には設計仕様や技術仕様などの値が無理なく収束するかどうか検討してきた。HDDではさまざまな仕様の設計値がトレードオフの関係にあり、特定の仕様に極端な値を与えると実現不可能となってしまう。技術開発による改良結果を踏まえながら、シミュレーションによって性能を確認しつつ、現実的な設計値の集合にまとめていく。

 11月17日の技術報告会では、シングル・ライト技術とBPM技術の仕様は現実的な値で収束しそうだと城石氏は述べていた。一方、熱アシスト技術とマイクロ波アシスト技術は現在のところ、現実的な値に収束していない。第4期フェーズ2の期限である2010年6月10日まで、引き続き検討を続けていくとした。

第4期フェーズ2で検討対象となった磁気記録技術面記録密度の向上に伴う課題。熱エネルギー(図中の60kBT:kBはボルツマン定数、Tは絶対温度)による磁化の乱れが起きやすくなる2Tbit/平方インチを実現する技術の候補。右上から右下に向かってビット・パターン・メディア(BPM)技術、熱アシスト記録(HAMR)技術、マイクロ波アシスト記録(MAMR)技術、シングル・ライト技術
2Tbit/平方インチを実現する候補技術の原理。左からビット・パターン・メディア(BPM)技術、熱アシスト記録(HAMR)技術、マイクロ波アシスト記録(MAMR)技術、シングル・ライト技術2Tbit/平方インチを実現する候補技術の利点と弱点、困難な課題の一覧。左からビット・パターン・メディア(BPM)技術、熱アシスト記録(HAMR)技術、マイクロ波アシスト記録(MAMR)技術、シングル・ライト技術

●4Tbit/平方インチ~8Tbit/平方インチが次の目標

 ビット・パターン・メディア(BPM)技術、熱アシスト記録(HAMR)技術、マイクロ波アシスト記録(MAMR)技術、シングル・ライト技術の限界はどこか。技術報告会では、4Tbit/平方インチ~5Tbit/平方インチが技術的な限界だとした。

 面記録密度を4Tbit/平方インチ以上に高めるには、磁気メディアと記録ヘッドの両方に大きな変革が必要となる。磁気メディアはビット・パターン・メディア(BPM)が前提となり、BPMにエネルギー・アシスト技術を組み合わせる。この組み合わせによって、記録ヘッドが発生する磁界の切れ目を鋭くし、より高い密度の実現を狙う。

 磁界の切れ目を鋭くするとは、記録磁界の勾配(位置に対する変化率)を高めることだ。鋭く急しゅんなピークを描くような記録磁界を発生させることで、記録ビットをより小さくする。BPMとHAMRの組み合わせ、または、BPMとMAMRの組み合わせ、BPMとシングル・ライトの組み合わせ、といった技術で4Tbit/平方インチを超える面記録密度の実現を狙う。目標となるのは8Tbit/平方インチ~10Tbit/平方インチ。現在の市販HDDの記録密度が最大で約500Gbit/平方インチなので、その20倍の密度を狙うことになる。

磁気記録技術と面記録密度向上の推移。世代技術である、ビット・パターン・メディア(BPM)技術、熱アシスト記録(HAMR)技術、マイクロ波アシスト記録(MAMR)技術、シングル・ライト技術はそれぞれ、4Tbit/平方インチ~5Tbit/平方インチが技術的な限界となる4Tbit/平方インチを超える面記録密度を狙う磁気記録技術の例
磁気記録技術と面記録密度向上の今後の展開。磁気メディアをBPMとし、エネルギー・アシスト技術またはシングル・ライト技術を組み合わせることで8Tbit/平方インチ~10Tbit/平方インチを狙うHDDとフラッシュメモリの面記録密度の推移。HDDとフラッシュメモリ(マルチレベルセル)の面記録密度には約1桁の差がある。HDDとフラッシュメモリはともに密度を向上させつづけており、今後もその差は縮まらない

SRC技術委員会の第5期活動計画案

 そこでSRCは、2010年6月に完了する第4期に続き、第5期の活動を開始する計画である。第5期もフェーズ1とフェーズ2に分かれている。フェーズ1は2012年6月までの活動期間を考えている。目標とする面記録密度は4Tbit/平方インチ。第4期フェーズ2の2倍の密度であり、2.5インチHDDのプラッタ1枚に3TBを記録できる。続くフェーズ2は2014年6月までの活動期間となる。技術目標はフェーズ1の2倍である8Tbit/平方インチ。実現すると2.5インチHDDのプラッタ1枚に6TBを格納できるようになる。

 研究対象となる記録技術は、先に述べたビット・パターン・メディア(BPM)技術をベースにエネルギー・アシスト技術(熱アシスト技術とマイクロ波アシスト技術)あるいはシングル・ライト技術を組み合わせた記録技術のほか、シングル・ライト技術を2次元磁気記録(TDMR)に拡張した技術、シングル・ライト技術とエネルギー・アシスト技術を組み合わせた記録技術である。

 HDDの面記録密度はどこまで伸びるのか。磁気異方性定数が高い材料を使えば、原理的な密度は向上する。現在の材料的な限界は100Tbit/平方インチくらいだという。2014年6月の時点で8Tbit/平方インチに目処を付けたとしても、さらに10倍以上は面記録密度を伸ばせることになる。技術的な課題は数多く存在しているものの、原理的な限界には遠い。HDDの将来はまだまだ明るいといえよう。

(2009年 11月 25日)

[Reported by 福田 昭]