東芝西田厚聰会長、PC事業に関する特別講演
〜IBMのPC事業買収を断念した経緯についても言及

ノートPC発売25周年記念展示が開催されている東芝科学館

12月18日〜2011年1月29日 開催
入場料:無料



 東芝は、神奈川県川崎市の東芝科学館において、ノートPCの発売25周年を記念した企画展「−東芝ノートPC25周年−“できない”から“できる”へ変わった 〜未来へ進化し続ける東芝ノートPC〜」を開催している。初日となる12月18日には、PC事業に長年携わってきた東芝の西田厚聰取締役会長による「東芝PC事業の創造〜新事業の創業・育成〜」と題した特別講演会が行なわれた。本記事では、講演の内容の詳報をお伝えする。

 企画展開催記念式典で東芝の佐々木則夫社長は、「ノートPCの市場は現在10兆円以上の規模に達している。当社の製品は、今年、累計1億台の出荷に達し、東芝のブランド認知向上に欠かせない製品になっている。また、東芝の代表製品の1つになっている。グラスレス3Dパソコンは、最新技術を搭載したものであり、今後もこうした製品を継続的に市場投入していく。今回の企画展ではさまざまなイベントも用意しており、子供の理科離れが進む中で、科学技術への関心と理解を高める一助にもしたい」などと挨拶した。

企画展開催記念式典のテープカットの様子。中央が西田厚聰会長、その右が佐々木則夫社長 企画展開催記念式典で挨拶する東芝の佐々木則夫社長

 午後1時から約1時間30分に渡って行なわれた西田会長による特別講演では、PC事業での経験が東芝の事業全体に影響を及ぼしていること、PC事業創業時のエピソードなどについて触れられた。

 冒頭、西田会長は、「グローバル化の状況は日々の生活の中でも感じられる。だが、グローバル化だけでなく、デジタル化、ネットワーク化が同時に進行したことで、企業経営は大きく変化している。さらに環境という観点からも取り組む必要があり、これらをベースとした経済成長、企業経営を考えなくてはならない」としたほか、「現在、日本の研究開発投資の85%が民間によるもの。これでは企業のリスクが高い。政府の新成長戦略では、日本の研究開発投資をGDPの4%相当にまで引き上げ、そのうち1%を国で負担するように求めているが、1%という数字は残念ながら明記されなかった。基礎研究は政府が後押しし、商品化、製品化の展開は民間が行なうという構図が、イノペーションの創出につながる」などとし、経営トップとして、また経団連副会長などの要職を務める立場からの提言を行なった。

東芝の西田厚聰取締役会長による「東芝PC事業の創造〜新事業の創業・育成〜」の特別講演 講演する東芝の西田厚聰取締役会長 約200人を収容する講演会場は満席の状態となった
PC市場は、25年で25倍になっている

 続けて、西田会長は、「私は東芝社長時代に、イノベーションの乗数効果という考え方を打ち出した。PC事業は、産業連関の中で大きな乗数効果を生み出した好例」と位置づけ、「ポータブルPC市場は、当社が世界第1号のラップトップPCを発売した1985年にはわずか1万台の市場規模であった。それが現在は、2億200万台の規模に達している。25年間で2万倍の市場規模となっている。PC市場全体でも25倍の市場規模に成長した。半導体は大きな産業だといわれているが、その市場規模は約26兆円。PC市場はポータブルで12兆円、デスクトップで8兆円。あわせて20兆円の大きな市場に成長している。今後、年率5%という成長率で25年後を予想するとノートPCだけで6億8,400万台の市場になる。これは低い成長率であり、実際にはもっと成長する可能性が高い」と語る。

 イノベーションの乗数効果として、具体的に示したのが、ノートPCの関連部品産業の誕生や成長である。

 現在、17型以下の液晶ディスプレイ市場は1兆2,333億円、HDDは1兆4,900億円、リチウムイオン電池は9,460億円、CPUは3兆1,000億円の市場規模に達していることに触れながら、「東芝のノートPCがいち早く液晶やプラズマを採用し、この技術がその後の薄型TVへと繋がっている。現在、プラズマTVで事業を拡大しているメーカーにも東芝は大きく貢献しているといえる。リチウムイオン電池もノートPCでの採用をベースとして技術発展し、それが自動車用途にも広がろうとしている。HDDもPCの利用から始まり、いまではTVや自動車にも採用されている。台湾の企業は、東芝がノートPCを開発してくれなかったら、我々の今はなかっただろうと感謝してくれている。このように、東芝のPC事業は多くの産業や企業に影響を及ぼし、大きな乗数効果を生み出している」と述べた。


