ARM Forum 2009レポート【基調講演編】
すべてのインターネット接続機器にARMコアを載せる

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11月10日 開催
会場:東京コンファレンスセンター・品川



 英国の大手CPUコアベンダーであるARMの日本法人アームは、顧客向けの講演会兼展示会「ARM Forum 2009」を11月10日に開催した。またARM Forum 2009の前日である11月9日には報道機関向けの説明会を開催し、最近の事業展開を報告するとともに、10月22日に発表したアプリケーションプロセッサコア「Cortex-A5 MPCore」の概要を説明した。

 ARM Forumは午前が「キーノート・スピーチ・トラック」と呼ぶ全体講演、午後はテーマ別に分かれた「テクニカル・セミナー・トラック」と呼ぶ技術講演となっている。全体講演はアーム代表取締役社長の西嶋貴史氏による挨拶で始まる。続いてARMの幹部による基調講演となっている。西嶋氏の挨拶内容と基調講演の内容は、報道機関向け説明会の内容と重なる部分が少なくない。そこで本レポートでは報道機関向け説明会の内容を一部交えながら、ARM Forum 2009の基調講演をご紹介する。

 西島社長はARM Forumの挨拶で、ARMコアの出荷状況を報告した。ARMコアを内蔵した半導体チップの出荷数量は2008年末まで順調に伸びてきた。ARMコア数に換算した出荷数量で2008年第4四半期には、過去最高となる12億個を記録した。

 さすがに2009年の第1四半期と第2四半期は世界同時不況の影響で出荷数が7億個強まで落ち込んだものの、2009年第3四半期には10億個まで回復した。

日本法人アームの代表取締役社長を務める西嶋貴史氏。11月9日開催の報道機関向け説明会で撮影ARMコアを内蔵した半導体チップの出荷数推移。数量はARMコア数ベース。

 ARMコアのライセンス契約数は2009年に入っても順調に伸びている。2006年~2008年は毎年、60件強のライセンス契約を結んできた。2009年は第3四半期の時点で、2008年を上回る62件のライセンス契約を完了している。累積のライセンス数は640を超える。

 なおARMはプロセッサチップのベンダーではなく、CPUコア(ARMコア)をプロセッサベンダーやSoC(System on a Chip)ベンダーなどに有償でライセンス供与することで収入を得ている。プロセッサベンダーやSoCベンダーなどはARMコアの仕様をカスタマイズしたり、独自の周辺回路を搭載したりすることで独自仕様のシリコンチップ(ダイ)を開発する。開発したARMコア内蔵チップが市場に出荷されると、チップの価格に応じたロイヤルティをARMは受け取る。このライセンス売り上げとロイヤルティ売り上げが、ARMの主要な収入となる。

ARMコアのライセンス契約数の推移。累計では640を超えるという。なお前年のARM Forum 2008(2008年10月22日開催)では、累計のライセンス契約数を553と説明していたARMのビジネスモデル

●既存の8bit/16bit/32bitのすべてをARMコアでカバー

 続いて基調講演である。英国ARM本社でマーケティング担当上級副社長を務めるイアン・ドリュー氏が、「世界へ広がるARMプロセッサ(原題:A New Era of Smart Computing)」と題して講演した。

 ドリュー氏はまず、マイクロプロセッサ市場に存在している32bitプロセッサアーキテクチャの数について述べた。17年前の'92年には数多くのプロセッサアーキテクチャが市場をにぎわせていた。それが2009年には大半のアーキテクチャが市場から消えてしまった。ARM、x86、MIPS、SPARCなどが講演スライドには表示されていた。このほかにPowerPCや日本国内のSuperH、V850などが現在も存在するが、'90年代前半に比べると大きく減少していることは間違いないだろう。今後もアーキテクチャの減少は続くが、当然ながらARMはしぶとく生き残っていくつもりのようだ。

英国ARM本社でマーケティング担当上級副社長を務めるイアン・ドリュー氏32bitプロセッサアーキテクチャの種類数の変化。'92年には数多くのアーキテクチャが市場に存在した。講演スライドには12種類のアーキテクチャが掲載されていたが、なぜか日本独自のプロセッサアーキテクチャが入っていない。2009年になるとその大半が消えている

2013年までにARMコアの出荷数量が大きく伸びると期待する応用分野

 最新アーキテクチャの「Cortex」シリーズでは3種類の製品ラインを用意することで、従来は8bitマイクロコントローラがカバーしていたローエンド領域から、x86系やMIPSなどの32bitマイクロプロセッサがカバーしていたハイエンド領域までをARMは取り込んでいく。

 出荷数量ベースで最も多くなるのは、8bitマイクロコントローラの領域、チップの単価では1ドル~2ドルと安価な領域だとドリュー氏は説明していた。「8051」といった8bitマイクロコントローラがカバーしていた領域をも、ARMコアでカバーしていくとする。マイクロコントローラのほかは、スマートフォンやセットトップボックス、デジタルTV、ストレージ(HDDおよびSSD)といった応用分野に期待する。

