【ARM Forum 2007レポート】 2010年をにらんだARMの戦略と新CPUコア
10月16日 開催 英国の大手CPUコアベンダーであるARMの日本法人アーム株式会社は、顧客向けの講演会兼展示会「ARM Forum 2007」を10月16日に東京・品川の東京コンファレンスセンター・品川で開催した。 ARM Forumは例年、事前の登録で満席となってしまう人気のイベントである。今年も開催前に満席となっている。当日は開演の30分前に会場に到着したのだが、受付のある5階フロアは受け付け待ちの人々で一杯になっており、4階以下のフロアで入場制限が行なわれていた。あまりの混雑のため、予定時刻の10時になっても講演を始められず、受け付け作業が続いていた。講演が始まったのは10時15分過ぎのことである。 例年と同様に、アーム代表取締役社長の西嶋貴史氏による挨拶とARMの現状紹介からARM Forumは始まった。ARM Forumの前日に開催された記者会見と内容が重複するのだが、会場の雰囲気が分かるので一応、ご報告する。 始めに西島氏は、ARMコアを内蔵した半導体チップの出荷数量推移を説明した。出荷数量は順調に増加しており、2006年は年間で24億5,000万個に達した。そのおよそ3分の2が、携帯電話機向けの半導体チップである。すなわち16億個前後のARMコア内蔵チップが携帯電話機に搭載されていることになる。もの凄い数だ。 ARMコア内蔵チップの出荷数量は今後も順調に伸び、2010年には年間でおよそ50億個に達すると予測した。ARMは出荷数量の内訳を「携帯電話機」と「携帯電話機以外」、「組み込みマイクロコントローラ」に分類しており、2006年~2010年には「組み込みコントローラ」が最も伸びるとみている。 またARMコアを始めとするIPコア(半導体の回路ブロック)が普及した背景には、半導体産業が安定成長期に入った事実があると説明した。開発リスクを最小化するため、IPコアを利用する傾向が強まったとする。その結果、ARMが提供するIPコア群が売れているという、いささか自画自賛気味の説明である。
続いて英国ARM本社でエグゼクティブ・バイス・プレジデント兼ゼネラル・マネージャーを務めるGraham Budd氏が「Investing for Innovation」と題して基調講演を行なった。 ここでもARMの鼻息は荒く、市場の伸びよりも、ARMに関わる製品の方が高い伸びを示していると説明した。例えば半導体市場(金額ベース)は7.5%成長であるのに対し、ARMベースの半導体チップの販売額は40%も成長したという。出荷数量もPCの出荷台数に比べると大きく伸びた。2001年にはPCの出荷台数の3倍程度がARMベースチップの出荷数量だったが、2006年にはPCの10倍もの数量を出荷するようになった。 そしてこれからの2006年~2010年は、メインストリーム(主要な応用分野)である携帯電話機分野と、数量は少ないものの急激な成長が見込める分野で、ARMコア内蔵チップの出荷数量を伸ばすとのシナリオを示した。例えばハイエンドの携帯電話機であるスマートフォン向けは、2010年には現在の3倍の数量のARMコア搭載チップが出荷されると予測した。また西島氏が最初に述べたように、組み込みマイクロコントローラが最も伸び、その例として自動車分野を挙げていた。 このような高い成長を今後も成し遂げるために、ARMはプロセッサコアや周辺IPコア、検証ツール、3次元グラフィックスなどに積極的に投資していくと説明していた。これが講演タイトルの「Investing for Innovation」につながることになる。
●Cortex-A9関連の講演はやや期待外れ ARMは10月3日に米国で開催した開発者向け会議(ARM Developers' Conference)で、マルチプロセシング向けのCPUコア「Cortex-A9」を発表した。ARM Forum 2007は、日本で初めてCortex-A9の詳細を紹介する場である。午前中には「Details of a New Cortex Processor Revealed, Cotex-A9」のタイトルで特別講演が、午後には「Cortex-A9 Microarchitecture」のタイトルで技術講演が予定されており、Cortex-A9コアの詳細に踏み込んだ講演内容が期待された。実際、配布資料にはかなり詳しい技術内容が記載されていた。 しかし、両方の講演を務めた英国ARM本社のJohn Goodacre氏(マルチプロセッシング担当プログラム・マネージャー)は、午前の特別講演ではマルチプロセッシングの必要性やARMにおけるマルチコア・プロセッサの歴史と取り組みに時間を割き、肝心のCortex-A9については、4コア構成で8,000DMIPS以上とARMのCPUコアとしては過去最高の性能を出すといった程度の内容にとどまり、詳細は午後の技術講演で述べると締めくくった。前述のように午前は講演開始が遅れた。そのためこの特別講演の時間は短縮されており、時間短縮のために内容が修正されたのかもしれない。 そこで午後の講演に期待することにした。ところが、午後の技術講演「Cortex-A9 Microarchitecture」でGoodacre氏は始めに、「技術的な詳細を話してしまうと追従できない聴衆が多くなりそうなので、詳細ではなくてもっと分かりやすい講演内容にする」と述べ、配布資料とはかなり異なる、技術的な詳細を省いた講演内容に変えてしまった。技術的な内容を期待していた来場者には、不満が残ったのではないかと心配である。 