●常務会承認のルールを破って事業を開始

 西田会長は、東芝のノートPC事業の黎明期から事業に携わった経験を踏まえ、いくつかのエピソードを披露した。

T1100のスペック

 東芝が投入した世界初のラップトップPC「T1100」は、欧州市場で最初に発売され、その後米国に展開し、それらの成功を受けて、日本で投入されるという「数ある東芝製品の中でも珍しいケース」(西田会長)で事業が開始された。

 「実は、T110を投入する前に、欧米市場において、IBM・PC互換機を投入した経験があった。競合他社の製品に比べてもう少し画質の良いものを提供したいと考え、ディスプレイの表示精度を高めた製品だった。だが、その結果、互換性が75%程度に落ちてしまい、事業は失敗してしまった。しかし、米国市場は一度失敗しても、逆転サヨナラホームランが可能な市場。それに向けて準備を進めたのがT1100だった。もう一度参入するにはどうすればいいか。マッキンゼーの協力を得てプロジェクトチームを3人で編成。そのマネージャーが私であり、そのうちの1人はまだ東芝でPC事業を担当している。議論を重ねた結果、デスクトップでは勝ち目がない。そこで軽薄短小であり、持ち運べるもの、そして出来たばかりの液晶パネルを使ってみようということになった。では、なぜ完成した製品を欧州市場向けに最初に投入したのか。米国は単一の大きな市場であるのに対して、欧州は各国のお国柄が持つ市場。同じものを持っていってもうまくいかない市場であり、それぞれのマーケティング、セールス体制の構築が必要である。単一市場の場合には、大成功はするが、大失敗の可能性もあり、リスクが大きい。しかし、欧州市場であれば、国ごとに状況が異なり、リスクが分散できるともいえる。そこに欧州市場から開始した理由がある」とした。

 さらに、「25年前の東芝には、新たな事業を始める時には常務会の承認が必要であったが、その承認を待っていては事業に遅れが生じると判断した。販売部門の1つの事業としてスタートすれば常務会の承認は必要ないというルールの隙間をついて、英国のカラーTVの販売会社の中にPC事業を置いてスタートさせた」という、今だからこそ言えるこぼれ話も披露した。

 また、「T1100では、3.5型FDDを搭載したが、アプリケーションメーカーにいっても3.5型のFDに収めたソフトを出してくれない。ロータスやアシュトンテイトといった企業に申し入れたが、『私たちは3.5型の市場が来るとは一切思っていない』といわれたほどだった。売らなくてもいいから、載るかどうかだけを試して欲しいといって、なんとか3.5型FDに収めてもらった。その後、メーカー各社から3.5型FDDを搭載したポータブルPCが登場したが、ロータス1-2-3を例にとると、当社製品ではスムーズに3.5型FDからアプリケーションが立ち上がるのに対して、IBM含めた他社のPCでは『次の手順に従って操作してください』と表示されるようになっていた」などと、先行した優位性があったことを示した。

●「西田流」のPC販売手法を披露

 当時、西田会長は「欧米で1万台を売る」と宣言したという。

 東芝がPCメーカーとしての認知度がゼロという時代に大胆な宣言であった。そして、それを売るための営業スタイルもユニークだった。

 「当時の経営者はあまりPCに興味があるわけではない。そこでなるべく早くPCの話は打ち切り、経済動向や歴史などの話をした。経営トップはそちらの話に興味を持ち、『こいつとパイプを持っていれば、またなにか話が聞けるだろう』と思ってくれる。すると、『それで、PCは何台だ』ということになる」という体験談を披露。そうした経験が、現在の東芝社内で実施しているリベラルアーツ教育につながっていることを紹介した。

 発売から7年間に渡りポータブルPC世界ナンバーワンを継続した後、コンパックの低価格ポータブルPCに首位を奪還され、その対抗製品として日本円で69万円(米国では5,499ドル)もするポータブルPCを軸にして、再度首位を奪還した際には、「IT部門の担当者にこんな話をした。ポータブルPCは5年ほど使うことになるでしょう。それなのに、いまから2年後にCPUにIntel 386を搭載し、モノクロ液晶を搭載した製品を使っていますか。すべてIntel 486になり、カラー液晶になるでしょう。私が上長だったら、2年後にこんなPCを導入したのは誰だと怒りますよ。クビにするかもしれない。こうした商談を全世界で展開した」などとし、Intel 386搭載、モノクロ液晶搭載のコンパックのポータブルPCと、東芝が世界で初めて投入したとするTFT型カラー液晶搭載(※)のT4400SXCとの違いを示しながら商談を進めた成果を披露した。この時、西田会長は、「首位を取られたのは、社内に、多少緩みや奢りがあったということだろう。東芝のとっての死角はコストだった」などと振り返った。

