DISKCON JAPAN 2010レポート
〜技術障壁を突き破るHDDの高密度化手法

DISKCON JAPAN 2010の講演会場入り口

7月29日〜30日 開催

会場:大田区産業プラザ(東京都大田区)



 ハードディスク装置(HDD:Hard Disk Drive)関連では日本最大の講演会兼展示会「DISKCON JAPAN 2010」(主催:IDEMA JAPAN)が7月29〜30日に東京の大田区産業プラザで開催された。本レポートでは、HDDの大容量・高密度化技術を展望した講演、2010年のHDD市場を展望した講演、データ復旧事業に関する展示ブースの概要をご報告する。なお、講演会の内容は報道関係者を含めて撮影と録音が禁止されている。本レポートに掲載した講演スライドは、日本HDD協会および講演者のご厚意によって掲載の許可を得たものである。

●1平方インチ当たり1Tbitの壁を破る

 HDDの大容量化・高密度化技術では、日立製作所の研究開発グループで主管技師長をつとめる城石芳博氏が「ナノテクを駆使したHDDの市場、技術の最先端と展望」と題して招待講演した。

 ナノテクノロジーは、簡単に言えば100nm(ナノメートル)以下の寸法で構成されている技術という意味だ。HDDの位置決め精度や記録媒体のトラック密度などは100nmを切っており、磁気ヘッドの浮上量は10nm以下となり、磁気ヘッドの記録素子に至っては1nm前後の寸法になっている。HDDの要素技術はナノテクノロジーそのものとみなせる。

 そのHDDは現在、年間で膨大な数量が生産されている。2009年におけるHDDの出荷台数は全世界で5億5,700万台である。これがどのくらいの数字かというと、年間365日24時間フル稼働で、1秒間に3台のHDDを生産し続けると年間で1億台の生産台数に達すると城石氏は説明していた。主要なHDDメーカーは現在5社しかないので、5社が1秒間に3台のHDDを生産し続けて年間に1億台ずつ生産しても、2009年の年間出荷台数に満たないということになる。

 そのほか磁気ディスク媒体(メディア)は全世界で8億8,200万枚、磁気ヘッドは全世界で17億1,700万個、スピンドルモーターは全世界で5億7,000万個が生産されたとの数字を城石氏は挙げていた。

 HDDの高密度化に関しては、1平方インチ当たり1Tbit(1,000Gbit)の付近に大きな壁があり、それを乗り越える必要があると指摘した。この壁は「超常磁性限界(Superparamagnetic Limit)」と呼ばれている。HDDではメディアの微粒子(磁性微粒子)中に存在する磁気モーメントを特定方向にそろえる(磁化する)ことで、情報(ビット)を記録する。磁化の強さは、メディア材料の磁気異方性の強さ(Ku)と微粒子の体積(V)に比例する。1ビットの領域に記録されている磁気エネルギの大きさは、Ku×Vで決まることになる。

 ここで高密度化とは、面積当たりのビットを小さくする、つまり、微粒子の体積(V)を小さくすること。したがって、磁気エネルギの大きさKu×Vが低下する。微粒子の体積をどんどん小さくすることで高密度化を進めていくと、室温(一般的には25℃)の熱エネルギーによって磁気モーメントが大きく揺らぎ、磁化の方向が変化してしまうようになる。これが「超常磁性限界」である。

HDDの磁気記録密度向上の歴史と超常磁性効果(Superparamagnetic Effect)による限界 HDDを高密度化していくと磁気エネルギ(KuV)が低下し、室温でも記録磁化の向きが変動するようになる。これが超常磁性限界で、おおよそ1平方インチ当たり1Tbit付近だといわれている

●1平方インチ3Tbit〜4Tbitを狙える次世代技術

 この限界を打破する方法は、いくつか存在する。1つは、ビットの体積(V)を大きくする方法で、メディアに微小なビットのパターンを物理加工する。ビット・パターン・メディア(BPM:Bit Pattern Media)と呼ばれている技術だ。従来のメディアはビットが物理的に区切られておらず、磁気モーメントを特定の方向にそろえること(現在主流の垂直磁気記録では上向きまたは下向きにそろえること)でビットを形成してきた。この方式では隣接するビット間の相互作用を防ぐための緩衝地帯(スピード)を設ける必要があり、その分だけ記録密度が低下していた。これに対してビット・パターン・メディアでは、メディア表面に溝を形成して人工的に微小な記録領域(ビット)を作る。従来に比べると緩衝地帯の面積が小さくなるので、メディア全体としては密度を高められる。原理的には、1平方インチ当たりで4Tbitの磁気記録密度を達成できるとされている。

