米Hewlett-Packard(HP)は中国・上海で5月9日から10日の2日間かけてプレス向けイベント「Global Influencer Summit 2012」を開催。基調講演や技術トラック、開発者インタビューなどが行なわれ、世界50カ国から500人以上のメディアが参加する大規模なイベントとなった。
本稿では、コンシューマ向けPC、ビジネス向けPCやワークステーション、そしてプリンタの3つの分野に分け、イベントの中で紹介されたことをまとめたい。
クレーンで吊り降ろされたイベント幕 | 基調講演の開始は口ドラムでリズムよく始まった | 中国でおなじみの龍の舞も |
●コンシューマ向けPC
冒頭の基調講演では、HPの目標が語られた。顧客はさまざまなセグメントを網羅しているが、ポートフォリオの中心はユーザーのニーズであり、このニーズを満たすために品質と信頼性を高めるとともに、HPならではのテクノロジーソリューションを使って製品価値を高めて行きたいとした。
イベント終わりの基調講演では、「コンシューマとビジネスPCの融合」が繰り返し述べられた。今後Intelが推進するUltrabookにより、会社ではデスクトップ、自宅ではノートPCといった使い分けが少なくなり、仕事とプライベート兼用のPCへと進化する。そのためには、ワークスタイルでもライフスタイルでも適合する性能だけでなく、デザイン、そしてセキュリティ面でも重要になるだろうとした。
また、基調講演の中で「顧客のニーズに応えたハードウェア製品を提供するとともに、顧客の問題解決に向けてソフトウェア製品も継続して提供し、最終的に顧客にとって最適なトータルソリューションを提供していく企業である」というスタンスを繰り返し強調し、来場者に印象づけた。
コンシューマ向けには、今後Ultrabookと一体型(オールインワン)のPCを中心に提供する。Ultrabookに関して、本誌の読者には改めて説明するまでもないだろう。高速なレスポンスや長時間のバッテリ駆動、スリムな筐体を特徴とするノートPCのことを、IntelはUltrabookと名付けているが、これを今後世界一の市場となる中国向けへ推進していく。
HP PPS バイスプレジデント兼チーフ・オブ・スタッフ スティーブ・ホフマン氏 | HP PPS シニアバイスプレジデント ジェームス・モートン氏 | HP シニアバイスプレジデント兼ジェネラルマネージャー ジョン・ソロモン氏 |
世界一の市場となる中国 | 今回Ultrabookの中心役となったENVY SPECTRA XT | Ultrabookの特徴 |
トラックセッションでは、ビジネス向けUltrabookである「HP EliteBook Folio 9470m Notebook PC」を引き合いに出し、ビジネスで必要とされる常時接続にはLTEで対応するとともに、ミニD-Sub15ピン、Gigabit Ethernet、USB 3.0などのインターフェイスを妥協せず搭載したことをアピールした。
また、製品のコンシューマ化は、ITマネジメントという側面から見れば対立しているように見えるが、EliteBookでは顔面認証、TPM、パスワード、指紋認証を包括的なスイートに統合することで解決できるとした。
このほかにも「HP ENVY SPECTRA XT Ultrabook PC」をはじめ、「ENVY 4」、「ENVY 6」など、Ultrabookを幅広いポートフォリオで提供していきたいとした。特に15.6型は北米市場、14型は中国市場で強いニーズがあり、いずれも注力していきたい分野だという。
一体型PCを紹介するトラックセッションでは、1993年にHPが開発した「HP-150」というタッチパネル対応の一体型デスクトップPCまで話を遡らせた。それからするとほぼ30年が経過するわけだが、デスクトップPCにおけるタッチ技術は進化し、よりインタラクションを求められるものとなった。これはコンシューマにおける使用だけでなく、デザイン分野などビジネスにおける使用でも大きな変革をもたらした。そしてそれはWindows 8の登場により、さらに使い方に変化が生まれ、同社のTouchSmartシリーズはこうした新しい使い方にも応えられるとした。
初の一体型ワークステーションである「Z1 Workstation」も紹介され、高い管理性能、低消費電力、広色域をカバーするディスプレイなどをアピールし、デザインを行なう中小企業から大企業までのニーズを満たせる製品であるとした。
Ultrabookのユーザー体験 | HP EliteBook Folio 9470mを手にするケビン・フロスト氏 | HP ENVY SPECTRA XT Ultrabook PC |
