ARM Forum 2010レポート【基調講演編】
「AndroidとARMは同じ意味の言葉だと言って良い」

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11月11日 開催

会場:東京コンファレンスセンター・品川



 英国の大手CPUコア・ベンダーであるARMの日本法人アーム株式会社は、顧客向けの講演会兼展示会「ARM Forum 2010」を11月11日に東京コンファレンスセンター・品川で開催した。

 ARM Forumは午前が「キーノート・スピーチ・トラック」と呼ぶ全体講演、午後はテーマ別に分かれた「テクニカル・セミナー・トラック」と呼ぶ技術講演となっている。全体講演はアーム代表取締役社長の西嶋貴史氏による挨拶で始まる。続いてARMの幹部による基調講演となっている。本レポートでは午前中のARM幹部による講演を中心にARM Forumの内容をご紹介する。


 西島社長はARM Forumの挨拶で、最近の国内ライセンスおよびパートナーシップの状況と、ARMコアの出荷状況を報告した。2005年~2009年に、ARMは国内の半導体ベンダーによるライセンスを順調に増やしてきた。パナソニック、ルネサス テクノロジ(現在はルネサス エレクトロニクス)、NECエレクトロニクス(現在はルネサス エレクトロニクス)、東芝、富士通マイクロエレクトロニクス(現在は富士通セミコンダクター)が、さまざまなARMコアをライセンス導入してきた。2010年も活発なライセンス導入が続き、現在までにロームと東芝がライセンス契約を新たに交わしたことが明らかになっている。これらのライセンス契約は公表分だけなので、未公表分を含めるとさらに多くのライセンス契約が交わされていることは間違いない。

 ARMコアを内蔵した半導体チップの出荷数量は、ARMコア数に換算した数量で2010年第3四半期(2010年7~9月期)までの1年間に、55億個に達したという。2005年の秋に年間出荷数量は15億個であり、この時点でARMは2010年の年間出荷数量を45億個と予測していた。この予測自体が5年後に3倍という相当に強気なものだったのだが、実際には予測を10億個も上回ったことになる。

 なおARMの事業形態について補足しておくと、ARMは半導体チップのベンダーではない。ARMコア(CPUコア)やグラフィックスコアなどの半導体チップの一部を半導体ベンダーに有償でライセンス供与することで、収入を得ている。半導体ベンダーはライセンス導入したコアを使用して独自仕様のマイクロプロセッサやSoC(System on a Chip)、マイクロコントローラ(マイコン)などを開発する。開発したARMコア内蔵チップが市場に出荷されると、チップの価格に応じたロイヤルティをARMは受け取る。このライセンス売り上げとロイヤルティ売り上げが、ARMの主要な収入となっている。

国内半導体ベンダーによる2005年~2009年のライセンス状況2010年におけるライセンス状況とARMコア導入済み半導体ベンダーの動向ARMコアの出荷数量の推移

●2010年~2020年に1,000億個のARMコアを出荷へ

 続いてキーノート講演である。英国ARM本社で最高執行責任者(COO)を務めるGraham Budd氏氏が、ARMコアを内蔵する半導体チップの応用分野の動向を解説した。

 まず、1960年から2020年までのコンピューティング環境を俯瞰し、1960年代~1980年代を「第1の時代(1st Era)」(選択されたタスクをメインフレームあるいはマイクロコンピュータが処理していた時代)、1990年代~2000年代を「第2の時代(2nd Era)」(数多くのインターネット接続デスクトップマシンとパソコンを使って特定のタスクを処理していた時代)、2010年代を「第3の時代(3rd Era)」(インターネット接続のモバイル機器によってコンピューティングが生活の一部となる時代)と区切った。

 「第3の時代(3rd Era)」では、「コンシューマ化したインターネット」、「信頼性の高い組み込みコンピューティング」、「低コストで高度なマイクロコントローラ」の3つの市場がARMにとって重要になるとした。