超常磁性効果による高密度化限界を打破する技術の候補 HDD磁気記録密度の将来ロードマップ。2015年には1平方インチ当たりに10Tbitを記録させることが、HDD業界の目標となっている ビット・パターン・メディア(BPM)技術の概要と限界

 もう1つは、磁気異方性(Ku)の高い材料をメディアに使う方法である。この方法ではデータの書き込みが難しくなるので、書き込み用磁気ヘッドが大幅に変更される。何らかの補助手段によって書き込み中にKuを下げるのである。

 補助手段の代表が熱エネルギーで、熱アシスト磁気記録(TAMR:Thermal Asisted Magnetic RecordingあるいはHAMR:Heat Asisted Magnetic Recording)技術と呼ばれている。熱エネルギーにはレーザー加熱を利用する。レーザーを微小なスポットに絞って照射することでメディアの微小な領域だけを加熱し、データを書き込む。原理的には、1平方インチ当たりで3Tbitの磁気記録密度を達成できるとされている。また、先ほど説明したビット・パターン・メディア技術を組み合わせることで、1平方インチ当たり5Tbitとさらに高い磁気記録密度を達成できるという。

 もう1つの補助手段がマイクロ波だ。マイクロ波アシスト磁気記録(MAMR:Microwave Asisted Magnetic Recording)技術と呼ばれている。スピントルク発振器と呼ぶ超小型マイクロ波発生器によってマイクロ波をメディアの微小な領域に照射し、書き込みに必要な磁気エネルギーを下げる。原理的には、1平方インチ当たりで3Tbitの磁気記録密度を達成できるとされている。

 第3の手法として最近急速に注目を浴びているのが、既存の垂直磁気記録技術を流用しながら、メディアへの記録のアルゴリズムを変更することで記録密度を高める手法だ。シングル磁気記録(SMR:Singled Write Magnetic Recording)技術と呼ばれている。書き込むときにビットの両端を厳密に区分けするのではなく、片端の区分けを残しながら記録位置を少しずつずらして上書きしていく。屋根瓦を敷く方法に似ているので「瓦書き」とも言われる。原理的には、現状の垂直磁気記録技術の2倍前後の密度を達成できるとされている。垂直磁気記録の限界にも依存するが、1平方インチ当たりでおおよそ2Tbit〜3Tbitになるだろう。

熱アシスト磁気記録(TAMR)の概要と限界 マイクロ波アシスト磁気記録(MAMR)の概要と限界 シングル磁気記録(SMR)の概要と限界

●HDD生誕100周年の2055年を展望

 ここまで述べた次世代技術ではおおよそ、1平方インチ当たり4Tbitの記録密度を原理的には達成できる。さらに上を目指すには、さらに工夫が必要だ。急峻な磁界変化特性を有する新型の書き込み磁気ヘッドとBPMを組み合わせる、BPMとTAMRを組み合わせる、BPMとMAMRを組み合わせる、BPMとSMRを組み合わせるといった次々世代技術が考えられている。

 またSMRの拡張版に、2次元磁気記録(TDMR:Two Dimentional Magnetic Recording)と呼ばれる次々世代技術がある。SMRを使うと、2次元的に瓦を敷き詰めるようにビットを記録できる。この特徴を活かし、2次元的に分布したビットを符号化して記録することで、1個〜2個と非常に少ない磁性微粒子を1個のビットとみなせるような、極めて高い記録密度を達成できる。原理的に実現できる密度は1平方インチ当たり10Tbitという、ものすごい技術だ。

 そして城石氏は最後に、2060年までの磁気記録密度を展望したスライドを示した。1955年にIBMがHDDを発明してから100周年に当たる2055年に向けたロードマップだ。磁気記録密度の向上ペースは今後はゆるやかになっているものの、それでも2055年には1平方インチ当たりで1,000Tbitを超えるという、すさまじい記録密度に達するとのシナリオである。実際の製品に換算すると、2.5インチHDDのメディア1枚に750TB(テラバイト)が入ってしまう。ちょっと想像が難しい大きさの容量だ。