【※編集部注】この点について、NECではTFTカラー液晶を搭載したノートPCとしては、同社が1991年10月3日に世界初として発表(出荷は同年10月25日)したとしている。

キング・オブ・ラップトップと称されたT3100およびJ3100は、6.8kgもあった コンパックショックに対抗し、首位を奪還したT4400SXCは69万円の価格設定だった

 また、「日本に帰ると、『海外でずいぶん売れているらしいですね』と言われたが、『いや、売れているのではなくて、売っているです』と答えていた。新しいものが出たからといって売れるものではない。売らないと買ってもらえない。情熱を持つことが大切であり、さらに強い意志を持って困難、障害に立ち向かっていかなくては事業を創業できないし、成長を持続させることはできない」などと語った。

●IBMのPC事業買収を断念、デルモデルに泣かされる
PCは大幅な機能向上が図られ、価格は大幅下落した

 西田会長は、PC産業の歴史に触れ、1985年発売のT1100と、現在の「Satellite L650/dynabook T350」とを比較し、CPU性能が1万倍以上、メモリーが8,192倍、記憶装置の容量が72.8万倍にもなっていると同時に、価格は6,480マルク(当時のレートで約52万円)から、約16万円にまで下落していることを示した。

 こうした経緯の中で、「デルがWebを通じて直販したデルモデルには泣かされた。デルがサプライチェーンマネジメント(SCM)を導入したことによって、在庫の考え方に革命を起こした。自動車産業ではJIT(ジャスト・イン・タイム)による改革が行なわれたが、これは系列会社との連携によって実現できるもの。資本関係がない企業からの部品調達が主流となるPC産業に持ち込めば、部品をじっと(JIT)待つしかなくなる。そこでPC産業では、VMI(ベンダー・マネジメント・インベントリー)という手法を生み出した。PC産業では、調達、生産の手法にも改革が起こっている」としたほか、「東芝は、IBMのPC事業部門を買わなかった。理由があって買収しないと判断したのだが、一方でIBMのPC部門に対して、悪かったという思いもある。しかし、今は、IBMとレノボの当初の契約が切れたことで、現在、IBMのグローバルセールスでは、東芝のノートPCを積極的に販売してくれている」などと、IBMのPC事業の買収を検討した事実があったことを認めた。

 今後のPCの進化については、「25年後もPCそのものはなくならない。携帯電話やiPadではPowerPointの資料は作れない。ただし、もっと新しい使い方を想定した新しいPCが生まれてくるだろう。過去25年間の技術革新はかなり高度な技術革新であった。それはこれからも続く。その技術がPCを進化させ、多くの産業を発展させる」などとした。

●企業経営に生かされるPC事業での経験

 最後に、西田会長は、「PC事業の経験が、企業経営の中に生かされている」と前置きし、「技術革新が早く、コストを大幅に改善した製品が出てくるPC事業においては、スピードが大切である。企業経営においては、決断力や実行力が大切だという人もいる。それはそれで正しいだろう。しかし、私はその前の判断力が大切であると考えている。判断は限られた時間、限られた情報の中で行なう必要がある。しかも、過去の経験が通用しない。100%の情報を待って、正しい判断を求めると失敗にしかならない。70〜80%という段階でも、最適な判断をすることを心がけなくてはならない。最適な判断が間違っていたら軌道修正をすればいい。これも大切なことである。もう1つ重要なのは、勇気を持って判断、決断、実行する『勇断力』である。そして、変化に対応し、自らも変わっていく『応変力』も必要である」と企業経営においても、PC事業の感覚を持ち込むことの重要性に触れた。

 そして、「『備えあれば憂いなし』という言葉があるが、本来はその前に、『安きを居りて、危うきを思い』という言葉がある。つまり、上手くいっているからといって安心してはいけないということが大切であり、そのために準備を怠るなということである。PC事業は、イノベーションのたゆまぬ創出が成長の原動力になっている。過去の25年の成功に安住するのではなく、世界に先駆けてイノベーションを起こしていくPC事業でありたい」と締めくくった。

(2010年 12月 21日)

[Reported by 大河原 克行]