 「コンシューマ化したインターネット」によって業務用と生活用を問わずにインターネットに接続されたデバイスが増える。スマートフォンやスレートPC、デジタルサイネージなどのインターネット接続されたディスプレイ(スクリーン)の市場は、2014年までに全世界で30億個に達すると予測した。

 「信頼性の高い組み込みコンピューティング」はディスク装置や3Gモデム、自動車エンジン制御などの頑丈さが要求される分野で威力を発揮する。こういった組み込みユニットの市場は、2014年までに全世界で100億個に達すると予測した。

 「低コストで高度なマイクロコントローラ」は、洗濯機のモーターや玩具、自動車を含めたそれこそ数百を超える応用機器で安全性を高めるとともに開発を容易化する。マイクロコントローラの市場は、2014年までに全世界で160億個に達すると予測した。

 続いて「第3の時代(3rd Era)」に主役となるこれらの応用分野を、もう少し細かく説明した。大きく、「移動体(on the move)」、「住宅(on the home)」、「クラウド(cloud infrastructure)」に分かれる。

1960年から2020年までのコンピューティング環境「第3の時代(3rd Era)」の詳細図。2014年までに全世界で290億個の出荷数量を生み出す「第3の時代(3rd Era)」は、「移動体(on the move)」、「クラウド(cloud infrastructure)」、「住宅(on the home)」の3分野で構成される

 「移動体(on the move)」をさらに細かく見ていくと、モバイル(スマートフォンを含めた携帯電話機)、モバイル・コンピューティング(ノートPC、スレートPC、メディアプレーヤー)、自動車(情報端末、マイクロコントローラ)に分かれている。2014年にモバイルで44億5,000万個、モバイル・コンピューティングで8億個、自動車で21億個の市場規模に達する見込みだとBudd氏は説明していた。合計すると73億5,000万個という、巨大な市場規模になる。

 また「クラウド(cloud infrastructure)」はサーバーやストレージ、ルーターなどで構成され、2014年の市場規模はストレージが11億個、ネットワークが9億個で、合計では20億個になるとしていた。

 そして「住宅(on the home)」は、娯楽機器(デジタルTVやセットトップ・ボックスなど)とスマートホーム(セキュリティとエネルギー)に分かれており、2014年に娯楽機器では9億個、スマートホームでは165億個の市場規模に達すると予測していた。

 これらの数字を俯瞰すると、マイクロプロセッサやマイクロコントローラなどの将来市場としてARMが数量ベースで最も期待しているのが、スマートホームであることが分かる。携帯電話機が44億5,000万個であるのに対し、スマートホームはその4倍近い、165億個という膨大な数量を期待している。

「移動体(on the move)」の一翼を担うモバイル(スマートフォンを含めた携帯電話機)分野の動向と2014年の市場規模予測値「移動体(on the move)」の一翼を担うモバイル・コンピューティング(ノートPC、スレートPC、メディアプレーヤー)分野の動向と2014年の市場規模予測値「移動体(on the move)」の一翼を担う自動車(情報端末、マイクロコントローラ)分野の動向と2014年の市場規模予測値
「クラウド(cloud infrastructure)」の動向と2014年の市場規模予測値「住宅(on the home)」の一翼を担う娯楽機器(デジタルTVやセットトップ・ボックスなど)分野の動向と2014年の市場規模予測値「住宅(on the home)」の一翼を担うスマートホーム(セキュリティとエネルギー)分野の動向と2014年の市場規模予測値

 もう1つ注目すべきなのが、マイクロコントローラの市場規模予測だ。マイクロコントローラの予測値が示されているのは自動車とスマートホームで、2014年の市場規模はそれぞれ20億個と90億個である。合計すると110億個の市場規模となる。講演スライドには明記されていないが、自動車分野だと電子制御ユニット(ECU)、スマートホーム分野だとスマートメーターとエネルギー管理ユニット、無線センサーユニットを想定していると思われる。ARMは2014年までにマイクロコントローラの市場規模が160億個に達すると予測しているので、その7割近くを自動車とスマートホームで占めることになる。