1平方インチ当たり4Tbitを超える次々世代磁気記録技術の候補 2060年までのHDD磁気記録密度推移を展望したロードマップ

●2010年のHDD出荷台数は20%成長の6億7,000万台に

 それでは、2010年のHDD市場を展望した講演に話題を移そう。市場調査会社TrendFOCUSでプレジデントをつとめるマーク・ギーネン(Mark Geenen)氏が「HDD Market Review:Strong 2010 Start Led to Over-Optism-But Reality is Still Good」と題して講演した。同氏は、日本HDD協会が2010年1月に開催したセミナーでもHDD市場の動向を講演しており、今回の講演はその更新版またはアップデート版といえよう。

 ギーネン氏は、2010年のHDD出荷台数を6億7,000万台と予測した。前年比20%増である。2010年1月のセミナーで述べた予測値、前年比19.5%増の6億6,400万台とほぼ同じだ。2010年第1四半期の出荷台数推定は1億6,200万台、同年第2四半期の出荷台数推定は1億5,500万台でいずれも好調である。また例年、第2四半期は季節要因で出荷台数が少なくなる。2009年は景気後退の影響で季節要因が見えなかったが、2010年は例年と同様の季節要因が発生しており、市場環境が正常化してきたといえる。2011年は、2010年ほどの成長はみせないものの出荷台数は2桁成長し、前年比11%増〜12%増になるとの予測を示していた。

 これに対し、SSD(Solid State Drive)の出荷台数はそれほど伸びない。クライアントPCのメインストレージ向けは2014年で1,000万台くらいと予測する。一方でHDDとSSDを組み合わせたデュアルストレージがクライアントPC向けで台数を伸ばすとみる。2012年〜2014年に市場が急速に立ち上がり、2014年には4,000万台を超える市場規模になるとする。

HDDの四半期別出荷台数予測(2008年第1四半期〜2011年第1四半期) HDDメーカーの四半期別シェア推移(2008年第2四半期〜2010年第2四半期)
HDD用ガラス基板メーカーとHDDメディア製造企業の関係 クライアントPC用SSDの出荷台数予測(2009年〜2014年)

●火災で焼け出されたノートPCのHDDデータを復旧

 併設の展示会では、データ復旧サービスに関する展示ブースが来場者の関心を引いていた。日本HDD協会(IDEMA Japan)がデータ復旧に関する専門部会「データ復旧部会」を2010年4月に設立したことによるもの。展示ブースでは「データ復旧部会」の概要やデータ復旧事業の実例などを紹介していた。

 「データ復旧部会」の発足による会員企業は、アドバンスデザイン株式会社、株式会社アドバンスドテクノロジー、オージッド株式会社(サービスブランド名は日本データテクノロジー)、株式会社DATA OK、株式会社LIVEDATAの5社である。

 展示ブースでは、火災によって焼けただれたノートPCの実物が展示されていた。さらに、そのノートPCから取り出されたHDDも出品されていた。消火用水や消火剤などに曝され、火災の高温に曝されたにもかかわらず、HDDのデータを復旧できたという。

「データ復旧部会」の紹介 「データ復旧部会」の活動概要。標準化作業や情報交換、啓蒙活動などがある HDDのデータが失われる原因の分析結果。ハードウエア故障が40%、人為的なミス(ノートPCを誤って落としたなど)が29%を占める データ復旧の事例。高潮によって石油コンビナートのコンピュータが水没した事例、火災によってノートPCが焼けただれた事例、RAID5で運用中にHDDの故障が相次いでアクセス不能になった事例が簡単に紹介されていた
火災によって焼けただれたノートPC 火災によって焼けただれたノートPCから取り出されたHDD。消火剤や消火水などによって汚れている メディアに損傷(円周状の傷)が入ったHDD

 情報システムはすでに社会のインフラストラクチャと化しており、ストレージ、すなわちHDDは情報システムを構成する基幹部品となっている。それだけに、自然災害や人災などによってHDDのデータが失われることの社会的損失は増大する一方だ。データ復旧サービスは社会にとって不可欠なサービスといえよう。しかし、用語定義やセキュリティ基準、技術水準などは業界で標準化されておらず、企業ごとのばらつきが問題となりつつある。その中で「データ復旧部会」が設立され、標準化活動が始まったことは、非常に意義のあることだと思う。今後の活動を見守りたい。

(2010年 8月 9日)

[Reported by 福田 昭]