そこで本レポートでは、講演内容や配布資料の内容(講演では示されなかったもの)、ARMが発行したCortex-A9の資料などを使用し、Cortex-A9の技術概要をご紹介する。 ご存知の方も少なくないと思うが、Cortex-AシリーズはCortexアーキテクチャではハイエンドを担うアプリケーション・プロセッサ(「A」はapplicationの頭文字)である。Cortex-Aシリーズの最初のCPUコアである「Cortex-A8」は、2005年10月に発表された。 ARMアーキテクチャのCPUコアでは初めてスーパースカラー構造を採用した高性能CPUコアで、処理性能は2.0DMIPS/MHzと高い。台湾TSMCがファウンドリとして提供する高性能版90nm CMOSプロセスで製造すると1GHzで動作し、低消費電力版65nm CMOSプロセスで製造すると600MHzで動くとされていた。 Cortex-A8を内蔵した半導体チップの量産は2007年の秋に始まる。すなわち、今年の秋~冬に登場する携帯電話機の新モデルから、Cortex-A8内蔵の半導体チップを搭載することになる。 今回発表されたCortex-A9を内蔵した半導体チップは2年後、すなわち2009年秋に量産が開始される予定となっている。単純に想像すると、2009年の秋から冬にかけて登場する、携帯電話機の新モデルを担うCPUコアになると思われる。 Cortex-A9プロセッサコアの処理性能は2.0DMIPS/MHz以上とされている。動作周波数当たりのDMIPS値は現行製品のCortex-A8と同じ程度に見える。実際、動作周波数の違いはあるものの、技術講演で提示されたCPUコアの性能比較では、Cortex-A9の性能(DMIPS値)はCortex-A8よりも低めに提示されている。 もちろん、2コア~4コアのマルチコア構成であれば、Cortex-A9の方が最大処理性能はCortex-A8よりも遙かに高くなる。4コア構成で動作周波数が1GHz程度になれば、8,000DMIPSの処理性能をたたき出せるプロセッサに化けるのだ。 ちなみにマルチコア構成の場合は「Cortex-A9 MPCore」と呼称する。「MPCore」は、NECエレクトロニクスとARMが共同開発したマルチコア技術の名称である。対称型マルチプロセッシングと非対称型マルチプロセッシングの両方に対応したマルチコア技術だ。 Cortex-A9 MPCoreでは、ARM 11 MPCoreに比べるとマルチコア技術をいくつかの点で強化した。 1) ACP(Accelerator Coherence Port)と呼ぶポートを介してDMAコントローラや暗号処理回路などのハードマクロとCPUコアの1次キャッシュをやり取りできるようにした などである。 なお大原氏がARM11ベース(ARMv6アーキテクチャ)のMPCore技術のレポートを、塩田氏がARMv7におけるマルチコア拡張技術のレポートを執筆されているので、興味のある向きは参照されたい。
続いてCPUコアの内容を説明しよう。ARMは、Cortex-A9をまったく新しいCPUコアとして開発したと述べている。実際、CPUコアの内容を概観するとARMの述べている通りであることが分かる。マイクロアーキテクチャからして、Cortex-A8とはまったく違うのだ。 シングルコアでの高性能/低消費電力を追求したCortex-A8は、13段と長大なパイプラインを備え、2命令同時発行のスーパースカラー構造を採用し、イン・オーダーで動作するCPUコアである。 これに対してCortex-A9はパイプラインは8段と短く、複数命令同時発行のスーパースカラー構造を採用した。そしてアウト・オブ・オーダーで動作する。8段というパイプライン段数は前世代のARM1176コアと同じである。ちなみにARM1176コアは1.2DMIPS/MHzの処理性能を有する。そこから処理性能を2倍近くに引き上げるにはスーパースカラー構造だけでは足りず、アウト・オブ・オーダーを採用したと考えられる。 実は、アウト・オブ・オーダーを採用したことには少し驚いた。現行品種のCortex-A8を開発したときの説明では、消費電力の増大を招くとしてアウト・オブ・オーダーの採用を見送ったからである。しかもARM Forum 2007の配布資料によると、Cortex-A9電力効率は前世代のARM1176に比べると1.2~1.3倍程度高いとしている(消費電力が1/1.21~1/1.3になるという意味)。Cortex-A9では電力を食うリオーダー・バッファは採用していないものの、レジスタ・リネーミングや命令発行における命令キューなどは通常のアウト・オブ・オーダーと同様に存在するので、回路規模はARM1176に比べると相当に増えているはずである。それで消費電力がARM1176よりも低いというのは、少し釈然としない。 そのほかの違いとしては、Cortex-A9ではコンパニオンと呼ぶ周辺回路コアをいくつか用意したことが挙げられる。 1) 浮動小数点ユニット(FPU) である。この中でFPUとMPEは、Cortex-A9のパイプラインで実行段と並列に動く。Cortex-A9については、まだ不明な点も多いが、次世代のアーキテクチャとして注目される存在であることは間違いない。 □アームのホームページ (2007年10月18日) [Reported by 福田 昭]
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