 そして合計で150億個を超えるこれらの市場を狙うのが、ARM初のマイクロコントローラ(マイコン)用CPUコア「Cortex-Mシリーズ」である。同シリーズで主力のCPUコア「Cortex-M3」をライセンス導入した企業は35社を超えており、出荷数量は年間に2.4倍もの勢いで増えているとBudd氏は述べていた。

 マイクロプロセッサとSoCにマイクロコントローラを加えることで、今後もARMコアの出荷数量は急速に増加していく。過去には1998年から2010年までに、累計で200億個のARMコアが出荷された。そして今後10年間のARMコア出荷数量は累計で1,000億個を超えるとの予測をBudd氏は披露した。年間100億個ペースという恐ろしく強気な数字だが、ARMであれば達成してしまうかもしれない。

Cortex-Mシリーズのライセンス状況ARMコアの出荷数量予測

●Cortex-Aシリーズは携帯電話機とスレートPCの覇者へ

 午前の最後には、特別講演として英国ARM本社のプロダクトマーケティング・ディレクタを務めるHaydn Povey氏がモバイル機器のアプリケーション・プロセッサ用コア「Cortex-Aシリーズ」の製品動向を解説した。なおこの特別講演は当初、プロセッサ部門のバイス・プレジデント兼ファブリックIPゼネラル・マネージャーを務めるKeith Clarke氏が講演する予定だったが、11日の当日になって講演者の変更がアナウンスされた。

 なおCortex-Aシリーズは、ローエンドがマルチコアのCortex-A5、その上にシングルコアのCortex-A8、その上位にマルチコアのCortex-A9というシリーズ構成になっている。ハイエンドは、この9月に発表されたばかりのCortex-A15(開発コード名:Eagle)である。

 現在のスマートフォンとスレートPCのアプリケーション・プロセッサに向けたCPUコアがCortex-A8とCortex-A9であり、Cortex-A5はCortex-A9とほぼ同じ機能でコストを低減したプロセッサに向けたCPUコアになる。Cortex-A15は、次世代のスレートPC用アプリケーション・プロセッサと、ARMが新たに狙うインフラ機器用プロセッサとなる予定である。

  Povey氏は最初に、「Cortex-Aシリーズ」の現在の状況を説明した。最初の製品であるシングルコアの「Cortex-A8」は、このコアを内蔵した半導体チップがすでに大量生産に入っている。マルチコアの「Cortex-A9」は、半導体チップが量産直前の段階にある。

 Povey氏はモバイル機器用OS「Android」とCortex-AシリーズのCPUコアの組み合わせが一般的であることに触れ、AndroidとARMコアの結びつきを「AndroidとARMは同じ意味の言葉だと言って良いくらい」だと強調した。さらには「AndroidはARMコアのために作られ、ARMコアはAndroidのために設計されている部分がある」と重ねた。

 これには少し驚いた。まるでPC用Windows OSとIntelプロセッサの結びつきのような言い方で、いささか過激な気もする。というのも、よく知られているようにAndroidデバイスの競合製品であるスマートフォンのiPhoneとスレートPCのiPadのアプリケーション・プロセッサには、ARMコアが使われているからだ。ARMにとってiPhoneとiPadは重要な顧客であることを考えると、刺激的な発言といえよう。一方でAndroidの開発者であるGoogleとARMは、Androidの開発段階で相当に突っ込んだ話し合いを実施したことを窺わせる発言でもある。

 iPhone、iPad、Androidフォン、Androidタブレットのどれが売れても、ARMのビジネスにとってはうれしい結果となる。どちらが勝っても笑うのはARMという、したたかな戦略だ。

Cortex-Aシリーズの製品構成「Cortex-Aシリーズ」の現在の状況
Androidデバイスの状況。1日に20万台のARMコア内蔵Androidデバイスが出荷されているとする。単純計算では年間に7,300万台に相当する数量だ「AndroidはARMコアの使用を前提に開発された」。AndroidをARMコア向けに最適化した内容の一部

(2010年 11月 16日)

[Reported by 福田 昭]