1993年に登場したタッチ対応一体型PC「HP-150」 | 現在展開している一体型PCのラインナップ | 国によっても一体型のサイズへのこだわりが異なる |
ドミニク・マッカーシー氏 |
さて、同社のENVYシリーズは、Pavilionシリーズに対してプレミアム付加価値がある製品だが、製品マーケティングはどうなっているのだろうか。HPコンシューマープレミアム製品 バイスプレジデント兼ジェネラルマネージャーのドミニク・マッカーシー氏によれば、「プレミアムというのは国ごとだけでなく、都市ごとにマーケティングしなければならない、センシティブなもの」だとする。
つまり、ENVYは上海では売れるものの、中国内陸部ではそうとは限らないということだ。それは東京やロンドンにも共通して言えることで、さまざまな観点でマーケティングを行なわなければいけないものだとした。
具体的に「どのあたりがプレミアムか」というと、万国に共通して“カッコイイ”と思わせる製品デザインや、製品そのものの性能のみならず、2年間のアンチウイルスソフトのライセンス提供、専用のサポート窓口の用意なども含まれるとした。さらにプレミアムPCを手にした後、2年でも3年でも長く、そのPCに対する感情を変えないようにする努力をしていかなければいけないとした。
ステイシー・ウルフ氏 |
では、HPと他社の最大の差別化要因となる製品デザインは、どのように取り組んでいるのだろうか。PCグローバルビジネスユニット デザイン担当 バイスプレジデントのステイシー・ウルフ氏に話を聞いた。
まずデザインをするにあたって、顧客のリサーチからニーズを吸い上げることを第一のこととする。顧客はボタンが少ないシンプルなものを、キーボードはノートPCでもデスクトップと共通しているものを望んでいる……つまり製品は最終的に顧客のライフスタイルを反映してデザインしなければいけないものだとした。
しかし顧客のニーズに応え、デザイナーがデザインした筐体には、必ずしも要求されるスペックのものがすべて詰め込めるわけではない。ウルフ氏によれば、「最終的にはどこかに落とし込まなければならないが、それは最終的に“バランス”で決めている」と答えた。また、1つの意見だけでなく、ワールドワイドに通用するデザインを採用しなければいけないとし、素材や色なども慎重に選択しているとした。
●ビジネス向けPC
イベント全体を通して、ビジネス向けPCとワークステーションは事例紹介がベースとなった。映画のアクションを担当する会社Bandito Brothers、自動車のカスタムペイントを行なう会社West Coast Customs、デザイナーのAnya Ayoung-Chee氏などが紹介され、HPのワークステーション製品の管理性、高性能や耐久性を称賛していた。
Bandito Brothersのワークフロー | Bandito Brothers製作中のアクションシーン | West Coast Customsでは、HPのプリンティングソリューションを使って車のコーディネートをデザインしているという |
West Coast CustomsではHPのワークステーションも利用している。写真はZ1 | 印刷には大判プリンタを使っている | 特別にHPロゴでコーディネートされた車の内部 |
また、信頼性に関するトラックセッションでは、製品設計/開発時において25,000回におよぶヒンジの開け閉め/ラッチテスト、1,000万回のキーストローク、最大15,000Vの静電気ショック、0℃~35℃環境下での動作試験テストなどを行なっているとした。
EliteBookシリーズではこの製品に加えて、他社を上回る落下テストなど8つの追加試験を行なっており、米国の軍規格MIL-STD-810に準拠させているとした。
低温環境での動作テスト | 高温環境での動作テスト |
ヒンジ開閉試験 | ラッチ開閉試験 |
読者もご存じのとおりだと思うが、日本は電車で移動してビジネスをするスタイルが当然であり、日本市場における“ポータブル”の定義は、海外メーカーが中心に展開している1.4kg以上のノートPCが当たり前な欧米諸国とは大きく異なる。
Ultrabookについても、国内メーカー各社がこぞって1kg以下の製品を投入しているのに対し、HPはどのようなスタンスで立ち向かうのか、マッカーシー氏に尋ねてみたところ、「我々は日本市場についても、11.6型以下への需要をしっかり理解している。ただし国別に製品を用意し、数百の異なるデザインのラインナップを増やすといったことはしたくない。バッテリ寿命、性能、デザインも含めて、全世界のユーザーに満足できるような製品が準備でき次第、提供していきたい」と答えた。