●2010年と2013年のモバイル端末の姿を予測

 ARMコアの主力市場であるモバイル端末に関しては、2010年と2013年におけるモバイル端末(スマートフォン)の姿を予測した。2010年のモバイル端末には、「Cortex-A9」のデュアルコアを内蔵するアプリケーションプロセッサが載る。製造プロセスは32nmである。ベースバンドプロセッサは「Cortex-R4」をCPUコアとして内蔵する。製造プロセスは40nmである。ディスプレイはWVGA(800×480画素)のアクティブマトリクス方式有機ELとなる。グラフィックス・エンジンはOpenGL ESバージョン2.0に準拠する。

 2013年のモバイル端末は、アプリケーションプロセッサが22nmの製造プロセスによる高性能チップとなる。ベースバンドプロセッサの製造プロセスは28nmとなる。ゲーム機能は2010年のモバイル端末でも搭載しているものの、2013年のモバイル端末は据置き型テレビゲーム機と同等の性能を有するようになる。またバッテリを高速で充電する機能を搭載すると予測していた。

2010年におけるモバイル端末(スマートフォン)の姿2013年におけるモバイル端末(スマートフォン)の姿

 またハイエンドのアプリケーションプロセッサ「Cortex-A9」は、ネットブックはもちろんのこと、マルチコア構成によってノートPCやデスクトップPCのCPUに匹敵する性能を実現できるとした。動作周波数1GHzのCortex-A9コア(45nmプロセス)と同1.6GHzのAtomプロセッサ(45nmプロセス)を比較し、Cortex-A9はシリコン面積が小さく、消費電力が低く、性能(ウエブ・ページの表示速度)はほぼ同等であると主張した。

Cortex-Aシリーズと応用分野のカバー範囲動作周波数1GHzのCortex-A9コア(45nmプロセス)と同1.6GHzのAtomプロセッサ(45nmプロセス)を比較した結果

 それからARMコアのライセンス数についてふれた。製品ファミリ別にみると最もライセンス数が多いのはARM9ファミリで、257を数える。最新世代のCortexファミリは90ライセンスを数えており、ARM11ファミリの72ライセンスを超えた。Cortexファミリにはコントローラ処理用コア(Mファミリ)、リアルタイム処理用コア(Rファミリ)、アプリケーション処理用コア(Aファミリ)と3種類のサブファミリを用意してあり、既存のARM7ファミリ、ARM9ファミリ、ARM11ファミリのすべてのユーザーを移行させる受け皿となる。

 製造プロセス別では180nm~250nmのコアでライセンス数が最も多い。一方で最新プロセスの45nm/40nmでも、25ライセンスが導入されている。幅広い製造プロセスに分散していることが分かる。32nm/28nmプロセスでもライセンス導入への準備が進んでいる。

ARMコアのライセンス数(製品ファミリ別)ARMコアのライセンス数(製造プロセス別)

 ARMコアの最新世代であるCortexファミリは、従来はCortex-Mシリーズがローエンド、Cortex-Rシリーズがミッドレンジ、Cortex-Aシリーズがハイエンドと見なされることが少なくなかった。このため、10月22日に発表されたCortex-Aシリーズのローエンド品「Cortex-A5」コアは、一見するとCortex-R4コアと区別しにくい。演算性能が近いからだ。しかし、より詳しくみていくと、AシリーズとRシリーズは応用分野がかなり違う。ターゲットとする応用分野の要求仕様に合致するようにCPUコアの性能と機能を取捨選択した結果が、AシリーズとRシリーズの違いだと言える。

 Aシリーズは非リアルタイム処理、高級言語プログラム処理のCPUコアであり、LinuxやWindows CEなどのOSを搭載する機器を対象とする。メモリ保護機能を実装したことやマルチコアによる拡張性を持たせたことなど、PCのCPUに近いプロセッサを想定していることが分かる。言い換えると、リアルタイム処理は対象としていない。

 Rシリーズはリアルタイム処理(ハードウエアリアルタイム処理)を前提としたコアであり、リアルタイムOSを搭載する機器を対象とする。メモリ保護機能は実装していない。一方でメモリ容量を節約するために16bit命令セットを実装する。例えばARMコア以外のマイクロプロセッサでは、リアルタイム処理に16bitプロセッサを使うことが少なくない。

 こういった応用分野の違いが、Cortexにおけるシリーズの違いを生み出している。もちろん、リアルタイム処理機器での要求性能がそこまであるとARMが予測した結果としてだが、言い換えれば今後、Cortex-A5を超えるDMIPS/MHzのRシリーズが登場してもおかしくないと言える。

(2009年 11月 13日)

[Reported by 福田 昭]