●プリンタイベントにおいてもう1つ注力されたのがプリンタ事業だった。基調講演では、中国におけるプリンタの普及率が6%しかないということについて触れられ、つまり大きな伸びしろがあり、普及率の高い国と比較すると大きく期待できる市場であることが説明された。
トラックセッションでは、HPがインクの品質にこだわっていることが紹介された。3年かけて開発されたインクは、水に漬けても印刷が滲まず、さらに長時間太陽光に晒されたのしても褪色しにくい特性があるとした。その一方で、インクカートリッジを工夫することで低価格化を図り、ランニングコストを抑えられるようにしたという。
水に漬けてもインクがにじまないことをアピールするジョン・ソロモン氏 | 太陽光照射による劣化試験も行なわれている |
また、独自のオンラインサービスを提供し、宿題や教材などをプリンタ単体で印刷できるようにするアプリもサードパーティーで用意された。これによりHPは教育分野におけるプリンタの普及に成功したという。
「Imagine a world without print」の調査における声 |
さらにトラックセッションでは、「Imagine a world without print」と挑戦的なタイトルを題したプレゼンテーションも行なわれた。これはアメリカとインド、シンガポールの小さな町で行なわれたリサーチで、「生活の中から印刷物を一切なくして2日生活する」というものだ。
これは予想以上に“壮絶な”調査になった。まず印刷物を一切排除することから始まるが、新聞や雑誌の排除のみならず、塩やコショウ、砂糖など調味料のラベル、シャンプーやリンスのラベルを覆いかぶせなくてはならなかった。また、レストランでもメニューを手書きにして、スーパーでも製品のラベルを排除した状態で販売するなど、準備段階でかなりの時間を要したという。
調査結果については6月14日にビデオで公開するとしているが、「スパイスが多いインドではいつも手にしているはずのスパイスの区別がつかず、料理する自信がまったくなくなった」、「いつもと同じブランドで同じものを食べているはずなのに、同じ味がしない」、「そもそもブランドがよくわからず、どれを買えばいいのかわからない」といった声が上がったという。
ただし、この調査はあくまでも印刷物を排除するだけで、RFIDやAR(拡張現実)などの技術を一切使っていないため、単純に利便性をなくしただけである。つまり、「将来的にデジタルが印刷に代わったらどうなるか」という世界を再現したわけではないが、「今現在に限って言えば、印刷物の役割はとても重要であり、もしすべての印刷物をデジタルデータ化をしようとすると、途方もない大変な作業が待っている」という裏返しが証明されたと言えるだろう。
印刷で実現されるさまざまな表現 |
さて、既報の通り、HPは今年(2012年)3月にPC部門とプリンタ部門を統合させた。ここで懸念されるのは「紙をなるべく減らし電子化することで効率化を図ろうとするPCと、顧客に印刷をしてもらわないと商売にならないプリンタを統合することで、相互のシナジーを相殺してしまうのではないか」ということだ。
この点について、HPアメリカ PPS シニアバイスプレジデント兼ジェネラルマネージャーのジョン・ソロモン氏と、同じくPPS インクジェット/Webソリューション シニアバイスプレジデントを務めるステファン・ニグロ氏に問いかけたところ、「確かにコンテンツのデジタル化というのは無視できない流れであり、これは受け入れなければならない。しかしデジタルコンテンツは飛躍的に増えており、その増加分から換算すると印刷する割合が減っているように見えるだけであって、正しい価値提案ができれば、新たなデジタルコンテンツを印刷できる可能性があるとした。
ジョン・ソロモン氏 | ステファン・ニグロ氏 |
●そのほか
イベントを締めくくる基調講演では、Resistor(抵抗)、Capacitor(コンデンサ)、Inductor(コイル)に続く「第4の回路素子」Memristor(メモリスタ)が紹介され、現在Hynixと共同開発を行なっており、記憶媒体として2014年以降に実用化されるだろうとした。
また、折り曲げ可能なフレキシブルディスプレイ、クラウドに常時接続されるパーソナルデバイス、拡張現実の世界などを紹介した。
メモリスタの紹介 | クラウドに常時接続されるパーソナルデバイスと拡張現実の世界 |
フレキシブルディスプレイ |
ホイットマン氏 |
最後には、HPのCEOに就任したマーガレット・クッシング・メグ・ホイットマン氏もサプライズとして登壇し、HPはユーザーのニーズに応える会社だということを再三強調した。
そのほか、HP Compaqブランドのオフィス向け製品やディスプレイなども多数展示された |
(2012年 5月 14日)
[Reported by 劉 尭]